ロマンチスト・ダーリン 04
「繋がったね……」
 うっとりとした口調でそう言った尚人は、迅の手をしっかり握り返すとゆっくり腰を上下に動かした。震える内股に力を入れて、腰を浮かせては落とす。
 最初こそ慣れない感覚に手間取っていたものの何回か繰り返すとこつを掴んだのか、徐々にリズムをつけて腰を振り出した。
「ぁ、っあ……んんッ」
 艶やかな息に喘ぎが混じって零れる。迅が与えるような激しい愉悦にはほど遠いものの、こうして迅を飼い慣らしているという錯覚に陥らせてくれるこの行為が尚人に快楽を与えてくれた。
 技術的な面ではまだまだ慣れてもいないし長けてもいない。迅が尚人に性技を教え込む楽しさを持っておらず、いつだって好きなように甚振っていただけなのだ。もちろん愛のある行為には変わりないが。
 それ故に尚人が迅にしてやれる愉悦の振り幅が少ない。迅の見様見真似、もしくは気紛れで指定された口淫や騎乗位を思い出してするほかないのだ。
「あぁ……じ、ん、迅……っ」
 名前を呼んで、掌をぎゅっと握る。尚人が言い付けた通り、迅は動きもせずただ尚人を見上げては大人しくしている。されるままの人形のよう。いつもなら、それは尚人なのに。
 緩くて焦れったい刺激がより尚人を興奮へと高める。ぬるりと背筋をかけるのは物足りない悦で、だけどそれが今夜の行為を奮い立たせてくれる前戯にもなる。
 尚人は堪らなくなって、腰の動きをゆったりめにシフトチェンジするとぎりぎりまで引き抜いて一気におろした。
「あぁん……っ!」
「尚人、やけに積極的だな? でもそんなので足りるのか」
「はっ、や……ま、まだ……ァ」
 くいっと腰を動かした迅に待ったを言い渡す。動くなという意味で手をぎゅっと握れば、やれやれと苦笑いをされた。
「お前に任せたんじゃいつイけるのかわからん」
「煩いっ……僕だって、やれば迅くらい……その気にできる」
「その気には見ただけでさせてくれるだろうな。だけどその先は無理だ。まだまだ拙いんだよ、お前は」
「……じゃあ、教えてよ」
 迅に触れられたいと泣く性器から先走りが零れて、迅の腹に溜まりを作った。恥も矜持もなにもかも今なら捨てられそうだ。アルコールでふやかされた思考は時に便利でもある。特に尚人のように、滅多に酔わない人からすれば。
 息も絶え絶えに、汗も滲んで性器はどろどろ。身体中火照って性感帯のようになっている尚人と比べ、迅は涼しげだ。まだそこまで熱も高ぶりも上がってはおらず、余裕の表情すら浮かべているのだから。
(……こんなはずじゃなかったのに)
 喘いで身悶えて、迅を焦らす予定だったのに、尚人の持てる全てで調教する予定だったのに、この様はなんだろうか。
 投げやりともとれる言葉を放った尚人に、迅はにやにやとしまりのない顔を浮かべた。
「教えろ? じゃあそれは俺が主導権を握っても良いということか? ああ、メンテとやらはもう終わりか」
「っ、終わりじゃない! もういい! 迅には頼まない!」
「そう言うなよ。セックスは二人で楽しむもんだろ」
 迅は伸ばした指先で尚人の太股を撫ぜると、あやすように言葉で畳みかけた。騎乗位で尚人の痴態をじっくり見るのも捨てがたい選択肢ではあったのだが、本当にこの状態が続くのなら生殺し同然なのだ。
 もっともっと激しい愉悦が欲しい。ゆったりとした深く愛情を確かめるセックスでも良い。とにもかくにも、迅が尚人を愛したい気分なのだ。特に今は。
 だけど尚人も迅同様非常に頑固である。筋金入りの。迅が大人な言葉を言えば言うほど、つまりは折れてやっても良いと匂わすだけで否定をするのだから少し困ったところだ。
