秘密結社★アークモノー団 18
 白瀬に両手を頭上できつく縫い止められ、怪しげな動きを見せた唇は肌の上を滑っていく。軽く触れるような唇の動きが雨乞の熱を高めて、擽るように、確かめるように悦を落とした。
「ぁ、……っく……」
 中途半端に脱がされていく服と共に露になる肌が外に晒される。空気に触れた所為なのか触れられることへの期待なのか、粟立った肌はなにかに期待をしているように小刻みに震えた。
 雨乞の心境などお見通しなのだろう。数え切れないほどに抱き合った。今更雨乞がどこに弱く、どのようにされると駄目なのかなど聞くまでもなく掌握している。
 白瀬は唇を上げて歪めると、そのまま脇腹に舌を這わした。なだらかな脇腹を髪や鼻で擽るように過ぎ、雨乞の弱い場所に近付ける。
 細かな息を詰めては吐いてを繰り返していた雨乞は、白瀬の意図に気付くと嫌がりながら身体を捩じった。
「や、めろって……シャワー浴びさせろよっ」
「もう何回目だと思ってんの〜? いい加減諦めたら? いつまでも初心なんだから〜ね、市くん」
「あ、っ……しゃ、べんな」
 脇を擽る舌の感触に雨乞は縮こまるようにして逃れようともがいた。あまり触れられたくない隠された場所に臆することなく舌を這わせた白瀬は、あろうことかぢゅっと強く吸い上げると歯を立てそこを舐るように愛撫を重ねた。
 白瀬と肌を重ねてからというものの脇が雨乞にとって弱い箇所なのだと教え込まされた。散々、嫌だというほどに仕込まれた身体は白瀬の舌にどうしようもないほど溶かされる。
 普段意識をする訳でもないそこが性感帯へと変わり果て、雨乞は脇を責められながら身悶えた。
「や、やめ……っ、白瀬さ……っや」
 かぶりを振って逃げようとしても狭いソファじゃ逃げ場もなく、拘束されている両手ではなにもできない。
 イチ大佐として鍛錬を欠かしていないというのに、艶事の場になるとどうも力を出すことができない。白瀬の空いている左手は怯むことなく雨乞の肌を張っているのに、だ。
 しっとりと吸い付くような肌同士が重なって、白瀬は既にぷっくりと立ち上がっていた突起に指を絡めると弄ぶように触れ始めた。
「ぁ、あ、あ……っ」
 そうなれば雨乞はもう、理性をほろほろと剥がされていく。熱に浮かされた思考が雨乞を貪欲にさせる。
 自由の利かない身体だからこそ、一つ一つに敏感になっていくのだ。
 脇から唇を離した白瀬は唾液で濡れそぼった下唇を雨乞に見せつけるよう舐めると、ずいっと顔を近付けた。欲の灯った瞳が揺らめいて、その奥には欲に塗れた雨乞が映っている。
 余裕綽々の顔のまま距離が縮まって、悔しいけれどキスがしたいと思っていたところだった雨乞はそれに倣うよう瞼を降ろしたが、ふっと唇に息が掛かったのを不思議に思って視界を開けた。
 そこには微動にしない白瀬が雨乞をじいと見つめていた。
「……ん、だよ」
「市くんの考えてること、当てたげよーか?」
「いらねえ、んなの」
「うっそ〜? してほしいんじゃないの? キスとか〜ね? あとぎゅってしがみつきたいんでしょ? 言ってよ、言ったらさせてあげるからさ」
「は、はあ!? ふざけんなっ、んなの別にしてもらいたかねえし!」
「も〜そんな意地張らなくってもさ〜、そういうとこちょお可愛いよね。俄然やる気出ちゃうっていうか〜」
 空いた手が顎を擽って、愛しむように頬を包む。甘く囁くような声音で言うのは卑猥な言葉ばかりで目も当てられない。ここで気障ったらしい愛の言葉を吐かれても、それはそれでなんだかなという気分になるのだが。
 ああでも長い付き合いではなくともそれなりに時間を重ねて肌を重ねて共有しているのだから、少しくらい匂わす程度で良いから言ってくれでもしたら少しは甘えもできるのにと思う。素直になったり、だとか。
 雨乞は唇をぎゅっと噛み締めると、ふいっとそっぽを向いて白瀬の手から逃げた。
