支配したい世界 01
 ほろろろろ、と鳥の鳴く声が遠くで聞こえる。
 俺は目の前に鎮座している清滝組総本家組長である親父と、向かい合って正座をしていた。
 何故こんなことになったのか、ことの発端は時を少し遡る。
 本日の仕事を終え、恋人である尚人に連絡を取ろうとしていた矢先、親父に呼び出されたのだ。
 その呼び出しは極秘、ということで人払いをしている部屋へと連れてこられた。 そこに鎮座している親父の眉間の皺は深く、どうやら余程の内容なのだと、感じさせる。
 細い息を静かに吐くと、俺はヤクザとしての表情を作った。
 それを見届けた親父がゆっくりと息を出し、顔をあげてから口を開く。
「……お前たちの助けがあって、わしと三雲は五分の兄弟になることができた。それに感謝している。……まあ最もお前たちも五分の兄弟盃をしたんだがな」
「そうですね。これで三雲組と親戚関係になることができましたので、清滝組も安泰かとは思われます」
「迅、それでだ。……わしがなにも知らないと思ってないだろうな。お前と三雲の坊の噂は耳に入っておる」
 どっしりと胡坐をかいて膝に肘を置き、手で頬を支える親父の姿。
 暗がりの部屋で、灯りは小さな行灯のみだ。 それ故に親父の表情が読み取りづらく、俺は唇をぎゅっと締めた。
 一体どういった意味を含んでそれを言っているのかが、わからない。
 闇を支配する張り詰めた空間。 緊迫したそれに耐え切れず、俺ははて、と首を傾げた。
「親しくはさせていただいてます。なにしろ兄弟分ですから」
「……まあ良いのだ、迅。隠さなくとも良いのだ。それについては特に咎めはせん。寧ろお前の手癖の悪さが治って喜ばしいのだからな」
「……止めにならないのですか?」
「ふむ、この世界に男色は多い。わしは興味がなかったが兄貴が舎弟に教えることも良くある話だ。特に気にはせんよ」
 数々の修羅場を潜り抜けてきた親父の強面が、ふわりと和らぐ。
 今この場にいるのが父親としての顔なのか、組長としての顔なのかわからず、少し困惑した。
 人が出払っている夜に呼び出され、人払いをした部屋に呼ばれた。 なんらかしらのことを言われるのだろうと覚悟はしていたのだ。
 実際、尚人のことを言われたときはどきりとした。
 大っぴらに付き合いをしていたのでいずれは親父の耳に入るとは思っていたのだが、まさかこんなに早く入るとは思ってもいなかったし、耳に入ったらお咎めがあると思っていたからだ。
 しかしまだ安堵はできない。 目の前で優しげに笑う親父から、違うなにかを感じる。
 向けられる笑顔に笑顔で答えると、俺から口火を切った。
「……親父、申し訳ありませんが、本題に入ってもらえませんか」
「ああ、……そうだな。迅、今日お前を呼び出したのはその三雲の坊との話だ。あれとは情人の関係なのか? それとも……」
「本気でお付き合いをさせていただいていますよ。もちろん、自分の立場を忘れた訳ではありませんが」
「それなら良いのだ。迅、いくら三雲の坊と五分の兄弟であろうと、あれは男だ。血縁までは結べん。お前と三雲の坊は日本を仕切る二大暴力団の跡取りなのだ」
「……そうですね。承知の上です」
「覚悟はできておるのだな。まあまだお前も24だ。煩くは言わん。だがいずれ、嫡子を作れ」
 やはり、と言うべきか。 想像していた通りの言葉に、俺はぎりと唇を噛んだ。
 忘れていた訳ではない。 いずれはこうなると、お互いわかった上で関係を結んでいるのだ。
 だが考えたくなかった。 忘れたかった。 いずれ別れなければならないなど、信じられない。
 尚人がどう考えているのか知りはしないが、俺は尚人のことを離すつもりなどないのだ。
 嫡子を作ったといえど、尚人との関係を終わらせるつもりなど毛頭ない。
 それに対して一つの疑念が浮かんだ俺は、会話の流れに任せて聞いてみることにした。
「……親父、そのことで質問があるのですがよろしいですか?」
「ああ、なんだ? 遠慮なく聞け」
「跡継ぎが必要なのはわかりました。では妻は必要なのでしょうか? 嫡子を用意すれば、それで宜しいのですよね?」
「……ふむ、まあ、良い。妻はいらぬ。内縁の妻でも愛人でもなんでも良い。お前の言う通り、跡継ぎが必要なのだ。生憎、清滝組の跡目はお前しかおらん。あの愚息は出て行ったきり帰ってこんし、お前だけなのだ」
