義神戦隊ギーレンジャー
 蛍光灯がずらりと並ぶ、神経質そうで清潔感の溢れる真っ白な部屋。その真ん中にある長テーブルにカラフルな男たちが退屈そうに腰をおろしていた。
 部屋の奥には今月の目標が書かれたボート。電子機器が映し出すのは新技の説明やスケジュール、仕事のデータなど。ハイテクな技術を駆使していても当の本人たちはそれに目もくれない。
 この部屋、いやこのラボという建物の長でもある博士がいない所為もあるのか、ここで働いている義神戦隊ギーレンジャーの面子はここぞとばかりに月一の定例会議をさぼって各々好きなことをやっていた。
 東京の一部で、人生を賭けた大芝居をしながら日夜戦っているヒーローサイド。世間では持て囃され崇められていても、現状はこんなものだ。彼らもただのサラリーマン、仕事内容は特殊だが立派な人間でもある。
 鬼のいぬ間になんとやらとはこういうことだろうか。誰一人として真面目に仕事に取り組む姿勢がない様子は、ある意味ライバルであるアークモノー団より酷かった。
「あ〜ん爪割れちゃったあん。だから嫌なのよねえ、この仕事」
「それならさっさとやめれば〜? ピンクの後釜なんてどこでもいるっしょ。しかもおかま! おかまなんて今時流行んねーっつの」
「あら〜イエローのくせに偉そうね、あなた。中途半端な色してるくせに威張っちゃって見てられないわ〜私」
「なんだと!? やる気かよ、てめえ!」
 綺麗にジェルで彩られた爪先を見てにやにや笑うのはピンク。正真正銘男なのだがご都合主義ともいうのか、おかまでありながら女性戦闘員だった。入念に手入れされた爪先や綺麗に施されたメイク、女も真っ青のお洒落に足も手もつるつるに磨いて完璧な女になりきっているおかまなのだ。
 そんなピンクに対抗意識を燃やしているのがイエロー。背が小さくて女と見紛うほどの可愛い顔をしている。このイエローも男だが女性戦闘員で、世間で流行りの男の娘というやつだった。
 本性は金の亡者で口が悪く性格が最悪といったところなのだが、それは義神戦隊ギーレンジャー全体に共通していることでもある。
 ピンクとイエローが痴話喧嘩のような喧嘩をしている横で胃を押さえているのはグリーンだった。
「いてて……胃薬どこだっけ……」
 ごそごそと鞄を漁っている姿は一般人そのもの。義神戦隊ギーレンジャー唯一の常識人である。日夜タウンワークを見ているがなかなか転職できず、地味で目立たなく人気もないグリーンをやり続けている男なのだ。
 大抵秘密裏で付き合っているピンクとイエローの痴話喧嘩に巻き込まれて胃痛を引き起こしているのだが、そんなこと誰も気にしてくれない。体の良い緩和材にされていた。
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ声をBGMに、レッドこと白瀬はエロ本を読んででれっと顔をにやけさせていた。義神戦隊ギーレンジャー随一の男前でもある白瀬は立つ瀬がない表情だ。
 義神戦隊ギーレンジャーは綺麗どころをピンク、可愛い担当がイエロー、普通なのがグリーンで、男前がレッド、そして絶世の美形がブルーという役割分担だった。
「レッド殿、なんでそんなににやけているのでござるか? 三次元の女体にそれほど興奮しておるのか?」
「ブルーさ〜その統一性のない変な喋り方やめたら〜?」
「レッド殿こそだらしのない喋り方をどうにかせねばならぬぞ」
「まあ良いけどさあ、つーか別に女の裸見て興奮してた訳じゃないし〜そういう誤解のある発言やめてよねえ」
 エロ本から顔を上げた白瀬は、黙々とロボットフィギュアをカスタムしているブルーに視線をやった。
 このブルー、顔だけでいうのなら芸能人でさえ真っ青なほど整った顔立ちをしていた。だけどそれが役に立つのはブルーという仮面を被っているときだけで、それを脱いでしまえば変な喋り方をするオタク男に成り下がってしまう。
 義神戦隊ギーレンジャーに入隊したのも、戦隊萌えという感情かららしい。
 こんな風に日常生活ならば係わり合いもない五人がこうしてここに義神戦隊ギーレンジャーとして揃っている。趣味も思考もなにもかもばらばらだが、仲が悪い訳ではなくどちらかといえば仲は良い方だ。
 それなりに楽しい毎日を過ごしながら仕事をしている。激務だけれど。
 白瀬はエロ本をぱたんと閉じるとブルーにずずいっと近寄った。心なしか目をきらきらと輝かせている。ブルーはカスタムパーツ手に嫌な予感しかしなかった。
「拙者聞きたくないでござる」
「良いから良いから聞いてよ〜そんな玩具弄ってるより楽しいからさあ」
「三次元には興味がないんす。やっぱり拙者は二次元の住民であるからして、レッド殿のいう生々しい性生活になど興味もござらん!」
「へえ、惚気話ってわかる程度には成長したんだねえ?」
「なんだかんだでレッド殿と一番仲が良い自覚はあるでござる。何年の付き合いだと思っている」
