come,va? 02
 清滝組についてから、四柳が物凄く警戒心を露にして睨みを効かすので足で背中を蹴った。 せっかくこっちが穏便に済ませようとしているのに、肝心の四柳がこうだと相手を逆上させてしまう。
 僕は丁重に腰を折り挨拶をしてから、女性がくらりとくるであろう笑みを浮かべてこちらの人数と武器の所持の有無を伝えた。 用は迅にあり、要のことだ、とも。
 そうしたら意外にも清滝組の人は好意的に僕たちを案内してくれた。 敵というほど敵ではないがこんなにあっさり入れてしまうと、清滝組のセキュリティを考えてしまう。 まぁこんなにすんなりと入れたのは、例の件と二人だけということがわかったからなのだが。
 通されて入った部屋に待ち構えていたのは恐らく噂の迅であろう人物と、迅を警護するヤクザが前後左右に十数人。
 もちろん僕たちが部屋に入った瞬間、その襖の向こうでも何人かのヤクザが待機に入った。 すんなり入れたが、これからが大変だと思った。
 迅に声をかけられ僕が真ん中、その後ろに四柳が正座した。
 迅を見た僕の正直な感想。
「フフ、予想以上に男前なんだね」
 思わず声に出してしまったが、迅も他の人に劣らず整った顔立ちをしていた。 ほんの少し長めの黒い髪をオールバックにし、白のスーツを身にまとっている。 座っているから身長は良くわからないが、四柳より少し低めだと思う。 筋肉質とまではいかないがそこそこの筋肉のついた身体に、端正な顔立ち。 早くも王者のオーラを身に纏い、鋭い目つきで僕を威嚇していた。
 これは遊んでいても仕様がないよな、といった印象を受けた。
 僕なんて遊んでもいないのに女とつるめば遊び人扱いされるし、詐欺師だと言われるし、泣きつかれるし、すっかり女性不信だ。 男にはもちろん興味などないから、この歳ですっかり性欲も減退してしまったように思う。
 正直、迅の性欲と女性の扱いを譲り受けたいものだ。
 まじまじと迅の顔を見つめる僕に、とうとう痺れを切らしたのか迅が声をあげる。 声まで色っぽくセクシーだ。
「からかっているのか? 三雲組は温厚だと良く聞くが……いったいどういうつもりだ」
「すっごくかっこいいって言ってるんだけど」
「……話が違う。要のことできたんじゃないのか」
「フフ、そう。その要なんだけどね、知ってるとは思うけど僕が匿ってるよ」
「話が早い。返してもらおうか」
「今は無理なんだ。要から聞いててね、迅はイロを何人も囲ってるけど扱いは優しいし大事にしてもらってたって……でもね、ちょっと事情が事情でさ」
 僕のおどけた話し方に迅は眉に皺を寄せ、同席しているヤクザは切れたように怒鳴った。 後ろにいる四柳でさえ僕に非難の目を向けているのはわかっている。
 だけどここで負ける訳にはいかないんだ。 なにがなんでも要を守らなくてはいけないし、無事に帰らなきゃならない。
「貴様! 次期組長の名を呼び捨てで呼ぶとは良い度胸だなぁ? アア!?」
「貴様こそ口の聞き方に気をつけろ! 若を誰だと思っている! 若頭だといってなめてると承知しねぇぞ!」
「良い。呼び捨てでもなんでも構わねぇ。俺も遠慮をしないで良いのだろう? ……で、話が逸れたがそれは一体どういうことだ」
「清滝組は最近まで抗争に借り出されてて、ここ人手いなかったでしょ? 多分そのときに奇襲にあったよね?」
「ああ、それで俺のイロが何人か拉致された。死体になって帰ってきたやつもいれば、行方不明のやつ、それにお前んとこにいる要だな」
「フフ、……僕、その日にたまたま裏路地で死んだようにゴミ置き場に放置されてた要を拾ったんだ。もちろん迅のイロとは知らずにね。後から知ったんだけどさ。で、人間がしたとは思えないほどの暴行と陵辱を受けててさ」
「……はっきり言え」
「目が覚めたとき手がつけられないくらいに暴れた。自殺しようともしてた。それが最近やっと落ち着いたんだ。だけどまだ安静にしてないと非常に危険な状態で……僕は要に一切手を出すつもりもないし、脅す目的でもない。ただ純粋に心配だからこのままで返せない」
