乙男ロード♡俺は腐男子 04
 風紀委員はこれといった仕事をしていない。 表向きは、自由に羽を伸ばして真実の自分を発見できる学園生活を送るため風紀委員がお手伝いします、だ。 実際はお手伝いなどしていない上に、暴れたい放題やって遊びまくっているという噂だが。
 どこが役に立っているのかと強いていうのなら、風紀委員に逆らうものはいないので園内治安が良くなるというところだろう。
 和泉はホモ妄想に役に立っているよね。 そう思いながら、ぽかんとした表情でこちらを見ている三人に手を振った。
「おっはー! 昨日ぶり? あ、よっしー電話中? 俺がいるのに困ったなぁ」
 ぎくりと肩を強張らせ、携帯を持つ手に力を入れた吉原を見た森屋は、なんとか和泉に近づかせまいと吉原の前にガードするように立ち塞がった。
 和泉はそんな森屋など目に入れることすらせずに、神谷が呼ぶままに側に寄った。
「言っておくけど、風紀委員同士の絡みはあんまり見れねーぞ」
「知ってるよ〜馬鹿じゃないし〜無理矢理作るのが楽しいんでしょ」
「……あっそ、ま、良いけどさ。今日は相方いねーの?」
「ダーリン外出中なんだ。だから暇だしこっちきてみた」
 ソファに座る神谷の前に和泉が立ち、その小さい身体を引き寄せるように神谷は和泉の腰を引いた。
 異様な雰囲気に森屋は胃が痛くなるばかりだが、当の本人たちはそんな雰囲気をもろともせず、ホモ話を開花させていた。
 どこを気に入ったのかはわからないが、和泉は神谷のお気に入りになったらしく、普段からは想像もつかないくらいの笑顔を見せながら喋っていた。
 それに反応したのは吉原だ。 もともと人に無視されるのが好きじゃない上、風紀委員のテリトリーに招かざる客がいる。 その上、仲間と仲良さそうにしているのだ。 こんなに理解しがたい現状をどう打破したら良いのか全くわからない。
 取り敢えず、というように吉原は携帯を片手に大声を出してみた。
「おいこら子猫……いやバンビ? 葵、なにが良いと思う?」
「それだと褒め言葉になるしな……」
「犬も違うしライオンでもねぇーし、……電波でなんかねーのかよ?」
「いっそ電波にしたらどうだ」
「そうだな。……おい電波! 貴様何故ここにいる! さっき颯んとこも行ったみてーだな、貴様なにが目的なんだよ」
 びしっと指を指してかっこつけたポーズで和泉にいうが、当の和泉は神谷とのお喋りに夢中になり全然話を聞いていなかった。
 いつの間にか神谷の前にいた和泉は神谷の隣に座り楽しそうに笑っている。 神谷も神谷で、和泉の肩に手を回していた。
 吉原は携帯を握り潰しそうになるのをなんとか耐え、目の前にある机を思い切り蹴った。
 目の前にいるのに無視されるのは大嫌いだ。 怯えて謝ってくるだろうとそう過信して口元を歪めた。
「貴様、無視するんじゃねーよ」
 和泉はチラっとだけ吉原を見たがなんとでもないような顔をして、神谷との話を再開させた。
 完全なる無視にとうとう吉原も我慢できなくなり、和泉の胸倉をぐいっと掴み、少し苦しそうな顔をしている和泉を見下した。 長い睫が黒縁眼鏡の隙間から見え、子猫タイプが好きではない吉原でもどきりとするものがある。
 しかし相手は電波だぞ。 そういい聞かせ、首元を捻る力を強めようとしたがそれは森屋の言葉に断念せざるを得なかった。
「柳星! 危ない!」
 和泉は胸倉を掴む吉原を首の力だけで振り切ったかと思うと、上段飛び蹴りをしようとしてきたのだ。 ヒュン、と風を切る音が辺りに響き、吉原を見る目には怒りが秘められていた。
 すっと後ろに避けることができたが、吉原は今のが信じられなくて口をだらしなく開けながら和泉を見た。
「は……まじかよ、お前電波な上にやれるんだな」
「っていうかいきなりなにするの! 危ないじゃん、よっしーはほんと短気なんだから」
「うっせーな! オレ様だって普段こんなんじゃねーよ! 貴様が悪いんだろ! つーかよっしーやめろ!」
「よっしーこそちゃんと名前で呼んでよね」
「電波は悪かったか、すまんな子怪獣」
 悪いとは絶対思ってない表情で頭を撫で回され、和泉はむかむかとした心情を抑え切れなかった。
