一瞬惚けてみせた正宗は和臣の吐いた言葉を飲み込んで理解すると、徐々に熟れた果実のように耳から頬を真っ赤にさせていった。
意味のない短い言葉を吐いて口元を覆う。初心そのものの反応に、和臣もつられるようにして照れた。だってこんなにも正宗が純情ぶった反応をするのだ、和臣はどうすれば良い?
おそるおそる伸ばされた手が和臣の髪の毛に触れた。今までのような嫌がる素振りをみせず、それを受け入れれば急いだように掻き抱かれた。
「な、ま、まさむ……っ」
待てもできない犬のようだ。両頬を乱暴に鷲掴みされたかと思うと、ごちりと歯がぶつかるような激しいキスをされた。痛みに唸って次第に血の味が滲もうと、正宗は止まる気配すらない。
無理に和臣の唇を抉じ開けて、戸惑いのまま萎縮している舌を引っ張って絡ませ合う。呼吸もままならぬほどの熱い口付けに、零れた唾液が顎を伝って制服を濡らした。
拘束すらされていない両手で正宗の髪の毛を引っ張ったり、肩を叩いたりしてみるもののびくりともしない。次第に深くなる口腔への蹂躙に、和臣は力をなくして縋りつくような形になった。
(こ、こんなの……急過ぎるだろ……あんた、人がきたらどうするっていうんだ)
息もつけぬほどの責め。激しさを増すばかりで正直気持ち良いのかすらわからなくなってくる。
だけど触れ合う唇と、肌が気持ち良過ぎてそれだけで和臣は十分だった。これほどまでに求めてくれているという事実が大事なのだ。正宗が必死になって、和臣を抱きとめているという。
野蛮な口付けに満足したのか、攻めている正宗も荒ぶった息を吐くと和臣の口から舌を抜いてべたべたになった顔を舐めた。くすぐったさに和臣が声を漏らせば、狼が唸るかのようなそんな低い声を出す。
「……わりい、我慢できねえ」
「は? え、あ、あんた……っ! ちょ待て……こんなっ!」
幾ら和臣の方が少しばかり身長が低いからといっても、簡単に抱き上げられるほど軽くはない。それをわかっているのか、正宗は半分引き摺るようにして和臣の身体を直ぐ側の空いている教室に放り込んだ。
社会資料室と書かれてある教室は正にその名の通りで、教室というよりは社会の授業に使う資料などが置かれてある部屋である。滅多に人の出入りもない上に掃除もしていないのか埃っぽくてものがあちこちに散乱していた。
正宗の瞳が欲情を帯びているのがわかる。上に圧し掛かられて見下げられた和臣は一気に体温が冷えるのを感じた。
(あんたこんな場所でヤろうっていうのか!? 用意も、なにもなしで!? べ、別にそんなムードとか大事にしたい訳じゃないけど……これはあんまりだ!)
硬い床に寝かされたまま、和臣は正宗の胸を押すと必死に抵抗をしてみた。
「馬鹿か! 俺は嫌だからな、こんな場所!」
「大丈夫だ、誰もこねえって」
「そういう問題じゃないだろ!? いろいろとあるだろう! 俺が下なのはこの際どうでも良いが、さっき想いが通じ合ったばっかりで直ぐにセックスっていうのは嫌だ! それにこんな場所も汚いし、……用意だってなにもないじゃないか。もうちょっと、その……付き合いとか深めようって気はないのか、あんた」
「ねえな。仕方ねえだろ、俺だって健全な男子高校生だ。好きな奴に好きって言われりゃ欲情もするわな? なんせ今までずっと片思いだって思ってたし、それが触れても良いってなりゃ触れたくなんだろ。頭の中じゃ何回も犯してるてめえをこの手にできたんだ、早くシたいって思うのが普通なんじゃねえの」
「お、俺の意見だってあるだろ!」
赤裸々な告白に流されそうになる心をぐっと押さえ込んで反論した。だけど正宗はいやらしく笑うだけで退く気配もない。
「この俺様がてめえに健気に操立ててやってたんだ、ご褒美ぐれえくれよ」
「な……っ、た、頼んだ覚えはない!」
「可愛くねえ口だな、おい。ま、最後までヤらねえから安心しろ。お前の処女はちゃんと部屋で奪ってやるから、今は大人しく俺に翻弄されて喘いどけ」
展開が急過ぎてついていけないまま、正宗の手があっさりと和臣へと触れ始めた。だけど和臣同様正宗とて実感があまりないのだろう。ないからこそ、こうやって急いで関係を深めようとしている。
身体が繋がったからといってそれが証拠になるのかと聞かれればいまいち和臣には理解できないが、プライドだけが異様に高く他人に触れさすこともない和臣だからこそその手を触れさせているというのが正宗にとっては重要なのだ。
