乙男ロード♡俺は腐男子 18
 九月といえども気温は高く、まだ夏特有の暑さが残っていた。 とはいえお金持ちの私立校なので、校舎には冷房が行渡っており、生徒たちは快適に新学期をスタートさせていた。
 学園は新学期始まって直ぐの実力テストや夏休みの宿題、なにより文化祭での話題で持ちきりだった。
 もちろん和泉たちも例外ではなく、文化祭の話で盛り上がっていたのである。
「ねーえ、柚斗、知ってる? ここの文化祭」
「……なんとなく嫌な予感がするぞ」
「まあ、ベタ〜って感じ。生徒会や風紀委員は独立してなにかするんだって」
「目立ったことしそうだよなあ」
「このクラスはなにするのかなあ? 女装喫茶とか良いんじゃない? あ、もちろん柚斗はメイドさんね。ツンデレメイド」
「却下する!」
「俺は受付でもしよーっと」
 がやがやと騒がしいクラス。
 学級委員長が黒板前に立ち、文化祭の出し物の案を聞いて黒板に書いていた。
 カツカツとチョークの音が響き、和泉は書き出されていく案をぼうっと見ながら吉原のことを考えていた。
 聞いてしまえれば楽になれるのか、和泉の心の中でずっと引っかかっている黒川と吉原の関係。 きっと神谷辺りに聞けば直ぐに教えてくれるだろう。
 だけども他人に聞くのは気が引ける。 吉原の口から聞きたいのだけれど、それを聞く勇気はない。
 気持ちだってつい先日認めたばかりだ、和泉は前よりももやもやとしたものをずっと抱えていた。
 そんな和泉の様子に気付かない訳がない望月は、気付いていながらも口を出すことはやめておいた。
 窓から差し込む暑い日光を浴びながら、二人は各々の考えで頭を埋め尽くしているのであった。
「はい、ではこのクラスの出し物はファンタジー喫茶に決まりました。基本全員コスプレです。本番は厨房、ホール、受付、呼び込みに分かれ、準備期間は大道具、衣装係、現場監督兼雑用係に分かれます。なにか質問は?」
 委員長の言葉に和泉と望月は、はっとして顔を上げ黒板を見つめた。
 男装女装人物外など、なんでもありのファンタジーコスプレ喫茶で決まったようだ。
 基本全員コスプレというのを聞いて、和泉はわくわくと心を躍らせた。 女装じゃなければいけないということでもないので、和泉にとっては嬉しい出し物だ。
 衣装係に立候補しようと意気込んでいる和泉とは違い、望月は微妙な表情で黒板をじいっと見つめていた。
 ファンタジーというのはどんなコスプレをしなくてはいけないのだろうか。 良くわからない上に親友は大のコスプレ好き、しかも望月には女装をさせたがっている。
 嫌な予感は必ず当たるものだ。 望月は溜め息を吐きながら嬉しそうに手を上げている和泉を見やった。
 今から約一ヶ月と少し先に待っている文化祭。 どうなるかなんて、誰にもわからなかった。
「柚斗、衣装は任せてね! うーんと可愛いの作るから!」
「なあちょっと待てよ。普通衣装係ってのはなにを着たいのか聞いて、それを作るもんじゃないのか?」
「違うよ。俺の好きな衣装を着せることができるんだよ」
「絶対お前それ嘘だろ、もー勘弁してくれよ……」
「まあまあ、可愛いの作るから安心しててよ」
「……ミニスカ、スリット、フリル、リボンは却下な」
「はいはーい」
 その後もいろいろとクラスで文化祭のことを決め、和泉は衣装係と呼び込み、望月は大道具と厨房に決まったのだった。
 まだ具体的なことはなにも決まっていないので、やることもなくその日は解散した。
 この学園は少し特殊で文化祭までの一ヵ月と少しの間、午前が授業で午後が文化祭の準備の時間となっていた。
 私立な上、これだけの時間を使うのだから文化祭は例外なくクオリティの高いものとなる。 しかしながら外部の人間は一切見に来られないため、少し寂しい感じではあるが生徒たちの例年の盛り上がり方は半端ではない。
 和泉も自分たちの衣装を考えながら、望月と一緒に教室を出た。
 他愛もない話で盛り上がり、二人は肩を並べて一緒に歩く。
 目の前には二本に分かれた廊下。 和泉は風紀委員室に行くので右、望月は部活に行くので左。
 二人はここで別れるのである。
「じゃあまたな。あ、今日の晩飯どうすんの?」
「んー……よっしーと食べる」
「あ、そ。早く言っちゃえば良いのに」
「うるさいなあ……いろいろとあるんだよ!」
「ま、頑張れよ。じゃあな〜」
