だいすき
 デートをする。 男とだ。 そう、柚斗が兄貴と。 そのことを聞いた俺は、いてもたってもいられなかった。
 紆余曲折あった末、見事付き合うことになった柚斗と兄貴。
 陰ながら応援していた俺にとっては喜ばしい話のはず、だったんだけど。
 なんでか凄く忙しい柚斗。 人望もあるし、上級生にも同級生にも下級生にも人気で、欠点とかなに一つない。
 料理もできる、スポーツ万能、性格は文句なし、頭は少しだけ悪いがそこがまた柚斗の魅力なのだ。
 ずっと側で見てきた俺だけが知っている柚斗も、今や兄貴のもの。 嬉しいはずなのに、凄く寂しかった。
「……蓮? じゃあ俺でかけてくるからな。あ、吉原先輩部屋に泊まりにくんだろ? ちゃんと連絡しとけよ」
「……うん」
「どうしたんだよ、元気ないぞ」
 俺の面倒とか原稿とか、テニスの練習を頑張って、そうして空けたスケジュール。 地元に帰るのは三週間ぶり。
 三連休を利用して地元に帰る柚斗の目当てはもちろん、兄貴だ。
 全寮制の高校に通っている故に、なかなか会うことができない二人。 兄貴がこちらにくることはできないから、柚斗が帰るしか会う方法はない。
 付き合って少し、季節は冬に移り変わろうとしているそんな時期。 柚斗はこの数ヶ月、指で数える程度しか地元に帰ることができてないのだ。
 だから快く送り出してあげたいのに、俺は寂しさでつい柚斗に抱きついてしまった。
「もー甘えるなら吉原先輩にしろよ〜」
 と言いつつもどこか嬉しそうな柚斗の声。 俺の頭をぽんぽんと撫ぜると、にっこり笑った。
 そろそろ柚斗離れをしなくてはいけない。 寂しいけれど、いずれはこうなる運命なんだ。
 そう無理矢理結論づけると、柚斗から離れ、無理に作った笑顔で見送ったのであった。
 その数分後、俺の部屋に訪れたのはよっしーだ。 タイミングが良すぎるところを考えれば、柚斗が連絡をしたらしい。
 少し息を切らせてやってきたよっしーに、なんだか切なくなった。
「ど、どーしたんだよっ!」
「……ううん。ちょっと、センチメンタルな気分なだけ」
「……珍しいな。あ、オレと会えなかったからか?」
「な訳ないじゃん」
「……即答かよ」
 膨れっ面をしたよっしーに抱きついたからか、少しだけ寂しさが減ったように感じた。
 よっしーは柚斗の代わりになんかならない。 柚斗が与えてくれるものを持ってないし、埋めてくれるものもない。
 だけど柚斗だってよっしーの代わりにならない。 よっしーしかくれないものも、あるんだ。
 それは十分承知の上なのに、どこかすっきりとしないものもある。 けれど、仕様がないよね。
 ぎゅうぎゅうと締め付けたよっしーが嬉しそうに微笑うのを、俺はぼうっと見ていた。

「蓮、れーん。れんちゃーん」
「……煩い」
「なんでそんなにご機嫌ななめなんだよ」
「そう、いう訳じゃ……ないけど」
「……一人になりてーの? じゃあ、オレ帰るけど?」
 あれから少し、部屋にあがったよっしーは俺を抱きしめたままDVD鑑賞をしていた。
 ソファの下に座り、俺を足の間に置きTVを見る。 悔しいが俺が小柄だからこそできるのだ。
 最初は真面目に見ていたよっしーだったけど、あまりに俺がしょぼくれているのでちょっかいを出してきた。
 柔らかな頬をつついてきたり、髪の毛を無駄に触ってきたり。 俺が怒って振り向けば、その隙にキスとかするんだ。
 最初は反応していた俺だったけれど、だんだんと無視するようになり、仕舞いには話しかけても反応をしなかった。
 だからだろうか、よっしーは呆れたみたいだ。 わざとらしく溜め息を吐くと、少し身じろぎだした。
「わりーな、今日は泊まるって約束だったけど……帰るわ」
「え……」
「誰だって一人になりたいときあるもんな」