「わかりました。いずれ、ということで」
「……覚悟しておくのだ、迅。お前が進もうと思うてる道は想像以上に辛いものとなるだろう。だがそれから逃げることは許されん。お前の道はもう決まっておる」
 はっきりとそう言い切った親父はそれ以上言うことがないらしく、俺から視線を外すと煙草に手を伸ばした。
 それに素早く火をつけ、俺は簡単に礼をすると親父のいる部屋を退出した。
 部屋を一歩出ればどっとくる疲れ。 自分が思っている以上に精神的に疲れたようだ。
 わかってはいたものの、いざそれを言葉にされるときつい。
 親父の言うように、まだ覚悟ができていない。 想像すらつかない未来に、胸がぎりぎりと締め付けられる。
 嫡子を作ることは簡単だ。 嫡子を作るために腹を貸してくれる女も簡単に見つかる。
 だがそれを作るということは、尚人以外を手に抱く、ということなのだ。
 今更俺がなにを言うのだ、と鼻で笑われそうなものだが、尚人と契ってからというものの他の誰かを抱こうと思う気にもならない。 まあ苦痛を感じるほどではないので耐えれよう。
 ではなにが苦痛なのか。 問題は尚人なのだ。
 尚人が、俺以外の誰かと身体を繋げる。 それが一番の辛苦だった。
 俺だけの尚人が見知らぬ女に身体を預ける。 何度もだ。 嫡子を作るために、何度も身体を結ぶのだ。
 果たしてそれを間近で見ながら耐えられるのだろうか。 我慢できるのだろうか。
 きっと、できはしないのだろう。 だが嫡子を作ることは確実とした未来にある。
 尚人を手放す気など更々ない。 あれを他の人にやるなど、真っ平だ。 そうなるぐらいなら、一層のこと尚人を殺してしまった方が楽になれる。
 そう思って、俺は自嘲気味に笑った。
「はは……そうとうきてるな」
 どうしても、離したくないものだ。 失くしたくない。 ずっと側にいたい。
 もやもやとする。 この焦燥感を埋めてくれるのはただ一人しかいない。
 俺はじいと夜を空けるのを待っていられるほどまだ大人ではない。 今すぐに尚人に会いたい。 心にできた溝を埋めてほしい。
 そう思うといてもたってもいられずに、俺は尚人を呼び出すことにした。
 先日、尚人に聞いた話しによると、厄介な仕事を請け負っているらしいのだ。
 三雲組総本家に席を置いている幹部がもっている組。 つまりは二次団体の組が独自ルートを作り出し、ハジキやヤクを勝手に売りさばいてあら儲けをしているとのことだった。
 そんな勝手なことをされては三雲組のダメージも大きいし、沽券に関わる。 なにより契約違反でもあった。
 独自ルートを探し出し、裏を取る。 尚人はその仕事をしているとのことだった。
 この情報は清滝組にも入ってきていた。 なにしろその二次団体の組を潰すのに、清滝組総本家の幹部の組が手を貸すことになっているのだ。
 こういったときに二つの組の結びつきを公にし、三雲組と清滝組に逆らったらこうなるのだ、と示さなければならない。
 ピルルルル、という音と小さな振動を訴える携帯。 開くと尚人からのメールが入った。
 直ぐに連絡を届けてくれた携帯をスーツの内ポケットに仕舞うと、俺は急いで尚人がいる六本木へと急ぐのであった。
 足元がぐらぐらと不安定だ。 立っていられない。 見えない恐怖で、俺は押し潰されそうだった。

 無茶を言って飛ばしてもらったお陰か、予想以上に早く尚人がいる場所へと着くことができた。
 スモークがかっている窓から見える様子は物々しく、強面の男たちがわらわらと事務所の方へ入っていくのが見える。
 この様子からしてほぼ事態は沈着したのだろう。 先ほど受信したメールには独自ルートの裏をとることができたから、組を潰すと記載されてあった。
 後日、傘下の組や清滝組関連の組にこの組の絶縁状が送られてくるだろう。
 最もまともな身体で開放してはくれないだろうから、どのみち復帰は難しそうだが。
 俺はきょろきょろと視線をさ迷わせると、目当ての人物を探すことにした。
 今日もいつも通り、ヤクザに似つかわしくない白のスーツだろうと思っていたのだが、予想外に尚人は黒のスーツを身に纏っていた。
 少しだけそれに違和感を覚えると、車から降り立つ。
