乙男ロード♡俺は腐男子 02
「いや〜参ったね、これは参った。俺は降参です」
「なにがだよ」
「これまた良い男! ウホ! 彼はリバが似合う男NO1だね。俺様攻めもいけるし、意地っ張り受けもいけそう〜」
「受け……は、どうだろ……って俺なに考えてるんだ!」
「柚斗もいける口になってきたね」
「お、お、お、俺は違うー!」
 望月はよりによって吉原が喋っているときに絶叫してしまった。 辺りは一気にシーンとした空気になる。
 それに気付くが既に遅く、壇上の吉原は眉を顰めてぎらりとこちらを睨んでいた。
 ああいうタイプは自分の邪魔をされるのが一番嫌いなのだ。
 どうしようか。 そう悩んだ望月に、和泉は機転を利かせて壇上に向かって声を上げた。
「吉原先輩、こんな奴のために挨拶を途中でやめないでください! 皆さんも早く吉原先輩の美声が聞きたくてうずうずしてますよ」
「ハ! 仕方ねぇなあ、そこまで言うんだったら許してやらなくもねぇ。そこの小僧、子猫ちゃんに免じて許してやるが次はねぇぞ!」
 思わず鳥肌が立ったのを必死で隠し、和泉は望月に頭を下げさせると席に座った。
 子猫ちゃんなど言われたのは初めてだった。 小説では何度も書いている台詞だが、まさかリアルで聞けるとは和泉ですら思っていなかったのだ。 それが自分に向けられるのは酷く気持ちが悪い。
 アイドル顔も無残なほどのしかめっ面をして、握りこぶしを作った。
「柚斗、昼飯奢れ。俺は酷く気分が悪い」
「……もとはといえばお前の所為なんだけど」
「知らない! あー! 子猫ちゃん! 気持ちの悪い! そういうのは俺以外に言ってよね!」
「でもああいうタイプ、ちょー好きだろ?」
「まあね」
 それからというもの、壇上の吉原は機嫌良く隣の青い男と黄色い男が止めるまでべらべらと喋り続けた。
 ただの挨拶だというのに小学校の校長の話よりも長い。 中等部繰り上がりの生徒は目をハートにして聞いていたが、和泉を始めとした外部生徒はうんざりとした表情で壇上を見つめた。
 入学式はほとんど吉原の話だったような気がした。
 午前九時から始まった入学式が終わったのは、予定を大きく回った午後一時。 疲労を顔に浮かばせた生徒たちはぞろぞろと体育館を後にした。
 これからクラス発表があり、それぞれのクラスに移動して簡単な説明を受ける。 そのあとにやっと寮に案内されて本日のスケジュールを終えるのだ。
 全く持って無駄で長い一日。 時間の無駄遣いといっても過言ではない。
 和泉は早く寮に帰りたくて、身体がうずうずしているのを止めることができなかった。
「柚斗、もう駄目かもしんない〜! 俺、早退するー!」
「はぁ? なに言ってんだよ、まだクラスにもついてねぇぞ」
 クラス発表を終え、二人一緒のクラスになれた感動を味わうこともなく和泉は帰りたい帰りたいと呟く。 渡り廊下で今にも寝転んで駄々を捏ねそうな和泉に対し、望月は至って冷静に和泉の首根っこを掴むとずんずんと歩き出した。
 和泉は良くも悪くも今年の主席なのだ。 簡単に帰れるとは思えない。 本当は新入生挨拶をするのも和泉の役目だったし、生徒会雑用をするのも和泉の役目だったのだ。
 そう和泉の変わりに壇上に立った次席の相澤はあろうことか、主席の仕事である生徒会雑用まで和泉に押し付けられていたのだ。
 相澤が目の前にいたら、和泉に無理矢理頭を下げさせてでも謝らせたい気分だ。 望月はこう見えて正義感が誰よりも強い。
「ちょっとー……俺、行きたくないんだって」
「原稿なら手伝ってやるからちゃんと出席だけはしろ」
「……柚斗、どうして原稿が終わってないってわかったの?」
「何年付き合いやってると思ってんだよ。それぐらいわかってるっての」
「ふーん。言っておくけど、35Pフルカラー、ペン入れなど一切なしで締め切り明日なんだけど」
「お、まえなぁ……なんで、もうちょっと早く言わないんだよ!」