「フフ、決めた。僕迅をイかせるから。もう駄目ってほどよがらせる」
「……おい、尚人」
「なに? 文句あるの? ないでしょ? 迅はセックスが大好きだもんね。あるはずないよね」
 片足を上げて、それを器用にも迅の顔に寄せると足先で頬を擽った。迅を配下に置ける疑似体験に、さきほどから興奮が治まらない。独り愉しんでうっとりと頬を染めると、喘ぎながら腰を振った。
 体よくも、迅の性器を使ったオナニーだ。これは。
 迅の視界は幸せだ。迅の性器によがって腰を振って、淫らに悶えている恋人の姿があるのだから。だけど肝心の性器が気持ち良くなれない。気持ち良いことには良いのだが、物足りないのだ。
 尚人の肩を押さえて倒したい。シャツの下に隠れている柔肌に噛み付いてキスマークを残したい。嫌だと突っぱねる腕ごと抱きしめて、掌中におさめたい。そんな風に浮き上がるのは欲望ばかり。
 規制された騎乗位がこんなにも苦しいなんて、思ってもみなかった。やはり迅は好き勝手性器を突き入れる方が好きだ。
「尚人……」
 腰が動かせないから、迅は掌で尚人に悪戯をした。内股を撫ぜて、震えながら天を向く性器に触れてやる。先走りがじゅん、と染みてよりいっそう濡れそぼった。
「あう……っん……!」
 ひくりと震えたのと同時に内壁が蠢いて、締め付けを強くする。感じたのだろうか、涙目で睨んできた尚人は声にならない声を上げた。
 粗方触るな、と言いたいのだろう。迅はそんな尚人を無視してもっともっと性器を弄る。
「ぁ、っあん、やっ……ァ! だ、だめ……!」
「ほら、身体は嫌がってないだろ?」
 言っておいて後悔する。親父くさいベッドの台詞だ。じゅくじゅくと音を立ててそこを弄れば、尚人は頭を振って髪の毛をぱさぱさと散らした。
 吐息が荒くなる。スピードを増して早くなる。堪らないと言いたげに唇を噛んで、一心不乱に腰を振る尚人。そのリズムに合わせて手を動かせば殊更大きく喘ぐ。
 尚人の呼気と喘ぎ、水音だけが響く部屋。温度が上昇して絶頂まで近くなる。いつしかメンテのことなどすっかり忘れているのだろう尚人は迅に甘えたような顔で強請ってみせた。
「は……っあ、ぁ……迅、迅っ……」
 ここまで性に奔放になる尚人も珍しい。やはりどこかでなにかを抱えたままでいたのだろう。
 普段は消極的で嫌だばかり言って、快楽で陥落させなければ本音も出さないし性にも大胆にならない。泥酔しているからといってここまで乱れきるのも珍しい話だ。
 大抵こんな風に尚人が愛撫や快楽、セックスを欲するときは心が不安なときと決まっている。
 ほとほと厄介な相手に惚れたものだ、と迅は再確認すると取り敢えず一区切りさせるために尚人の性器を強く上下へと動かした。
「あぁぁ……ッ! や、っむ、むりィ……迅! いくっ……ぁあ……いっく……」
 ぶるぶると震えた尚人は切なげな声で鳴くと、後孔をきゅうっと締め付け絶頂へと達した。先ほどから緩い愉悦ばかりでちっとも激しい性への快楽を得られなかった迅も、流石にこの締め付けには唸った。
 吐き出した白濁がぱたぱたと迅の腹へと飛び散る。達したことで力が抜けたのか、ぐったりと足をついた尚人は苦しそうに息を吐くと迅を見つめた。
 目が合って、言葉が止まる。未だ尚人の体内に埋め込まれた性器は達することを知らず、硬いまま脈を打っていた。
(……うそ)
 それに悲しいやら悔しいやら、複雑な思いを抱えた尚人は途方に暮れた表情をしてみせると八つ当たりをして迅をぎっと睨んだ。
「尚人、そんな不細工な顔をするな」
「……してない。なんで? なんで、……」
