come,va? 06
「ぼ、坊ちゃん……また派手な格好をされて……」
「フフ、偵察、に行くんでしょう? 気合いを入れないと」
「はあ……」
 四柳が僕の格好を見て、呆然と立ち尽くしていた。
 今日の僕のコーディネートは成り上がって調子に乗っているホスト、というテーマだ。
 真っ白の細身のスーツに身を包み、スーツの襟から覗くシャツの色は赤、首周りは大きな黒色のファー、それはお腹辺りまで伸びている。 髪は軽く横に流し、大き目の暗い色のサングラスをかけた。
 もちろん車も靴も白。
 自分で着ておいていうのもなんだが、ちょっと遣り過ぎた感は否めない。 というよりは派手。 いやちょっとださいかもしれない。
 右手に葉巻。 左手にワインといった小道具がまた妙な古さと昭和のスターを仄かに薫らせていた。
 眉を顰めたまま立ち尽くす四柳に車を出すように指示すると、後部座席に潔く乗り込んだ。 発進する車に景色は瞬く間に変化を見せ、閑静な住宅街から一変し、辺りは煌びやかなネオンで埋め尽くされていった。
 歩道を歩く夜の人間はどこかつまらなさそうな顔をして、自分自身を悲観しているように見える。
 大量にいる人混みの中から無意識に迅の姿を探す僕がいて、慌てて窓の外から視線を外すとワインを口の中に放り込んだ。
 最近は自分でも驚くほどに酒の摂取量が増え、胃痛が前にも増して多くなったような気がする。
 きっと健康診断をすれば肝臓は荒れているだろうし、どこかの数字は異常値を叩き出しそうだ。 それでも酒をやめられないのは一種の逃げと、現実逃避だった。
 ぼうっと流れ行く景色を見ていると、車はスピードを落とし、見覚えのある場所で停止した。
 お互いを主張し犇めき合うように建っている建物。 道路には溢れんばかりの看板。 客引きの兄ちゃんがやる気なさそうに欠伸をしていた。
「……フフ、客観的に見れば売れそうもないね、この店」
「はは、そうですね」
「まあ、仕方ないか。ちょっとした遊びだし、小遣い稼ぎみたいなものだ」
「やはり経営は難しいものですね」
「そうだね。僕一人でなんとかしようとしたのが間違いだったよ。フフ、僕もまだまだだな」
「こういう仕事は若衆に任せておけば良いのですよ。どうされますか? 店内に入りますか?」
「嫌だね。お金を払って女の乳を揉む趣味はないよ」
「一応坊ちゃんはオーナーなんですし、お金払う義理はございませんが……」
「つまりは嫌だってこと。四柳、もうちょっと先に止めて。ここでは降りたくない」
「わかりました」
 女性不信の僕にとって色気を前面に出すセクキャバ街だけはどうしても苦手だった。
 車は100mほどしか進んでいないのに景色はがらりと色を変え、セクキャバ街から飲み屋街へと変貌した。
 四柳が先に車から降り、後ろのドアを開けたので僕はそれに従い外に出た。 僕の異様な格好に道行く人はちらちらと不躾な視線をこちらに向けるが、誰も足を止めることなく人混みに紛れていく。
 わかってはいたものの、こんなに大量の人が渦巻く歌舞伎町で迅たった一人を見つけるのは少し困難なことのように感じた。
 外を歩いているのならまだ見つけられるかもしれない。 だけど自分の店や違う店に入ってしまっていたらまず見つけることは不可能だ。
 清滝組の若衆を見つけて行方を聞くのも一つの手だが、そうしてしまうのは面白くない。 どうせなら運命的、まさにロマンチック、そんな再会を少しだけ夢見ていた。
「フフ、視線が痛いね」
「……坊ちゃん、まさか迅さんが見つけやすいようにそんな格好を……?」
「まさか! 僕がそんな乙女みたいなことをする訳がないだろう。四柳、僕を馬鹿にしているのか?」
「ハハ、失礼しました。そうですね、坊ちゃんは乙女じゃないですもんね」
「四柳!」
 酷く柔らかい表情をして僕を見つめる四柳に居心地の悪くなった僕は、それを隠すため四柳の肩を軽く叩いた。 その行動が先ほどの四柳の言葉を肯定しているようで、ますます居心地が悪くなる。
 未だににこにこと笑う四柳に痺れを切らした僕は、そのままくるりと逆方向を向くと足を進めた。
 後ろから慌てた様子で僕を追ってくる四柳が可笑しい。 僕をからかった罰だ。 暫くは話しかけられても無視することにしよう。