 ここにいるものは皆、親戚関係にあたるものだ。 念のために注意はするが、害を与えてくることはほぼないだろう。
 いつも通りワインを片手に若衆に指示を送っている尚人に、声をかけた。
「尚人、もう終わったのか」
「……迅!? な、んでここに」
「会いにきたんだ。なにか不都合だったか?」
「不都合っていうか、僕、仕事中なんだけど。見てわかるでしょ? いつもより大きな仕事だし、気を張ってんの。ていうよりメールで言わなかった? この案件が終わるまで忙しいから会えないって」
「緊急事態になったんだ。そんなものは関係ない」
「……フフ、緊急事態だって? 下半身が緊急事態だとか言ったらひき殺すよ」
「そんな馬鹿らしいことではない。それ以上に深刻だ」
「……どうしたの?」
「良いからこい。もう終わったのだろう? 後は四柳さんに任せてお前は俺についてくるんだ」
 いつになく真剣な空気に尚人は渋々頷くと、事情を説明しに四柳さんの方へと駆けて行った。
 俺が思った通り、粗方片付いているのか、案外すんなりと仕事を外れる許可をもらえたらしく、尚人は直ぐに俺の方へと戻ってきた。
 組も潰したし、独自ルートも叩き上げた。 後は警察が嗅ぎ付けないように綺麗に掃除をすることと、組への報告、絶縁状を送ることのみらしい。
 心配そうに俺を見上げる尚人の腕を強く引くと、俺は本家へと戻らず清滝組が管理するホテルへと車を走らせるのであった。
 俺のために年中空けているスイートルームへ尚人を連れ込むと、扉を閉める。
 昔は良く利用していたが、今となってはほぼ尚人専用となっている部屋。 尚人は慣れた様子で室内内臓のワインクーラーからお気に入りのワインを取り出すと、こちらへ向き直った。
「……で? どうしたの、迅」
 相変わらずの様子で、尚人は歯でコルクをこじ開け、そのままワインをラッパ飲みした。
 そんな飲み方では幾ら高いワインであろうと、台無しだ。 だが今更言っても無駄だろう。
 俺は上着を脱ぎネクタイを緩めると、尚人に近寄った。
 いつもは淡い色や白のスーツを着ている尚人が、黒色のスーツを着ている。 違和感を覚えられずにはいられなくて、尚人の腕を掴んだ。
 尚人もヤクザだ。 ヤクザらしからぬ見た目をしていようとも、ヤクザなのだ。
 なにを今更、俺はわかっていたんじゃないのか? わかっていたはずだ。
 見慣れないスーツの色だからだろうか、それとも親父の話が関係しているのか、急に尚人の存在が遠くになったような気がして、俺は怖くなった。
「……迅? 顔色悪いけど、どうし、たっ」
 歩み寄ってきた尚人の身体を強く抱きこむと、側にあったソファに押し倒す。
 その反動で尚人の持っていたワインが手から落ち、絨毯に落ちた。 飲み口からはどくどくと赤い液体が流れ出し、絨毯を赤く染めていく。
 少し恐怖のみえる瞳。 その視線に射抜かれたくなくて、俺は自分のネクタイで尚人の目を隠した。
 ここまでくれば尚人も今からなにをされるのか理解したらしい。 俺を押しのけようともがく腕が、強くなった。
「迅っ! ふざけるなっ! こんなことをしにきたんじゃないでしょ!?」
「……尚人、なおと」
「いっ……!」
 黒のスーツなど似合わない。 そんな色を着ている尚人は尚人ではない。
 嫌がる尚人を押し付けながら、俺は器用にスーツの上着とズボンを脱がせると、尚人から黒色を排除した。
 ついでに、と尚人のネクタイを外し、尚人の両手を拘束する。
 逃げ場などないに等しく、拘束されてしまった尚人は抵抗する力を弱めると、大きく息を吐いた。
「……フフ、なんの真似? 緊急事態だって、言ったでしょ」
「尚人は、俺のものだろう。それを確認したいだけだ」
「なにを今更……いい加減にしないと怒るよ? これ、外して」
「……終わってからだ」
 迅、と紡ぐその唇を塞ぎながら、尚人のパンツの中に手を進入させた。
 雰囲気もなにもないまま行為に突入しようとしている所為か、萎えている尚人自身。 それを優しげな手付きで触ってやれば、尚人の身体は小さく揺れた。
 何度も尚人と繋がったためか、尚人の身体は敏感になっている。 些細な刺激にも反応するようになった。
 偏に俺が仕込んだ所為でもあるのだが、今の自分はそれにさえ嫉妬をしてしまう。
