乙男ロード♡俺は腐男子 17
「あ、のさ……俺、さ、その……好き、かも?」
「主語を言え」
「……わかるでしょ。好きかも!」
「わかんねーっつの」
「だから、俺、……よっしーが、好き? なのかもしれないんだけど!」
「……おう」
「そんだけ? なんかもっとないの?」
「なんかって、別にねーよ。良いんじゃねーの?」
 望月の態度が少し投げやりに見えた和泉は、つまらなさそうな表情をして指先を絡めた。
 構ってほしい訳ではないのだが、大げさなリアクションを期待していた分、拍子抜けだ。 付き合いの長い望月のことだから、気付いていたということはありそうなのだが、つまらないものはつまらない。
 和泉はお茶を口に含むと、体育座りをした。
 そんな和泉の態度を見て、望月は苦笑いを零すと手触りの良い綺麗な黒髪をそっと指で梳いた。
 アドバイスや、もっときちんとした反応を和泉が待っていたことはわかるのだが、なんだか照れくさいものがある。
 出会って何年経ったのだろうか。 いつまで経っても恋愛に対しては億劫だった親友が、始めてした恋を応援してやりたいのは山々なのだが、如何せん男同士なのでどういった反応をして良いのかわからない。
 望月は偏見などないのだが、アドバイスしてやれるほど経験がないので、こういったときどうすれば良いのかわからないのである。
 不安げに見つめてくる和泉に観念した様子で、望月は口を開いた。
「……わりいな、でも、なんて言って良いのかわかんないんだよ。お前の気持ち、薄々気付いてたけどさ〜」
「俺なんて、兄貴に言われるまで気付かなかった」
「まあ、お前鈍感だしな。でも、本当に応援してない訳じゃないんだぜ」
「わかってるよ。……でもさ、俺もまだ、認められてないっていうか、……さ」
「そんな難しく考えなくても良いんじゃない? 好きかどうかなんて結局は自分しかわかんない訳だし、時間もあるしさ、ゆっくり考えろよ。吉原先輩は待っててくれると思うけど」
「なんかそういうのも嫌だ。俺、なんかやだ」
「まー男同士だし、否定したい気持ちもどっかにあんだろーなー。つーか、なんか、変な感じだな」
「そうだよね。まさか自分が……うーあー、でも、やっぱり、よっしーは受け」
「……じゃあ付き合ったらお前が攻めんの?」
「な、え!? そんなこと考えたことないし! やめてよね! 友人でホモ妄想するなんて最低!」
「お前に一番言われたくない言葉だっつの!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ和泉を見て、望月はほっと溜め息を吐いた。
 さっきまでの微妙な気まずさもどこへやら、和泉は幾分か元気を取り戻したようだ。
 和泉が誰を好きになろうと、誰と付き合おうと、和泉は和泉なのである。 望月はそう思い、自分より小さな親友の頭をぐりぐりと撫でてやった。
 きっとこれから悩むこともあるだろう。 悲しくなることもあるだろう。 楽な道にはならないはずだ。
 そんなとき側で支えてやれるのが自分だったら良い、と望月は思った。
 小さい頃からいつも一緒だった二人。 だけど確実に成長して、違う道を歩んでいくのも事実だ。
 望月から離れていく和泉を見て寂しい気持ちもあるが、和泉の幸せを第一に考えたら、陰ながら応援することしかできないけど、それでも自分のやれることはしてやりたいと思う。
 和泉の楽しそうな表情を見て、望月は密かにそう願っていたのである。
 曖昧ながらも気持ちを認めた和泉は、すっきりとした朝を迎えることができた。
 凛に気付かされた日から望月に言うまで物凄く長かったように感じたが、気持ちを認めてからは時間があっという間に過ぎていった。
 変わったことは特にない。 和泉自身はっきりとした確証もなければ、恋だと言い切れる自信もない。
 曖昧だからだろうか、特に悩むこともなく過ごせてこられた。
 相変わらず吉原のメールは無視をしているが、今日寮に帰って顔を見せるのだから良いか、とそんな軽い気持ちでいた。
 和泉は軽く身支度をすると、玄関に向かう。
 両親は丁度お稽古の時間のため見送りにくることができないので、昨日盛大に見送ってもらった。