わかっていたから和臣は文句を口の中に押し込んでこの場は正宗の好きにさせてやることにした。どの道気持ちを焦ってほしがっているのは和臣も同じなのだ。
「ほっせえな、てめえは。ちゃんと食ってんのか? 張りぼての筋肉つけたって意味ねえだろうが」
「う、うるさ……っん……」
ブレザーを剥がされ、カーディガンとシャツをたくし上げられる。露になった胸元に正宗の手が這えば、どことなく変な感じがした。
肌寒い空気が曝け出された肌を襲って思わず身震いする。寒さ故に立ち上がった乳首を面白そうに正宗は摘むと、きゅっと柔らかく捻った。下肢にずくりと響くようなものはあまりないが、くすぐったいような微量の悦がひりひりと侵食していく。
「は……は、ぁ……」
この場に興奮しているだけなのか、愛撫で喘ぎを漏らしているだけなのか、和臣は熱に浮かされたように身体を強張らせるともじもじと揺らした。
「乳首気持ち良いのか? なあ、腰揺れてっけど」
「あ、んた……っデリカシーもないのか……!」
「言葉で苛めるのが醍醐味ってやつだろ? 好きな奴相手じゃ尚更面白れえ」
左手は執拗に尖った乳首を弄りまわして、右手は腹筋をなぞったり胸元を擦ったりしている。直接的な愉悦じゃないからこそ和臣は荒い息を吐くだけで留まってしまう。理性を手放せずに、羞恥に死んでしまいそうだ。
悔しくて、だけどどこか縋りたくなって両手を差し出すと正宗の首に回してほんの少しだけ引き寄せた。
「やけに積極的じゃねえの」
「む、だぐちを……ったたく、な……っ!」
和臣の手を好きなようにさせてやりながら、正宗は顔を下降させると白い胸元に口付けて痕を残す。本当は鎖骨を食んで舐めて、首筋にむしゃぶりつきたいのだがそこまで引ん剥いてしまえば寒い思いをするのは和臣だ。
秋だからといって空調もシーツも布団もない床で全裸にしてしまえば、流石に可哀想だろう。それは部屋に戻ってからのお楽しみだ。正宗はそう言い聞かせると、唇で胸元中に口付けて乳首をちゅうっと吸った。
「ぁ、ン……っ!」
喘ぎ混じりの吐息ばかり吐いていた和臣の唇から、高くて色を帯びた声が漏れた。そのあまりの可愛さに悶えそうになった正宗はそのまま子供のように乳首をちゅうちゅう吸うと、もう片方の乳首も摘んで愛撫してやった。
元々感じやすい身体なのか、それを快楽と受け取ったらしい和臣はぴくぴく痙攣して首を横に緩く振る。
「あ、ぁ、あ……や、や……まさむねっ……」
弱音が混じった声色にますます楽しさが増す。正宗は柔らかな歯を立てると、乳首を軽く食んだ。
「う、ぁあ……っ!」
びりびりと電流のようなものが背筋を駆け巡る。和臣は背中をしならせると、焦れったい乳首への愛撫に発狂しそうになった。
「も、もう、むり……! 正宗、っさ、さわ……れ」
「どこを?」
「あんた、っそ、そんなことまで俺に言わすのか……!」
「へーへー。素直にちんこも可愛がってくださいって言やあ良いだけだろ? ったく恥ずかしがりやかてめえは」
「そういう問題じゃない! あんた馬鹿か!」
にやにやと笑いながら正宗は和臣が所望する通りズボンを寛げさせると、ボクサーパンツの上からはっきりと主張している性器を取り出してやった。
乳首を弄ってやっていただけだというのにべたべたに濡れたそこは何度か擦ったら直ぐに達してしまいそうなほど硬くて、反り上がっている。指先で軽く弾いてやれば、和臣は口元を手で覆ってびくりと身体を震わせた。
「和臣、イきそうか?」
耳元で熱い声がする。恥ずかしくて目を瞑っていた和臣が緩く目を開けば、直ぐ近くに正宗の顔があった。
耳朶を唇で食まれて舌を捩じ込まれる。直接的に響くいやらしい音と刺激に腰を捻らせると、唇を噛み締めた。
「は……っく……」
「お前よほど感じやすいんだな? 苛め甲斐あるわ」
「だ、だまれ……!」
「なあ先にイきてえ? それとも一緒に? 俺だってお前のエッチな姿見てただけでもうこんな」
正宗は制服越しに勃起した性器を和臣の太股に擦り付けると、荒い息を吐いた。気持ちばかり先立って快楽を拾いやすくなって、こうしているだけで興奮しているのは和臣だけではなかった。正宗とてそれなりに必死になっていた。