 尚人が許して触れたことがあるのは本当に自分だけなのか、そうではないのか。
 ヤクザという職業は仕事内容が様々である。 犯罪行為から遊びのようなものまで、いろいろだ。 その中に、女を抱く仕事が入っていないと言い切れることもないだろう。
 現に俺もそういった仕事をしたことがあるのだ。 尚人もしたことがない、というよりはしたことがあるという説の方が確立は高い。
 もうそう思った時点で駄目だった。 どうしようもなくなったのだ。
 俺は頑なに口を開こうとしない尚人の唇に噛み付くと、尚人自身を握る手に力を込めた。
「っ、ふ……! んん」
 嫌々と首を振る尚人。 悪いがやめてやれそうにもない。
 なぞるように歯列を舐め、手を動かすスピードを速めた。 徐々に湿り気を増してきた尚人自身。 とろりと先走り液を流す先端をぐりっと弄ってやれば、尚人の身体は面白いように跳ねた。
「は、っ…ん、んん!」
 強い快感に絆され、緩く開いた唇。 ぬるり、とした舌を侵入させ、怯えきっている尚人のそれを捕らえた。
 噛んだらどうなるかわかっているのか、尚人は反撃する素振りをみせない。 が、反応をしてくれる訳でもない。
 冷え切ったような尚人の舌を一人弄び、吸い上げる。 それに対し小刻みに震える尚人。 恐怖故か、快感故か、どちらにせよ今の俺にそれを確認する余裕などない。
 呼吸をしづらそうに舌を引き、奥へと逃げようとする舌を追いかけ、強引に繋ぎとめた。
 同時に自身も刺激している所為か、尚人の下肢は自分が出したものでどろどろである。
 俺が動かす度に淫らな音を出し、喜びに震える。 身体は正直だ。
 それに気を良くした俺は自身を動かしながら、もう片方の手でパンツをおろし、奥ばった場所にある秘部へと指を忍ばせた。
 男故に固く閉ざされたそこを解すようにゆっくりと撫ぜ、指を侵入させる。
 ほんの少しの抵抗をみせたそこも、慣れた行為のお陰でスムーズに指の侵入を許可してくれた。
 俺の指を離さないとばかりに内壁が蠢き、締め付ける。
「尚人、……お前は、俺のものだ」
 ぐるり、と尚人の良いところを刺激してやれば、大袈裟に跳ねる身体。
 俺を受け入れるのも、俺が与えるもので喜ぶのも、尚人だけだ。 そうだろ? 尚人。
 手のスピードを速め、一度尚人をイかせてから、吐き出した精液を秘部に塗り込むようにした。
 本来ならばローションを使うのが適切なのだが、今はそれすら惜しいのだ。 取り敢えず早く繋がりたい。
 俺は中を解しながら指を三本に増やすと、早急に秘部を慣らしてやった。
 最初は大いに嫌がっていた尚人も、次第になにかを感じとったのか、抵抗らしい抵抗をしなくなった。
 痛みと快感に耐え、唇を噛む尚人の表情が扇情的だ。
 目隠しをしている所為か、いつもより敏感になっている。
 俺はずるり、と指を抜くとスラックスを広げ既に勃ちあがった自身を取り出し、尚人の秘部へと擦りつけた。
「じ、ん……ま、って……」
「待たない。悪いが受け入れてくれ」
「う、あ……っ! あ、ああ……いっ!」
 尚人の膝裏を掴み、挿入しやすいようにすると俺は一気に中へと突き入れた。
 多少解したといえども十分とはいえない。 尚人には苦痛の方が大きいのだろう。 唇を強く噛み締めると、痛みに耐えているようだ。
 可哀想だと思わない訳ではない。 だがそれ以上に繋がりたいと願う欲求の方が大きいのだ。
 俺は無理矢理に全部を収めると、あまりのきつさに眉を顰めた。
「……はあ、尚人……なおと」
「フフ、乱暴すぎるんじゃない……? もう、良いから……せめて、目隠しとって」
「……お前は、俺を」
「否定しない。拒絶もしない。迅の顔が見たいんだよ。……怖くないから」
「……わかっているのか? 俺がなにを考えて、こうしているのか」
「フフ、わからないよ。前にも言ったでしょ。僕たちは他人だって。言わないとわからない。……でも、迅が怖がっているのはわかるよ」
「尚人、……どうしたら良い? 俺に、教えてくれないか……」
 いつになく、弱った俺の声が響いた。
 こんなに情けない姿は初めてかもしれない。 だからこそ怖かった。 尚人を信用していない訳ではない。 だが、こんな俺を受け入れてくれるのか、それが怖かったのだ。