堕ちた星 03
「……な、に。つーか、どうしたんだよ、急に」
「えーノリ? だって会うの面倒じゃん。それに一緒に暮らしたら楽だろ」
「楽っちゃ楽だけど……お前どーすんの。俺、お前がヤってんの見るとか勘弁なんだけど」
「やらねって言ったじゃん」
「本気?」
「ああ、本気。な、知ってるだろ、俺、独占欲強いって。お前は誰にも譲りたくねーし」
「はは、それ、口説き文句みてえ」
「つーか口説いてんだよ、馬鹿」
 吃驚して目を見開く俺に、壮也は苦笑いすると俺の頬を緩く撫でた。 壮也に触れられている感触すらまともに感じられず、俺はただ壮也の顔を見つめた。
 出会って何年か経つけども、未だに壮也の考えていることがわからないときがある。 今だってどういった意味合いをもつ言葉なのかわからないので、俺はどう言って良いのかわからず、ただ壮也の言葉を待った。
「俺さ、結構節操ねえじゃん。でも何年も関係続いてるのお前だけな訳。意味わかるだろ、普通」
「……身体の相性良いからだろ」
「それもあるけど。なんつーかお前と俺の関係ははセフレじゃないって思ってたんだよ」
「はあ? セフレじゃん」
「ちげえし。もっとランク上なんだよ」
「そういう問題かよ」
「まあ、あれだあれ、お前のことが愛しいとか離したくないとか、ずっと一緒にいたいとか思っちゃう訳。おわかり?」
「……な、んだよそれ」
「響も俺のこと、そう思ってくれてると良いなーっつか、そうだろ?」
 泣きそうになっている俺を腕の中に収めると、壮也は力いっぱい俺を抱きしめてくれた。
 好きだとか愛してるだとか言わなかったけれど、壮也の気持ちが痛いほど俺の心に染みていって、俺はどうしようもない胸の苦しさに唇を噛んだ。
 独り善がりじゃなかったんだ。 俺の中にずっと存在していた壮也を想う気持ちが溢れ出して、涙として俺の目から零れていった。 ぼろぼろと声もあげず涙を流す俺の顔を壮也は見ると、少し驚いた表情をして笑ってみせた。 その顔が格好良いと思う俺は、もうどうしようもないくらい壮也に惚れている。
 俺の涙を拭うように舌を這わせてきた壮也に、俺は目を瞑りなすがままになった。 優しく触れる舌は次第に下がり、ゆっくりと俺たちの唇が重なった。
 舌も入れない軽いキスだったけれど、今までしてきたキスとは比べ物にならないくらい俺に甘い痺れをもたらせてくれる。
 ぎゅっと壮也の首に手を回すと、俺は離れまいと必死にしがみ付いた。 そんな俺の様子に壮也は緩く笑うと、頭をぽんぽんと撫ぜた。
「ごめん、結構待っただろ。いっぱい泣いてたのも知ってる」
「……べつ、に」
「そういう意地張るとこも好きだけど、たまには素直になれよ」
「うっせ。てめえが遊びすぎなんだよ」
「だって他の奴とヤってきたときの響の顔好きなんだもん、しょうがなくね?」
「性質わる」
「だって俺様だし? はは、良いじゃん、若気の至りってやつで」
「……ほんとに、ほんと? 嘘じゃない?」
「まあ惜しいけど、星子に取られてからじゃ遅いしな。これからは一筋ってことで許してよ」
「そうや、……すき、だった。ずっと」
「だった?」
「すき、だ。どうしようもないくらい、好きなんだ……」
「堪んねえな。響、わり、後でいっぱい話そ、俺もう限界」
 息を切った俺に壮也は覆い被さると、首筋に顔を埋めてきた。 狭いソファじゃことをするのに適していないが、ベッドに行く余裕は今の壮也にはなさそうだ。 そういう俺だってベッドに移動する間さえ惜しいほど、早く壮也を感じたかった。
 この何年間、何回も壮也と身体を繋げてきたが、想いが通じ合ってするのは初めてだ。 壮也の口ぶりからして、結構前から両思いだったことがわかるが、実感するのは今。
 いつもとなにも変わらない行為、お互いが少し焦れているだけなのに、俺はいつもの倍の興奮を覚えて身体が震えた。
 壮也が触れた場所が異様に熱くて、ほんの少しの感触だけでも声が上擦った。