そう思うと心臓がぎゅっと締め付けられて、正宗の吐息だけで達してしまいそうになった。
(あんた俺様のくせに案外可愛いところあるよな……そういう顔も、態度も、俺しか知らないのかな? だったら、良いよな……)
愛おしくなって、今度は和臣から口付けた。正宗の両頬を掴んで引き寄せて、たどたどしいながらも舌を重ね合わせるディープキス。大人のキスだ。
こんなことをするのは正宗が初めてなので下手には変わりないだろうが、見よう見まねでやってみた。
「ん、俺も……あんたが、ほしい」
「……、なっ……!」
「も、もちろん部屋で、だ。ここではお預けだからな! だから、今は……その」
ちらり、と視線を正宗の股間へとやる。ズボンに覆われているためどうなっているのかわからないが、さっき太股に触れたときは硬かったように思う。
手を伸ばして正宗がしてくれたのと同じように触れようと思ったが、今度はそれを阻止された。
「駄目。今てめえに触られたら自制効く自信なくなっちまうから、そういうのは部屋でな。……ってあーくそ! 最初から部屋に連れ込んでヤりゃ良かった! したらお前に突っ込めたのによ」
「……あんたほっんと最低だな! 無駄口叩いてないでさっさとイかせろ」
「ああ?」
「……二人でイったら部屋に移動すれば良いだろ。どの道今日はもう、授業にならないし……あんたと過ごすのも悪くはないかもな」
「デレモードか? てめえ、こんなときばっかり可愛くなりやがって……ちくしょう、覚悟しとけよ!」
そう言いながら正宗はズボンから勃起した性器を取り出した。隆々と天を向くその性器を見ていれば、到底受け入れられる気もしなかったが、今は考えないようにしよう。
正宗が己の性器と和臣の性器を重ねて握り込む。そしてやわやわと擦り始めれば、不思議な愉悦が身体を支配した。
「ぁ、あ……ぅ、あ……」
硬い切っ先と正宗の骨張った指先が刺激を連れてきて、快楽の淵へと引きずり込む。頭が真っ白になるような激しいものではないことが余計に和臣の気持ちを高ぶらせた。
お互いを擦り合って荒い息を吐いて獣のように愉悦だけを追い求めるなんて滑稽にもほどがありそうだけど、それこそセックスというものかもしれない。少々夢を見がちだった和臣だが、現実はこんなにもリアルで熱くてどうしようもない。
ぬちぬちと濡れた音が響いて、和臣は瞼を強く閉じると床に爪を立てて背中を弓なりにしならせた。
「も、もっ、イき、そ……正宗、ぇ……」
「ったく……てめえ可愛過ぎんだよ、糞が……っ!」
失態を吐きながら手のスピードを上げた正宗も限界が近かったらしい。和臣が痙攣して絶頂に達するのとほぼ同じタイミングで、正宗も欲を吐き出した。
二人分の精液がどろりと混ざって正宗の手から零れ和臣の腹を汚した。白が混ざってどっちがどっちのかわかりもしなかったけれど、どこかその光景に見惚れていた和臣はイったばかりで敏感な身体のまま正宗に抱きついた。
きっと、螺子を落としたのだ。あとから振り返れば相当恥ずかしいことをした。だけどそのときの二人は、この世が滅んでも良いといえるぐらいに幸せに包まれて満ち足りていたのである。
記憶を辿っていけば、結局あのあと直ぐに身支度もそれなりに正宗の部屋へと傾れ込んだ二人は急くようにしてベッドで絡み合った。それはもう、野獣のように。
授業中とあってか正宗の同室者もいないということがより二人を大胆にしたのだろう。セックス初心者だというのにも関わらず、和臣はありえない行動ばかり取っていたように思う。
愛おしさに頭が弾け飛んで、恋の成就にとち狂っていたのだ。気分さえ落ち着けばなんてことはない。もうあんなことは二度とできないだろうというほどに乱れ切った濃厚な時間だった。
正宗の大きなそれを後孔に挿入するときは咽び泣いて抵抗したが、時間をかけて受け入れることができればそこからはノンストップだった。二人とて健全な若い男子高校生、性欲が真っ盛りの時期ともなれば歯止めも効かない。
意識を失うまで、出すものがなくなるまで睦み合うとそのまま泥のように眠ったのだった。
(ありえない! ありえない! だから消えろ! 思い出すな! あれは俺の所為じゃない! 正宗が悪いんだ、あんたが愛してるだのなんだのばっかり言うから……つい俺も調子に乗って……あ、でも気持ち良かった……じゃない!)