 そのまま僕たちは歌舞伎町の門をくぐり抜け、再度ネオン界へと足を踏み入れた。
 流石に四柳と一緒にいると、僕の職業が誰にでもわかるらしく、客引きなどは一切されずに人並みを楽に掻き分けることができた。 というよりは四柳がいる所為で人がさあっと避けていく。 まるでモーゼの奇跡のようだ。
 一人妄想にふけながら探し人の姿を目で追った。
「いないようだね」
「本日、迅さんは次の角を右に曲がったところにある店に顔を出しにいくようです。そろそろ訪れる時間だと思いますが」
「……なんでそんなに詳しいの? スパイでもしてるの?」
「ハハ、ご冗談を。四柳はいつも坊ちゃんの側にいるではありませんか」
「フフ、すっごーく怪しいんだけど」
「お、噂をすればなんとやら、ですね。では坊ちゃん、四柳は陰で坊ちゃんを見守っておきますので、どうぞごゆっくりお話ください」
「っ、まさか四柳……! もしかしなくてもグルだろう!」
 その問いに答えることもなく、四柳はぐるりと方向を転換させると人混みの中に消えていった。
 数m先にはずっと恋焦がれていた迅の姿があって、僕の姿を見るやいなや不敵な笑みを浮かべた。 舎弟の同行を制し、真っ直ぐと僕に向かってくる迅にらしくもなく胸が高鳴るのがわかった。
 今が夜な上、サングラスをかけていて本当に良かったと思う。 人の悪い笑みを浮かべたままの迅は僕の目の前に立つと、僕の手を取り指先に唇を落とした。
「come va?」
「……最悪」
「その格好、一発で見分けがつく。迷子になっても直ぐわかるな」
「フフ、馬鹿にしないでくれる? 僕は迷子なんかにならないよ」
「ほう、ここまで連れてきてもらったのはママじゃないのか?」
「四柳がママなら、迅はなに?」
「俺か? 俺は、……そうだな、お前の世話を見る保育園の先生としよう」
「ハハ、保育園の先生? 似合わない職業NO1だね」
 触れられている手が自棄に熱くて、僕はその手を振り払った。 所在なさげに漂う手が少し寂しそうに見えて、僕はそれを隠すために腕を組んだ。
 迅とはあんな形で別れてしまってからずっと会っていなかったため、なにを話して良いのか全くわからない。 つい饒舌に話をしてしまえばボロがでそうだし、かといって無口になれば怪しまれてしまう。
 どうしようか、と悩む僕を気に留めることもなく迅が口を開いた。
 正直、この状況で喋る迅の言葉は全て僕の心臓に悪かった。
「今日は会いにきたのか?」
「フフ、さあ? どうだろうね」
「まあお互い視察ってとこだろうな。……それより、そんな派手な格好をしていたら、撃たれても文句を言えないぞ」
「そのときは迅を盾にするさ」
「酷い奴だ。あの日はあんなに可愛かったものの、調子が戻れば直ぐに憎まれ口を叩くんだな」
「あの日の僕は僕であって僕じゃないからね。できれば迅の記憶から抹消してほしいぐらいだ」
「そうはいかないな。あのとき、俺は決心したのだからな。兄弟盃してやっても良い、ってな」
 迅はさらりと物凄いことを言ってのけた。
 やっとというべきか。 兄弟盃をしてくれる気になったようだが、なんとも軽いノリだ。
 僕は驚きに一瞬だけ目を見開くが、その表情は暗いサングラスに隠され迅に伝わることはなかった。
 やはり迅もいずれかは大きな組の跡を継ぐ者だ。 三雲組と手を組むのが良い策だと考えた上でのことなのだろう。
 組長同士もいずれ兄弟盃をするだろうし、僕たち跡目同士も兄弟盃をすることになる。 全て丸く収まり、お互いの組にとって最良の結果となった。
 だけど僕は嬉しくなかった。 正直に言うと迅に惚れているのだし、兄弟盃などどうでも良いのだ。
 やる気になっている迅に申し訳ないので、僕の勝手な事情は表面に出さず口端を上げ、緩く笑みを浮かべた。
「やっとやる気になったんだ? フフ、嬉しいなあ」
「その様子だとすっかり忘れているようだな」
「なに? 一体なんの話をしているの?」
「ハ、とんだ鳥頭だな。もう忘れたのか? 初めて会ったときにお前が言ったんだろう」
「あ……!」
 一瞬にして蘇る記憶。
 僕が要の件で清滝組に乗り込んだ日。 全ては僕と迅の売り言葉、買い言葉から始まった勝負。