「かれこれ十数年、かなあ〜」
「そうでござる。高校のときからの腐れ縁でござる。ここまできたらもう全てわかっていても不思議じゃないのだ。そういう訳で拙者にはロボットを作り上げるという指名が待っているのでござらん!」
 いやいやと首を振るブルーの肩に手を回して、白瀬は顔を近付けると脂下がった顔でまあまあと説得し始めた。
 この二人、義神戦隊ギーレンジャーでもニコイチというほどに仲が良かった。性格や行動、趣味、生活全てを比べたら正反対の人種に位置していたがそこが良かったのだろうか気が付けば高校から大学、就職先までずっと一緒だ。
 どっちかが面倒をみるとか頼りにするとかそういうのはなく、ただずっと側にい続けた。隣にいた。それが今日まで続いたのだ。
 だからある程度のことは知り尽くしている。白瀬の恋人がアークモノー団の大佐であることも、白瀬の性生活がだらしなかったここともブルーは全て知っていた。
 見目に反して二次元にしか興味のないブルーは幾ら抵抗しても否定をしても、白瀬の暴走を止められない。
 聞きたくないと言っているのにも関わらず、白瀬が話し出す惚気を聞くしかないのだ。喋り始めた白瀬に、内心うんざりだった。
 それはつい最近の出来事、というより昨日の話である。屋台で衝撃的な出会いを果たしてからというものの、ここまでの関係を築くのが恐ろしく長かった。雨乞の家に半ば強制で転がり込んで同棲していた状態だったのだが、狭いという理由で雨乞から直々に引っ越しのお誘いがあったのだ。
 そう、つまり晴れて許可を得た同棲生活が始まった。二人で全て一緒に決めて過ごす夢のライフ。
 白瀬は有頂天になって雨乞に対し過剰なまでに依存した。そりゃもう凄い具合に。一時期などあまりの酷さに雨乞が泣き出してしまったのだけれども。
 そうしてそんなハイテンションな時期も過ぎて穏やかになった昨今、徐々に白瀬という存在を認めたのか素直になりかけた雨乞は甘えるということを覚えたのである。
『……しろせ、さん?』
 記憶の中の雨乞に呼ばれる。寝起きで蕩けかかった表情、どことなく舌足らずなのが可愛い。昨晩はたくさん甘やかしてセックスをいっぱいした。何回も何回も吐き出した。
 特殊な同業者故に体力が無駄に有り余っていた二人は、それこそ底なし沼並みにお互いを求め合って明け方近くまでその身体を貪り合っていたのだ。
 白瀬は翌日仕事だったが雨乞は休み。このチャンスを逃せばなかなかセックスをさせてくれない。そう雨乞は週末しか許してくれないのだ。
 だからこそ上限なく求めた結果、中学生のようにがっついてしまった。白瀬は気だるそうな雨乞の前髪を撫ぜつけるとベッドに押し戻した。
『まだ寝てて良いよ〜市くん疲れてるでしょ〜?』
 やっと日常でも名前で呼べるようになった白瀬と違い、雨乞は未だ苗字呼びのまま。名前を知ってはいてくれているものの、呼んではくれない。強張っても恥ずかしいからと言われてしまうのだ。
 少し寂しい感じもしたけれど、こればっかりは強制するものでもないので白瀬はいつかを夢見てぐっと我慢していた。
『ん、……身体が鉛みてえ……』
『だって三時間くらいしか寝てないもんね〜今日は休みでしょ〜? ゆっくりしてていーよ』
『わりいな。……白瀬さんは、疲れてねえの?』
 もぞもぞとシーツを纏って半分だけ起き上がった雨乞。激しかった所為か、ところどころに寝癖がついていてそれが妙に間抜けで可愛かった。
 白瀬は雨乞の頬に指を滑らせて、寝起きの悪い雨乞を楽しむ。随分と軟化して素直になったといえどもあくまで寝起きだからというのが強い。意識が覚醒すれば元に戻ってしまう。
 うざったそうに白瀬を見やるものの身体が思うように動かなくて、それに億劫なのだろう雨乞は白瀬の行動を受け入れていた。
『ね〜市くん、俺行ってくるね〜。帰りそんな遅くなんないと思うから晩ごはんよろしく』
『おう。気が向いたら作っとく』
『じゃあ、ほら、行ってきますのちゅ〜』
 んーと唇を尖らせる白瀬に、雨乞の溜め息。馬鹿なことを言ってないで行ってこいと、殴られるだろう覚悟はあったのになかなか衝撃がこない。可笑しいな、そう思って目を開けようとした瞬間、唇にふにっという感触がした。
『……いってらっしゃい』
 すぐさまシーツに逆戻りしてしまったが、今のはまさに唇の感触だ。雨乞が行ってきますのちゅうをしてくれた。それを認めた瞬間、白瀬は耳まで赤くさせてしまった。
 如何せんだらしない性生活を送り過ぎた所為か、こういった不意打ちの純情紛いのことはどうも慣れてなく気恥ずかしい。
 贅沢をいうならもっともっと甘えてディープなキスを所望したいところだがこれでも十分だ。
 白瀬は胸いっぱいに幸せな気持ちを抱えて雨乞の髪の毛をかき回し声を張り上げた。行ってきます、と。こうして今日の朝は誰よりも清々しい世界の幕開けを感じて出勤したのだ。寝不足も体力の底もなんのその!
