乙男ロード♡俺は腐男子 07
「どうしたんだよ? 今日の蓮ちょっと変だぞ」
「ダーリンそこんとこスルーで」
「はぁ? いやだってお前……なんつー格好だよ」
 望月は呆れた表情をしてみせ、ぎくしゃくと歩く和泉を見ながら溜め息を吐いた。
 先日和泉が泣きだしたかと思えば直ぐに原稿に取り掛かろうと言う。 なにかがあったのかは確実なのだが、深く突っ込んでも和泉は口を割ろうとはしないだろう。 そう思って望月はなにも聞かずにいた。
 すると、和泉が唐突に吉原にキスをされたと言った。 つい吃驚して和泉を責めてしまったのも記憶に新しい。
 結局原稿ができたのは朝で、授業など受けられるはずもなく二人は仲良く授業を休んだ。 病気で休んだの訳ではなかったので、次の日からは普通に学園に行くのは当たり前だ。
 問題なのは和泉にあるというより、今着ている服にあった。 普通の制服なのだがぴっちりとボタンを全部閉め、顔全体を隠すように前髪をおろし、分厚いビン底眼鏡をかけている。  極めつけは和泉の穿いているシークレットブーツだ。 150cm後半の身長である和泉がこのブーツを穿けば、160cm台になる。 だが見慣れない光景故に、違和感を覚える。
 一日中この格好でいるのだろうか。 もう一日も半分を過ぎているので今更言っても遅いような気もするが。 しかし何故にこう変装というか、和泉はコスプレが好きなのだろうか。
 望月は和泉の旋毛を見つめながらゆっくりと中庭へと足を進めていた。
「あ、吉原先輩だ」
「え!? ちょ、おま……っていないじゃん!」
「嘘に決まってんだろ。それ、吉原先輩対策な訳?」
「ま、まぁそんなとこ。だってこの間みたいにまたキスでもされたら堪んないじゃん! よっしーには勝てないし〜」
「へー……でも嫌いじゃないんだろ? 新刊また水吉だったしな」
「当たり前! 水吉ちょーブームだしね! よっしー可愛いんだもん、ツンデレ受けっていうの? あ〜何部刷ろう〜」
 にこにこと傍から見れば楽しそうな会話も、中を覗いてみれば腐った会話。 専らテンションが高いのは和泉だけであって、望月は巧い具合に和泉の話に合わせていた。
 どんなことを和泉が言っても望月はそれに頷き返答をする。 決して否定などはしないので、この二人は巧く付き合えているのだ。
 和泉がお弁当を広げ口に入れようとした瞬間、背中に物凄い衝撃を受け前のめりになってしまった。 幸いお弁当は無事だったが、横にいる望月の顔はこれ以上ないというぐらいに引いていた。
「よ! 蓮、オレ様がいなくて寂しかったか?」
 なにを小癪なことを喋っているのだ。 それに呼び捨てして良いなどと言った覚えもない。
 和泉はふつふつと沸きあがる苛々に唇を噛むと思い切り立ち上がった。 が、肝心の吉原はびくりともせず和泉から離れる気配もない。
 吉原から身を隠すためにした変装も全くの無意味で、寧ろシークレットブーツの所為で抱きつきやすくなりこの変装は裏目に出ていた。
 足掻いてもどうにもならないことがわかった和泉は、仕方なく元の定位置に座りお弁当を食べることに専念した。 吉原がなにか喋っているが無視しておけば良いだろう。
「つれねーな、どんな格好しても俺のことわかってくれるんだ! 柳星様素敵! とか思わねーの?」
「思う訳ねーだろ」
「ふーん。ま、良いけど」
 猫のように首元にじゃれついている吉原に、和泉は思い切り眉間に皺を寄せ不機嫌最高潮だ。
 望月は居心地の悪さを感じながらも、目の前で愕然としている水島になんて声をかければ良いのかわからなかった。
 吉原はなにも一人でここにきた訳ではなかったのだ。 親友でもある水島と一緒に昼食を取っていたのだが、視界に和泉が入ればもう吉原は誰にも止められないスピードで和泉の元に近寄っていく。
 そして普段の吉原からは考えられないほど、和泉を本気で落としにかかろうとして見えた。
 先日吉原からそのことを告げられた水島はどこか非現実の話なのだろうと思っていた。 信じたくないし、信じられない。 だってあの和泉じゃないか、と何度も吉原に聞こうと思ったが胸に閉まったままとうとう現実を突きつけられた。