 あのとき迅と約束をしたのだ。 僕が惚れたら足を開く、迅が惚れたら兄弟盃をすると。
 ずっと頭の中に叩き込んで、兄弟盃をするために迅と接触してきたのに肝心なときにすっかり忘れてしまっていた。 というよりは迅に惚れた瞬間から、僕は約束のことなど頭に入れていなかったのだ。
 口を開いたまま呆然と迅を見上げると、迅は不適に笑い馴染みの少ないイタリア語を口にした。
「Ti amo! んで、Mi amiだろ?」
「フフ、わざわざご丁寧に調べたの? っていうか僕、そんなにイタリア語わからないよ。日本語で話して」
「ほう、最初にお前がイタリア語で話したから俺も言ってやったんだが。わからないのか?」
「馬鹿にしてるの?」
「尚人を愛してる。尚人も俺のことを愛しているだろう。そう言ったんだ、鳥頭」
「……っ!」
 迅が言ったいやに甘い口調に、僕は冷静さを保つことができなくなった。
 まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかったし、良い夢を見ているような気分だ。 非常に嬉しいのだが今のこの現状が信じられなくて、僕はどんな表情をしてどんな言葉を紡いだら良いのか全くわからないまま呆然と迅を見上げた。
 そんな僕の様子に、迅は余裕たっぷりに微笑むと僕の手を取り人混みを掻き分けるように足早に歩き出した。 引っ張られるがまま歩く僕だが黙っている訳にもいかないので、僕を引っ張る迅の背中に話しかけた。
「ちょっと、待ってよ! 訳わかんないんだけど!」
「もう言っただろう。何度も言わせるな」
「いつ? なんで? 四柳と一緒に組んでたの?」
「……それも言わせる気か? まあ良い、とにかく入れ」
 いつの間にか迅は僕を人気のない裏道に連れてくると、そこに停車してある車の後部座席に僕を押し込んだ。 車種と迅の態度から考えると、この車は迅個人の車だろう。
 この瞬間、迅は歌舞伎町に足を運んだのは偵察ではなく、僕に会いにきたのだということがわかった。
 護衛や若衆の数も少ないようだし、なにより四柳のあの態度だ。 二人して僕をはめるなんて良い度胸をしている。 特に四柳は帰ってから説教をしなくてはいけない。
 後部座席に乗り込んでくる迅を見るが、どうやら移動する気はなく、この車内で話し合いをするのだとわかった。
「フフ、じゃあ聞かせてもらおうか」
「……そうだな、察しの通り四柳さんとは組んでいた。お前とホテルで会った翌日に連絡がきて、今日までの段取りを決めた。どうもお前は逃げたようだし、会いにもこないと思ってな」
「へえ」
「まあ結果良ければ全て良し、だ。惚れたのは、あの日。いつもは飄々としているお前が弱っている姿を見てぐっときた、のが決め手。本当は最初から惹かれていたのかもしれないな」
「もう良い、わかった、それ以上は聞きたくない」
「あ? なんだ、お前照れているのか? お前こそいつ惚れたのか言え。というよりまだ言ってないこともあるだろう?」
「煩い。ちょっと黙ってくれる?」
 迅はニヤニヤと笑うと僕のサングラスを素早く外し、両手を掴んできた。 間近で顔をまじまじと見られることは思った以上に心臓に悪く、顔全体に神経が集まったかのような感覚になる。
 酷く恥ずかしくて、こんなことに照れている自分が自分じゃないみたいで僕は唇をきつく噛み締めた。
 こんな状況で想いを吐露できる訳がない。 ただでさえ展開が早い上に、こんなに優しい雰囲気を纏う迅は知らない人のようで居心地が悪い。
 いつだって内面を悟られないように、クールに徹し、口を開けば憎まれ口、冗談ばっかり言ってきた。
 だけど今の僕はどうだろうか、もうなにもかもがめちゃくちゃだ。 一回全てをリセットしてから、やり直したい気分だ。
 ぐちゃぐちゃの思考のまま口を閉ざす僕に、迅は痺れを切らしたのかそのまま顔を近づけると僕の唇を塞いだ。
 柔らかいそれは少しの温度を持ち、湿った音をさせながら何度も僕の唇を啄ばむ。 浅い呼吸を繰り返しながら、緩やかだったキスは次第に激しさを持ち、迅の舌が僕の口内を蹂躙した。
