「尚人様っ! 尚人様の思ってた通りでしたっ!」
「フフ、そう、やっぱりね。怪しいと思ってたんだ……第一、あれが我慢すると思ってなかったし」
「でもちょっと様子変でしたよ〜?」
「そんなことはどうでも良いんだよ、ポチ」
関東と関西に勢力を伸ばしている三雲組の跡目、若頭の尚人は不敵にほくそ笑むとポチと呼ばれた青年の頭を撫ぜた。
ポチとは最近尚人が拾ってきたペットである。
もちろん正真正銘の人間だが。
がっしりとした体型に高身長、威圧感を与える顔に似合わず、ポチの性格は犬のようだった。
だから名前がポチなのである。
素性も知れない、名前も名乗らない人間を、尚人の側に置くことを三雲組の誰もが反対したが、尚人は頑としてその意見を受け入れず、ポチを側に置いた。
ポチは見た目通り腕っ節も強いので尚人が危機に陥ったときに、何度か助けたこともあるのだ。
それが評価されてか、四柳を始めとする重鎮は渋々尚人の我儘を受け入れたのであった。
普段、尚人の側には四柳がいるので、三人で顔を合わせることが多い。
だが今日は四柳の姿がない。
その隙を狙って尚人はとある調べものをポチにさせていたのだ。
これは四柳にも誰にも、知られては困ること。
向こうに顔の割れていないポチが最適でもあったし、ポチは尚人至上主義なので尚人の命令があるまで口も割らないのだ。
尚人はポチによってもたらされた情報に満足そうに頷くと、黒い笑みを浮かべさせたのである。
「フフ、とうとう尻尾が掴めたようだね。覚悟は良い?」
「……はい!」
「車の用意をして。四柳が帰ってくるまでに全てを終わらせる」
「わかりました! あ、でも、俺の顔割れちゃ駄目なんですよねえ?」
「そうだね、ポチらしく犬のきぐるみと馬のお面被っちゃって」
「了解です!」
元気良く走り去って行ったポチを見届けてから、尚人は手渡された写真をビリビリに破った。
そこには関東と地方に勢力を伸ばす清滝組の跡目、清滝迅の写真。
写真には尚人の恋人でもあり、兄弟盃を交わした兄弟分でもある迅に肩を抱かれて清滝組本家に入る若く美しい男の子の姿が映っていた。
元々性欲の強い迅は知らない人はもぐりだ、と言われるほどイロの数が多いことで有名だった。
女性に男性、内に囲ったり外に囲ったり、言い出したら切りがないほどの遊び人だったのだ。
だが尚人に愛を誓ってからは、それが嘘のように遊びをぴたりとやめてしまった。
その分、尚人にかかる負担は尋常じゃないが、迅のためとずっと我慢をして男性であるにも関わらず女性のような扱いにも耐えてきたのだ。
嫌な訳ではなかった、尚人も迅に想いをもっていたため、寧ろ喜んで受け入れていたのだ。
その仕打ちが浮気、な訳だ。
不貞行為を見た訳ではないが昔のイロを本家に入れたのだ、言い訳は無用。
浮気をしないようにと会う度にしつこく何時間も求められても受け入れてきたのに、尚人より若くて美しい男の子と関係を結ぶというのはどういうことなのだろうか。
尚人が感じるのは悲しみより怒り。
二度と浮気などできない身体にしてやらなくては、腹の虫も治まらない。
愉快だと言わんばかりに高笑いをする尚人を、三雲組の若衆たちは恐ろしいものを見たと震えていたのである。
犬のきぐるみを着て、馬のお面をつけたポチに尚人ご自慢の真っ白のベンツを運転させるとすぐさま迅がいる場所へと向かわせた。
全体にスモークがかかっている車なので、中が見えることはあまりないが念には念を入れるのである。
いくら恋人で兄弟分でもある迅といえども、ポチの顔を見られるのは不味い。
というより迅の行動を探らせるために飼っているので、迅にばれると困るのである。
情報によれば、今日は最近怪しい動きを見せている傘下の組の動向調査に行く予定だと聞いた。
本家から出るのだから、本家に行けば一番手っ取り早く会えるだろう。