 吉原の恋にどうこういう訳ではないが、やはり水島にとって和泉が相手というのは厳しいものがある。
 目の前で繰り広げられている混沌とした現状に、水島は頭がくらくらとした。 吉原は和泉を後ろから抱き締めじゃれているのだが、傍から見ればヤンキーがオタクに絡んでいるとしか見えない。
 水島はがっくりと膝を落とすと、こちらを残念な目で見ている望月と目が合った。
「君は望月君だったね?」
「はぁ、そうですけどなにか?」
「可笑しいとは思わないか? 違和感、いや気分の悪さを感じたことは!」
「はぁ……」
 望月は自分でも水島に対しての態度があまり良くはないと思ったが、どうしても水島を直視することができない。 吉原もそうだが望月にとってはあまり関わらない人なのに、同人誌の方で嫌だというほど見ている。 紙の中だけどセックスしている二人を直視することなど、今の望月にはできなかった。
 そんな望月の心境など水島が知る訳もなく、何故こんなに冷たい態度をとられなくてはいけないのかと一人泣きそうになる。
 水島は和泉たちが苦手だった。 特に和泉と二人きりになってしまったらどうして良いのか全く持ってわからないし、わかりたくもない。
 吉原は何故か和泉に恋をしてしまったが、本来吉原のタイプは美人長身健気系統なのだ。 水島のタイプは小さくて可愛い元気系統。 そうつまり和泉は水島のタイプドストライクなのだ。 黙っていれば可愛いとは思うのだが、どうも第一印象から受け付けなくなったのか、あれ以来可愛い子を見ると少しびくついてしまう。
 水島は勇気を出して和泉の前に立ちはだかり、吉原を指差すと声を張った。
「柳星、帰るぞ! もうここにはおれん!」
「颯くんつれねーなー、もうちょっといようぜ」
「我慢できないと言ってるだろ! 無理だ! もう駄目だ!」
「子供かよ。一人で帰れば良いだろーが」
「お前も知ってるだろう? 一人で帰ればどうなるかってこと!」
「知るか。貴様が撒いた種だろ、てめーでなんとかしろ」
「……無理だ。あの目で見つめられたら俺はどうしようもなくなる」
「仕方ねーな……今日だけだぞ? オレ様のルルにケチつけるなんざ信じらんねーな」
 するりと吉原が和泉の肩から手を話した瞬間、和泉は触られていた部分をさっと手で払いご飯を食べることに集中した。 そんなことをされれば流石の吉原も軽いショックを受けるが、気にしてないふりをして和泉の髪に唇を落とした。
 和泉が切れたのは言うまでもなく、望月が仕方なく二人の仲裁に入るのだった。
「……本当だったんだな」
「言ったろ、昨日も」
「もう多くは聞かないが、……頑張れよ」
 引き攣った顔で水島は吉原の肩を叩いた。 親友の恋を素直に応援してやれない自分が嫌だが、どうしても生理的に受け付けないのだから仕方ない。
 水島は機嫌の良い吉原を見つめながら遠く空を見つめ、ぼそりと呟いた。
「どうしてこう、……面倒くさいことが一度に起こるのだろうか」
「てめーの管理不足と甘さが原因だろーが」
 水島は今、吉原の部屋にやっかいになっていた。 それを和泉に言うと格好のネタにされてしまうので、二人は誰にも言わないつもりだがそれも時間の問題だ。
 なにしろ吉原も水島もなにをしても目立ってしまうので、直ぐに噂が広まるのだ。 しかし今は噂が広がろうと和泉に妄想されようと、水島は吉原の部屋を出て行く訳にはいかなかった。
 事の発端はまず生徒会の内部からだった。 風紀委員と違って生徒会は比較的派手な奴が少なく、行動も地下活動並みに隠れてしていたためあまり目立つことがなかった。  寧ろ問題は風紀委員だったはずなのだ。 吉原と神谷はあの通り見た目が派手だは暴れるは遊びまくるはで、手がつけられない。 森屋は行動だけは大人しいが、吉原のことになると暴れるので危ない人というイメージが強い。
 学園にとってわかりやすく言えば、生徒会が裏表の激しいアンパンマンで、風紀委員が度の過ぎるバイキンマンなのだ。
 だけど最近は生徒会の方が弛んでいたのか、次々に問題を起こしてくれた。
 相澤と黒川は全く持って問題はない。 相澤は雑用の癖に誰よりも働いてくれるし真面目だ。 黒川は大人しいというよりかは被害妄想が激しく、寄ってくる人は全て虐めだと思い逃げ惑うのでとっても地味だ。