正宗に好きだと言われて付き合ってセックスをしたその日から、一週間が経った。未だに色濃くある記憶に百面相をしている和臣はそれなりに感情の整理はできたものの、やはりどこかまだ浮ついてはいた。
だって初恋なのだ。恋も付き合うのもセックスをするのもなにもかもが初めてで新鮮で、そして俺様なはずの正宗もぶっきら棒だが優しい。言葉は悪いけれどきちんと大事なことは言ってくれる。
色惚けしていると噂されてもどうでも良いと思えるほどに、和臣は絶頂の幸せに浸り使っていた。
そんな二人を新聞部がからかって見出しにしても後ろ指差されても、なにをされても和臣は上の空で時折正宗のことを思い出しては恥らう素振りを見せるから、違った意味で人気が出てきているということを知らぬは本人ばかり。
久々に昼食を共にしている姫こと大地も、同室故に一週間見続けてきたがここまで人が変わられても正直ついていけず、だけど喜ばしいことだから取り敢えずは黙っていたもののいい加減苛ついて和臣の頭をべしりと叩いた。
「ちょっと! 和ちゃん僕より色惚けしてない!? っていうかそろそろ落ち着いてよ!」
「なっ……べ、別に色惚けしているつもりはない。あんたの気の所為じゃないのか? それより大地はどうなんだ? 宮城と上手くいっているのか?」
「いってるけど……けど……和ちゃん最初は反対してたのに、もう反対しないんだね?」
「あ、いや、その、反対してた訳じゃ……」
「……良いけどさ〜、それより櫻田は優しいの? 泣かされたら言ってね、しっかり苛めたおしてあげるから! ほ〜んと和ちゃん趣味悪くって僕には理解できないけど、和ちゃんが笑っていられるうちは応援するからね」
「あ、ああ、ありがとう。その、大地もな」
可愛らしい天使のような幼馴染大地はお弁当を美味しそうにかき込むと、秋晴れの空をなんとなしに眺めた。
二週間前は絶望の世界だった。大地も離れて、正宗は遠くて。一週間前から世界は急速に音を立てて変わり始めた。大地のことを受け入れる気持ちが整って、正宗に受け入れてもらえた。
そして今日、今、この瞬間の世界は何色をしているのだろう。
(あんたの所為で思考まで色惚けし始めたらしい……どうしようもないな。あんた、今頃なにを考えているんだろう……俺のことかな? だったら良いな。……ってなにを考えているんだ、俺は。馬鹿か)
気を取り戻して恥ずかしくなった和臣は片手で顔を覆うと溜め息を吐き、早く気持ちが地に足がつくようになれば良いと思った。こんな恥ずかしいばかりの己が存在していたこと自体知らなかった。
溜め息を吐いて逃げた幸せが電波に乗って逆戻りしてきた。そんな気がするメールの着信、光った名前はもちろん正宗。
(あんたからだ……、え?)
慌てて上を向けば、三階の窓から手を出して笑っている正宗の姿があった。だから和臣もぎこちなく笑い返すと手を振って電波を届ける。逃がした幸せが戻ってきたのを、また逃がしてやるのだ。いいや、逃がすのではなく正宗に届ける。電波に乗せて。
見事な秋晴れ、そよそよと肌寒い風が頬を撫ぜて身震いする大地。だけど和臣と正宗だけは春の訪れだともいいたいほどに、恋にゆっくりと狂っている。