「よーお恭介、調子はどうだ?」
ニヤニヤと嫌味たらしい笑みを浮かべながら、総長はいつもの部屋にやってきた。
俺はというと青痣が目立つ腹を庇いながら、ソファに寝そべっている。
隣には俺の世話を甲斐甲斐しく見る慶の姿。
総長は両方の姿を目にしっかりと止めると、ニヤケ面を更にニヤケさせて俺たちの向かいのソファに腰をおろした。
言葉を発さなくてもなにを言いたいのかがわかってしまう。
総長のニヤケ面が気に食わなくて、俺は側にあった雑誌を総長の顔面に向けて投げつけてやった。
「って〜! なにすんだよ!」
「その顔やめろよ! 見ててむかつくんだよ!」
「あ!? 心配してるだけだろ!?」
「うっせー! からかってるだけだろーが!」
ぎゃあぎゃあと口論をし始める俺と総長に、慶はただただ笑うばかり。
雰囲気で察知の通り、俺と慶は結局寄りを戻す形となった。
どっちにしろ予定が早まっただけでいつも通りの結果なのだが、総長はそれが面白いらしくいつもからかってくる。
寄りを戻すくらいなら別れるな。
と言われるがその場のノリでそうなってしまうのだから仕方ないだろう。
だけど今回だけはいつもと違い、条件つきでの復縁となった。
次回別れることになったら本当に別れる、という条件だ。
いい加減、俺もそろそろ我慢の限界を超えていたので、次別れることになったら許さないつもりだ。
第一簡単に別れるとか寄りを戻すとか、それを繰り返すから付き合いの大事さをなくしているような気がしていたのだ。
若いから、男同士だから、そんな理由で浮気をしてもらっては困る。
もちろん俺も浮気をしないつもりだし、慶一筋でいくと決めたのだ。
いつまで続くかはわからないが、できるだけやってみようと思う。
鮫嶋に殴られた場所を擦りながら、俺は深い溜め息を吐いた。
「……はー、もーいい」
「んだよ、恭介」
「総長の相手は疲れますー」
「あ!?」
「つーかまじ痛いんだって。あいつどんだけだよ。もー……恨むぜ鮫嶋〜」
「……そんなに」
「そんなに」
からかうような表情から一変、心配そうな表情を見せた総長が俺の腹に視線を移す。
服で隠れているのでどんな青痣なのかは見えないが、本当に痛々しい痕となっている。
そんなに強く殴られた気もしなかったが、後になってじわじわと俺を襲ってくるのだ。
歩くだけで精一杯な今、喧嘩はもちろんセックスも当分できそうになかった。
それについては慶と大分揉めたが、俺の身体を最優先してくれないと困るのでなんとか説き伏せた。
俺だって溜まるけれど、セックスみたいな激しい運動による怪我への負担を考えたら少しの間は我慢するしかない。
こう見えても俺は意外と痛がりなのだ。
少し身体を動かせば腹にずきりとした痛み。
些細な刺激だけれど大袈裟に眉を顰めた俺は、八つ当たりに慶の手の甲を抓ってみた。
「も〜、痛いじゃない〜」
「……うるせ、俺のが痛いんだよ」
「まだ? あれからもう四日よ」
「全治二週間だ」
「大袈裟ねえ、ほんと……たろちゃんからもなんとか言ってくれない? 二週間なんて我慢できないわ」
慶は総長に話題を振ると、頬をぷくりと膨らませた。
格好良いくせにそんな表情を平然とするのだから慶はやっぱり変だと思う。
おかま口調な時点で変なのだけれど、この際もうどうだって良い。
痛みでうだうだしている俺をよそに、総長は呆れたような表情をしてみせ、口を開いた。
「……二週間ぐらい我慢しろよ。大体さ、……水無瀬はよ、色……」
「色ってなに」
「……いや、なんでもねえ」