 正直一生の別れでもあるまいし、そんな大げさにしなくても、と内心思ったりもしたが、和泉の両親は行事ごとが大好きなので終盤辺りはなんのためのパーティーなのかわからなくなるくらい、はしゃいでいた。
 それでも楽しかったのは事実なので、和泉は満足して実家をでることができた。
 玄関にはいつもより派手な格好の凛と、やる気のない格好の和泉が顔を見合わせて別れの挨拶をしていた。
「じゃあ兄貴、また冬休みに帰ってくるよ」
「蓮がいないと寂しいもんだな。ほんと、俺に相談もなしに全寮制の学校行きやがって……」
「はは、ごめんね。でもホモ見たかったんだもん」
「正月は家で過ごせよ。約束だからな。お兄ちゃんと一緒に年越しな、はい、決定!」
「はいはい」
「それと彼氏できたら一番に俺に知らせること。見せること。わかった?」
「できる訳ねーっつの」
「俺が認めない奴は絶対駄目だからな、返事は?」
「もーしつこいなあ、わかったってば」
 かれこれ三十分以上は玄関で話をしている。
 行くよ、と何度和泉が言っても凛は寂しいのか、なかなか行かせてくれない。
 いくつになってもブラコンの凛は和泉のことが心配で仕方ないみたいだが、当の和泉にとってはうざったいだけである。 もう子供でもないのだから、とは思いつつも完全に振り切れないのは和泉自身も少し寂しい気持ちがあるからだろうか。
 なんだかんだ言いつつ、お互いがブラコン気味なのであった。
 何度も同じ話を繰り返し、別れを惜しむ凛だが終わりは突然としてやってくるもの。
 和泉がくるのが遅いと思った望月が、和泉宅に和泉を迎えにきたのである。
 望月が思った通り、和泉は玄関で凛に捕まっており、想像通りの展開に望月は苦笑いを零した。
 凛は最後の最後まで和泉の心配をし、そんな凛に呆れつつもどこか嬉しそうな和泉。 また冬休みに帰ってくる約束をして、和泉と望月は和泉宅を出た。
 一歩外に出るだけで、真夏のむわっとした空気が二人を包み、あまりの暑さに和泉は眉を顰めた。
 じりじりと肌を刺激する紫外線から守るように、和泉は深くキャップを被ると足早に歩いた。
 そんな和泉の一歩後ろを歩きながら、望月の頭はここではないどこかに意識を飛ばしていた。
 正直、望月の頭の中には勉強のことでいっぱいなのである。 和泉の恋愛のことを少しは考えてやりたいのだが、残念ながらそんな余裕は今の望月にはなかった。
 望月が持っている鞄の中には未だ手をつけていない宿題。 そしてなにより二学期始まって直ぐのテスト、そのことで頭がいっぱいだった。
 このままでは駄目だとは思うものの、宿題と向き合うとどうしても眠くなってしまう。
 望月はううん、と唸ると、去年の夏のことを思い出していた。
 毎年毎年和泉に宿題を手伝ってもらっていたので、今年こそは自分で仕上げなければと思っていたものの、どうやら今年も和泉のお世話になりそうだ。 心の中で和泉に謝ると、少し離れた和泉に駆け足で近寄っていった。
「ついたー! あ〜疲れた。ってかシャワー浴びたい」
「やっぱ地元より涼しいな」
「山だしね〜。山、本当に山だね……」
「なんか閉鎖的だよな。そりゃホモも多くなるわな」
「想像していたホモ世界とちょっと違うけどさ」
「想像?」
「生徒みんなホモで、親衛隊とかいて、人気ある生徒に近づいたら制裁! とか」
「……そんなのだったら俺ら今頃ここにいないんじゃ」
「返り討ちにしてやるよ、はは!」
 和泉は寮に帰ってくるなり、もしもこんな学園だったらという妄想を繰り広げていた。 それに軽く相槌を打ちながらも案外平和な学園で良かったと、つくづく思う望月だった。
 こんな閉鎖的な学園だからか、ホモが全くいない訳ではない。 寧ろホモが多く生息している学園だが、みんな気楽に生活していた。
 誰もが高校だけの関係と思っているからだろうか、深刻に悩む生徒は少なく、軽い気持ちで受け入れているようだ。
 完全にノーマルな望月には全くもってわからない感情だが、それはそれで良いとも思う。
 この学園を通して真性のゲイになる奴もいれば、バイになるやつもいる、卒業すればノーマルになるやつ、最初から最後までノーマルなやつ。 普通の学園では起こりえないことが見られるのだから、楽しいものだ。
