年中冬季であるクリスマス島は、地球に派遣されるサンタクロースとトナカイが住んでいる島であった。
優秀なサンタクロースとトナカイを育てながら、クリスマス本番までのプレゼントの事前調査や地球の内情観察、人間の個人情報など、いろいろな仕事をしていた。
一年に一度きりのクリスマスを成功させるためにこの島は存在しているのだ。なにもプレゼントを配るだけが仕事ではない。本番前も大事なのである。
花形になれるのはたった一日。それも人間に姿は見えない。直接感謝される訳でも、サンタクロースやトナカイがいなくとも地球が滅びる訳でもない。
それでもこの島の人々は立派なサンタクロースやトナカイになることに憧れてやまない。
クリスマスの翌日の朝、嬉々とした笑みを浮かべる子供たち。その笑顔を見られることが遣り甲斐でもあり、醍醐味でもあるのだ。
だからか、一人前のサンタクロースやトナカイになることがなによりのステータスなのであった。
いろいろな街や星からサンタクロースやトナカイに憧れてこの島にやってくるが、実際はそう簡単にはなれず志半ばで諦めるものが多い。かなり競争率の高い職業なのである。
誰でもサンタクロースになれる訳ではない。厳しい練習と実務経験、そして試験を経てやっとサンタクロースの資格がもらえるのだ。
そしてその資格をもらえても、二年間の修行が必要だった。一人前のサンタクロースの元で修行をし、そのサンタクロースに合格をもらえてから晴れてサンタクロースになれるのだ。それはトナカイもしかり。
逆にその試験に落ちてしまった人は地球の人々に贈るプレゼントの用意だとか、どこに配送するだとか、事務処理へと回されてしまう。
それでもまだましな方だ。最初の資格がもらえなかった人はクリスマス島にいる権利さえなくなってしまうのだから。
そんな厳しいサンタクロースの世界であったが、一人だけ不埒な理由でサンタクロースになったものがいた。
サンタクロース界を震撼させたほどの優秀な頭脳と一発合格を得たそのサンタクロースは、たった数年サンタクロースをしただけで引退してしまった。自らサンタクロース教育者への希望を出したのだ。
だがまだまだ現役でサンタクロースをやれるほどの能力も、経験もある。寧ろサンタクロースでいてほしいほどの逸材なのだ。
今も現場復帰の声が多くかかるそのサンタクロースは、サンタ協会からの打診を無視して自室に引き篭もっていたのである。
ここはクリスマス島日本支部東京都区域配達の仕事を請け負っているサンタクロースやトナカイが生活をする街だ。そんな街の一角にあるログハウスのような家に、そのサンタクロースはいた。
艶やかな黒髪に華が咲いたような愛らしい容姿。小柄で可愛らしいそのサンタクロースは、見目に合わない下品な笑い声をあげながらPCの前で身悶えていた。
カチカチとクリックするたびに悶えて奇声をあげるそのサンタクロースに、同居しているトナカイが呆れたような声を出す。
「おい、蓮。まだやってんのか?」
蓮という名のサンタクロースはくるりと後ろを振り向くと、にこにこと愛嬌のある笑顔をみせた。
「まあまあ、良いじゃん。これくらい可愛い趣味でしょ?」
「可愛いか……?」
そんな蓮に呆れ顔をしているのはトナカイの柚斗。蓮専用のソリ引きである。
非常に優秀であるサンタクロースの蓮は、専用のトナカイを所有していた。トナカイを自分の専属にできるのも、優秀なサンタクロースの証の一つ。
最も柚斗と蓮は小さい頃からの腐れ縁なので、縁を探すことなく決定したのであったが。
それでも柚斗は非常に人気のトナカイで、蓮専用と知っていてもいろんなサンタクロースから引き抜きの声がかかるほどなのである。もちろんふらりといってしまうこともない。
そんな最強のタッグである二人が今見つめているのは、ずらりと並ぶ個人情報であった。
蓮はサンタ協会のネットワークにハッキングし、東京都内に住む人間の個人情報を見ていたのだ。もちろんご法度なことである。
「あーったくろくな情報ないよね……」
「なあ、ばれたらやばいんじゃないのか?」
「大丈夫だって、悪用する訳でもないし。それに俺たちはクリスマスの日にしか地球に行けないじゃん? 見たところでなにができる訳でもないし〜」
「そうだけどさ……って、お前教育係じゃなかったっけ?」
「うん。そうだよ」
「じゃあなにが理由で見てる訳?」
