頭上に広がる真っ青な空。
所々に存在している雲を見つめて俺は心を空っぽにした。
遠くから聞こえる人の声がどこか気持ち良く響き、瞼が重くなるのを止めることもせずに寝ようとした。
今、俺がいる場所は、大学の敷地内にある中庭だ。
ここは大学の隅っこの方にある場所だからか、人通りも少なく安心して昼寝できる。
大学に入って二年と少し。
程々に勉強して程々にさぼっている大学生活を送っていた。
なにもかもが色褪せて見える大学生活に楽しみは少なく、友達と一緒にいるより独りの方が楽だった。
ごちゃごちゃと煩い頭の中を完全にシャットアウトさせることに決めた俺は、深く息を吐いてもう一度青空を見上げた。
泣きそうにも見える色合いに目を奪われていたら、少し離れた場所からぼそぼそと喋る声が聞こえた。
一人ではなく、二人だ。
こんな場所にくる奴は珍しいものだ。
興味を持った俺は身体を少しだけ起こすとそちらの方に視線を移した。
そこには小柄な女と、良く見知った顔があった。
雰囲気的に告白を受けているのだろう。
俺の知り合いは少し困った顔をしながら頬を掻いていた。
「……相変わらずだな」
ぼそりと呟きながらも、結果の見えた告白をずっと見ていた。
やはり結果は予想した通り。
知り合いは女を振り、すまなそうに頭を下げた。
知り合いが元々から持っている雰囲気の所為なのか、女は泣くことも怒ることも詰め寄ることもなく温和なムードで去っていった。
それを見てから俺は身体を完全に起こし、知り合いに声をかけた。
「星子、モテんね、お前」
「……深星? なんでここにいんの?」
「お昼寝中。つーかモテるって良いね」
「なに言ってんだ、お前だってモテるだろ?」
「モテないよ。まあ裏で冷酷って言われてるくらいですから」
「あー……もうちょっと優しくしたら?」
「お前みたいに器用じゃないしね? それに、いらないし、な。一緒だろ」
俺の知り合い、星子 慶介(ほしこ けいすけ)は苦笑いをしながら俺の座っているベンチに腰をかけた。
ハニーブラウンに染めた綺麗な髪が、太陽に当たってきらきらしている。
星子は名前の通り、どこかの星からやってきたみたいに綺麗な顔をしていた。
日本人離れした顔に、優しく温和な性格。
家柄も良いときたら女だってほっとく訳がなく、そりゃ物凄くモテていた。
そんな星の王子様と知り合ったきっかけは、非日常的なことだった。
俺、深星 響(みほし ひびき)は苗字に同じ星がつくけども星子とは正反対といって良いほど、性格が宜しくない。
女に優しくもできないし、告白されても無視か冷たい言葉を浴びせるだけだ。
顔はまあまあ整ってはいるとは自分でも思うけども、世の中顔だけじゃない。
次第に俺の性格を理解していった女たちは誰も俺に近寄らなくなった。
俺にとってそれはとても好都合だし、煩わしいことがなくなったお陰ですっきりとしていた。
正反対の俺たちは絶対に仲良くなるはずもなく、一生縁のない関係だったはずなのだ。
あの日までは。
俺は所謂ゲイだった。
男しか愛せないし、男としか交われない。
そう、星子も俺と同じゲイだったのだ。
だからあんなに告白されても振る訳だなあ、と思ったものの、正直驚いた。
俺たちが出会ったのは大学ではなく、ネオンが輝く夜の街だった。
セフレと一緒に歩いていたら、前方から見知った顔。
そう星子が男と肩を組んで歩いていたのだ。
そのときの星子の顔は今でも忘れられないくらい、変な顔をしていた。
それ以来、特につるむ訳ではないがこうやってちょこちょこ話をする関係になっていった。
「王子様は最近どうなの、やってんの?」
「や、……って今は前も言っただろ……傷心中だって」
「へー。慰めてやりたいけど、お前とはやりたくねーな」
「あのなー俺だってやりたかねーよ」
「はは、言えてる」
「……深星は? どうなの、うまくいってんの?」