「あっれ〜? 市くん反抗期ですかあ?」
「うっせー」
「仕方ないなあ。ほら、こっち向いて。ちゅーしてあげる」
 んーと子供のように唇を尖らせた白瀬に絆されて、ふっと笑った雨乞から力が抜けた。そのままタコの口をした白瀬にキスをされる頃には拘束していた両手も解放されていた。
 唇だけは子供のように何度も触れては離れる動きをしていたのに、白瀬の両手は情熱的に雨乞の両頬を包み込むと離さないと言わんばかりに何度も揉むように感触を楽しんでいる。
 触れるのが好ましいと感じているのは白瀬だけじゃない。白瀬の言ったようにずっと触りたかった雨乞は、自由になった両手を白瀬の背に回すと引き寄せた。
「なになに〜?」
 甘えたように額を重ねてくる白瀬に倣って、雨乞はより近くなるようぐっと身体を密着させた。中途半端に熱くなった身体が触れ合うことによって更に熱を灯す。
 布越しではなく直接触れたくて、雨乞は白瀬の服に手を掛けるとたくし上げた。
「いやん、市くんのえっち〜。俺のこと脱がせてどうしたいの?」
「は、あ? んなの、……わかんだろ。さっさとヤって飯食うぞ」
「えええ! 雰囲気ぶち壊し! なっが〜い愛の営みとかさあ、いっちゃいっちゃしちゃうとかさあ、そういうのないの!?」
「ない。大体俺は飯を先に食うって言っただろ! それにガーデニングだってしてねえし、やることいろいろあんだよ! 明日だって仕事だ」
「あーあーあーあーはいはいはいはい〜はい〜。わかりましたあ、もう、情緒ねえなあ」
 呆れたように息を吐く白瀬にかちんときた雨乞は白瀬の頬をぎゅっと抓ると、上下に揺さ振った。
「文句あんならここで終わるぞ」
「ひゃ、ひゃ、う、うそうそ! 嘘ですう!」
 白瀬は慌てて雨乞の身体をぎゅっと抱き締めると、欲が消え失せぬ内にとベルトを早急に抜き取ってズボンを寛げパンツの中に手を突っ込んだ。
 良い雰囲気だとか情緒だとかそういうのもなく、直接的に雨乞の性器を握りこんだ白瀬は逃げられぬようにと軽く上下に刺激して芯を通した。雨乞は男だ。敏感な部分を触られれば嫌でも反応してしまう。
 簡単に雨乞をその気にさせてしまった白瀬は、先ほどのへたれた顔から一転して勝ち誇った笑みを浮かべると先走りが滲み出している雨乞の先端を親指で押すように刺激した。
「ぁ、っ……くう……」
 詰まった息を吐き出した。急激に齎された愉悦に雨乞の脳内が追い付かない。理解もできぬままに白瀬は雨乞の性器を好きなように甚振り、白瀬の下で身悶えるその様子をじいと見つめた。
「市くん、やっぱ、可愛い」
 やっぱとはなんだ、言い掛けた言葉も喘ぎに掻き消されていく。男なのだから可愛いはないだろうと思っても、白瀬が言えば嬉しくなるのだから本当にどうにかなってしまったらしい。
 蕩けそうな甘い顔で見つめてくる白瀬に、雨乞はもう脳まで悦を感じてしまいそうになる。
 伸ばした手で白瀬の髪の毛を掻き抱いて、引き寄せて口付けを強請った。先ほどの子供騙しのようなそれではなく、身体ごと持っていかれそうになる深い口付けだ。
 自ら舌を差し出して誘うように口付けた。雨乞の両手は白瀬の柔らかい髪の毛を刺激して、白瀬の手は雨乞の性器を刺激する。
「ん、……ふ」
 絡め合った舌が卑猥な音を立てて唾液を滴らせる。ソファが汚れるという懸念がまだ頭の片隅に残る程度には理性があったものの、次第にその考えも追いやられていって白瀬のこと以外考えられなくなった。
 身体中余すことなく触れて触れられて、縺れ合って確かめていくようなセックスに雨乞は溺れたのだ。

 結局盛り上がってしまって二ラウンドを終える頃にはそれなりの時間になってしまっていた。今更料理をする気もなくなっていた雨乞は兼ねてから白瀬の頼みであるピザを宅配して夕食を済ました。