「気になるじゃない」
「たいしたことじゃねえし、気にすんな」
「そういう言い方されたらますます気になるわ。たろちゃんなにが言いたいの?」
「……いや、色欲魔って、言いたかっただけなんだけどな」
「ちょっと! それ私に喧嘩売ってるの!?」
総長の言葉にかちんときたらしい慶は、勢い良く立ち上がった。
しかし忘れないでほしい、俺は慶の膝に頭を乗せてソファに寝そべっていたのだ。
支えが立ち上がったら俺はどうなるか、そうソファから落ちるのだ。
慶の動きと同じように勢い良く投げ出された俺の身体は、ごつんという大きな音を立てて床に落ちた。
上半身はソファの下、下半身はソファの上。
なんとも不格好な俺だが、格好つける相手でもないのでそこは良い。
ただ落ちたときにぶつけた頭部が物凄く痛い。
うああ、と変な奇声をあげて頭を抱える俺に、総長は目を見開き、慶は顔色を悪くさせた。
「きゃーっ! 恭ちゃんごめんなさい! 大丈夫!?」
「……しーらね」
「あ、たろちゃん! 逃げるの!?」
「俺関係ねーだろ! あ、そうそう用事あったんだよな〜。じゃあ俺はちょっくら出かけてくるわ!」
「覚えておきなさいよ! 次会ったらただじゃおかないんだから!」
そそくさと足早に部屋を出る総長を、俺は逆さまの世界で見送った。
一体なにをしにきたのかは不明だが、慶から逃げたってのは俺にでもわかる。
慶は本当に女みたいにしつこく根に持つタイプだから、次回会ったら慶の言葉通りになるのだろう。
ちくちくと嫌味を言われて落ち込む総長の姿が、今からでも思い浮かぶ。
喧嘩では総長の方が強いが、口喧嘩では慶の方が滅法強かった。
俺は慶に慌てて起こしてもらいながらも、どこか客観的に自分を見ていた。
ふわりと浮く身体。
慶に抱き起こしてもらった俺は、そのまま薄い筋肉がついた胸板に顔を寄せた。
慶が愛用している香水の匂いがふんわりと鼻腔を擽る。
甘ったるい香りが嫌いだ、と俺が言ってから、慶は柑橘系の香りに変えた。
いつしかその香りが慶の香りになるまで、時間はかからなかった。
それに酷く安心をするけれど、痛みは消えてくれない。
じくじくと痛みを訴える頭部と腹部に、俺は歯を食いしばった。
「……恭ちゃん?」
「……いたい」
「ご、ごめんね。つい、忘れちゃって……たんこぶできた?」
「さあ。どうだろ、できてる?」
「……んー、そうね、……できてるわね」
そっと慶の手が俺の頭部を撫ぜ回して、患部を手探りで見つける。
どうやらそこにはたんこぶができているらしく、慶は眉を八の字に下げて目線を落とした。
自ら手を伸ばして触ってみたそこには確かにたんこぶが存在している。
一応、不良チームの幹部をやっているんだけどな俺。
随分と格好が悪い。
でもまあこれで慶を強請るネタができたし、悪いことだけでもなさそうだな。
俺は慶と目線を合わせると、口を開く。
「慶、責任とってくれるんだろ?」
「……ええ、とるわよ」
「じゃあ今日からお前ん家に寄生しよーかな」
「ほんと!? え〜やだっ、恭ちゃんそれで良いの? 私が嬉しいだけじゃな〜い!」
「……いや、ちゃんと命令聞いて看病しろよ?」
「わかってるわよ〜! もー恭ちゃん大好き!」
なにを想像しているのか、急にご機嫌になった慶に幾ばくの不安を抱く俺だったが敢えて追及はしないでおいた。
今、変なことを言われても受け入れる気はない。
それに一人で生活するよりは慶が側にいた方がなにかと便利なので、勘違いしているならこっちもそれを利用させてもらうだけだ。