「だから俺は一方的にやられるのは性に合わんだけだ。それにそこまで尚人に教え込んでいないだろ? まだまだ無理だろうな」
「っ、……もう終わる! メンテなんて二度としない! この性欲魔人! 最低男! ヤリチン! セックスばっかしてるからそんなに馬鹿なんじゃないの!? 第一初めて会ったときから」
「尚人、それは昔の話だろ? 今はお前だけだ。それにここまで俺を熱くさせるのも、最果てがないくらいに欲情させるのも、穴を埋めてくれるのも、尚人が初めてだ。お前しかいない」
「……埋められるのは僕でしょ」
「そっちのじゃない。ったく……」
 呆れたように吐いたくだらない溜め息にも尚人は敏感だ。嫌な顔をしてみせると腰を浮かした。粗方変な風に勘違いしてしまったのだろう。
 こういう繊細なところは守ってあげたいと、迅はそう思うのだ。
 浮いた腰を押さえて深く抽挿した。頬を染めて短く喘いだ尚人の可愛らしさなど、迅しか知らないのだろう。いや迅しか知らなくて良いことだ。
 しまりのないだらけきった笑みで身体を起こした。間近に迫った尚人の両頬を持って口付ければ、固くなった身体も解れる。
「ん、う」
 嬉しそうに懐いてシャツを脱いだ尚人は首に手を回してくる。肌と肌を密着させて、お互いを求め合ってするキスは先ほどの一方的な愛撫の何十倍も気持ち良く感じられた。
「仕切り直ししても良いか?」
「……この体勢で? 僕、これ好きじゃないんだけど?」
「感じてる顔を間近で見られるからか?」
「最低。フフ、迅ってばほんとロマンも糞もないよね」
「恋人に一方的に跨ってメンテするって言って腰振ったお前には言われたくないな」
 無言の重圧なのだろうか、そう言えば尚人はむっと顔を顰めて迅の頬を強く抓った。
「で? どうするの? ヤるの」
「……お前こそロマンも糞もないな」
「フフ、僕をメンテしてみる? 迅なら良いよ。好きにしても」
 激しい愉悦に飢えていたのは迅だけではない。尚人も男だ、性欲も溜まる。だけど尚人は性に対してコンプレックスに似たトラウマがあった。故に自己処理をすることはあまりなく、女を抱きたいという欲求もなかった。
 その代わりというのか、迅が尚人の性への恐怖を覆した瞬間から尚人の性欲は迅個人になった。迅相手ならなにをされても許せるし、なんでもしてほしいとも思う。
 もちろん迅が尚人を見て欲情するのと同じ、尚人も迅を見て欲情する。さっきまでの戯れのような緩い愉悦だけじゃ我慢できない。もっともっと感じさせてほしい。なにも考えられなくなるくらいの、快感がほしい。
「壊さない程度に、セックスしよ」
「後悔しねえの」
「今日はね、そんな気分。迅がぐらついた女のことなんか忘れさせてあげるよ。フフ、迅、僕以上の人なんてこの世を探したっていないんだから、今度そんなことしたら本気でその心臓ぶち抜いてあげるから覚悟しといてよ」
「怖いな、それは」
「それくらい愛してるってことでしょ?」
「それ、俺の台詞」
 柔らかな指先で尚人の頬を擽れば、子供のようにはにかむ。手を重ねて温度を調和して心が繋がって、視線が合えば合図。距離がゼロになっていく過程が堪らなく待ち遠しい。
 あと少しが楽しくて、あと少しが狂おしい。
「べろちゅう、ね」
 舌を出して触れ合った。ぴりぴり電流が走って身体中を支配した。我慢を知らない子供のようだ。たどたどしい口付けは数秒も持たない。直ぐにぐちゃぐちゃしたものがほしくなる。
 零れる唾液も気にならないくらいに求め合った。舌を差し入れて差し入れられて、唾液を飲み込んで送って。なにをしているのかもわからなくなる。