 余裕がないとはこのことをいうのだろう。 上半身しか触れられていないのに、俺自身は早くも天を向き、下着にじんわりと染みを作っていくのが嫌でもわかった。
 俺の胸板に唇を落としながらキスマークをつけている壮也の髪を緩く掴むと、膝を擦り合わせてそれとなく合図を送る。 だけど壮也は意地悪に笑うだけで、一向に下に触ろうとせず、赤く熟れた俺の突起を指の腹で擦った。
「ァ、あ……っ! そ、や……お、ねがっ」
「無理。俺、虐めんの好きなのお前も知ってるだろ?」
「い、や……ぁ、あっ」
「ほんと、今日のお前異常に可愛いな」
 感じ過ぎた所為なのか、胸の突起を擦られるたび痛いほどの快感が俺を襲い、背中がしなる。 指で摘まれたり、擦られたり、たまに強弱をつけて引っ張られたりしていた俺の突起は硬く尖り、少しの刺激だけでも痛いほどだ。 なのに壮也はそこを執拗に攻め、俺の反応を見て面白がっていた。
 熱くざらついた壮也の舌が胸を這い、歯で突起を噛まれた瞬間、俺は耐え切れなくなり、自分でズボンを中途半端に脱がすと自身に触れた。 どくどくと脈打つ自身は自分で与える刺激だけでも十分で、俺は恥ずかしげもなく手を動かした。
 そんな俺を見て壮也は口端を上げ、俺の顎を掴み、顔を覗き込んできた。
「自分で弄って気持ち良いの?」
「ぁ、あ……いいっ! きも、ち……」
「へえ、じゃあ自分で弄ってイってよ。見ててやるから」
「や、ぁっ! そ、や、さわって……そうやが、いっ!」
「俺はこっち弄ってやるから、おら、手休めんな」
 壮也は俺のズボンとパンツを脱がせると足を大きく広げさせ、ひくひくと収縮する俺の秘部に指を伸ばした。 刺激を待っていた秘部は壮也の指をのみ込むと、俺の意思関係なしにぎゅうっと締め付ける。
 待ち侘びた感覚に俺は喉を仰け反らせ、自身を扱く手のスピードを早めた。
 部屋には俺の嬌声だけが響き、涼しい顔をしている壮也は汗一つかかず、俺を弄るのを楽しんでいるようにも見えた。
 二本の指が俺の中を自由に動き、前立腺ぎりぎりの所ばかりを刺激する。 焦れったい愛撫に、俺は狂ってしまいそうになった。
 自らも腰を振り、手を動かすが、それだけじゃ達せない。 壮也に懇願するように切羽詰った声でお願いをすると、壮也は折れたのか前立腺ばかりを攻めるように動きを変えた。 待っていた刺激に自身を扱くだけじゃなく、突起も自分で弄り、絶頂に達した。
 今までにない快感が身体を駆け巡り、真っ白になる頭の中、壮也は俺を休ませることなく中の指の動きを止めることはしなかった。
「ぁあっ、あ、ン……いや、おねがっ、やだ……ァ!」
「なんで? すっげー感じてんだろ」
「も、いれて……そうやが、ほしっ……!」
 震える指で壮也の自身を服の上から撫ぜ、懇願した。
 その動作に壮也は舌打ちをし、取り出した自身を数回扱くと俺の秘部に擦り合わせ、一気に貫いた。 息が止まるほどの衝撃に唇を噛み締め、壮也の首に手を回す。 呼吸を整える暇すら与えてくれず、壮也は荒々しく腰を動かした。
 お互いに切羽詰っていてどうしようもないくらい、快感に溺れている。 こんなに感じたのも、湧き上がってくる性欲も、なにもかもが初めてだ。
 激しく律動をする壮也の唇に自分の唇を合わせると舌を捻り込ませ、壮也の舌を蹂躙した。 吐く息すらままならないほど息苦しかったけれども、俺たちは息をするのを忘れたかのように何度も何度もキスを繰り返した。
 達しても収まらない熱に翻弄されるまま、俺は意識を飛ばすまで壮也と身体を繋げた。
 こんな獣みたいに交わるのは初めてだった。
「は、……響?」
 意識を離していたのはどれくらいだろうか。 俺を心配そうに呼ぶ壮也の声で意識を取り戻した。
 目の前には眉を顰めて俺を見ている壮也の顔。
 妙に熱い身体とべたついた感触、独特の疲労感からさほど時間が経っていないことを教えてくれる。 喋るのも億劫な俺は手をひらひらと上げると、息を大きく吐いた。
 想いが通じ合ったからといって特別なにかが変わった訳でもなく、壮也は安心した顔になると煙草に手を伸ばした。