 先程まで神谷とホモトークなるものを楽しんでいたのに、いきなりキレられたかと思うと馬鹿にまでされている。
 ここで反応したら負けだ。 冷静になれ。 自分にいい聞かせ、和泉は神谷の後ろにまわり背中に飛び乗った。
 その意思を組んでくれたのか、神谷は和泉の足を抱えおんぶをしてくれた。
「……で? オレ様を笑い殺す気か?」
「よっしーは関係ありません! 神谷先輩と大事な話の途中なの! ね〜」
「そうだな、じゃあ柳星悪いけどどっか行ってくれる? 葵にでも相手してもらえ」
 友達だった神谷にそんなことを言われ、少なからずショックを受ける吉原だったがこれ以上関与していると頭が可笑しくなりそうだ。 和泉に構うことを諦めると、大人しく森屋の側にいった。
 極悪非道と恐れられているのが無残にも崩れ落ちてしまった。 吉原は微妙な心境を胸に抱え、自分を労わってくれる森屋に感謝をした。
 和泉はこの先もああやって吉原を掻き回しにきそうだが、大人な態度で接すれば良いのだ。 子猫タイプは抱けないしそういう感情も湧かない。 そっちの方面では絶対にヘマをする訳がない。
 あんな奴に惚れたら終わりだもんな。 そう心中で呟きながら、吉原は煙草に火をつけて携帯を取り出しリダイヤルボタンを押した。
「……ああ、すまねーな、ちょっとドタバタしてな。そうあいつ、子猫……じゃなくて子怪獣。うん、そう、全く変な奴が入学したなぁ、すっげー懐かれたし……」
 直ぐに相手が出ると用件を聞かなくてもわかったのか、お互いに苦笑いを漏らした。
 水島デルモンテ学園を牛耳る二人でもあんなに話の通じない人に出会ったのは初めてだ。 ビビりもしなければ憧れることもない。 本当になにを目的としているのかが全くもって不透明で不愉快だ。
 横目で仲良くじゃれる神谷と和泉を見ながら、吉原は重い溜め息を吐いた。 仲良くなるのは良いが巻き込まれたくない。 だが絶対に巻き込まれる。
 吉原はどこか遠くを見つめながら、現実逃避でもしてみた。
 こうして風紀委員も生徒会も散々な休日を味わう羽目になってしまったのだ。 和泉の所為で。
 その和泉は楽しい日曜を満喫し、望月は美少年ではないがホモの逢引現場を抑えることができたのであった。

 入学式から一ヶ月が経っただろうか、和泉は相変わらずの腐男子生活を満喫していた。 オフで発行している本も売上が鰻上りだし、黒髪鬼畜眼鏡を題材とした生徒会長の総攻め危険なライフ本なんて完売したほどだ。
 その噂の本人、生徒会長基水島とも仲良くなれたし生徒会にも馴染めてきた。 風紀委員は少々てこずったが、今では庭のように居心地が良い。
 一方望月は女のいない生活の憂さ晴らしのため、新入生歓迎会で気になったテニス部に入ってみたらなんと才能が開花して、ちょこちょこと頑張っているみたいだ。 お陰で男子にもモテて和泉曰くハーレムらしい。
 最近は和泉も少しだけこの状況に慣れ、前みたいにホモホモ言わなくなったし、望月も自分のペースを確立していった。 そう水島デルモンテ学園での生活を、各々満喫していたのだ十分なほどに。
 その裏で犠牲者たちがぎゃあぎゃあ言っているのを知らず。
「え? 柚斗また告白されたの? どんな子? 攻め? 受け?」
「……攻めなんだよ。もう勘弁してくれっつー話だよな」
「受けフラグ立ったのかぁ、うーん。まぁ柚斗受けでもいけるもんね」
「未経験未開通未掘りだけどな! 蓮は相変わらずか?」
「そう、こんなに可愛いのに告白してくる人いないの。まぁ告白してきたら飛び蹴り炸裂だけどね。チュンリーみたいに足をばばばってやるのも良いよね」
「ばばばねぇ……人間技じゃねぇよ」
 食堂で二人、隣に座りながら昼食を取っていた。
 和泉は大好物のカレーを、望月はベタにA定食。 穏やかな午後をゆったりとしたリズムで過ごしていた。
 望月は和泉がモテない理由をなんとなくだがわかっていた。 わかっていた、というより周囲を見ていたら和泉になど告白できないだろう。
 生徒会や風紀委員と仲が良過ぎるのが主な原因だ。 生徒たちにとっては雲のような存在の人々と物凄く仲が良い上に、傍から見れば好かれているようにも見える。