「もっちろんあれに決まってるじゃん!」
その言葉にげっそりとした表情を見せた柚斗は、呆れて言葉すら紡ぐことができなかった。
非常に優秀である蓮が何故サンタクロースを引退したのか、それはこの個人情報に関係があった。
サンタクロースは基本的にクリスマスの日以外地球に降り立つことができない。クリスマス当日に降り立ったとしても観光などをする暇なくプレゼントを配送し、配送し終わった頃は日が明ける前なのでクリスマス島に帰らなければならないのだ。
クリスマス島にある地球ゲートが開かれるのは年に一度。そしてそのゲートをくぐるには地球耐用のサンタスーツが必要なのだ。
そう、蓮はそのサンタスーツが欲しかったのである。
一度サンタクロースになってしまえばサンタスーツは永遠にサンタクロースのものになる。即ちサンタクロースを引退しても、行こうと思えば地球に行けるのだ。
もちろんサンタクロースを引退した後に地球に行こうなどと考えているサンタクロースは蓮以外にいない。地球に行ったところでなにもできないからだ。
だが蓮はサンタクロースの仕事がないときの地球に用があった。それは蓮の趣味に関係していた。
「じゃじゃーん! 東京都区域に住むゲイカップルの一覧! すっごくない!? 去年より増えたよ!」
うきうきとして話す蓮。ここ近年、恒例の光景でもあった。
サンタ協会が保有している地球の人間の個人情報は、住む家から始まり好物、趣味、嗜好、人間関係、行動まで把握できるのだ。もちろんこれはサンタクロースが円滑に仕事を進めることができる上での情報だ。
これに目を付けたのは蓮。この情報ならばクリスマスにゲイカップルがデートをするかどうかということがわかるし、セックスするかどうかもわかってしまうのだ。
蓮は男同士がいちゃいちゃしている姿を見るのが趣味なのである。サンタクロース島では覗きができないために、堂々と覗きができる地球に目をつけた。
たった一年に一度の覗きであるが、蓮にとっては最高のクリスマスプレゼントなのだ。これを見るためだけにサンタクロースになったも同然なのだから。
見目麗しいゲイカップルをピックアップしながら恍惚とした表情を浮かべている蓮に、柚斗ももう小言を言うのはやめた。言っても素直に聞くようなたまではない。
「……少なめにしておけよ」
そう、柚斗も実のところ共犯なのである。なんだかんだ言って蓮に弱い柚斗は蓮のお願いを却下することができず、クリスマス当日にゲイカップルの側までソリを引くのだ。
サンタクロースはトナカイがいないと移動できないので、柚斗は何年も蓮のお願いを叶えているのであった。
PCの前でにこにこと嬉しそうにハッキングをする蓮と、そんな蓮を見ながらココアを飲む柚斗。穏やかな時間が流れていたのだが、それを引き裂くようにチャイムが鳴った。
ある程度予定内に入れていた訪問者に柚斗は腰を上げると、玄関へと向かう。
「蓮、多分サンタ協会の人だからネット画面隠しておけよ」
「はーい」
扉を開くと案の定、そこにはサンタ協会のトップである颯が立っていた。
毎年クリスマスが近くなると蓮をサンタクロースに、という声が多くかかる。優秀なサンタクロースが一人いるだけでも仕事が随分と捗るのだ。
けんもほろろに断っているのにも関わらず未だに勧誘がくること自体凄いことなのだが、蓮はちっとも興味を示さなかった。
険しい表情をした颯と、颯専用のソリ引きであるトナカイの柳星。この柳星、例に漏れなくトナカイ界のトップなのであった。
「なんの用っすかね?」
「わかっているのだろう。サンタクロースの件だ。お邪魔させてもらっても良いか?」
「ああ、はい」
快く颯と柳星を招き入れた柚斗は二人をソファに誘導させると、未だにネットをしている蓮に声をかけた。
「蓮、お客さん」
「あーもーなに? またかいちょー? よっしーまでいるし……」
よっしーとは柳星のあだ名である。蓮が勝手につけたあだ名だ。
蓮に恋慕を抱く柳星は名を呼ばれたことに嬉しそうな顔をすると、小さな尻尾をぶんぶんと振った。
仕方なくネットを閉じた蓮は立ち上がり、二人が座っているソファまで移動をする。柚斗はそんな三人に飲み物を入れるべくキッチンへと引っ込んだ。
向かい側にどすんと座って不機嫌な表情を隠しもしない蓮に、颯は早速と言わんばかりに口を開くと恒例のお願いを申し出た。