「だってそんな暇なかったんだもん!」
 ぶうぶういう和泉に望月は盛大な溜め息と、疲労がどっと押し寄せた。
 どうして自分が原稿の心配などしなくてはいけないんだとは思うが、もう何年もやってきたから癖になっているのだろうか。
 望月の原稿ではないのに、必死になってどの分担で明日まで完成させられるかを必死で考えた。
「……蓮、貫徹覚悟だぞ。寝るなよ。珈琲と先の尖った不要なペン、夜食などの用意は万全か?」
「もっち! 最初からそのつもりだし〜」
「はぁ……オンリーか? スパか? 告知通販か? まさか商業、か?」
「そのまさかの商業なんだよねぇ」
「よりによって商業かよ、……最悪」
「しかもフルカラーってね」
 がっくりと肩を落とす望月と違い、和泉は自棄に張り切った様子で教室に向かった。
 どうやら今日は長い夜になりそうだ。 明日は土曜日。 絶好の原稿日和だな。 そう小さく胸で思うと、望月は和泉の後を急いで追った。
 教室に入ると周りは見知らぬ人ばかりで埋め尽くされていた。 当たり前のことなのだが中学のころの見知った顔が誰一人いないというのは、和泉や望月にとって少し奇妙な感じでもあった。
 和泉の地元から幾分か離れたこの学園を、和泉たちの級友は誰一人として希望しなかった。 全寮制など余程金持ち家庭か、変わった奴しか入学したくないだろう。
 和泉は必死で周りと仲良くなろうとしているクラスメートたちを横目で見ると、盛大な溜め息を吐いた。
「そうそう美形っている訳ないか。ま、生徒会や風紀委員は投票だから美形が集まるんだろうけど」
「お前今さり気に酷かったぞ」
「だって事実でしょ? 不細工ばーっかり」
 にっこりと天使の笑みをして悪魔のような台詞を吐く和泉に、繰り上がり生徒だけでなく外部生徒までうっすらと頬を染めて和泉に見とれていた。
 全寮制といえば女っ気が全くない。 ノーマルである奴もこの異常な空気に侵されて少し可笑しくなってしまうのだろう。 男が可愛く見えたり、男に恋をしてしまったり、男と付き合ったりしてしまったりするのかもしれない。
 将来絶対に人生の黒歴史となる奴が多いだろうが、そのままゲイやバイになってしまう奴も少なくないだろう。
 和泉みたいに女っぽい顔をした奴ならまだ抱けるかも、などと考えてしまうのも頷ける。 男に抱かれたいと思う奴の神経は理解がし難いが、なにかしら感化されてしまうに違いない。
 望月は辺りを見回しながら、和泉の気配を窺っているクラスメートたちを見て恐ろしくなった。
「……ここきて、ある意味正解か? 女はいねぇけど」
 ぼそりと小さく呟き、牽制するように和泉の肩に手を回しベタベタとくっついた。
 和泉はそんな望月に対して不満そうに頬を抓ったり足を踏んだりするが、周りから見ればいちゃついているとしか見えない。 クラスメートたちは残念な表情を浮かべ、和泉から視線を外した。
「なに? なんなの? 暑いんだけど」
「牽制ってやつ? それより蓮、生ホモ見れそうか?」
「そうだね……生徒会や風紀委員の周りでは絶対生ホモ見れるだろうね。まぁ他でも見られるんだろうけど生憎不細工の生ホモには興味ないし、創作意欲も沸かないよ」
「確かになぁ。しかし生徒会や風紀委員と接点なんてねーし……」
「ないんじゃない、作るんだよ。つーか勝手に近付いちゃえば良くない? あいつら意外とこの顔に騙されて受け入れてくれると思うんだけど」
「……うまくいくと良いけど、つーか貞操だけは守れよ。俺だけじゃ無理な場合もあるんだし……ってお前なら大丈夫か」
 可愛らしく和泉の頭に並んでいるピンクの玉を引っ張り頭を撫でた望月に対して、和泉は不機嫌丸出しでその可愛い顔を般若のような顔に変え席を立った。
 先生は未だにこない。 時間は刻々と過ぎていく。 耐え切れなくなった和泉は自分よりも約10cm高い望月を担ぎ上げて、荷物を持ち教室を勢い良く飛び出した。