「そんなものは関係ないな。そいつは元々俺のもんだ。療養ならこっちでさせる。さっさと返してもらおうか」
 予想通りの迅の言葉に一筋縄ではいかないことがわかった。
 要はあれほどの美貌を持っているし、さぞかし迅に寵愛されていたのだろう。 簡単に手放すとは思ってはいなかったし、取り戻すこともわかってはいた。 だけどはいそうですか、といって返せるものでもないのだ。
 今の要が迅に会えばフラッシュバックを起こし、また自害してしまうかもしれない。 そうなれば迅はそのまま見捨てるであろう。
 自分のものが他人の手の中にあるのが嫌なだけであって、決して要に執着している訳ではないのだ。 死ぬとわかっていて迅に要を返せる訳がない。
 それに使い物にならないとわかったものを、迅が手元に置くとも思えない。 きっとそれがわかってしまえば迅は要を売るか、捨ててしまうだろう。 そうなってからは全てが遅いのだ。
 迅が要に執着する理由とは違い、僕も要に執着をしているのだ。 あの綺麗な人形と似つかない僕だけど、要と僕は一緒なのだ。 だから返せない。
「フフ、無理って言ったら?」
「お前はなんでそこまで要を甲斐甲斐しく見る必要がある?」
「大人の事情ってやつ? ま、秘密だよ。……迅、それにもう要は無理だ。諦めた方が良い」
「どういう意味だ」
「迅を恨んでいた組の犯行でしょう、イロ拉致事件は。死んだ人もいるとなれば迅でもわかるでしょ? 幸か否か生き残ってしまった人の身体を」
「傷だらけだと? そんなものは消える」
「そう、消える。だけど要は、……要を発見したときにね、手術をしたんだけどさ、もう肛門が酷い状態でさ……もう駄目なんだ。セックスなんて到底できない」
「……なんだって?」
「まだ要にも言ってない。だけど自由に動き回れるときがきたら嫌でもわかってしまう。一生付きまとうんだ。だから迅のとこには返せない。そういう用途ではもう使えないんだ。こうなった要の未来は、僕でもわかるよ」
「……仕方ねぇ、確かにセックスのできない要に使い道はない。お前にくれてやる。但し勘違いするな、あげたのではなく俺が捨てたものををお前が強請って拾ったんだ。それに加え条件がある。一億だ、一億で要を捨ててやろう」
「フフ、良いよ。迅って意外に良い人なんだね。ねえ、僕たちが組長になったら兄弟盃でも交わさない?」
 その僕の一言に清滝組のヤクザだけではなく、四柳までもが驚いた声を出した。
 そりゃあそうだろう。 タイミングがあまりにも合っていない上、この状況で言うのは可笑しいのだ。
 だけど僕は迅を気に入ってしまったのだから仕方ない。
 あんな言い方をした上、お金を要求されたけど、要のためを思って発言したのだと僕にはわかる。 もちろんそのお金の要求は曖昧な約束なので、僕は払うつもりはない。
 多分迅だって僕が払わないのはわかってはいると思うし、わかった上でそう言ったのだ。
 上機嫌で正座を崩した僕に、四柳は盛大な溜め息を吐いて頭を垂れた。 皆は命知らずだといつも僕に言うけれど、意外とこういう性格の方が世渡り上手だと思うんだ。
 にこにこして迅を見つめる僕に、とうとう迅まで嫌そうな顔をして溜め息を吐いた。
「……お前、なにを考えているんだ」
「フフ、ただ隠居同士ができなかったことを僕がしたいだけ。迅と僕とで日本統一? みたいな?」
「お前と今日初めて会ったんだぞ。しかも俺たちの組は今いがみ合っている。そんな中良くその台詞が吐けたな」
「そのいがみ合いだって子供の喧嘩じゃない。明日には仲直りしてるかもしれないよ」
「あほらしい。もう帰れ、用は終わったんだろう?」
「ねぇ、また会いにきても良い? 迅のこと気に入っちゃった」
「くるな、もう会いにくるんじゃねぇ。お前とはもうなんの関係もない」
「またくるね」
「今言っただろうが! 二度とその面見せるんじゃねぇ!」
 ヤクザの威厳をフル活用したかのような獰猛の声で叫び、不機嫌を露にする迅に、何故か清滝組のやつらが怯えた。
 流石次期組長と言ったところか、威厳もあるしオーラが半端ない。 だけど僕にはそんなものは少しも通用しなかった。