 唇が触れ合えば心まで繋がれたような気がして、とても充足感に包まれるのだ。
「は……んん、迅……も、っと」
 迅の意外に柔らかな髪の毛に手を差し入れてかき回した。じれったい悦などもう十分なほどにもらった。だからもっともっと別のものがほしい。
 催促するように腰を緩く振れば、迅が耳元で笑った。悦を感じ取った声音が堪らなく性へと繋げてくれる。まるで愛撫されるかのように囁かれると、足先が痺れてどうしようもなくなった。
「大人しくしていろよ」
 がっと腰を両手で押さえ付けられ、下から強く突かれた。触れ合っていることを良しとする尚人に合わせてくれたのか、迅はバックや正常位の方が快感を得やすいはずなのに向かい合ったままセックスを続けてくれた。
 触れ合って抱きしめて、下から思い切り突かれれば脳天まで痺れるような愉悦が身体を支配する。硬い切っ先が乱雑に内壁を擦り上げ出たり入ったりを繰り返す。
 良いところを突き上げられたかと思いきや、時には焦らされたり動きすら鈍くなって止まったり、尚人は迅が与える一つ一つの行動に乱され悶えていた。
「ぁあ、あ……っぁん……迅……ッ」
 気持ちが良過ぎてどうにかなってしまいそうだ。先ほどイったばかりだというのに、もう尚人の性器は限界にまで膨れ上がって先走りをぼたぼたと零している。そこに触れられてもいないのに。
 飼い慣らされた身体は後ろだけでも十分に快感を拾って絶頂することを覚えた。
 随分と淫らな体質になったとも思われるが、これも全て迅だけの尚人であるからだ。それ以外ともなれば反応するかすら怪しい。
「尚人……気持ち良いか?」
 ぶっ飛んで性に溺れ切っている尚人に、迅は聞いた。それに対する答えはわかりきっている。反応も、状態も、そうさせている迅が誰よりもわかっているから聞かなくても良かったのだけれどそれでも迅はそれを言葉にした。
 尚人は蕩け切った瞳に迅を映した。頬を紅潮させて、濡れそぼった唇はいやらしく光る。なにかを象ろうとそれが動いても、迅が与える悦に喘ぎしか零さない。
 ぎゅうぎゅうときついくらいに迅の性器を締め付け、逃さないとばかりに食らいつく。しっとりと汗ばんだ肌は迅と触れ合えば離れるのを惜しむかのような肌触りになった。
(堪らねえのは、俺の方だな……)
 ここまできたら離すこともできない。嫌々と可愛らしく首を振った尚人は迅が与えた激しい愉悦に溺れて浸っていた。甘えたように擦り寄って腰を揺らして愛撫の催促。キスまで強請られればもう、迅ですら考えることが億劫になった。
「あぁんっ! は、ァ……っう」
 尚人の頬をわし掴んで無我夢中で口付けた。今はただ気持ちの良い快楽に身を沈めていたい。煩わしいことなど考えたくもない。
 この部屋を出れば他人でしかない。決して一緒にはなれない関係だけれど、この部屋に二人揃っていればなんでもできた。違うことが見えた。変われたと、思い込める魔法の部屋なのだ。
 尚人のアフターケアも、くだらない日々もお喋りも、迅がする予定だった馬鹿みたいなロマンチストな行動も、全部後回し。お互いを味わって貪って、ゼロになるまで愛し合いたい。
「……尚人、まだまだだからな? 最後までへばるんじゃねえぞ」
「は、……っ誰に……ものを、ンぅ……僕がへばる訳ないだろ……」
「ほう、その言葉後悔するなよ?」
「……フフ、望むところ」
 婀娜っぽい顔で迅を睨み返す元気がまだ尚人には残っているらしい。迅はこれ幸いとばかりに尚人を深く抱きしめ押し倒すと、そのままの体勢でがつがつと腰を動かし尚人を朝方まで犯し続けたのである。