(だって俺は世界一幸せものだもんね〜!)
 くねくねとしなを作って今朝の出来事から遡って、過去の出来事まで事細かに話した白瀬にブルーは気のなさそうな声で返事ばかりしていた。
「拙者三次元も興味はないでござらんが、男はもっと興味ないでござらん。ちいとばかり理解ができぬ」
「馬鹿? ブルーそんなんだから駄目なんだってえ〜言っとくけどお、市くんの可愛さは世界一なんだからね!」
「それを言うならマジックガール☆デスメタルちゃんの方が可愛いでやんすよ。あのむちっとした太股のフォルムなんて最高でござるな。フィギュア映えするピンクのロングツインテなどはまさに神の申し子でしかないでござろう」
「市くんだってちょおフィギュア映えするんだから!」
「ああ、それもそうですな。イチ大佐のフィギュアの豪華さは群を抜いておりまするな。造形も神であれば造形師も神でござるよ。製造会社も神造形フィギュアで有名ですし、LLサイズで一万前後、しかも馬付きであの美しさはまさにフィギュア界の革命児でござらんよ」
「……はあ」
「拙者もあまりの美しさとフィギュアハンターの名にかけて限定レアカラ100体限りヴァージョンを持ってるでござるよ!」
 白瀬のいう雨乞の惚気にはさっぱり反応しなかったブルーだったが、イチ大佐のフィギュアの話となると途端に目を輝かせていかにすばらしいかという話をし始めた。
 正直イチ大佐の妖艶なる姿が大好物の白瀬であるが、人形には興味がない。フィギュアだろうがなんだろうが生身でなければ食指も動かない。それにイチ大佐の中の人、そう雨乞と良い仲なのだ、今更どうのこうのいってもなあという現実もあった。
 延々と続きそうになったブルーの情熱フィギュア語りに、部屋に響くピンクとイエローの痴話喧嘩。ろくな会話もない。会議をしようという気配もないではないか。
 仕方ない。そういう白瀬もやる気など全くないのだから。ブルーの熱弁をBGMに携帯を弄ろうと取り出した瞬間、タイミング良く着メロが鳴った。アークモノー団のテーマソングだ。
「あ! 市くんだ! なんかあったのかな?」
 携帯表示には市という名前。珍しい。明け方まで散々愛し合っていたし行ってきますのちゅうのときも半分死んでいた。それなりに時間が経ったといえども泥のように眠っているはずだ。なのになにかあったのだろうか。
 会議中や就業中ということを気にする訳もなく、白瀬は電話に出た。
「もっしー? 市くん? どうしたの? なんかあった〜?」
『……いや、なんもねえけど……今日、会議だけっつってたよな? 長引くのか?』
「あ〜……いや、もう終わったよ〜。急用できたの?」
『急用つか……終わったのか? ふうん、……あの、別に、あれだけど……その洗剤とか、いろいろ切れて、買い出し行かなきゃなんねえんだけど……荷物多いから俺一人じゃ持てないなって。身体もしんどいし』
 もごもごと消え入りそうな声でそう言った雨乞に白瀬はぴんと閃いた。これをダイレクトに口にしてしまうと、恥ずかしがりやの雨乞はやっぱ良いと言って電話を切ってしまうのだろう。
 そこまでシミュレートできた白瀬は猫なで声を出した。
「じゃあ一緒に行こ! 仕事終わったし、迎えに行く〜。どこいるの? まだ家? へへっ、二人で買いものとか久々だね〜」
『荷物ちゃんと持てよ』
「うんうん。わかってるよ〜。市くん、体調不良だもんね〜」
『誰の所為だと……っ! と、ちょっと中佐に用があって駅前まで出てたんだよ。だから今は外、どこに行けば良いんだ?』
「中佐? 相変わらずだね〜。んーじゃあね、駅前で待ってて〜。車で迎えに行く!」
『車? 白瀬さん車なんて持ってたのか?』
「ちょっとね〜借りもんだけど〜! とにかく待ってて。直ぐに行くし」
 それから簡単な会話をして電話を切った。隣には不思議そうにフィギュアパーツを組み立てているブルー。白瀬は気にもせず荷物を纏めた。