尚人は迅の恋人兼兄弟分だと周囲の人も知っているために止められることもない。
車に常備されているワインをいつもの如くラッパ飲みしながら、車のスピードはぐんぐん増していくのである。
三雲組と清滝組の本家は然程離れている訳ではない。
ああだこうだ言っている内に、直ぐについてしまうのだ。
尚人は見慣れた姿が清滝組本家から出るのを確認すると、ポチに命令をした。
「ポチ! あいつ轢き殺すように目の前通り過ぎて!」
「え、え〜!? そんなの良いんですか!?」
「フフ、大丈夫だよ。あいつは殺しても死なない男だ、そうでしょ?」
「そ、そうですね! 轢き殺しますね!」
尚人の命令にポチは素直に頷くと、スピードを緩めることなく迅に車ごと近寄ったのである。
最初は尚人の車だとわかった迅が頬を緩めてこちらを見ていたが、運転席に乗る得体の知れない人物とスピードを緩めない車に訝しげな目線を送ると寸でのところで車をかわした。
これに驚いたのは清滝組の若衆だ。
派手な音を立てて止まった尚人の車を、警戒するように目を見張った。
沈黙が流れ、どうしようかと迷っているところに後部座席の開く音と共に尚人が姿を現した。
「おい尚人、これはどういうことだ」
「フフ、さあ? 自分が一番わかってるんじゃないの?」
「わからんから聞いているんだ。それに四柳さんはどうした? 運転席にいるのは誰だ」
「誰だって良いでしょ、僕のペットだよ、ペット」
「ペットだと……?」
「可愛い可愛い僕のペットだよ」
いつにもなく不穏な空気を漂わせている迅と尚人に、清滝組の若衆はおろおろと視線を泳がせた。
ただでさえ権力のある二人が争えば、下っ端など手も足もでない。
それに王様気質である迅と女王様気質である尚人の痴話喧嘩は、普通の痴話喧嘩と違い激しいものになるのだ。
いつだったか、二人で逢瀬をした際に使う交際費をどちらが払うか、という下らないことで大喧嘩をしたことがある。
そのときも三雲組の若衆も清滝組の若衆もどうすることもできず、壊されていく車や装飾品の数々に目を見張るばかりだったのだ。
喧嘩を抑えることができたのはただ一人。
尚人の側近である四柳だった。
迅が一目を置いて評価している四柳の言葉は、周りの若衆には神のお告げのように聞こえ、二人は割り勘をする、ということで決着がついたのである。
だが今回は理由すら不透明なのだ。
尚人がなにに怒っているのか、迅ですら検討もつかない。
そのことを清滝組の若衆が知る由もなかった。
「尚人、いい加減にしないと」
「これを見てもまだそんなこというの? ポチ! あれ出して!」
「はい! 尚人様!」
車の窓からひょっこりと顔を出したポチは尚人に向かって袋を投げる。
それは綺麗に尚人の手に収まると、中を確認する間もなく尚人は迅へと投げつけたのであった。
不機嫌ながらもそれを受け取った迅は中身を見ると、盛大に溜め息を吐いた。
「お前暇なことを……あのポチとやらに調べさせたのか?」
「フフ、どうでも良いでしょ。それよりどういうこと?」
「どうもこうも見たまんまだ」
「言い訳すらしないんだ、ふーん。僕が頑張って頑張って迅の人間離れした性欲に付き合ってやってるのにそんなことするの?」
「おい尚人、なにか勘違いしてるよう」
「言い訳は無用!」
パンッ、と辺りに響き渡る銃声。
尚人は躊躇うことなく銃を迅に当たらないよう発砲した。
流石の迅もそれには焦り、慌てて尚人の手を取ると距離を縮めた。
「尚人、落ち着いて話を聞け!」
「誰が黙っていると思ってる!? もう二度とヤらしてあげない!」
「それは困る。お前しか相手がいないのだからな」
「またそうやって嘘をつくの!? ポチに轢き殺させようか?」
「尚人、落ち着け。そういえば四柳さんはどうしたんだ?」