 壮也が煙草を吸うのはかなり珍しいことである。 落ち着かないときや苛々したとき、不安なとき、そういったときに吸うだけなのだ。
 俺は紫煙を吐き出す壮也を見て、口を開いた。
「……おいしいか?」
「別に。なんか、落ち着かねーだけ」
「なんでだよ」
「あ? だってほら、恥ずかしいじゃん。ほっとけ」
「はは、照れてんの」
「うっせえなあ。お前良く普通でいられんな」
「なんでだろーなー。結構悩んだり泣いたりしたけど、いざそうなってみると当たり前みたいな感覚なんだよな」
「へー……あ、つか引越しの準備しとけよ。今日不動産行くから」
「は……気ぃ早いな」
「善は急げって言うだろうが」
「そんなにかよ」
「そんなにだよ。もうさっきまではあんなに可愛かったのにな?」
「うっせ、黙れ」
 けたけた笑う壮也の頭を叩きそっぽを向く俺の顔を無理矢理振り向かせると、壮也は唇を合わせてきた。 煙草の煙が好きじゃない俺だけど、壮也の口からほんのりと香る煙草の香りだけは少し好きになれそうだ。
 朝日が差し込むこの部屋の小さなソファで、俺たちは何度もキスを繰り返した。
 結局その後、疲れに疲れていた俺は貪るように睡眠を取り、壮也に起こされなければずっと寝ていたと思う。
 辺りが暗くなってから一緒に不動産へ行き、その日の内に契約をしてしまった。 行動をするといってからの、壮也の早さは尋常じゃない。
 来週中に引っ越すことになった俺は部屋の片付け、テストなどに追われすっかりと星子のことを忘れてしまっていた。
 あんな消え方をすれば星子が心配をするのは当たり前だ。 何度も連絡があったのだが、時間の余裕がなかったためそれに応えられることができなかった。
 やっと落ち着いてきたころに連絡を取ったが、それは星子と飲み会をしてから二週間も経った後だった。
 俺は壮也に言うと怒られるので、壮也には言わないで星子と会う時間を作った。 前まではあんなに自由奔放でやりたい放題だったのに、いざ俺のところへ落ち着いてみると独占欲の塊みたいなやつになった。 それはそれで嬉しいのだけれど、あまりの変貌さにちょっとついていけない俺もいる。 そんなとこまで好きだな、と思う俺も相当末期なのだけど。
 壮也は今、ホストの仕事を辞め、バーに勤めている。
 俺からしたらどっちもどっちな業種なのだが、壮也にとっては随分違うらしい。 たまに壮也の仕事場に呑みにいって、一緒に帰ったりするのも楽しみの一つだ。
 今日も壮也はバーで仕事。 このまま星子と一緒に呑みに行ったらどんな顔をするのだろう。 想像しただけでも笑えてきた。
 そんな俺を星子は訝しげな目で見つめると、やれやれと肩を竦めるのであった。
「結局、くっついたんだな」
「結局ってなんだよ、結局って。喜ばしいことじゃないか」
「なんか変わったな、お前」
「幸せだし? お前にも早く春がくると良いな」
「うるさいなあ、これでも俺はモテるんだぞ」
「王子様だしな。白馬で迎えに行くお姫様が見つかると良いな、はは、だっせ〜」
「自分で言っといてなんだよ、それは」
「まあまあ、それより、まあいろいろありがと」
「別に良いけど……あ、今日星会する? 第二回、深星の恋が成就したお祝いもかねて」
「……俺、良い場所知ってるんだよな。バーなんだけどさ」
「バーって、お前お酒あんまりじゃん」
「ご飯もでるし、結構良いとこだよ。まあ一人愛想悪い店員いるんだけどさ、面白いんだよね」
「お〜そりゃ楽しみだな。じゃあ行くか?」
「ああ、時間はまだあるし、買い物してから行こうぜ」
 にやり、と笑った俺の顔を星子は見ていない。
 俺が言っているバーが壮也の働く場所だと言ったら、絶対に行くとは言わないだろう。 なにしろお互いに第一印象が最悪なのだ。
 だけど結構星子と壮也も気が合いそうな気がするし、俺にとっては数少ない友人なので気軽に遊んだりもしたい。 壮也にはなにがなんでも星子を認めてもらわなきゃ困るのだ。