 ピザとビールだなんてなんて不健康な夕食だ、と思いつつもどこか豪勢なピザの魅力の虜なのだ、雨乞も。何種類もあるチーズを舌で味わいながらジャンキーな食べ物に舌鼓を打った。
 夕食を食べ終わるやいなや疲れた疲れたと連呼する白瀬を強引に風呂に追いやり、腕捲りをして簡単に片付けをする。雨乞が風呂に入っている間は白瀬がプチトマトの世話をした。
 全てが終わるときには時計の短針も12を越していて、また一日が終わるのだと実感させられた。
「じゃあ、寝よっか〜明日も仕事だし」
 白瀬に懐いてべたべたとくっつきまわる子猫を連れたって寝室に行く白瀬の背を見ながら、雨乞は何故だか急に寂しいような満足したような、どうともいえない感情に駆られた。
 仕事はそれなりに文句はない。人間関係だって希薄だがないこともない。日常生活だって不満どころかまあまあ贅沢はできる方だ。給与だって休暇だって趣味だって、満足している。
 表立って言えないけれど恋人もいる。お互いにまだ好きだと言い合えていないのでそこは懸念するべきところだが、それもそのうちなんとかなるだろうという部分もある。
 全てが揃っていることに慣れていないのだろう心が不安を言ったり、幸せを呟いたりしているのだ。
 ほんの少し前まではなにもなくて、全てに対してネガティブな考えしかできずに幸せや不幸すら感じられなかった生活をしていたからこそ、急になにかを忘れてしまっているようなそんな気になる。
「……寝るのか」
 掠れたような声を出した雨乞に、眠た気な目を擦って振り向いた白瀬は欠伸を噛み殺すと子猫を抱き上げた。
「眠くないの? 俺はちょお眠い〜」
「そういう気になれない」
「そういう気って……明日も仕事でしょ? もう、仕方ないなあ」
 にあにあ鳴く子猫を降ろした白瀬は雨乞が座るソファまでくると隣に腰を降ろした。寂しいのだろう子猫も後をついて、白瀬の足元で丸くなる。
 なにも言わない雨乞に白瀬はぼやぼやした目で窓の外を見ると唐突に言った。
「都会で星は見れないとかさ〜そういうのってなんか気障じゃない? 俺はさあ、別に星なんて見ても面白くもなんともねえもん。見る意味ある? なんて思うよ。自然だって興味ねえし、十五夜とか天の川とか流星群とかはあ? な訳じゃん」
「……急になんだよ」
「大多数が支持しているものを、俺みたいに少数派だけど嫌いだって言うやつもいるって話。つまりは逆もしかりでみんな嫌いって言ってても好きになることもあるよね。俺ピーマンとか人参食べれるよ」
「……意味わかんねえんだけど」
「っていうかちょっとしくった、あー」
「はあ? なんだよしくったって」
「……いやね、眠くないって言って星なんか見ちゃってる雨乞さん見てたら言いたくなっただけっていうか〜まあつまるところはさ〜星なんかより見るものが、近くにあるんじゃない? って言いたいっていうか〜、そのさ〜……こんなんだから誰も本気になってくれなかったし、本気とか、そういうのいらねえって思ってた、のがさ、本気を信じちゃったりさ、そういうのあるって思ったりとか、なんかあんじゃん。そういうの言いたかったっていうかなんていうか〜……うん。俺、例えちょお下手……」
 そっぽ向いてだらだらと言った白瀬に雨乞はああ、となんだか凄く納得してしまうと急な眠気に襲われた。不安だとか幸せだとか、そういうのが引っ込んでしまった。とどのつまり考えるべきことがなくなったのだ。
 耳まで赤くなっているのだろうか、暗がりで黙ってしまった白瀬に雨乞もどことなく耳が赤くなるような気がしてくると耳朶を触った。指で感触を確かめながらからからになった喉を震わせた。
「……そっちのが、気障じゃねえ?」
「……星に誓ってとか言うよりましじゃねえかな〜なんて」
「なんか馬鹿らしくなって、眠くなってきたわ……俺」