 そう問題は水島を含め残りの三人だった。 まず樋口だ。 樋口は可愛らしい見かけによらずタチな上、やりたい盛りなのか手当たり次第やりまくっていた。 恋人がいようが相手が先生だろうが節操などは一切なく、それで最近揉めることが多くなり生徒会室にまで樋口絡みの生徒が押しかけてくるのだ。
 澤田は遊ぶときは恋人のように接するのに、飽きたらゴミを扱うかのように捨てるので、恨みを買うことが多く少しずつ生徒会への妨害も増えている。
 なにより一番失敗したのは水島だった。 誰よりも慎重に丁寧に遊び相手を決め、その関係が終わるときもスマートに終わらせてきたのにあるときからそれが崩れた。 和泉の影響で可愛い子が少し苦手になってしまった所為で、終わらせるときの対処を疎かにしていたのだ。 その所為で現在水島の部屋には元セフレが居座り、水島の帰りを今か今かと待っている。
 逃げは良くないとは自分でも思うが、今はそんなことに構っている時期ではない。 夏直前になれば体育祭があるし、夏休みが終われば文化祭がある。 用意やら予算やら生徒会の仕事がたくさんあるので、遊んでいられる状況でもないのだ。
 なのにどうしてこの忙しい時期に面倒くさいことが重なるのだろうか。 水島は溜め息を吐きながら吉原に相談をした。
「お前ならどうする?」
「あー? まずだな、樋口と澤田が付き合ったことにすりゃー良いんだよ。したらまず二人の遊び相手は相手が相手だろーし諦めるだろ」
「……そんな簡単なことでうまくいくのか?」
「ハ! 貴様オレ様を誰だと思ってるんだ? ……体験済みだ」
「ああ、そういえば……」
「で、だなてめーの件はてめーで処理しろ。話し合え。なにがなんでも解決しろ。颯が部屋にいると蓮も呼べねーし、なによりルルが怯えるんだよ。貴様もルルが怖いんだろ?」
「ふん、和泉は部屋には行かないと思うが」
「うっせーな! くるかもしんないだろ!」
「ははっ、くると良いな」
 吉原に助言をもらった水島は少しだけ肩の重荷が下りたような気がした。
 和泉が苦手過ぎて最近少しげんなりしていた水島だが、良く考えると和泉は吉原より弱いし顔は可愛いのだ。 なにも怯える必要はないし、和泉のことで他を疎かにすることなど良くもない。 さっき吉原にもらった助言だって誰もが思いつくようなことだし、冷静になってみれば対処など簡単なのだ。
 なにをこんなに悩んでいたのだろうか。 水島は次第に自分を取り戻したような感覚になり俄然やる気が増えた。
 急にテンションの上がった水島に吉原は嫌な感じがしたのでそっと逃げようと試みるが、呆気なく水島に肩を掴まれ仕事を手伝わされるために生徒会へと連行されていくのだった。
 そんな二人をこっそりと見ていたのは件の和泉と望月。 こっそりというか先程和泉たちが食べていたベンチから数mも離れていないので、嫌でも視界に入る。 会話の内容も途切れ途切れに聞こえたので、大方なにを話していたのかも理解できた。
 望月は溜め息を吐くと和泉に話しかけた。
「男子校って、すげーな……」
「ここが特殊なだけだと思うよ。こんな学園そうそうないでしょ」
「だよな。うん。俺はなにがなんでもノーマルのまま卒業するぞ!」
「無理無理。柚斗、情に流されやすいから押されちゃうと、ころっといっちゃうかもよ」
「ひぃいいいいいい」
「ま、受けはないだろーけどね」
「当たり前だろ! 100000歩譲って攻めはあっても受けは無理! あれにあれ入れるとか無理!」
「受けのが似合うけどね」
「……お前ほんとに俺の親友か?」
 真面目に和泉を見つめる望月だが、和泉がにっこり笑ったので脱力しがっくりと肩を落とすのだった。

 思ったよりも楽しい学園生活に、和泉だけではなく望月も次第に水島デルモンテ学園に溶け込んでいた。
 最初はホモがいるだけでぎょっとしたものがあったが、最近ではホモを見かけると攻めか受けかを見極めてしまう上に和泉に報告までするようになった。 決して腐っている訳ではないのだが望月は自分も腐男子脳になりつつあるのだろうかと、少しだけ悩むこともある。