 仕事も会議も終わってないが、博士が二日酔いで急遽休んだ手前まともな会議にならないし、このままい続けてもなんの進展もないまま仕事は終わるのだろう。いつものことだ。会議も仕事もしないのに、収集をかけられることなど。
 博士がいないと真面目にならない義神戦隊ギーレンジャーの面子は現にここにきて三時間は経つというのに、仕事の話を切り出すものすらいないのだから。
 ふんふんと鞄を纏めて立ち上がった白瀬にブルーが一言声をかけた。
「レッド殿、車は誰のでござるか?」
「グリーンの。言っといて〜借りるって」
「また勝手に……怒られても知りませんぞ」
「良いの良いの〜愛のために必要だって言えばわかってくれるから! あと今週呑むっつってたろ〜? 日程決まったらメールして」
「わかったでござる。仕方ないでござらんね。予定を把握したら教え申す。ではレッド殿また明日。車のことは拙者に任せろい」
 にこやかなブルーに手を振られ、白瀬は帰るの一言も告げずに会議室から飛び出した。未だに喧嘩するピンクもイエローも、そして勝手に車を持って帰られたグリーンも気付きやしない。白瀬がいなくなったことに。そうしてそれほどまでに仕事をしていないことにも気付かない。
 演技といえども日本の平和はこんな体たらくでだらしのない駄目な大人たちに守られていると知れば子供の夢も無残にも崩れるだろう。裏を見せないからこそ、夢になるのだけれど。
 義神戦隊ギーレンジャーであるレッドは仮面を外して白瀬になる。そうして白瀬は仮面を外して待っているアークモノー団のイチ大佐、いや雨乞のところへと急いで駆けつけるのだ。
 愛が全て。所詮人間だ。平和より、仕事より、正義より、身近な幸せ。恋人との時間がなにより大切なのである。
 法定速度ぎりぎりで駅前までぶっ飛ばす。見慣れ過ぎた姿をロータリーで発見して、適当に止めた車から慌てるようにして出た。だけどこんな格好悪い姿は見せられない。
 飽くまでスマートに格好良く、そう格好付けたい年頃なのだ。いくつになっても好きな人の前では特別なヒーローでいたい。三十路が近くても、だらしなくても。
「市くん!」
 ゆっくりきましたという風をアピールして手を振った。柱にもたれかかっていた雨乞が顔を上げる。雰囲気とか、空気とか、仕事のときとは別人で艶やかさや華やかさはないけれどそれでも綺麗な恋人は少し嬉しそうにはにかんだ。
「早かったな。そんな待ってないよ。あ、これ中佐がくれたんだ。今晩呑もう」
 そう言って白瀬に手渡したのは一升瓶の焼酎。中佐もこういうところは少し変わっている。イチ大佐に倒錯しているのだからてっきりワインとかお洒落なお酒をあげるのかと思えばこんな渋いもので手を打つのか。
 ずしりと左手にかかった重み。雨乞も思ったよりも元気そうで、白瀬に車の場所を尋ねた。
 嗚呼、特別でもなんでもないけれど穏やか過ぎる普通の時間が急に恋しくなった。白瀬は空いていた右手で雨乞の手をぎゅっと握り締めた。
「ちょっ……ここ駅前! やめろって」
「大丈夫大丈夫〜誰も見てないって〜。それにちょっとだけだから、ね? 車まで三分もないよ! インスタントラーメン以下だからさ〜」
「なんだよそれ。……仕方ないな。ま、たまにだし、良いかな。あ、ホームセンターにも寄ろう。家庭菜園の種買うって言ってただろ?」
「うんうん言ってた! 俺のスペース作ってくれるんだよね! わー早くいこいこ!」
 ぐいっと手を引いて車の場所まで急いだけれど、せっかく手を繋いでいるのだから焦る必要はなかった。だけど逸る気持ちも確かに存在するのだ。
 雨乞といるとただの日常ですらきらきら光って見えるのだから不思議だ。恋は盲目とはまさにそうなのだろう。
 世間で騒がれている正統派で男前なレッドも仮面を捨てればただの人。そこらへんを歩いている人となんにも変わらない。今日もどこかでヒーローとして働きながら、明日はどこかで恋人と手を繋いでいるのかもしれない。そんな普通のヒーローだ。