 びくりと肩を震わす僕に気を良くした迅は、手を僕の手首から後頭部へと移し、抵抗できないようにきつく腕の中にしまった。
「は、っ……ま、って……」
「待たない。……ほら、素直に言え」
「ちょ、……だめ、だって」
 唇が優しく僕の首筋に触れると、そこをきつく吸う。 迅の柔らかな髪の感触や、熱い舌の感触、全てが僕を高ぶらせていき、なにもされていないのに息が上がる。
 抵抗すらまともにできない僕の着ているジャケットを迅は中途半端に脱がせ、現れたシャツのボタンも外しにかかった。
 車内と言えど外の空気に触れる肌はひんやりとし、僕は羞恥心でいっぱいになりながら迅の肩を押し返した。
「や、だ……待って……」
「尚人、言ってくれないとわからないだろう」
「耳元でしゃべ、るな!」
「このままだんまりを決めるつもりか? 俺の理性は簡単に壊れやすい。言わないままならやめるつもりはないぞ」
「……、そ、んなの、ずるいじゃないか」
「ずるいのは尚人だろ。俺にだけ言わせといて」
「迅が勝手に言ったんだ」
「ほう、そういう態度をとるのか?」
「……っ、あ、ま、待てって、言ってる……!」
 止まっていた手の動きが再開されたかと思うと、その手は僕の予想外の場所に触れた。
 相変わらず片手で僕を制しながら、もう片方の手は露になった僕の胸を緩やかに撫でると、外に晒された所為でぷくりと立ち上がった乳首を摘んだ。 男であろうと敏感なそこはびりりとした刺激になり、僕の中心が頭をもたげさせ始めているのを感じていた。
 その様子に気を良くした迅は何度もそこを擦り上げ、快感に唇を噛み耐えている僕の顔を覗き込む。
「気持ち良いのだろう? 赤くなっている。ああ、ここを舌で優しく舐めながら吸い上げ、甘く噛んだらもっと気持ち良いだろうな」
「ン、っ……い、うな……ぁ」
「それとも引っ張られるのが好きか? こうやって」
「っあ、あ……!」
「どうした? 膝を擦りあげるなんて、尿意でも催したか?」
「じ、迅……おねが、っ……いう! 言うから……!」
「言うまでやめないと言っただろう、言うなら早く言え」
「ぼ、僕も、……好き、だから……迅のこと好き。だから、これ以上は、まだ、待って」
「……勃った。最後までしないから、やらせろ」
「っ!? ちょっと! ムードとか考えてくれない? こういうとこでやるのは、……ってズボン脱がせるな!」
「お前も勃っているんだ。良いじゃないか。つべこべ言わずに黙ってやられろ」
「フフ、良い度胸してるじゃない。覚えておきなよ」
「説教は後で聞くから集中しろ」
「っ、……ま、待て……だ、めだって……言って!」
 迅は僕のズボンと下着を膝までずらせると、熱を持ち始めている僕自身をぎゅっと握った。 先ほどまでとは違うダイレクトな快感に僕は大げさに肩を揺らせ、迅の肩に思い切り噛み付いた。
 僕の少ないプライドは迅に喘ぎ声をどうしても聞かせたくないようだ。
 段々と荒くなっていく息と比例して、ぼんやりとしていく思考の中、迅の優しい愛撫に溺れていった。

 結局は最後までしなかったものの、迅の良いように甚振られた僕は二度も射精をしてしまった。
 僕の封印してしまいたい恥ずかしい記憶の第一位に堂々と輝きそうだ。 だけど酷く幸せそうに笑い、最後までセックスを強要しなかった迅に僕は少しだけまた惚れてしまったようだ。
 なんだかんだ言って僕も相当きているに違いない。 僕を腕に抱きながらいろんなことを話してくれる迅の胸に、少しだけ頬を寄せ甘えてみた。
 直ぐに頭上から笑った声が聞こえてきたのでむっと眉間に皺を寄せるが、その表情は優しいままなのでなにも言わないでおこう。
「……尚人、目ぇ瞑れ」
 近づいてくる唇に抵抗してやろうと思ったものの、あまりにも甘い雰囲気を出すものだから僕は大人しくそれを受け入れた。 触れたそこから全身に愛しい気持ちが広がって、僕はやっとことを飲み込めてきたのである。
 短時間だったけども僕にとっては、容量オーバーの出来事だったのだ。 未だに少し信じられない自分もいるが、こうして僕と一緒にいる迅は紛れもなく迅なのだから信じることにしよう。
 こうして僕と迅の勝負は意外だったけれども、お互いが満足する結果で幕を閉じたのである。