 実際は好かれているとは言い難いが。 それに望月ともべったりなので隙がない。
 決め手となるのは、和泉の凄まじいオタクっぷりだ。
 生徒に話しかけられれば直ぐに攻めか受けかチェックして属性を延々と語る。 誰がそんな変な奴に本気で告白をしようと思うのか。 顔がいくら可愛くても無理だという意見が多数なのだ。
 そんな訳で和泉にとって物凄く過ごし易く、ホモ妄想しやすい環境を作りつつあった。
 望月の隣で美味しそうにカレーを食べている和泉は、本当に黙っていたらごく普通の高校生に見えるのに。
「蓮、放課後どうすんの? 今日はどっち行く?」
「ん……今日は行かないよ。柚斗は部活でしょ?」
「ああ、もう直ぐ大会があるらしくてさ。なぁ、ゆっちゃん蓮を大会に連れてってとか言わないの?」
「……最近冗談が増えてきたようだね」
 お皿にあるじゃがいもを潰しながら、くすくすと笑う望月を睨み付けた。
 この生活に慣れた所為か、望月は冗談を言うことが多くなっていたのだ。 普段からかうのは和泉の担当なのにそれを望月に取られたみたいで少し悔しいのとむかつくのが入り混じる。 してやったりな顔の望月の足を踏み、和泉はカレーをもぐもぐと食べた。
「いって……、で、でも珍しいよな。どっちにも行かないなんてさ。なんかあった?」
「あったっていうか……最近よっしーがちょっと変でさ。なにかに悩んでるみたいで……みんな気を使ってるから俺も自粛しようかなーって! まぁ原稿の締め切り迫ってるから行けないだけなんだけど」
「ああ、原稿ね。今日帰ったら手伝うわ。それにしてもなんかあったのかな?」
「さぁね。恋でもしてんじゃないの? かいちょーだったら狂喜乱舞のお祝いパーティーしなくちゃ」
 カレーを完食し、おかわりを貰いに行く和泉を望月は遠目で見ながらなんとなく嫌な予感がするのを拭えなかった。 気の所為であってほしいものだ。 A定食最後の一口を食べ終えて、望月はお茶を啜った。
 最初は不安でいっぱいの学園生活だったけど、なにか夢中になれるものが見つかって良かったと望月は思うのである。
 テニスをやり始めたときは、テニスの柚斗様と和泉にからかわれたりしたが、今は真面目に望月のことを応援してくれている。 やっぱりたまにホモホモいうけれど、そんなのはもう慣れっこだ。
 これからもこうして望月の隣には和泉がいるのだろうか。 とんかつ定食を美味しそうに食べだす和泉を見て、そんなことを思っていた。
 それからなにごともないまま時間が経ち、放課後になった。
 望月はテニス部の部室に、和泉は自室に向かうべく鞄を持って寮へ向かっていた。
 最近望月があんまり絡んでくれなくて寂しいと思いつつも、テニスは頑張ってほしいという複雑な心境を和泉は抱えていた。
 ホモ妄想ばかりしている訳ではないのだ。 いくら電波だと言われようが、こう見えても普通の男子高校生。 ちょっとくらい友情に悩んでみたりもするのだ。 恋愛では全く悩まないけれど、和泉は一人うんうんと唸った。
 自室ももう目の前に見えてきている。
 今日は今度開催される創作オンリーイベントに出す本を完成させよう。 そう思いながら角を曲がると意外な人物と鉢合わせすることとなった。
「あれ? よっしーなにしてんの? そこ、俺の部屋なんだけど」
「……別に。今日もこねーのかよ?」
「ああ寂しかったの? でも最近同人関係で生徒会の方に用事あったしね。よっしーはなにか悩んでるみたいだったし、風紀委員は別にいっか〜みたいな」
「空が寂しがってた。葵も、気にしてた」
「ほんとによっしー変だよ? どうしたの?」
 項垂れて座り込む吉原の頭を撫でてやり、和泉もその場に座り込んだ。
 なにも言わずただただ溜め息ばかりを繰り返す吉原に対し、和泉はここ一ヶ月のことを思い返していた。
 思えば吉原みたいな性格のタイプにとって、和泉みたいな性格のタイプは究極に合わないと思うのだ。 自己中心的でナルシストで目立ってないと嫌な吉原に、超マイペースで他人に気を使わずやりたい放題な和泉。
 生徒会、風紀委員全員が集合して誰が一番和泉のことが嫌いか、という大会を開いたら優勝するのは吉原だと明言できるほどに嫌われていたと思う。