 俺は楽しそうに歩く星子の一歩後ろを歩き、携帯を取り出すと壮也にメールを送った。 今日そっちに呑みに行く、という用件だけのメールを送ると、俺は携帯をしまい込み星子の横に並んだ。
 バーが開店するまで後三時間。 俺たちはそれまでお互いのしたかったことを存分にし、バーに行くころには荷物がたくさんになっていた。
 ほとんど俺の荷物だが、星子は嫌な顔を一切せず、荷物を持ってくれたのだ。
 付き合ったといえど、壮也は前と変わったことはあまりない。 こういったことを壮也に見習ってほしいとは思うが、いざ壮也が星子みたいな王子様的な性格になったらそれはそれで気持ちが悪いので今のままで十分だと再確認した。
 深い紺で覆われた空。 地上は目映いほどのネオンに彩られ、繁華街の中心部辺りに壮也の働くバーはあった。
 中心部といえども裏路地にあるため、客層は結構良い。
 人が犇めく大通りを脇道に反れ、俺は星子をバーまで案内すると、クラシック調の重い扉を開いた。 店内はクラシックの音楽が流れており、上品な客がちらほらお酒を嗜んでいた。
 新たな客に反応したカウンター内の店員、壮也は俺の顔を見ると嬉しそうな表情になったが、その俺の横にいる星子を見て物凄く不機嫌そうな表情になった。 それは星子とて同じこと。 壮也の顔を見るなり俺を睨んできた。
「おいー……勘弁してよ。睨まれてるじゃん、俺」
「良いんじゃね? 仲良さアピールしようぜ」
「お前あいつと付き合ってから、結構歪んできたな」
「はは、影響されてんのかもな」
 ぶつぶつ言う星子を引っ張り、カウンター席に腰をおろすと、壮也はおしぼりを置きながら俺を睨んだ。 粗方、星子と会うなって言ったのになんで会っているんだ、と言いたいのだろう。
 だけど大学も同じだし、星会を結成しているのだから会わずにはいられない。
 俺はにっこりと笑うと、カシスオレンジを頼んだ。
「響、説明しろ」
「まあまあ、結構良いやつだよ。あ、改めて紹介するけど、この愛想の悪い店員が壮也で、俺の横にいるのが星子。仲良くな」
「……いつも俺の響がお世話になってます」
「あ、はあ……こちらこそ……」
 壮也は星子に対して威圧感ばりばりのオーラを出し、星子はどうして良いのかわからずに俺に助けを求める。
 俺はそんな二人を無視してお酒を呑むと、奥にいる最近仲良くなった他の店員に声をかけご飯を作ってもらうことにした。
 星子と壮也から少し離れた場所で、二人の様子を見ながらお酒を煽る。
 案外仲良くやってくれるかもしれない。 つんけんどんな壮也の態度だけど、星子の甘い雰囲気に少しずつ絆されて会話が弾んでいくのが遠目でもわかった。
 俺は順調にことが進んでいることに嬉しさを覚えながら、大好物のロコモコを口に含んだ。
 そんな俺の様子を黙ってみていた店員はくすり、と笑うとアイスをプレゼントしてくれた。 え、と思い顔を上げるとウインクをしてみせて、小さな声で言った。
「壮也君には秘密、ね?」
「はは、すみません……いつもいつも」
「仲良きことは美しきことかな、ってね」
「あの二人も仲良くなると良いんですけど」
「なるんじゃないかな。なんだかんだ言って壮也君もあの子も響君には甘そうだし」
「そうだったら良いですね〜」
「……ねえ、響君、アイス美味しい? 美味しいよね、そのアイス結構高いアイスなんだ」
「え?」
「ものは相談なんだけど、あの子、今フリー? 紹介してほしいな」
 綺麗な顔と細い身体が魅力的な、ミステリアスな男店員は爆弾発言をしながらにっこりと微笑んだ。 アイスを食べてしまった手前、断ることもできず、俺は乾いた笑いを零した。
 実はこの綺麗な店員、裏ではバリタチで有名で、狙った獲物は逃さないと言われている人なのだ。
 俺は星子をちらりと見やり、壮也と仲良く笑っている星子に心の中で謝った。
 一難さってまた一難、俺はにっこにっこと笑っている店員のプレッシャーに耐えながらアイスを食べ、壮也をちらりと見た。 目が合って壮也が優しく笑うから、俺の微妙な心境も吹っ飛び、幸せな気持ちになって手を振るのだった。