 昔から怖いもの知らずといえばそうなのだが、大抵のことでは驚かなくなってしまっていた。
 そりゃ殺されることになれば僕だって怖いとは思うが、いつ死んだって良いのだ。 だけど僕が生きてここにいる理由は四柳を始め、僕を慕ってくれる人や僕を大事に思ってくれる人がいるからなのだ。 その人たちの命を守ってやれるのは、僕しかいない。
 いくら僕の見た目がヤクザに向いてないであろうと、腐っても次期組長になる僕は僕なりのやり方でやっていく。 そのためには清滝組との兄弟盃は必要不可欠なのだ。
 弱音や怯み、脅えなどを一切他人に見せてはいけない。 僕は常におどけた様子で振る舞い、ポーカーフェイスに徹することでやってきた。 ここで引き下がっては三雲組の名も廃るものだ。
「僕にそんなもの、通用しないよ」
「……お前意外と良い根性してるようだな」
「こう見えても若頭だしね」
「そうだな、その足開いてくれるんなら、兄弟盃してやっても良い」
 今度は迅の言葉にみんなが驚いた。
 四柳の言っていた通り、迅は食えるものはなんでも食う主義みたいだ。 それにしても僕みたいな男を抱きたいなどというなんて、相当のげてもの食いだな。
 僕はわざと悩む振りをしてにっこりと微笑んでやった。
「そうだね。迅が僕に惚れたなら足を開いても良いよ」
「残念だな。惚れることはないだろう」
「僕も残念だよ。足を開く機会がなくて」
「貴様が俺に惚れても、俺が惚れることはない」
「フフ、じゃあ勝負してみる? 迅は絶対僕に惚れると思うけど」
「ハハ、貴様こそ絶対俺に惚れるだろう」
 いつしか話の方向がとんでもない方向へと突っ走り、辺りはどよめきあっていた。
 お互いにバチバチと火花を散らして言い合う内容が内容だから仕様のないことだけども。 まさに売り言葉に買い言葉、というのはこのことだ。
 僕はこの勝負に負けるという自信はない。 迅が惚れるかどうかは別として、僕は絶対に迅に惚れることがないからだ。
 僕は男色の気もなければ性欲もあまりない、それに男に抱かれたいなどとこの方産まれて一度も思ったことなどないのだ。 いくら迅が本気で僕を落とそうと試みても、それに一切靡かない自信もある。
「じゃあ決まりだな」
「期限はお互いが組長になるまで、ってのはどう?」
「それは良い案だ。精々俺に惚れないように頑張るんだな」
「フフ、迅もね。兄弟盃がかかってるんだし、僕は負けないよ」
「言ってろ」
 僕は立ち上がると呆然としている四柳に声をかけ、清滝組を出ることにした。
 これ以上ここにいるのは得策ではない。 三雲組に帰り、どうやって迅を落とすのか、考えなくてはいけないのだ。
 お互いにどうやって接触してどうやって落とすのかもまだなにも決まっていないし、わからない。
 僕は未だに動こうとしない四柳を無理矢理引っ張ると清滝組を後にした。
 門までの通り、会う清滝組の人はさっきのやり取りを知ってか知らずか僕に軽く会釈をするものだからなんだか気分が良い。 してやったりな顔で車に乗り込み、上機嫌で車に設置してあるワインをラッパ飲みした。
「ぼ、坊ちゃん……」
「フフ、驚いたよねぇ。僕も驚いているんだ」
「頭が痛いです」
「でもね、四柳、この勝負に勝てば組にとって物凄く有益なことなんだよ」
「もしですね、負けてしまったらどうなるか坊ちゃんはわかってますか?」
「そうだね、兄弟盃もできない上に恋焦がれて死にそうになるだろうね。だけどそうなったら仕方ないと諦めるしかないよ。もう勝負受けちゃったんだし」
「坊ちゃん、もう坊ちゃんも大人です。もうちょっと後先を考えて行動をしてくれないと、私の命いくつあっても足りません」
「……これでも組のことはちゃんと考えてるんだよ。事は上手くいった。要のことも穏便に済んだし、この件での清滝組との険悪なムードもなくなった。清滝組にとって僕は敵ではなくなったよね」
「……坊ちゃん、まさかもう惚れてはいないでしょうね?」
「まさか、迅には人間として惚れただけだよ。あいつと組んだらさぞかし面白そうでしょう? あとは親分同士が仲直りしてくれれば万々歳だよね」
「坊ちゃん、私はいつでも坊ちゃんの味方です」