「四柳には別件で席を外してもらってるんだ、って話を逸らすな!」
「ああもう、全くお前は煩くて敵わん。ちょっとは黙ったらどうだ」
「な、っ……ん」
迅は尚人の手を素早く取ると、ごちゃごちゃと煩い口を塞ぐために口付けをした。
濃厚でねっとりとした口付けを隠すことなくする迅と尚人に、清滝組の若衆は顔を赤くさせると視線を逸らした。
それから何分経っただろうか、迅が尚人の唇を開放した頃には尚人はすっかり大人しくなり、迅にもたれかかるように力を抜いていた。
「今日の視察はお前らだけで行け。俺はこいつに用がある」
「わかりやした! 若、くれぐれも……いえ、では行ってまいりやす!」
迅の言葉に慌てて動きを再開させた清滝組の若衆は各々の車に乗り込むと、猛スピードで走っていった。
そこに残されたのは迅と尚人と、尚人のペットポチだけ。
ポチは困ったように首を傾げると、尚人に向かって声を張った。
「尚人様〜! 俺、どうしたら良いですか〜!?」
「……帰って、良い。四柳が帰ってきたら僕がここにいることだけ伝えてくれる?」
「わかりました!」
ポチは元気良く返事をすると、車から頭を引っ込め走り去って行った。
後に残されたのは不機嫌を隠そうともしない尚人と、面白そうに口端をあげる迅。
結局は迅の良いように丸め込まれてしまう自分が嫌だが、強く腕を引いて本家に入る迅に今更抵抗もできなかった。
連れてこられたのは迅の私室。
ここに訪れたのは指で数える程度しかなく、尚人はまだ慣れない風景に視線を泳がせていた。
純和風の部屋に置いてある革張りのソファー。
それに迅はどかりと座ると口を開いた。
「さあて、話を聞こうじゃないか」
「さっき終わった話じゃないか。迅は浮気をした、それだけの話でしょ」
「あのなあ……お前は見たのか?」
「まだ言い訳するの?」
「ったく、あれは確かに昔のイロだった。だが俺のイロが一斉に攻撃を受けた際にあれも被害を被ったんだよ。だから最近まで入院してだな、退院したというから荷物を引き取らせに連れてきた。これで誤解が解けたか?」
「なんで肩組む必要があるの? それに嘘くさい」
「……要するに、嫉妬したんだろう」
迅の言葉が図星だった尚人は、急に恥ずかしくなると机に置いてあった灰皿を思い切り迅に向かって投げた。
その行動は予想済みだったのか、迅はひょいを身体を避けると、灰皿は無残にも壁にぶち当たり粉々に砕けてしまった。
取り敢えず苛々するのだ。
迅の言葉が本当だったといえども、肩を組む必要はないのじゃないだろうか。
こんな小さいことで嫉妬している自分が嫌で仕方なく、尚人は物に当たることにするとそこら辺りに置いてあるもの全てを迅に投げつけた。
いつだって掌で転がされているような気がするのだ。
こんなに執着しているもの、嫉妬するもの、尚人だけのような気がして、仕方がなかった。
「もうやめろ。片付けが面倒だろう」
「どうせ下っ端にやらせるんでしょ!」
「なんでこうお前は直ぐに怒るんだ。もっと冷静になれ」
「煩い! むかつく! 死ね! このヤリチン!」
「……尚人」
迅を殴ろうとする尚人の手を掴むと、ゆっくりと腕の中に抱き込んだ。
尚人が大人しくなる方法など、当にわかっている。
迅の予想通り、腕の中で大人しくなった尚人を見て笑うと、ゆっくりと髪を撫ぜた。
「お前のあれは、バター犬か?」
「……は?」
「ポチだ。随分可愛がっているのだろう? お前が可愛がられているのか?」
「フフ、冗談にしては面白いじゃない。そんな訳ないだろう」
「ほう、それこそ証拠があるのか? 俺を責めるというなら、お前にも責められる部分があるようだが」
「そんなことありえないって迅が一番わかっているだろ」
「さあ、わからんな」
「あれはペット、迅の監視用! 第一僕が好んで掘られる訳ないだろ! 迅だから受け入れてやってるんだよ、それぐらいもわかんないの!?」