 そうじゃない。 一人になりたい訳じゃない。 そう言いたいのに、俺の口はぴくりとも動いてはくれない。
 そうこうしている内に俺から離れていく温もり。 触れていた場所は温かかったのに、すうっと底冷えしていく。
 振り向けば帰ろうとしているよっしー。 着てきたコートに手を伸ばしていた。
 柚斗がいないのは寂しい。 思わずテンションが下がって、しょんぼりとしてしまうほど寂しい。
 だけど、よっしーがいない方が寂しいのだ。
 俺を優しく包んでくれる腕、ぶっきら棒だけど優しい言葉。 素直になれない俺を理解してくれた上で、素直になれるような雰囲気を作ってくれたのは、よっしーなのだ。
 石になったように動かない身体。 よっしーは羽のように、ひらひら去っていく。
「よ、よっし……」
 行かないで、ちゃんと側にいて、抱きしめていて。 俺が不安を感じること全部察知して、受け止めてよ。
 心の中では素直な俺だけど、上手く態度にだすことができない。
 付き合って一年経ってもこの様だ。 よっしーはもう俺に飽きたに違いない。
 なんて暗いことばっかり頭を占めて、ぐるぐる悪循環。 柚斗がいないから、調子が狂ってしまう。
 そんな俺なんか気付く素振りもないよっしーは、手をひらひらさせると玄関に向かってしまった。
 やだ、待って。 一人にしないで。
 ふるふる震える足を叱咤して、なんとか立ち上がった俺は足が縺れそうになるのを回避しながら玄関へと向かう。
 だけどそこによっしーの姿はもうなくて、俺はショックを受けた。
 もう外に出たんだ。 俺を置いて、行っちゃったんだ。 俺の態度が悪かったのに、よっしーを責めようとしている嫌な自分。
 思わず滲み出てきた涙を擦ると、俺は靴も履かないで外に出た。
 よっしーと付き合ってからいろんな変化が俺を襲った。 涙腺が弱くなったし、ちょっとのことでどきどきしたり、ずっと甘えてみたいと思うし。 それに、男なのに男に抱かれて嬉しいとか思っちゃう馬鹿になったのだ。
 このままじゃよっしーがいないと生活できない。 だけどよっしーはいつだって俺の側にいてくれたし、ずっと一緒にいようとも言ってくれたのだ。
 大好きなよっしーの背中が見える。 ゆっくりめで歩くよっしー目掛けて走ると、思い切り抱きついた。
「よ、よっし、……おいていかないで……」
 いつもぎりぎりにならないと本音を言えない。 素直じゃなくて我儘で頑固でどうしようもない俺。
 振り向いたよっしーは嬉しそうで、俺を抱きあげてくれると、甘いお灸を据えたのだった。
「裸足は風邪ひくだろーが。あと、コートも着ろ。寂しいならちゃんと最初から寂しいっていえよ、な?」
「……ばか! 置いていくこと、ない、じゃんか……!」
 思わずぽろりと零れた涙に、驚いたのはよっしーだった。
 慌てふためくと何度も俺の背中を撫ぜ、謝罪の言葉を口にする。 そうやって気まずくならないようにしてくれるよっしーに甘えてしまって、また俺は可愛くないことを言うのであった。
 それから抱きしめられたまま部屋に戻った俺とよっしー。 最初から帰るつもりなど更々なかったらしい。
 俺が追い掛けてこなかったら、三十分後には戻る予定だった、と教えてくれた。
 それを聞いて少しもやっとしたものもあるが、帰ってきてくれたので今日のところはなにも言わないでおこう。
「ごめんな、蓮」
 何度も何度も、とろけるようなキスをしてくれたよっしーに、俺は絆されるように甘えてみるのだった。
 寒さで少しだけ冷えた身体を温めるために、早いけれどお風呂に入ることにした。
 なんでかよっしーも一緒だったけど、エッチをしない約束で一緒に入る許可を出した。
 こうやって肌と肌がいつでも触れ合える距離にいる俺たちは、幸せなのかもしれない。
 今朝、あんな態度とって柚斗、心配しただろうな。 帰ってきたらいっぱい甘えて、寂しかったとだけ言おう。