 途中で驚いた顔を見せる担任らしき先生が声をかけてきたが、和泉は営業用の笑顔をして保健室に行きます、とだけ伝えただけだった。 先生も和泉が主席だと知っていたためか、下手に機嫌を損ねないように優しい声色で月曜はこいよ、とだけ言った。
「蓮、やめろよ。恥ずかしいだろ」
「じゃあしゃきっと歩け! もう俺は限界だ! 原稿が俺を呼んでいる! ……本気でやばいんだから」
「いつもの出版社じゃない訳?」
 床に降ろしてもらった望月は突き出された和泉の鞄と自分の鞄を持ち、和泉の横に並んで寮の方へと歩いた。
 この際出席を放棄したことについては触れないことにしておいた。 一日だけだ。 一日なら大丈夫だ。 そう自分に言い聞かせた。
「それが初めて声がかかった出版社なんだよね……しかもフルカラーでしょ? ちょー期待されてる感するし」
 項垂れて少し涙目になっている和泉は、望月以外のこの学園の生徒が見たら襲ってしまいそうなほどに可愛い顔をしていた。 本当に口を開かなければ可愛いんだけどな。 望月はそう喉までいいかけて、口に出すことをやめた。
 だらだらしながらも競歩のように早く歩く和泉たちの前に、カラフルな人影が見えた。 あれは先ほどの入学式で挨拶をしていた吉原を始めとした風紀委員だ。
 嫌な気配を察した望月だったがどうしても避けられることができずに、運悪く吉原に捕まってしまった。
「おい! てめーら今は教室にいる時間だろーが! ……あ? 貴様入学式の」
「あ、吉原先輩……先ほどはすみませんでした。吉原先輩の美声を邪魔するような真似をしてしまい申し訳なく思っています」
「ハン、わかればいーんだよ」
 こういうタイプはひたすら持ち上げて褒めちぎるに限る。 望月は思ってもない台詞を紡ぎながらその横を通り過ぎようとした。
 しかし和泉がなにを思ったのか、立ち止まるどころか吉原の近くに行きその端正な顔をじぃっと見つめ始めた。
 最初は警戒を露にしていた青い男も、なにもする気配がない和泉に困った表情を浮かべて望月の様子を窺った。
「なんだよ。オレ様に惚れたか? 残念ながら貴様のようなタイプはオレ様のタイプじゃねーんだよ。子猫ちゃんは家に帰りな」
「ナルシストで傲慢、俺様我儘自己中心的……典型的だね」
「あ? 貴様誰に向かってそんな口の聞き方してんだよ」
 喧嘩腰になる和泉に今にもキレてしまいそうな吉原。 望月と青い男はうろたえ、黄色い男はまたか、と言いたげに溜め息を吐いた。
 この喧嘩どう見ても吉原に軍配があがりそうだが、望月は和泉の本性を知っているためにそう落ち着いてはいられなかった。 小さい身体をしているからといってなめてはいけない。 だって和泉はこう見えて黒帯もちなのだから。
「よっしー、短気なのはモテないよ」
「っ、随分威勢が良い子猫だな。オレは優しいんだよ、だから今回は見逃してやる。その可愛い面に免じてな」
「別に喧嘩売ってる訳じゃないよ。よっしーの顔好きだよ」
「……あ?」
「ねぇ、彼氏いないの? タチネコどっち? タチっぽいけど意外とネコもいける口? 好きなプレイってどんなの? ヤってるところ見せ」
「はーーーーいストップストップ! 吉原先輩すみません! この子ちょーっと頭弱いんすよ! ハハ! 気にしないでくださいね! こら蓮! いきなり失礼だろ!? それによっしーはやめなさい。ちゃんと先輩つけて」
「ちょっと邪魔しないでよ」
 いきなりの質問に吉原を始めとした風紀委員の三人は豆鉄砲を食らったような顔をして和泉を見た。
 先ほどまで喧嘩になりそうになっていたのが嘘のようだ。 黄色の男がそんな和泉に対してあはは、と笑みを見せて手を差し出してきた。
「俺、神谷 空(かみや そら)。風紀委員の特攻隊って言われてる。まぁこの権利使って暴れたい放題してるからそう呼ばれるようになったんだけどさ。タチかネコかも言った方が良いのか?」