「さー? どうだろ、なんか最近ホストし始めたみたいだけど、遊んでんじゃね? つーかセフレだし」
「そうなんだ」
「ま、今日会うんだけどさ。じゃ、俺行くわ。またどっかで会ったら話しかけてよ」
「ああ、じゃあな」
ひらひらと手を振る星子を背中にして、俺は歩き始めた。
やる気も全くなくなってしまったし、今日はもう帰ることに決めた。
少し伸びた襟足を指で弄りながら俺は携帯を取り出すと、昨日受信したメールを見た。
ゲイの自分を受け入れた日から、わかっていたことだ。
男同士の恋愛に幸せな未来が待っていることなんて、ほとんどないと。
現に今、身体を重ねている奴はどうしようもなく下半身がルーズで、最低な奴だった。
だけども関係が五年も続いているのが俺だけだし、たまに見せる優しさにとことん溺れていっているのも事実だ。
ただのセフレだと、遊ばれているとわかっていても、期待をしてしまうのだ。
星子と付き合う奴が物凄く羨ましくて、俺もそんな関係をあいつと築きたいといつも思っていた。
そう言ってしまえば終わる関係だから俺はなにも言えないし、都合の良いセフレを演じている。
どうして、なんで、なんて、考えたってわからない。
久しぶりに星子と会ったからだろうか。
今の自分が酷く惨めに思えてどうしようもなくなった。
あの後ぶらぶらと街を徘徊した俺は、約束の時間までのんびりと過ごし、あいつの家に向かった。
薄暗くなる空を見上げながら、夕焼け空も綺麗だなあといつにもなくセンチメンタルな気分に浸る。
オートロックの扉を潜り、エレベータに乗ってついた先は目的の部屋。
予め渡されていた合鍵で中に入ると、性格とは真反対の綺麗な部屋が俺を出迎えてくれた。
仄かに薫るセブンスターの香り。
妙に懐かしくて、そういえば会うのは一週間ぶりだと実感させた。
リビングに行くと思った通り、この家の主人はソファに寝そべっていた。
スーツを着ているところから、昨日は仕事だったのだと聞かなくても教えてくれる。
俺とセフレの赤坂 壮也(あかさか そうや)は、高校のときに知り合った。
高校のときから遊び人だった壮也は男女関係なく身体を繋ぎ、飽きたら捨てることで有名だった。
どんなに最低でも会っているときは凄く優しいし、顔も良かったからか、壮也のことを恨む人は少なく、今まで穏便に暮らしていけていた。
俺もそんな壮也に手を出された一人である。
高校一年生という多感な時期に壮也とやってしまい、それからはずるずるとこうやって関係が無駄続きしていた。
違う大学に進学した俺たちは離れてしまうと思いきや、壮也の方が何度も俺を呼び出すのだ。
何度も忘れようとしたけれど、呼び出されてしまっては断れる訳がなく、何度も家に足を運んだ。
俺は壮也に近付くと、少し痛んだ黒髪をゆっくりと梳いた。
最近ホストを始めたからだろうか、髪の毛が少し伸びたように感じる。
それに香水やら見慣れない高級ブランドのアクセサリーが辺り一帯に散らばっていた。
大学のお金を自分で稼がなくてはいけないと言っていたので、手っ取り早いホストを選んだのだろう。
壮也はホストに向いているし、お金も簡単に稼げると思う。
だけど俺は壮也が女に媚びるのを見たくもないし、聞きたくもなかった。
どうやったって俺は男だから、女には勝てないのだ。
視線を床に落とし深い溜め息を吐けば、近くから聞きなれた声が聞こえた。
「……なに、どうした」
「あ、起きた? つーか呼び出した癖に寝んなよ」
「わりーっつか昨日仕事だったし。……響、嫌なことあったのか?」
「ねーよ。ちょっと疲れてんのかも。壮也こそ、身体大丈夫なのかよ。ホスト大変なんだろ?」
「まあ、でも仕方ねーし。金貯まったらやめる。俺結構売れてんだぜ?」
「だろうな」
「三ヶ月も働いたら学費ぐらいどーにかなんだろ。あ、お前にもなんか好きなの買ってやるよ」
「……いらね」
「そ、可愛くねえな」