「え、嘘。俺逆に目覚めちゃったんだけどお、ちょっと、ってゆうか言うことないの!?」
 余裕をなくした白瀬が赤い顔のまま立ち上がってそう言ったけど、雨乞はそれに対して緩く笑っただけで答えは落としてはいかなかった。
 嗚呼馬鹿らしい馬鹿らしい。懸念さえ綺麗に跡形もなく消え去った。憂うことも、悩むことも、考えることも、なにもないのだった。
 雨乞は白瀬の側から離れようとしない子猫を抱き上げると、不満そうな瞳で雨乞を見つめるそれに頬擦りをして寝室へと足を向けた。
「ええ〜! 本気で寝ちゃうの!? 俺の眠気返してよ〜」
「残念だったな。俺が白瀬さんの眠気もらってやったばっかりに」
「っていうかさ〜その寝る前に教えてよ、さっきの、そのなんかあるでしょ? なくても思ったこととか、その〜ねえ?」
「……俺さ、馬鹿だから読解力ねえんだわ」
 言った雨乞に、白瀬はぴしりと顔を固まらせるとがっくりと肩を落とした。
「ハードル高いんだもん」
 ぽつりと呟いて頭を毟った白瀬は、はあと大きな溜め息を吐くと諦めたのかベッドに潜り込んだ。雨乞も眠気を抑えることができず、子猫を枕元に寝かせると布団に入る。
 直ぐ側では不貞腐れたように寝転ぶ白瀬だったが、雨乞の身体が布団の中に入ると直ぐに手元に引き寄せ抱き枕のようにして抱きついてくる。
 まあそれなりに寒い季節に入ってきたので、邪魔だとは思うが抵抗はしないでおこう。夏の地獄に比べたらましだ。
 身体が深く沈むような眠気の中、白瀬がぼそぼそとなにかを喋っている。独り言が煩い、なんて白瀬が独り言を話す訳などないのだが、眠さがピークの雨乞にとってそれを聞いてやれる余裕もない。
「ねえ、市くん、寝ちゃったの?」
 セックスをしていないのに名呼びとは珍しいものだ。少しくすぐったい。まだ慣れていない、その響き。
 ああそういえば白瀬はなんという名だっただろうか。ヒーローっぽい名をしていた。おまけに強そうだった。本当は覚えていたけど、忘れていることにしよう。
(大河、たいが、たいが……? 大河ドラマ、タイガース、たいがく……はちげえ)
 ああもう眠い。眠さがマックスだ。相変わらず耳元で煩いほどに白瀬は喋っている。構ってだの眠くさせてだのピーチクパーチク飽きないものだ。
 雨乞は力の抜けた手で白瀬の口を塞ぐと、開かない瞼のまま口を付いた。
「寝ろ……明日は、ヒーローショーだろ……?」
「そんなのどうとでもなるし! ねえねえ、酷い〜構ってよ、ね、ね? もうちょっとお喋りっていうか〜そのコミュニケーション取ろうよマンネリ化しちゃうよ倦怠期になっちゃうよ!」
「あー……たい」
「たい?」
「……たい、が、……ドラマ……ってそれじゃねえ」
「え、え? なに、ちょ、市くん?」
「やっぱ、駄目だな……候補いっぱいあるわ、白瀬さんの名前」
 自然に切り替えができない。なんて名前を一度でも呼んでしまえば、それまでなのだが今更感も拭えない。一度気にしたら気になって逆に眠れなくなりそうなのでこの問題は別の日に考えるとしよう。
 ああ、考えごとがなくなったのに増えてしまった。
 テレビの前の視聴者やファンは想像もつかないだろう。眉目秀麗として崇められているイチ大佐が、こんなことを考えているだなんて。格好良くって子供の憧れであるレッドが、どうしようもない男だなんて。知らないだろう。知りたくもないだろう。教えることもないけれど。
 同じ繰り返しをして微々たるものを経験していって、少しずつ前に進んだり後ろに戻ったり、結局は変わらない世界で立ち続けるだけだ。ヒーローもヒールも、そこらに歩いている人も。
 イチ大佐も朝が明けるまではただの男。睡眠を欲している、ただの男なのだ。だからレッドを愛しいと思っているのは、イチ大佐ではなくただの男の感情なのである。裏を辿ればそういうことだ。ヒーローもヒールも、ただの男だったりする。