俺の顔面にちゅっちゅとキスを送る慶を見ながら、俺は微笑った。
視線が絡まって、一瞬の沈黙。
目を瞑りながらゆっくりと俺に顔を近づける慶を見て、俺も目を閉じてそれを受け入れた。
そっと触れるだけの口付けかと思いきや、慶は俺が抵抗できないように頬をしっかりと掴むと、舌を進入させてきた。
これは予想外の展開だ。
慶が我慢できると思ってなかった訳ではないが、いくらなんでも早すぎる。
セックスをしたら、俺は腹の痛みで快感を素直に受け入れることができなさそうだ。
慌てて慶を引き離そうとする俺だが慶より力がないので引き剥がすこともできず、腹の痛みでその力さえ抜けていく。
ぬるり、と俺の舌を捕まえる慶の舌。
舌に感じる慶の体温に俺はびくりと反応すると、小さく声を漏らした。
慶の舌が動くたびに唾液が擦れあう音が部屋に響く。
総長がでかけた今、直ぐに人が入ってくることはないだろうが俺は気が気ではなかった。
いくらカミングアウトしていても、こういった場面を見られるのには抵抗がある。
嗚呼、だけど気持ちが良すぎて徐々に全てがどうでも良くなってくる。
角度を変えてまた俺の口腔に舌を侵入させる慶。
既に抵抗することをやめていた俺はそれを素直に受け入れると、慶の服をしっかりと握ったのであった。
「……恭ちゃん、かわいい」
慶の唇が離れていくころにはすっかりと俺の身体は熱を帯びていた。
はあはあ、と肩で息をしながら垂れた唾液を袖で拭う。
少し上にある慶の瞳もすっかりと色づきを増して、欲を訴えていた。
普段はなにかとヘタレっぽい要素が強いが、セックス時になればSっ気が出てくる。
こうなれば口で説き伏せることが難しくなってしまうのだ。
俺の首筋を怪しい手付きで触り始める慶の手を掴むと、楽しそうに笑う慶を睨みつけた。
今回だけは俺も譲りはしない。
なにがなんでも安静にしておきたいのだ。
そう訴えるべく、ゆっくりとした口調で慶への説得をし始めた。
「駄目だって、言ってるだろ……」
「恭ちゃんもその気なんでしょ?」
「違うって、ほんとに、痛いから」
「……へえ? じゃあこれ、我慢できるの?」
俺が掴んでいない方の手で、慶は俺自身をぎゅっと握った。
服の上からといえど敏感なそこを刺激されれば、俺も男だから感じてしまう。
短く息を吐く俺を慶はいやらしい笑みでただ見るだけ。
全くもって会話が成立しないことに若干の苛立ちと焦りを感じながらも、俺は快感に耐えてその手を退かす。
だけども払っても払っても慶の手はしつこく俺の下肢に向かって伸びて、隙があれば触ろうとする。
不毛な繰り返しに俺はとうとう焦れて大声で叫んだ。
「だからっ嫌だって言ってんだろ! 触んじゃねーよ!」
「本当は触ってほしいくせになに言ってるのよ」
「ほんとに! 嫌だ! まじで!」
「はいはい。恭ちゃんの嫌は聞き飽きたわ」
「……っ、ほんとにてめーふざけんなよ!?」
物凄くむかついて慶を殴ろうとしたけれど、あっさりと交わされてしまった。
その上大きな隙ができてしまい、その隙を狙って慶は俺のズボンの中に無理矢理手を入れると直に自身を触ってきた。
流石に直接自身を握られてしまっては、俺はもう抵抗などできるよしもない。
大きな刺激に嬌声を漏らすと、慶の肩に額をつけた。
「ハ、やっぱ期待してたじゃない」
「っが、う……って、ばかっ」
「こんなに濡らしといてなに言ってるのよ」
「う、っせ……さ、いごまで、したらっ、殺す……!」
「さあ? どうでしょうね」