ゆっくりと引き寄せられたかと思うと、唇に柔らかい感触がした。
目の前には壮也の顔があって、久しぶりの感触に俺は目を閉じて壮也にされるがままになった。
進入をしてこない舌に焦れて俺が舌を入れようとすると、壮也は俺を引き剥がし、俺の顔をまじまじと見た。
珍しい行動をとったから驚いているのであろう。
いつも俺は面倒くさいといって受動的なのに、今日は妙に積極的に接しているのだ。
それは単なる焦りでもあり、不安定な心が勝手に暴走したからでもある。
俺と壮也はセフレでもあるが、お互いを信頼して認め合っている親友でもある。
だけど俺はセフレでしか壮也を引き止めることができないのじゃないか、と思っていたのだ。
目を伏せる俺に壮也は溜め息を吐くと、優しく俺の身体を包んでくれた。
8cmの身長差は意外にも大きくて、俺は壮也の腕にすっぽりとはまった。
「嫌なことあったんだろ、吐けよ」
「……なにもないって。なーんか、落ちてるだけ」
「理由は?」
「わかんね」
「……星の王子様?」
「は? なんでそこで星子が出てくるんだよ」
「聞いたんだけど、お前大学で星の魔王様って言われてんだろ」
「なにその変なあだ名。つーか誰から聞いたんだよ」
「星の王子様とつるんでるからじゃねえの? 星繋がりで。お前冷たいもんな」
「壮也に言われたくないんだけど」
「俺はお前には優しいだろ」
自信有り気にそう言った壮也は俺の髪を優しく梳くと、拗ねたように唇を尖らせた。
あんまりにも似合わない仕草をするものだから、俺はぷっと吹き出すと壮也の肩に額を乗せた。
こうやって過ごす意味のない時間が、俺には一番幸せだった。
身体を繋ぐのが幸せだと思う人もいるけれど、俺にはそんなこと到底思えない。
繋げば繋ぐほど好きな気持ちが膨れ上がって、息苦しくなるのだ。
そんなことを露にも知らない壮也はここぞとばかりに甘えてきて、そういったムードを作るから困る。
やばいな、と思った瞬間、俺の視界は反転して床に押し倒された。
俺の返事を聞く訳もなく、壮也は首筋に舌を這わせると俺の衣服を脱がしにかかった。
ここまでくれば俺も抵抗する気など失せてしまい、壮也のされるがままになるのだ。
慣れた手つきに、俺の身体に馴染みのある愛撫。
声が出すのが恥ずかしいと唇を噛む俺に、壮也はそっと指を口元に持っていき、無理矢理俺の口内に指を突っ込んだ。
「っ、ふ……」
「だから、唇切れるから噛むなって毎回言ってるだろ」
「う、るせ」
「ちょっとは学習しろよ」
どこか焦ったようにも感じられる壮也の早急な愛撫に、俺は欲が一気にかきたてられると一度目の射精をした。
俺ももう若くない証拠だろうか、一回達しただけで息は上がり、妙に重い疲労感に身体が包まれた。
なにもしたくない、このまま眠らせてほしいのにそうはさせてくれない。
俺が達しても壮也は達してないのだ。
軽く震える指で、俺の秘所に侵入してくる壮也の指を抜こうとするが、良い場所を擦られてしまい、俺はあっけなく指を離してしまった。
びりびりと背中に駆け上がる快感と、久しぶりの感触にうっすらと涙が浮かんだ。
一週間触れ合わなかっただけでも、俺の身体は直ぐに敏感になる。
良い場所を触られたからでも、一週間自慰をしなかったからでもなく。
好きな人と触れ合えているということが俺を敏感にさせた。
乙女じゃあるまいし、こんなことを思うなんて馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、思ってしまうものだ。
ぐるり、と中を掻き回すように指が動き、俺は打ち上げられた魚のようにびくびくと震えた。
どろどろに垂らしたローションのお陰で動きもスムーズになり、難なく三本の指をくわえ込んだ。
「あ、あ……そ、や……も、むり……」
「あ? なにが?」
「き、ついんだって……死ぬ」
「もっと可愛くおねだりしてみろよ」