 黄色の男は神谷と名乗り、ふわふわの金髪の髪を靡かせて和泉の手を無理矢理握った。
 神谷も例に漏れなく整った顔立ちをしていた。 垂れ目がちの瞳に甘いマスク。 優しそうな雰囲気の顔だが物凄く気性の荒い豹のようなオーラも感じる。 すらりとした体型がまた、和泉のオタク心を擽った。
「普段タチだけど、ネコでしょ。ってもネコの経験なさそうだけどね」
「……あんた、敬語使えないのか?」
「使えないんじゃなくて使わないの。頭の良い神谷先輩なら理由わかると思うけどね〜」
「面白い、気に入った。ほら葵も挨拶しろよ! あんた、名前なんだっけ?」
「和泉 蓮、一年。よろしくね、神谷先輩」
 神谷の言葉にハっと気付いた青い男は和泉の前に立ち、ごほんと咳払いをしてから手を差し伸べてきた。
 吉原や神谷と違い喧嘩慣れよりは武術慣れしているのだろう。 和泉が意外とできることを理解したらしく、少し躊躇いがちにその口を開いた。
「森屋 葵(もりや あおい)だ。空手をしている。風紀委員では柳星の親衛隊。柳星のことは尊敬している、だから馬鹿にすることは許さない」
 青い男、森屋は真っ青に染めた髪色をして、前髪だけを少し短くしている。 美形というよりもワイルドといった男らしい顔つきをしていた。 体型が少しがっちりとしているわりに身長が意外に低い。 それを気にしているのか、姿勢を良く見せようと背筋をピンと伸ばしているのが印象に残った。
「うーん、森屋先輩は難しいなぁ。経験なさそうだね!」
「うっ……そ、そんなことはない!」
「ってこんなとこで油売ってる時間ないんだった! やっば、ちょっと柚斗? 早く言ってよ!」
「へーへーってどうせいつか風紀委員に挨拶行くつもりだったんだろ? 手間が省けて良かったじゃないか」
「それはそうだけど、時期ってものがあるでしょ。まぁ大体把握したし、今度は生徒会行って両方攻めないとね」
「生徒会の方がすっげー癖あると思うぞ」
 三人を空気のように扱い、二人して会話に華を咲かせているのを見て吉原は身体がぶるぶると震えるのを止めることができなかった。
 生きていて十六年とちょっと。 こんなにも馬鹿にされたのは初めてだ。
 敬語も使えない。 媚びてもこない。 ましてや吉原のことなど眼中にないように扱われたのだ。
 それに気付いた森屋が吉原の肩に手を置き必死に宥めるが効くはずもなく、吉原は本日二度目の大声を出すこととなった。
「おい! 和泉とかいう野郎! オレ様を無視するんじゃねーよ!」
「……はぁ、よっしーはめんどくさい性格してるね。萌えるけど俺にはやめてくれる?」
「よっしーって呼ぶんじゃねぇ! 吉原様って呼べ」
「じゃあ和泉様って呼んでよ。あ、蓮様でも良いよ」
「誰が呼ぶか! 貴様とんだ性格してるな。可愛いのは顔だけか? 子猫なんて言語撤回だ!」
「あ〜そうそう、子猫なんて鳥肌立つからやめてほしかったんだよね」
「……良い度胸だな、貴様覚えておけよ、このオレ様に楯突いたこと!」
「うん、また時間のあるときにゆっくり話そうね。よっしーと愉快な仲間たち、ばいばい〜!」
 にっこりと笑顔100%でその場を後にした和泉に代わり、望月は風紀委員たちに頭をぺこぺこと下げて謝った。 その態度に吉原は気分を良くし、神谷はまた和泉と会いたいとせがみ、森屋はどうしてあんな性格になったのかと問い詰めた。
 三者三様の反応に望月はげっそりとするのを抑えきれることができず、その場に捕まったまま時間が刻々と過ぎていくのを感じていた。
 解放されたのはそれから一時間後。 おそるおそる部屋に帰った望月に、和泉は貫徹の準備万端の格好でがみがみと怒鳴った。
 原稿はなんとか朝日が昇る前には完成し、すっかり夢の住人になった和泉に代わって望月がポストに投函しに行った。 望月にとって厄日ともいえる長い一日がやっと終わった瞬間だった。