「サンタクロースに戻ってくれないか?」
「断る! もうサンタクロースはしないの!」
「どうしてだ? 蓮君ほどの実力ならいずれサンタ協会の会長になれるんだぞ」
「今のかいちょーの位置でしょ? 別になりたくないし……俺は教育者で十分」
「もったいない。給料も増えるし、サンタ同士のいちゃいちゃも見られるぞ?」
「うう……」
決まったような会話のやり取りに、思わず苦笑いを零す柚斗。二人とも飽きもせず同じようなことばかり言っている。
いい加減どちらかが折れれば良いものの、折れる様子もないのだから聞いているこっちが飽きてくる。
耳に馴染んだ攻防を繰り広げている蓮と颯の傍らでじいとしていた柳星も飽きてきたのか、大きな欠伸をすると立ち上がり蓮の身体をぎゅっと抱きしめたのであった。
一人前のトナカイになったときに生えた尻尾が、はち切れんばかりにぶんぶんと振れている。柳星は甘えるように引っ付くと首に顔を埋めた。
「わ! な、なにすんの!」
「なんかむらむらしてきた」
「は、はあ!? あ、ちょっ、ぎゃあ! ま、待って! あ、かいちょー! ちょっと! 見てないで助けっ」
蓮を抱き上げた柳星は勝手知ったるという感じで寝室に一直線に向かうと、部屋へと入っていった。
そんな二人の様子にいまいちついていけなかった柚斗と颯だったがはっとした頃にはもう遅い。寝室に消えてしまった後であった。
「行っちゃいましたね……」
「あ、ああ……まあ柳星も会うのが久しぶりと言っていたから我慢が効かなかったのだろう。連絡も無視されていると言っていたからな」
「そうなんすか。じゃあ暫くは出てこないってことですね」
「仕様がない。出てくるまで待たせてもらうぞ」
「どうぞどうぞ。これも想定内っすからね。後は蓮が認めてくれたら万々歳ですよ」
「それはなかなか難しそうだがな」
柚斗と颯は顔を見合わせると苦笑いを零した。
蓮に惚れた柳星がアタックしてからどれぐらい経つのだろうか。幾度となく好きだと言う柳星に逃げ回る蓮。一見柳星の片思いかと思われたが、実のところ両思いなのである。
ただ素直になれない蓮が好きだと言っていないだけで、二人は恋人同士のようなものだ。
セックスもキスもしている癖に好きだと言わない蓮に焦れる周りであるが、本人たちが幸せそうなので傍観するに限る。今とて寝室でいちゃいちゃとしているのだろう。
柚斗と颯は慣れた様子で室内に大きめの音楽を流すと、まったりと現在の地球のクリスマス事情について語り合うのであった。
一方寝室に入っていった二人は案の定ベッドでささやかな攻防を繰り広げていた。
蓮をベッドに押し倒し身体を弄る柳星に、身悶えながら抜け出そうとする蓮。目には見えないが、甘い雰囲気が辺りにひしひしと漂っていた。
「蓮、可愛い。久しぶりだな、元気にしてたのかよ?」
「ちょ、ちょっと……どいてよ」
「やだ。だっていちゃいちゃいたいし」
真っ赤に染まっている蓮の頬を優しく撫ぜると、柔らかそうな唇に柳星は口付けた。ふにっという感触ももういつぶりだろうか。
きゅっと目を瞑った蓮にふんわりとした笑みを浮かべると、蓮を抱き締めながら激しいキスをした。
弱々しかった抵抗が完全に止む。背中にそろりと回ってきた腕に柳星は気を良くすると、侵入していた手を動かしふくりと立ち上がった突起を摘んだ。
途端にぴくりと反応をみせた蓮に柳星は唇を離すと、快楽に染まった瞳を覗き込む。
「蓮」
感じている顔をじいと見る。噛み締めた唇からは甘い艶声が漏れ、触れた身体は小さく震えていた。
いつもつっけんどんな蓮がしおらしく、そして愛らしくなる様に淫虐心がひょっこりと出てしまった柳星は蓮の胸の突起を捏ねくり回しながら意地悪を口にした。
「蓮、好きだ。蓮は?」
「っ、え、あ、す、すきじゃ……」
「へえ? じゃあ蓮は好きでもない奴とこんなことすんの?」
「え、ち、ちが」
「オレ以外にもこうやって、身体開いてたりすんのかよ」
少し硬めの声質でそう言えば蓮は泣きそうな顔になった。実際していないと知っているからこそ強めに言えることであって、蓮が柳星以外とセックスなどしようものなら柳星は嫉妬で狂ってしまうだろう。
蓮の目尻に溜まった粒が涙となって落ちる。それを見ても、柳星は表面には出さず蓮の突起を執拗に弄り続けた。
「なあ、どうなの。蓮、オレはセフレなのか?」
「や、やだっ! ちがうって、ばっ! も、ちがうっ」