「……っ、しね……!」
「まあ、そういうとこ、好きだけどな」
壮也は心臓に悪い言葉を吐きながら俺の唇にキスをすると、完全に勃ち上がった自身を取り出した。
足に絡まる衣服が気持ち悪くて、それを脱ぐと壮也が挿れやすいように腰を浮かせた。
俺も壮也も大概焦っていたようで、壮也は俺の腰を掴むと一気に貫いた。
いくらローションで解したといえど、本来受け入れるべき場所じゃない場所にいきなり大きな自身を挿れられてしまえば苦しい。
衝撃に耐えるように唇を噛み締め、壮也の背中に深く爪を立てた。
その痛さに顔を顰める壮也だったが、全て収まったのを確認すると休む間もなく律動をし始めた。
「ん、っ……あ、ぁ……っ」
「きっつー……響、ほんとに俺以外としてねえの?」
「し、てねえって……言ってんだ、ろっ」
「ふーん、やりたくなんねえ? ゲイだろ?」
「かんけ、ぇね……」
「星子とは、どうなんだよ」
「ぁ、も……しゃ、べんなっ! あ、むりっ……!」
片足を掴まれ大きく開かされると、壮也がより奥に侵入してきた。
いつもと違って少し乱暴でがっついたセックスに、俺はいつもより興奮を覚えてなにも考えられなくなる。
激しく挿入をされる度、背中が床に擦れて痛いがそれさえも快感に変わってきた。
だらしなく垂れた涎がぽとりと床に落ち、俺と壮也の汗に混じっていった。
気持ち良さそうに表情を歪める壮也の表情を、下から見上げた人は俺以外に何人いるのだろうか。
考えただけで気が狂いそうなほどの嫉妬に襲われるが、いちいち嫉妬していたのじゃ身が持たないということを教えさせられた。
壮也が遊びをやめることなど、当分なさそうだ。
せめて遊びを終えるその日まで、壮也のセフレでい続けたい。
願う場所はここではないが、贅沢を言える身分でも性別でもない。
だけど俺は指を咥えて壮也が振り向いてくれるのをじっと待っているほど乙女でもないので、壮也の背中に深く爪を立てると自分の存在を刻みつけた。
唯一、俺だけが傷をつけられる場所。
どんなに遊んでいようが背中に傷がついている壮也を見たことがないのだ。
痛さに顔を歪める壮也を見て、ぞくりと背中を駆け上がる支配感。
余裕がないのか徐々にスピードを増していく律動に俺の身体も可笑しいほどに揺れ、みっともない嬌声を上げて絶頂に近付いていった。
「っあ、あぁ……い、く……からっ!」
「ん、っ」
「そ、や……よん、でっ」
「……ひび、き」
「んあ、あっ、……あぁ」
視界が真っ白になって俺は本日二度目の射精をした。
その直ぐあとに壮也も射精をしたようで、中に熱いものが吐き出される感覚を遠くで感じた。
あれほど中出しをするなと言ったのに、全く俺の意見を聞いていない。
抗議したいのは山々なのだが、身体が非常に重くなって喋るのも億劫だ。
荒い息をさせながらだらりとした俺を見て、壮也は呆れたように言った。
「お前、体力なさすぎだろ」
「は……下はしんどいんだよ、ばか。ちょっとは手加減しろって」
「一回しかしてねえだろうが」
「今日、激しかったし……溜まってたのか?」
「ああ、つーか最近してねえしな」
「……珍しいな」
「俺も二十歳になった訳だし、ちょっと落ち着こうと思ってな。もう直ぐ二十一だろ」
「その決心三日で終わりそうだな」
「は、見てろよ。真面目になんだよ」
「……まあ頑張れよ。つーかさっさと抜け! 後処理もしろよ」
「ったく、てめーは我儘なんだよ」
ぶつぶつ言いながらも後処理をしてくれる壮也を見て、俺は不安で押し潰されそうだった。
壮也が遊びをやめてしまえば嫉妬に狂うこともない。
しかしそれは俺たちの関係が終わってしまうことも意味していたのだ。
あと何回こうやって壮也と身体を繋げられるのだろうか。
この関係が終わってしまったら、俺たちはただの親友になるのだろうか?
先の見えない現実に足元が真っ暗になったような気がして、俺は無性に泣きたくなった。