 和泉も和泉で吉原からのアプローチの対処も巧くなり、今じゃ吉原を見つけても逃げることはしなかった。 というより吉原への嫌悪感もすっかりとなくなり、吉原を見かけたら自分から寄っていくほどにもなっていた。
 入学のときは水島デルモンテ学園に対して新鮮だった気持ちが、春を超え次第に慣れ、梅雨から初夏にかけてはもう全てが当たり前になっていた。
 和泉は今日も相変わらず原稿を書きながら、はぁと溜め息を吐くのだった。
「通販や商業も良いけど、……イベント早く行きたい」
「夏休みまであと一ヶ月ちょっとじゃん」
「長い! つーか応募し忘れたし! も〜最悪! 委託先見つかったから良いけどさ、やっぱり自分のスペが欲しいぃいいい」
「ま、なにかと忙しかったしな」
 望月はテニスラケットを磨きながら、横で原稿をしている和泉の方を見た。
 思えば毎日のように原稿を書いているように思えるのだが、何故いつも締め切りぎりぎりなのか全くもって不明だ。 もっと要領良くやれば良いのに、それができないのは少し抜けているのだろうか。
 望月はテニスラケットを床に置くと原稿を一枚手に取った。 和泉にしては珍しく、オリジナルではなく二次元を書いている。 それに疑問を覚え、尋ねてみれば納得がいく答えだった。
「ああ、知り合いに合同誌持ちかけられたの。スペ取れなかったし暇だったから引き受けたんだけど、なにしろ知らないジャンルだからね〜思うように手が進まないっていうか」
「しかも珍しく小説?」
「うん。小説オンリーみたいだよ。一応裏表紙は俺が書くことになってんだけどさ」
「へぇ……って忘れてた!」
 頭を悩ませる和泉に望月は急に思い出したかのように声をあげた。
 六月の半ばになった現在、もう直ぐ体育祭という水島デルモンテ学園の一大イベントが行われるのだ。 余程の事情がない限り強制で全員参加。 つまり和泉も参加しなくてはいけない。
 その体育祭の参加種目を決めるとき、和泉は丁度原稿あがりだったので授業を休み自室で死んだように眠っていたのだ。
 望月は原稿が小説だったため手伝えることがなかったので、通常通り授業に参加し、参加種目を選んだ。
 つまりはだ。 和泉は休んでいたので参加種目を決めていない。 イコール勝手に参加種目を決められていたのだった。
 体育祭まで残り少しだというのに、そのことを伝えるのをすっかりと望月は忘れていた。
 水島デルモンテ学園は事前練習もなく、本番前に軽くルールを伝えるだけで行われるので、体育祭のことすら脳の片隅にもなかった。
 おそるおそるといった感じで和泉にそのことを伝えるべく、望月は口を開いた。
「すまん蓮、体育祭の種目もう決まったんだ」
「はぁ? いきなりなに」
「実はお前が休んでいるときに体育祭の参加種目を決める日があってだな、まぁ、つまりお前も決まってるんだけど、その……あまりなんだ」
「……なんの種目? 足そんなに速くないんだけど」
「それは伝えてあるから安心しろ。種目は普通のやつなんだ。借り物競争とパン食い競争と騎馬戦の上……」
「全部走るやつじゃんか!」
「ほら、まぁ、まだましだ。クラス対抗やら学園のやつはわかるよな? それは全員参加だし、まぁうん」
「なにが言いたいの?」
「その、騎馬戦……対戦相手が二年と三年なんだけど吉原先輩も出るんだ」
「それが? よっしーもなにかしらでるでしょ」
「ああ、そうなんだけどさ」
 肝心なのはこれからなのだ。 望月は口が止まりそうになったが後でぎゃあぎゃあ言われるよりはマシだと思い、意を決し重い口を開いた。
 予想通りの反応を見せるのだろう。 和泉には申し訳ないがもう決まったものは仕方ない。
「この学園ならではのルールがあるんだけどな、うん。騎馬戦のみ優勝チームにはお願いしてなんでも叶えてくれる権利がもらえる訳だ」
「へ〜」
「つまりはだ、吉原先輩が勝つとな、まぁ、和泉に対してお願いをすることができる。そのお願いは却下することはできない」
「……は?」
「吉原先輩が楽しそうに和泉になにお願いしようか、って悩んでたぜ」
「はぁあああああああああああああ!?」
 がたんを机を揺らし立ち上がる和泉に対して、望月は申し訳なさそうに微笑んだ。
 どこの学園でもある体育祭。 水島デルモンテ学園の体育祭は一筋縄ではいかないようだった。