「なにが違うの。そうだろ? オレたちセフレじゃないのか?」
決定的な一言。蓮は目を大きく開かせると、唇が白くなるほど強く噛み締めた。
ずきずきと胸が痛む。途切れた呼吸に内から沸きあがる衝動。今にも泣きそうになるのを踏み止まるので精一杯だった。
確かに柳星に好きだと言ったことはないが、それでも自分は柳星の中で恋人に近い存在だと思っていた。柳星がいつもいつも好きだと言うから、そう思っていたのだ。
なのに柳星はセフレだという。身体だけの関係だと。
ひっく、と漏れた声が境目になったのか蓮は子供のように涙をぼろぼろと零すと、柳星の腕を強く握り締めた。
「や、だ……っ、セフレじゃないっ」
「じゃあなに? 蓮はオレのこと、好きじゃないんだろ? 好きじゃない奴と、セックスしてるんだろ?」
「そ、れは……」
そろそろ柳星も区切りをつけたかったのである。はっきりとしたかったともいう。
いつも逃げ回ってばかりの蓮を追うのも楽しいが、たくさん甘やかして甘えたりもしたい。好きだと言葉で聞きたい。
柳星なりの強めの行動が効いたのか、蓮はぼろぼろと零れ続ける涙を拭うと蚊の鳴くような小さな声で言葉を吐いた。
「好きじゃ、なくない……」
「え?」
「だから、セフレじゃない! 好きじゃない人とも、エッチしないし、……だから、よっしーは、好きじゃなくないから、……エッチ、する、の」
「なにそれ」
かなりまどろっこしい言い方に柳星はぽかんとしてしまった。これは予想外の言葉だ。
そんな柳星の表情を悪い意味で捉えたのか、蓮は顔色をさっと悪くさせると縋るように柳星の手を握り締めた。
「よっしー、は? よっしーは、……俺のこと、好きなんだよね? ほんとに、好きなの?」
好きだと言われて戸惑った心に、すうっと入り込んできた柳星。いつの間にか蓮の中で大きくなっていた柳星。
気付けば翻弄されたままセックスまで雪崩れ込んでいたのだ。気持ちがあったからこそ蓮は許したのだが、いまいち実感というものがなかった。
恋を知らないからこそ、柳星が本当に自分を好きなのかがわからない。大切にしてもらっているとわかっていても、嘘でしたと言われたらどうしようという不安があるのだ。
蓮の確かめるような言葉にむっとした柳星であったが、恋愛初心者の蓮に焦って関係を強要したのは自分である。急ぎ過ぎたと自覚があったため、優しい声音を出すことに努めると宥めるように頬を撫ぜた。
「信じてねえの?」
「……セフレとか、いない? 俺だけ?」
「蓮だけ。他のは切った」
「……嘘。よっしーモテるもん。俺だけじゃ、ないでしょ」
「ほんとだって。オレは、蓮のもの。だから、蓮もオレのものになれよ」
懇願に近い言の葉が蓮に届いたのか、薄っすらと目元を染めると目線を下げて小さく言った。
「……俺は、よっしーのだよ」
「じゃあ言えよ。好きだって」
「……今度で、い……? ま、まだ恥ずかしい、から……でも、俺はよっしーのだから。その、キスも、エッチも、よっしー以外と、してないから」
「しゃあねえなあ。じゃあクリスマスの日に言えよ? それまで待っててやるから」
「……うん」
蓮に弱い柳星は結局蓮の言うことならなんでも聞いてしまうのである。
だが今日でかなり進展したのも事実。はっきりとしていなかったものがはっきりとした瞬間。強固なる言葉を聞けたのだ。最後の仕上げはクリスマスの日に楽しみにとっておこう。
柳星は泣き過ぎた所為で熱を持ち始めた瞼に優しくキスをすると、痛いくらいに抱き締めたのである。
「今日はエッチやめとく? オレはしてえけど、いちゃいちゃもしてえな〜」
子供のように縋り付いてくる蓮の様子から見て、蓮も随分と不安だったようだ。お互いこの時期は忙しい身なのでなかなか時間も合わず会えることが少ない。
なんだかんだいって久しぶりの逢瀬を待ち望んでいたのは柳星だけではなかったのだ。連絡を無視するのも会いにこいという言葉のないメッセージ。
素直になれない意地っ張りな蓮は柳星が歩み寄ってくれるからこそ、その存在に甘えられる。手を伸ばされないと触れようともしないが、触れられたら驚くほどに甘えるのだ。
そんな蓮の可愛い行動を知っているのは柳星だけ。柳星だからこそ引き出せる蓮。
いつか蓮の方から縋ってくれることを願いつつも、我慢が仕切れずに先に縋ってしまう柳星なのであった。