惰性カルマ 01
 あいつと俺は、別れた。
 何度も繰り返している所為か、別れはあっさりとしたものだった。
 理由がなんだったのかも覚えていない。 習慣づいたそれはもはや日常の一部と化していて、俺もあいつも、特になにも気にしていなかった。
 いつものように顔を合わせて、別れたからといって距離を置くこともない。 友人でもあり、仲間でもあり、セフレでもあり、そして時には恋人になる。
 好きだの愛しているだの、そう紡ぐ唇から別れを言うのだ。
 俺だって、平気なふりをしているだけで傷付いていない訳ではない。 いつこの別れが最後になるのだろうかと不安になるときだってある。
 だけどあいつが本当に俺を求めているとわかっているから、浅い傷で済んでいた。
 心がどこにあるかわからない恋愛は初めてだ。
 最もあいつと出会ってからは、あいつ以外に恋をした記憶もない。 もうずっとあいつだけに恋をして、付き合っては別れてを繰り返している状態だった。
「おい恭介、水無瀬どこ行ったのかしらねー?」
「さあ? 知らないけど」
「あ? てめーら付き合ってんだろ、行動ぐらい把握しておけ」
「総長こそ副総長の行動把握しろよ。つーか別れたっつの」
「またかよ……てめーらこりねぇなぁ」
 バリカンアートが目立つ坊主頭をぼりぼりとかきながら、俺が所属するチーム、ゴーレムの総長滝 太郎(たき たろう)は苦渋の色を顔に浮かべさせた。
 それに対して特に反応をする訳でもなく、俺、伊吹 恭介(いぶき きょうすけ)は持っていた本の続きを読むことにした。
 俺がこのチームに入ったのは丁度一年ぐらい前だろうか。 当時付き合っていた俺の彼氏、水無瀬 慶(みなせ けい)の紹介で不良チーム、ゴーレムに加入した。
 喧嘩も遊びもそこそこに覚えていた俺が幹部に上り詰めるのは案外早いもので、加入して半年が経った頃には、既に幹部の一人として活躍をしていた。
 喧嘩っ早いチームとして有名のゴーレムは、日々抗争を巻き起こし、怪我が絶えないチームとして有名だ。
 いかつい総長と優しい仲間。 そして慶に囲まれながらも俺は日々楽しくやっていると思う。
 加入したときに慶との関係も言っておいたお陰か、特に厄介ごとに巻き込まれることもなく、俺は平穏な日々を過ごしていた。
 俺たちが別れて付き合ってを繰り返していることも、別れているときに身体の関係があることも、チーム全員が知っている事実だ。
 別れている間に慶は他の人と関係を持つが、付き合っているときは俺以外とは関係を持たない。 それも皆、知っている。
 俺は時々思うのだ。 慶は浮気をしたいから別れるのではないかと。
 心の奥底では俺を求めているはずなのに、身体はふわふわといったりきたり。
 そりゃ慶ははっきり言って見た目が良い。 金に染め上げた髪にピンクのメッシュ。 それが違和感なく似合う顔なのだ。
 モデルのような出で立ちで、性格はS気質。 身体つきも良いし、セックスのテクもある、そりゃあモテるだろう。
 だけど慶はおかまなのだ。 いや心は男性だからおかまではないが、口調がおかまなのである。
 喧嘩のときだけは普通の口調になるけれど、基本はおかま口調の慶。 見た目が良いといえどもおかま口調の慶がどうしてあんなにモテるのか、俺には理解がし難い。
 最もそんな慶に惚れている俺が一番理解できないのだが、そこは省略しておこう。
 ふう、と溜め息を吐く俺に、総長は怪訝な顔をすると俺に向き直った。
「恭介、緋色が今度手合わせしようっていってんだけど、おめーもくるか?」
「行かない」
「前もこなかっただろ」
「グリフォンとこでしょ。俺、あの人苦手なんだよな、熱いとこが。キメラなら行っても良いけど」
「古城はめんどくさがりだしなあ、手合わせしてくれるかはあいつの気分次第だな」
「残念。ま、仲直りできて良かったな」
「まぁな」
 いかつい顔をしている総長だが、根はとても優しい人だ。
 中学のときのツレと別々のチームを立ち上げた理由を詳しくは知らないが、仲だけは非常に良いのでなにか理由があってのことだろう。
 つい最近まで喧嘩をしていたが、鴉とかいう情報屋に取り持ってもらったお陰でなんとか仲直りがすることができたそうだ。 そのとき俺は別行動だったから詳しくは知らないが、楽しかったと慶が言っていたのを覚えている。
 嗚呼、別れても考えるのは慶のことばかりだ。
 気晴らしに俺も誰か誘って遊ぼうかな、と思い携帯を取り出した。
 俺だって心では慶を深く求めているが、身体は慶以外と繋がれることもできる。 当て付けのような行動だけれど快感がついてくるのだから、案外悪い気もしない。
 ふんふんと鼻歌を口ずさみながらメールを作成しているときに、俺と総長しかいない部屋の扉が開く音がした。