「う、あっ……!」
不規則に動き出した手に、俺は全ての力を持っていかれた。
俺の弱いところなど熟知している慶は、わざとそこを外して手を動かす。
静かな部屋に俺の荒い息遣いと自身から漏れる卑猥な音が響いて、俺は聴覚も犯されている気分になった。
緩くて絶対的な快感でなくとも、徐々に俺を頂点へと上り詰めさせる。
身体を揺らす度に慶の手が揺れて俺自身をしっかりと握る。
それが癖になって気がつけば腹部が痛いのにも関わらず、俺は腰を揺らしていた。
羞恥が勝って俺の体温をぐっと上昇させるが、身体は止まってはくれない。
嫌だ嫌だと言いながらも、身体だけは正直に快感を貪っていく。
もう達してしまいそうだ。
いつもより早いと自負していながらも、俺は全てを投げ捨てても良い覚悟で腰を強く揺らした。
それに気付いてくれた慶は自身を扱く手を速めると、俺を絶頂へとつれていってくれたのだった。
「あ、っああ……!」
びゅくっ、と勢い良く吐き出した白濁は慶の手の中におさまった。
大きな熱から開放されてすっきりとした俺は荒い息をさせながら、目を閉じる。
やっぱり慶とのセックスが一番気持ち良い。
俺が余韻に浸っている間に慶は俺のズボンから手を抜くと、汚れた手をティッシュで拭いた。
「イったわね」
「……うるせ」
「嫌だ嫌だ言ってたのに簡単にイくんだもんね、恭ちゃんは」
「あーも、……わかった、から……続きしろよ」
「その気になったの?」
「お前がさせたんだろ、が」
悔しいけれど、ここまでされてしまえば慶の勝ちだ。
俺は痛みを我慢することに決めると慶のされるがままになった。
ズボンをおろそうと伸びる慶の手。
俺はゆっくりと目を閉じて力を抜いた。
だけども、どうやら神様は慶を見放したらしい。
バタンと大きな音を立てて開く扉。
それに驚いた俺は慶を突き飛ばすとソファの下へとおりた。
素早く扉の方に視線を向けると、口元に怪我を作って帰ってきた総長と、幹部の姿があった。
助かったのか残念なのか、どうなのかはわからないが最中に入ってこられなかっただけでも幸いだ。
俺は慶がいない方のソファへと避難すると、苦笑いを零している幹部に乾いた笑いを零した。
「たろちゃん……わかってるんでしょうね」
「……あ、いや、あ! つーかここでヤろうとするお前らが悪いだろ! この部屋はラブホじゃねえっての!」
「うるさい! ごちゃごちゃ言ってるんじゃないわ! 表にでなさい、表に!」
「はあ!? 俺が弱ってんの見てわかるだろーが! 卑怯だぞ水無瀬!」
「ハッ、まさか私と喧嘩すんのが怖いのかしら?」
「っ、言ったな! 言ったな水無瀬! わかったやってやろーじゃねーか! 表でろ!」
「言われなくてもいくわよ!」
バチバチと火花を燃やしながら、二人は扉の向こうへと消えていった。
普段なら総長が勝つ喧嘩も、今日は慶が勝つのだろう。
良いところを邪魔された上に慶のあれは達することもなく臨機応戦なままだ。
総長には悪いが俺にはどうすることもできない。
急に人口密度が増えた部屋でただ二人の帰りを待つことしかすることがない俺は、仕方なくソファに寝そべると少しの間だけ仮眠をとることにした。
「……今日、家帰ろうかな……」
どちらにせよ、慶の家に行けばセックスしてしまうのだろう。
痛みを我慢してセックスを許し看病をしてもらうか、痛みに悶えながら一人で安静にしているか。
結局は迷っていても前者を選んでしまうのだろう。
俺はつくづく慶と快感に弱いな、と思いながら慶の帰りを待つのだった。