 だけどこの一ヶ月、毎日と言って良いほど両方に通いつめ、徐々にその壁を取り払っていった。
 生徒会は簡単だった。 まずは樋口と仲良くなり澤田、相澤を攻略していき、黒川に適度な褒め言葉と態度を取っていく。 そして和泉が入り込み易い空気を作り上げ、水島も引きずりこんでいったのだ。 水島は未だに和泉が苦手らしいが、前みたいに説教はしなくなった。
 風紀委員が思えば結構難儀したものだ。
 神谷とは馬が合い意気投合して直ぐに仲良くなったが、問題は残る二人だった。 森屋が吉原命のため吉原の認める人しか認めない、故に先に吉原を落とさなくてはならないのだ。
 だが吉原は難攻不落の船を難破させるぐらい難しい。 喋りかけても無視するし怒るし不機嫌だし、和泉は苛々して暴れようかとは思ったがそんなことはできない。 森屋が飛んでくる上に、和泉と吉原とではやっぱり吉原が強い。 いくら和泉が空手の黒帯だといっても護身用だし、逃げることしかできないのだ。
 どうすることもできない状況に執筆活動も難航し、憂鬱な毎日が続いていた。
 そんなとき、吉原と一気に距離が近くなるイベントがあったのだ。
 それはとある天気の良い日のことだった。
 知能の高い和泉にとって授業はとてもつまらないもの。 さぼることに決めてからぶらぶら校舎を歩いていると、窓の外の木陰に隠れるようにして子猫に餌をあげている吉原がいたのだ。
 和泉は余りにも似合わない吉原の行動に声をあげてしまった。
『え? よっしーなにしてんの?』
 良く漫画で不良が子猫に餌を与えているのを少女が発見し“不良なのに優しいあの人、私恋したの”的なフラグに驚きを隠せないのだ。
 その声に気付いた吉原はびくりと身体を震わせ、恐る恐るといった様子で振り向いた。
『……最悪』
『最悪って言うほどでもないでしょ。……あ、よっしーその子ちょっと危ないよ』
『は?』
『たぶん餌与え過ぎ。野良のくせに肥り過ぎだよ。このままじゃ身体に良くないよ』
『まじで? え、死ぬの?』
『死なないとも言い切れないけど……もう、餌どれくらい与えてるの?』
 不安そうに和泉を見る吉原に意地悪をしてやろうと思っていたが、あまりにも深刻そうな表情をするものだからそんな思考は吹っ飛んだ。
 丁重に子猫の飼育の仕方を説明してあげたのだ。
 吉原が言うにはこの子猫は野良ではなく、吉原自身が飼っている子猫らしい。 なんでも授業をさぼっていたとき園内をさ迷う子猫を発見し、周りを見回して誰もいないことを確認してからこっそり誘拐してしまったらしいのだ。 状況的には野良だとは思うのだが、吉原にとってはドキドキの一瞬だったらしい。
 和泉はなんともいえない気持ちで子猫を愛でる吉原をじいっと見つめた。
 余程子猫が好きなのか、その掌中に収めたまま離そうとはしない。 あまりの違和感のある態度に、和泉は焦れて口を開いた。
『名前あるの? ほんとに子猫好きなんだね』
『……ルル。おい子怪獣、助言には感謝するが絶対にこのことは他言無用だからな』
『よっしーが子猫好きって?』
『ああイメージが崩れるだろ? オレ様は子猫なんて下等な動物は好きじゃないんだ。こんな奴好きじゃないんだ……う、やっぱ好き』
 まるでコントのようだ。 和泉は嫌い好きと繰り返し呟く吉原を見て笑った。
 入学式のとき、吉原が言った可愛い子猫が好きだという発言は人間の子猫ではなく猫の子猫なのかもしれないな。
 そのまま授業のベルがなるまで、二人と子猫は穏やかな時間を過ごしたのだ。
 その一件以来、吉原は今までの態度が嘘のように一変し、和泉に対してごく普通の態度を取るようになったのだ。 寧ろ端から見れば懐いているようにも見えた。
 段々距離が近くなり、冗談も言い合える仲になった頃辺り、森屋も和泉のことを認め、和泉は晴れて風紀委員とも普通に過ごせるようになったのだ。
 一ヶ月間、長いようで世間的には物凄く短い時間で生徒会と風紀委員を落とした和泉なのであった。
 余談だが望月も地味に両方と交流があるらしい。 専ら水島が和泉に対する相談や愚痴、水島を題材とした原稿をやめてくれないかということなのだが。