「ありがとう。僕も四柳はとても大事な人だよ。唯一弱音が吐ける人間だからね。だから心配しないで」
「有難きお言葉です」
 僕はワインを上機嫌で口に含みながら、後ろを振り向いた。
 軽々しくあんな言葉を吐いてしまったので忘れていたが、現在両組の親分たちはいがみあっている。 もし今日のことが耳に入ったら、どうなることやら。 いくら実子であろうとも、なにかしらのお咎めはあるかもしれない。
 しかしこのことをきっかけに、父を上手く言いくるめて仲直りさせる手というのもある。 そうなった場合、迅との勝負はなくなったも同然になるのだが、それはそれで少し残念なような気もする。
 僕は大分迅のことが気に入ってしまったようだ。
 性欲が強く、横暴で我儘、自己中心的な上、世界は自分を中心に回っていると本気で思っているタイプだ。 だけど本音の部分は凄く寂しがり屋で意地っ張りな性格と見た。 ああいった人ほど人に依存しやすく、僕にとっては非常に扱いやすい。
 迅と恋愛関係を持つことはないだろうが、親友になれたらとても良い関係を築けそうだ。
 是非とも迅ともっと仲良くなりたいし、兄弟盃を交わして三雲組を安泰させたい。 できれば親分同士が仲直りをする頃には、僕も迅と相当仲の良い兄弟分になっていると良い。
 僕はちゃぷちゃぷと音を立て始めた僕の胃を撫で、四柳に声をかけた。
「ねぇ、四柳。迅は普段どうして過ごしているの?」
「……坊ちゃん、私は坊ちゃんのいつも傍にいます」
「今更なに言ってるの。それぐらいわかっているよ」
「ですから私は坊ちゃんが普段していることはわかっても、清滝組の跡目の行動までは把握しておりません」
「少しぐらい知ってるでしょ」
「はぁ、……清滝組は最近新宿歌舞伎町での風俗経営に力を入れていると聞いてますんで、もしかしたら歌舞伎町に出没する機会が多いとは思いますが……」
「フフ、知ってるよ。僕だって清滝組の動きはわかってるんだよ」
「……坊ちゃん、ならどうして私に聞くのですか」
「ちょっとした暇潰しさ。ワインのつまみだよ。ねぇ、四柳、僕ラッパ飲みは好きじゃないんだけど」
「でしたらグラスに注いでください」
「めんどうくさいじゃない」
 その言葉に四柳は盛大な溜め息を吐いた。
 どうも酒を呑むと四柳をからかいたくなる症候群にかかってしまうのだ。
 僕は酒には強いから酔うことは滅多にないが、これだけはやめることができない。
 威厳があり、オーラバリバリの大人の男を口で攻めて煮詰まらせるのには、なんとも言えない快感がある。 S気質というのだろうか、四柳をからかうことは僕の人生の娯楽でもあった。
 バックミラー越しに僕の様子を見る四柳を見て、僕はにっこりと微笑んでやった。
「帰ったら大目玉くらっちゃうね」
「……でしょうね」
「フフ、まぁどんな命令でも受けるけどさ。でも四柳だけは渡さないってことは言っておかなきゃね」
「坊ちゃん……」
 少し感動したのか、四柳は目を潤ませるとありがとうございますと言った。 なんだかその姿が余りに似合わなくて、僕はついつい意地悪を言ってしまった。
「フフ、だって四柳は僕の面白い玩具だからね」
 まあそれだけではなく、四柳には一番の信頼を得ているし、僕の弱音を吐ける貴重な存在でもあるのだけど、それはなんだか言うのが恥ずかしいから秘密にしておく。
 がっくりと肩を落とす四柳を見て僕はほくそ笑んだ。
 グビグビとワインを胃に流し込み、流れ行く外の景色を見ながら今日一日のことを改めて振り返る。
 時期を見て要に今日のことを報告しなくてはいけないし、それまで今日のことを隠さなくてはいけない。 早く安心させてあげたいが、焦っても要にはまだ言える段階じゃない。
 それに勝負だ。 勝負だって本気で落とさなくてはいけないので、そのプランも練る必要がある。 相手はあの迅だから、一筋縄で僕に惚れることはまず100%と言って良いほどないだろう。
 ことは僕が進めるものではなく、なるようになっていくのでただ流れに身を任すしかない。
 こうして僕は迅と、兄弟盃と自分の貞操をかけて勝負することになったのである。