 それに人気のある生徒に近づこうが、セックスしようが、親衛隊などというものも存在しない。
 多少きゃあきゃあ言われていたりはするが、案外みんな普通なのだ。 それが少しつまらないと感じる和泉だが、そうでない方が和泉にとっては生活しやすいので良しとしよう。
 肩を並べて歩く二人は戻ってきて早々、学園の特殊な雰囲気に馴染みつつ部屋に戻るのであった。
 部屋に戻って直ぐ、和泉は荷物を片付けるとシャワーを浴びた。 身体中がべたついていて、気持ち悪いのである。
 軽くシャワーを済ました和泉が部屋に戻ると、望月は熱心にテニスラケットの手入れをしていた。
 和泉はそんな望月の様子を見て、暫く使っていなかったGペンを鞄から取り出した。
 まだ自分の気持ちに確証はないし、もやもやした部分が多い今、原稿に取り掛かれる気分ではない。 だけどもやっぱりBLが大好きなことには変わりない。
 一番萌えているジャンルを封印し、たまに気分で描くジャンルで暫く萌えを補給することにした和泉は早速今晩から絵を描くことに決めた。
 原稿道具を取り出し始めた和泉を見て、優しく微笑んだ望月だったが、直ぐにあることを思い出すと声を上げた。
「やっべ! 俺、宿題しねーと!」
「え!? してないの? まじで? 柚斗、夏休みなにしてたの?」
「……テニスと、遊び? はは、ごめん……」
「ごめんって……もー俺に手伝ってもらう気まんまんじゃんか!」
「良いじゃん、な? 原稿手伝ってやってるだろ?」
「はあ、勉強はしないと駄目だって言ってるのに……仕方ないなあ。今日の夜からやろっか」
「まじでー! 蓮ありがとー! 愛してる!」
 どうやら始業式までの三日間、原稿を書くことはなさそうだ。 和泉はがっくしと肩を落とすと、望月を見た。
 和泉が手伝うとわかったからなのか、急に元気になった望月はゲーム機を取り出すとゲームをし始めた。
 テレビ画面に映し出されたゾンビを楽しそうに撃っていく望月の背中を見ながら、和泉はソファに腰掛けると携帯を取り出した。
 吉原に連絡すべきかしないべきか、ずっと迷っていた ずっと放置していた分、自分から連絡を取るのもなんだか気恥ずかしいものがある。
 和泉は携帯を握り締めたまま膝に顔を埋めると、深い溜め息を吐いた。
 どうしてこんなことに悩まなければいけないのだろうか。 そう思いはするものの思わずにはいられない。
 画面は静かに動かないまま、一秒一秒過ぎていく。
 開いていた携帯を閉じようとしたそのとき、静かな振動が掌に伝わり、和泉ははっと顔を上げると画面を見つめた。
 そこに表示された名前は、さっきまで悩みの渦中にいた人物。 メールではなく電話。 思いが少し通じたような気がして、和泉は緊張で掌にうっすらと汗をかきながら、震える手で通話ボタンを押した。
 悪いことはなにもしていないのに、なんだか居心地がとても悪い。
 和泉は喉の渇きを感じながらも、掠れた声を出した。
「……も、しもし?」
『蓮? 貴様なにしてたんだよ、オレ様の連絡を無視するとは良い度胸だな』
「まあいろいろ忙しくて、さ。よっしー元気?」
『蓮不足で死にそう。つーか、まじで忙しくて死にそう。……蓮はなにしてんの』
「ゲームしてる柚斗の背中見てる」
『は? 一緒にいるのか?』
「一緒にいるっていうか……帰ってきた」
『……まじで? 部屋?』
「うん、いる、よ」
『待ってろ、今すぐ行くから。拒否権はねえぞ。オレ様を散々無視しやがって……』
「ごめんって。……つーか、くるの?」
『良いから黙って待ってろ』
 ぶちり、と急に遮断された携帯をぼんやりと和泉は見つめ、はっとして立ち上がった。
 吉原が今からここにくる。
 和泉は正体のわからない感情に突き動かされるまま、洗面台に行くと軽く身だしなみを整えた。
 さっきシャワーを浴びといて良かったと思う。
 軽く髪を櫛で梳かすと、和泉は携帯を握り締め玄関の方に向かった。 望月はゲームに夢中でそんな和泉の様子に気付くことはなく、和泉の挙動不審さにも全く気付かなかった。
 和泉は望月に気付かれないようにそっと玄関の外に出ると、扉にもたれかかった。