 ゴーレムが溜まり場として使用している喫茶店の二階。 その奥の部屋には限られた人しか入ることができない。 時間や普段の出入りから考えて、きたのは慶だろう。
 顔を上げると案の定、ご機嫌の慶の姿がそこにいた。
「たっだいま〜って違う〜? ってあら、たろちゃんに恭ちゃんしかいないの?」
「おーそうそう。皆、喧嘩とかしてんじゃね」
「ほんとこのチームって元気よねぇ」
「慶も人のこと言えないだろ」
「そうだけど〜。恭ちゃん、なにしてるの?」
「女誘ってんの」
「恭ちゃんも元気じゃない」
「……まーね」
 本当にどこに惚れたんだか。 顔と身体は文句なしだが、口調が全てを台無しにしているような気がする。
 だけど俺にだけ優しいところだとか、意外とやきもち妬きだとか、そういうところが好きなんだよな。
 良い加減さ、もう別れるのとか止めて俺んとこ留まれば良いのに。 いつか俺本当にお前に愛想尽きるかもよ。
 なにもわかっていなさそうな慶の顔をじっと見て、ふんと鼻を鳴らした。
「なによ」
「……さあ?」
「っていうより構って〜? 私暇してるのよ」
「嫌だね。今、俺とお前は別れてんの、わかる? お前に構う時間はない」
「そういう言い方ないじゃない……」
 微妙な空気を感じ取ったのか、はたまた係わり合いになりたくないだけなのか、総長はなにも言わず部屋を出て行った。
 喧嘩をしているように見えるが、俺たちの中では日常茶飯事の会話なのだ。 俺たちの喧嘩はもっと激しくて、そう殴り合うことこそが喧嘩だ。
 慶がおかま口調のうちはそんなに怒っていない証拠。
 俺は仕方なく携帯を折りたたむと、俺の横に腰を据える慶の顔を見た。
「恭ちゃん、あんなに抱いても女の子のこと抱けるの?」
「そりゃあな、俺、別にゲイじゃないし」
「私だってゲイじゃないわよ」
「男はお前だけで十分」
「……嬉しいこと言ってくれるのね」
「お前だって、そうなんだろ?」
「恭ちゃん、顔は可愛いのに男前よね、そういうとこ」
「俺の顔を可愛いっていうのお前だけだけどな」
 可愛い可愛い、と繰り返し言う慶に俺は少しだけ羞恥を覚えるとそっぽを向いた。
 俺の顔は一般的にいうと、可愛いというよりは男前な方だと思う。 自分で言うのもなんだかナルシストみたいで嫌なのだが、女には不自由したことがなかった。
 慶がいるのだから女にモテなくても支障はないのだが、慶の隣を歩くのだ。 多少なりとも身なりは整っている方が良い。
 そんな俺を慶は可愛い、と言う。 もちろん顔だけを指しているのではないとわかってはいるのだが、何度も言われると照れるものがある。
 俺の髪を撫でている慶に視線を向けると、はあ、と深い溜め息を吐いた。
「恭ちゃん?」
「……つーか俺たち昨日別れたよな?」
「そうだったかしら? 昨日は酔っ払っていたからあんまり覚えてないわ」
「嘘つけ。記憶あんだろーが」
「……あるけど、なかったことにしたいんだもの」
「はぁ?」
「やっぱり恭ちゃんじゃないと駄目だわ、私」
「あ、そ」
「あら、冷たいのね」
「そ? 信用ならねーからな、お前。今回もいつも通りだと思うなよ」
 その俺の言葉に慶は髪を撫ぜていた手を止め、不安そうに目を揺らした。
 一度、やってみたかったのだ。 いつもいつも俺がどんな思いをして、どんな迷惑を感じているか一度ぐらい経験したら良い。
 口角をあげ、笑みを作る俺は慶の髪を逆に撫ぜてやった。
「より、戻さねーよ?」
「え……」
「まだ遊んでないし、今は慶って気分でもねーからな」
 そう言ったときの慶の顔は見ものだった。
 冗談だと言いたいばかりに俺の顔をじっと見つめるものだから、俺は込み上げる笑みに耐え切れなくなって視線を外した。
 慶の行動は意外に単純だから、この先なにを行おうとしているのかが手に取るようにわかる。 虚勢を張って威張って、強引にものを進めるが心は不安で堪らなく、今にも押し潰されそうになっているのだ。
 現に俺の前髪を強く掴み、噛み付こうといわんばかりにキスをしてくる。
 そういう弱っている慶が、俺は大好きだった。 だって弱っている姿を見せるってことは、俺に全てを曝け出せるということだろう。
 俺を強引にソファに押し付けると、慶は手馴れた手付きで肌を弄ってきた。
「は、……やんねーって」
「恭ちゃん、そんなこと、言わないで?」
「お前が言ったんだろ? 別れましょう、って」
「……だって、そんなの、いつものことだわ」
「いつも、いつも通りにいくと思ってんのか? これが最後かも、とか思わねーの?」
「そ、んなの……」
「犯したければ犯せば良い。おら、好きなだけやれよ」