「……なに考えてんの?」
「うん、柚斗と兄貴のこと……」
 それほど広いとはいえないバスタブ。 よっしーの部屋のバスタブは大きいが、俺の部屋のバスタブは小さい。
 二人入ってしまえばぎゅうぎゅうだ。 だけどその狭さが好きだとよっしーは言っていた。
 現に俺を後ろから抱きしめながら、顔を覗き込んでくるよっしーに、俺は柚斗のことを話していた。
「でもよ、望月だって寂しかったんじゃね? 今までさ」
「……そ、だよね」
「だけどそれをお義兄さんが埋めてくれてんじゃねーの? ま、オレはお前が寂しいなんて思う暇なく構ってやるけど」
「……でも卒業しちゃうじゃん」
「あ、寂しいんだろ? オレがいないと蓮は泣いちゃうもんな〜」
「なっ! ば、馬鹿にしないでよ!」
「馬鹿にしてねーよ? すっげーさっきのきゅんってきたもん。やっべー蓮とセックスしてーって思ったし」
「さっいてい!」
 後ろに思い切りずんっと肘鉄を食らわせれば、よっしーはうっと唸ったまま少し前に屈んだ。
 その所為で長めの髪が肩にかかってくすぐったいが今は我慢だ。
 少し耐えたら復活したのか、恨みがかった声で俺を呼ぶよっしーは俺の肩に顎を置くと下から顔を覗き込んできた。
「……じゃあさ〜蓮、真面目にいうけどよ」
「な、なに」
「望月がいなくて寂しいのはわかる。それでしょんぼりしてたんだろ?」
「……うん」
「でもさ、オレのことも忘れんなよ? オレなら寂しい思いさせねーんだからさ、寂しいなら寂しいって言え。それと望月離れしろ、ちょっとは。オレがいるだろ?」
 真面目な顔をしてそんなことを言うもんだから、茶化すこともできなくて、俺は頷くことしかできなかった。
 頬が異常に熱いのがわかる。 それをわかっているのか、よっしーは俺を強く抱きしめると、にっこりと笑った。
「よっしー、ありがと……そ、の……あの、……」
「ん?」
「……よっしーが、い、い、一番、だから……その、……ず、ずっと一緒に、いて、ね……」
「おう。頼まれなくてもな」
 なんて心強い言葉。 嬉しくなって振り向けば、いつも以上に格好良く見えるよっしーがいて。
 男なのに、男が好きだとか男を見てきゅんとするだとか男に抱かれて嬉しいとか、そんなのは気にならない。 全部全部よっしーだからこそなんだ。
 急に湧き上がってきた愛しいという気持ちにどうしようもなくなって、俺は身体を反転させると向かい合わせになり、その薄付きの唇にキスをした。
 自分からこんなことをするなんて珍しいってわかっているし、これからおこることもわかってる。
 だけどどうしようもないじゃん。 よっしーにもっともっと愛されたいと、思ったんだ。
「……誘って、んの?」
「……うん、誘ってる」
「……ま、まじで……! わーわー! 蓮!」
「も、大袈裟……! 早くしてくれないと、恥ずかしいだろ!」
「……そ、そーだよな! 据え膳食わぬは男の恥っつーもんな!」
「な、なんか違うけど……もー馬鹿なんだから」
 あれだけ恥ずかしいことを言ったけど、よっしーが俺以上に恥ずかしそうに慌てふためくもんだから、羞恥がどっかに吹っ飛んでいった。
 ぎゅうぎゅう抱きしめてくる腕の中。 俺は柚斗がいない寂しさもなくなって、よっしー一色になった。
 寂しいって思ってたけど、俺にはその寂しさを感じさせてくれないほど側にいてくれる人がいる。
 きっと俺にとってのよっしーが、柚斗にとっての兄貴なんだよな。 そう思うと、いくぶんか憂いでいた心も晴れやかになるような気がした。
 どろどろに甘やかしてくれる人はいっぱいいる。 だけど俺が好きなのは一人なんだ。
 どうせなら珍しいことばっかりしてやろう。 いつもより強気になれた俺は、よっしーに盛大に甘えることにしたのだった。