 部屋で待っているのはなんだか落ち着かないし、望月に見られるのもなんとなく嫌なのだ。
 外で待っていたら待ち焦がれているみたいだったが、今の和泉には冷静な判断はできそうにもなかった。 なにしろ気持ちが傾いている今、少しでも早く会いたいと思ってしまったのだ。
 吉原が現れるであろう方向を見つめ、手持ち無沙汰な指を無意識に動かしていたら、思わぬ方向から声がかかった。
 見ている方と反対の方を向けば、最後に会ってからなにも変わっていない様子の吉原が立っていた。
 少し身長が伸びたのかな、髪も長くなったような気がする。 それになんだかちょっと格好良く見える。
 そんな思いを抱えて、和泉は吉原の顔を見つめた。
 この瞬間、和泉は自分の気持ちを認めざるを得なくなった。
 気になっている、のではない、好きなのだ。 和泉は吉原を好きになっていた。
 走ってきたのだろうか、はあはあと呼吸の乱れたまま吉原が和泉を見やり、懐かしい掌で優しく和泉の髪を梳いた。
「久しぶりだな。また背ぇ縮んだんじゃねえの?」
「うるさいな。これでも成長途中だし」
「ちょっと焼けた? 健康的じゃん」
「まあ、そうかも。よっしーは相変わらずだね」
「オレ様はずっとこの学園にいたからな。夏休みって感じじゃなかったな」
「大変だね、風紀委員って」
「まあな。……ってか、おかえり、蓮」
「……た、だいま」
 妙なくすぐったさを感じながらも、照れた表情で吉原が言うものだから和泉も茶化すことができず素直に言った。
 和泉は気持ちを自覚した直後だからか、どこか落ち着かない様子でそわそわとする。
 そんな和泉に気付くはずもなく、吉原は和泉の手を引くと歩き出した。 どうやらどこかに連れて行くようだ。
 なすがままのまま、吉原が一方的に喋る会話に耳を傾けていた。
 繋がれた手が異様に熱く感じるのは和泉だけなのだろうか、どきどきと煩い心臓に目をぎゅっと瞑り平常心を保とうと必死になる。
 和泉も鈍感だが、吉原もかなりの鈍感なのである。 想いが通じ合っていることに全くもって気付かない吉原は、いつものペースで和泉に接していた。
 和泉も和泉で気持ちに気付いた直後に想いを吐露する勇気はなく、寧ろ一生自分から言えないような気もしていた。
 もどかしい関係にもやもやするが、暫くはこのままでも良いような気がする。
 和泉は吉原の背中を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……お腹、減った」
「あん? 望月に飯作ってもらってねえの?」
「柚斗ゲームに夢中だし、それに久しぶりによっしーのご飯が食べたい」
「蓮、貴様オレ様に夢中だな」
「はは、そうかもね」
「……どうした? 悪いもんでも食ったのか?」
「失礼な。それより、なに作ってくれるの? どうせ向かってる場所、風紀委員室でしょ」
「あ、ああ、うーん、なに食いてえの?」
「なんでも良いよ」
「オレ様直々に飯作ってやるんだ、感謝しろよ。大いに喜べ」
「やったー嬉しいー吉原様素敵ー感動ー」
「っ、貴様相変わらずだな」
 棒読みで感謝を述べる和泉にがっくしと肩を落とした吉原だったが、久しぶりの会話と接触の所為なのか嬉しく感じてしまう辺り相当きていたのだと実感した。
 時間にしては大して会っていなかった訳ではないのだが、吉原にとってはとても長い時間でもあった。
 メールや電話を無視されていたときは本当に落ち込んだが、今こうやって和泉は吉原の側にいる。 それだけでもう全てを許してしまえるのだから、恋は盲目と良く言ったものだ。
 吉原は和泉と繋がっている左手に神経を集中させながら、久しぶりの感触を少しでも感じていたかったのでわざと回り道をして風紀委員室に向かった。
 夏休みが終わるまであと三日。 良い思い出のないまま終わろうとしていた夏休みだが、最後の最後に良い思い出ができた。
 吉原はまさか和泉も良い思い出だと思っていることは露にも知らず、一人喜んでいた。
 自分の元に落ちてくるのは、まだまだ先だと思っているのは吉原のみ。 二人の想いは交差しているものの、通じ合ってはいない。
 長いようで短かった夏休みも終わろうとしていた。