 自らシャツのボタンを外して、素肌を曝け出した。 壊れものを扱うかのように触れる指先に、俺は短く息を吐く。
 慶が俺に言い負かされて落ち込んでいる姿を見るのは、凄く気持ちが良い。
 俯いた故に慶の表情が窺うことができなくて、俺は慶が動くまでじっと待った。
 慶は普段なよなよしい分、セックスのときはSだ。 どっちが本当の慶かなんて知りはしないけど、俺はどっちも慶だって思っている。
 俺だけだぜ、慶の全部を受け入れることができるのは。
「……恭ちゃん」
 細くて長い指に顎を捕らえられて、鋭さを増した目と合う。 ぎらぎらと光った目つきには、なよなよしい慶の面影はない。
 挑発するように口角をあげると、慶は自信ありげな笑みを浮かべて俺の自身を膝で押した。
 俺も男だから自身に刺激があると感じる訳で、少し情けない声をあげるとソファの背もたれをきつく握り締めた。
「いつまで持つかしら? その余裕」
「さあ? 慶が激しかったら直ぐ余裕なんてなくなるだろ」
「……男前よね、ほんと」
「ほら、早くしろって」
「言われなくても」
 俺のズボンとパンツを中途半端に脱がせると、慶は少しだけ反応を見せている俺自身を握った。
 慶が触れる場所全部が性感帯のように、俺の身体は熱くなる。
 思わずびくりと跳ねさせた身体に気を良くした慶は、舌なめずりをすると上下に手を動かし始めた。
 少し乱暴な手付きも、俺にとっては快感にしかなり得なくて、先端から透明な液を出し、慶の手と俺自身をししどに濡らしていく。
 吐く息に熱がこもり、慶の瞳も色を帯びていく。
 あとちょっとで達しそうだ、とまで張り詰めた自身を見てニヒルに笑う慶。 すっと離れていく指先に切なげな声をあげるものの、もう刺激はくれそうにない。
 俺の腰を緩く撫ぜると、滑らせるように太ももを撫ぜてきた。
「恭ちゃん、指舐めて」
「ん……」
「恭ちゃんってほんとエロい顔するわよね。そういうの私以外に見せないでね」
「は、……っかいう、な」
 慶は俺の唾液で濡れた指を口腔から抜き出すと、そのまま俺の秘部に擦り付けるようにした。
 確信的な刺激がほしくて腰を揺らせるが、ただそこを行ったりきたりするだけで中に突き入れる気配はない。 懇願しても訴えても慶は知らぬふりを続けて、緩い刺激だけを俺に与える。
 きっとさっきあんなこと言ったから根に持っているのだろう。
 堪らなくなって自分でしようと思った指を止められ、その指を慶に舐められながら俺は些細な刺激に下肢が揺れた。
「もう限界なの?」
「は、やく……いれて」
「指なのにそんな強請って良いの? 我慢できないの?」
「なんでもいーからっ」
 ぐ、と押し当てられる指先。 待っていましたといわんばかりに腰が揺れて、慶の指を受け入れた。
 男だから自動的に濡れないそこは慶の指を押し出そうと懸命に収縮を繰り返すが、慣れている所為かすんなりと中におさまる。
 ぐいぐいと奥に指が当って、俺の良い場所をわざと外しながら刺激をしてくる慶。 あと数センチなのに慶はなかなかそこを刺激してくれない。
 俺の唾液とカウパー液で濡れた秘部からは、ぬちぬちと粘着質な音がして聴覚を攻め立てる。
 指だけでは足りない。 そこを刺激してほしいんじゃない。 もっと奥まで俺を満たしてほしい。
 達せないように俺自身の根元をきつく握り締めながら、開いた手で俺の中を犯す慶。
 見上げれば余裕綽々の表情を浮かべた慶と目が合って、俺は少しだけ泣きそうになりながらも慶が望む言葉を吐いた。
「け、い……いれてっ」
「もう入ってるじゃない。なに、指が足りないの?」
「そう、じゃなくって……! 慶!」
「言わないと、わからないわ」
「ぁ、っ……慶の、いれてっ……!」
 どうしようもない、どうしようもないな、俺男だってのに。
 慶自身がほしくてどうしようもない身体は、もう慶なしでは生きていけないような気がする。
 ズボンをおろさずに自身だけ取り出した慶は、俺の秘部にそれを擦りつけるようにするとゆっくりと中へとおさめた。
 指とは比べものにならない圧迫感に唇を噛み、俺は衝撃に耐える。 そのまま全てがおさまると、慶は俺を休ませる暇もなく腰を動かし始めた。
 急な刺激に身体の反応が遅れて、俺は気がついたらガンガンと腰を打ち付ける慶に良いようにされている。
 慶は俺の顔の横に片手をついて、もう片方の手は俺自身の根元を塞き止めて達せないようにした。
 その体勢辛そうだな、と思っていると、俺が余裕だと勘違いした慶が俺の良い場所を重点にして攻めるような腰つきに変えた。 塞き止められている状況でその刺激は堪ったものじゃない。
 最早理性などない俺は大きな嬌声をあげると、ただひらすらに快感に溺れるのだった。