「……俺だから、ねえ。そのままそっくり返そう。心配なら24時間一緒にいるか? 浮気などする訳がないだろう」
ぐい、と腰を引かれて近付く距離。
いつもこのパターンだな、と思いながらも尚人はゆっくりと目を閉じた。
先ほどまで感じていた強い怒りも嫉妬も、迅の言葉で簡単に崩れ去るのだから不思議なものだ。
だけど一度くらい迅が自分のことで取り乱したり慌てたりしても良いと思うのだ。
どうやったらそうなるだろうか、尚人は押し倒されながらそんなことをぼんやりと考えていた。
丁重に脱がされていく衣服。
ひんやりとした空気の中で、迅の唇だけが熱い。
触れたところが熱を持って、尚人の理性を簡単に壊していくのだ。
最初は慣れずに痛みを強く感じる行為であったが、迅が丁重にだがしつこく求めた結果簡単に受け入れられるようになった。
ローションをたっぷりと中に塗りたくられ、そこから卑猥な音が鳴る。
迅の長い指が出入りするだけで尚人の息はあがり、耐え切れずに声を上げた。
受身をやっているとはいえども、声を出すのは未だに慣れることがない。
自分から出ている声だとは思えなくて、尚人は羞恥に駆られると迅の肩に思い切り爪を立てた。
「おいおい、爪立てるの早いんじゃないのか?」
「う、る、さ……ァっ、あぁ……だめっ、いやだ……っ!」
起き上がろうとする尚人を押さえつけると、迅は尚人の両膝裏を掴み、上体へと倒した。
余り身体が柔らかいといえない尚人は体勢だけでもきついのに、大事な部分が丸見えだというのが一番きつかった。
尚人が嫌だと言っていることばかり迅はするのだ。
明るい灯の元、晒された秘部がひくひくと収縮するのを迅はただじっと見ていた。
尚人が焦れて懇願するまで迅は絶対に挿入をしないのだ。
二回目以降は懇願などしなくても、尚人の意思関係なく何度も何度も挿入するのに、だ。
だが尚人も学習能力がない訳ではない。
絶対に口を出さないことに決めると、目をぎゅっと瞑って羞恥から逃げようとしたのである。
「尚人、どうしてほしいのか言わないとわからないだろ」
「っ、言わない! このままでも平気、だし……も、帰る! 四柳に怒られる、し」
「ほう? 帰るのか? 帰れるとでも?」
「……か、帰れる」
「なら早く腕から抜け出して帰ってみるんだな」
ぐ、と秘部に押し当てられたのは迅の熱くなった自身。
いつの間に取り出したのだろうか。
準備万端な自身にひくりと喉が鳴り逃げようと腰が引けた。
だが逃がさないとばかりに入り口周辺をぐりぐりと押され、曖昧な感覚に尚人は泣きたくなった。
これじゃあ逃げられる訳もない。
早く中に挿れてほしくてうずうずとしている身体を、満たせるのは一つしか道がない。
尚人は観念すると迅の髪を思い切り引っ張った。
「は、やくして……」
「ん?」
「だ、からっ……早く、いれて」
「帰るんじゃなかったのか?」
「……っ、死ね! ほんと最悪、これ終わったら一ヶ月禁欲にするから」
「どうかな? 一ヶ月も我慢できるかどうか」
「僕はできるよ」
「まあ、精々頑張るんだな」
ぐぐっ、と中に押し入るようにして迅は身体を動かすと、手を尚人の膝裏から顔の横に移動させた。
挿ってくる感覚。
尚人は短く息を吐くと迅の背中に手を回しきつく爪を立てた。
爪を立てることは尚人の精一杯の逆襲でもあり、虚勢でもある。
浮気をしないように、との想いも込めているが迅は気付いてはいないだろう。
全てが収まり、休む間もなく律動をし始める迅に尚人は口付けを強請ると唇を合わせた。
派手な喧嘩をしたあとの行為ほど燃えるものもない。
結局は尚人もこうなることを望んでいるのだ。
尚人は帰ったら四柳が鬼のような顔をして待っていることなど露にも知らず、ただただ甘い時間に浸っているのだった。