 手を振る望月の背中を見ながら、和泉は少し熱くなった頬を押さえ、俯いた。
 気持ちに気付いてから、前より吉原と一緒にいたいという気持ちが膨らんでいくのが嫌でもわかる。
 些細なことでも良いから相手のことが知りたい。 少しでも長く一緒にいたい。 自分を見て微笑っていてほしい。 乙女のような思考に戸惑いも隠せないが、これはこれで楽しいものだ。
 だけど和泉はそこいらの男女と違うことが一つだけある。
 それはどんなに恋する乙女になろうとも、好きな相手でホモ妄想してしまうことだった。
 確かに吉原のことは好きだが、吉原を妄想の中で鳴かせるのも好きなのだ。
 やっぱり吉原は絶対受けだ。 そう思いながら嬉々とした足取りで風紀委員室に向かうのだった。
 道中、生徒会の人間と遭遇し、軽くお喋りをしてしまったから随分と行くのが遅れた。
 まだいるのだろうか、と思いつつ和泉はノックもせずに風紀委員室に入った。
 そこには予想外の光景が広がり、風紀委員のメンバー全員が揃って忙しそうに書類を片付けていたのであった。
「あれ? 和泉じゃん、久しぶり〜」
「神谷先輩! なにしてるの?」
「あー……ほら、今日クラスで文化祭の出し物決めただろ? それを許可するかしないかのことでさ」
「へえ、生徒会じゃないんだ」
「ああ、生徒会は決まった出し物の予算決めとか準備とかだな。ま、そこ座れよ」
 神谷に言われて和泉は大人しくソファに座った。
 直ぐに森屋が温かい紅茶を持ってきてくれて、和泉は軽く礼を言うと誰よりも忙しそうにしている吉原を見つめた。
 付き合いの浅い神谷と森屋が和泉の些細な変化に気付く訳もなく、暢気にホモ妄想でもしているのだろうと決め付けていた。
 また業務に戻った二人には目もくれず、和泉はただぼうっと一点を見つめながら紅茶に口をつける。
 確かに今日は約束をしていなかったから、構ってくれないのも仕方がないがなんとなく面白くない。 これ以上ここにいてもやることもないし、手持ち無沙汰な和泉は渋々と腰をあげると生徒会室へと行こうとした。
 神谷の話やさっきの生徒会メンバーの様子から見て、まだ生徒会はあんまり忙しくはないだろうから、誰かしら構ってくれるだろう。
 それに水島をからかうのは和泉にとってのストレス発散にもなる。
 出口へと足を進めた和泉の手を、思わぬ人物が引きとめた。 訝しげな表情で和泉は顔を上げると、真剣そのものの表情をした森屋と目があった。
「な、なに」
「まだ帰るな」
「やだよ。つまんないもん」
「今、柳星がお前のために必死になって仕事片付けてるから、もうちょっとだけ待っててくれないか」
「……森屋先輩ってほんとによっしーのこと好きなんだね」
「ああ、尊敬もしてる」
「ねえ、どうしてなの?」
「さあな。空が言うように頭は良くないし、少し自己愛が過ぎる部分もあるが、惹かれる部分の方が多い。口では説明できないな。でも俺も空も、柳星が好きだからここにいるんだ」
「ひゃー! 萌える設定だね!」
「……あのなあ……はあ、もう良い。黙って座ってろ」
 頭を振り、肩をがっくしと落とした森屋を見ながら、神谷は吉原の肩に手を置いた。
 粗方、森屋が和泉になにを話しているのかが簡単に想像できてしまうのが面白い。
 森屋は誰よりも吉原馬鹿な部分があるため、どこにいたって吉原のためを考えて行動をしている。 そこまでできる森屋が正直凄いと思いつつも、少しならその気持ちも理解できる神谷なのであった。
 ずっと誰よりも吉原のことを近くで見てきたので、誰よりも吉原のことを理解している風紀委員の二人は、この不器用な吉原に少しでも幸せになってもらいたかったのである。
 今だって普段はおざなり程度にしかしない仕事も、和泉を前にしただけでいつも以上のやる気を見せ、仕事に勤しんでいるのだ、吉原は。
 内心、早く終わらせて和泉と一緒にいたいだろうに。
 神谷は眉間に皺を寄せ、唸りだした吉原の背中を軽く叩くと口を開いた。
「ちょーっと休憩したら? お前のその小さい脳みそじゃそこまで詰められねーだろ」
「……貴様、最近口が達者になってんな。誰に似たんだか」
「間違いなく柳星だと思うけど?」
「っ、その減らず口、今日こそ塞いでやろうか!?」
「あのなぁ、短気なとこも直せ、な? まあ休憩しろ。お前の可愛い可愛い和泉も一人で寂しい〜ってさ」
「……仕方ねえなあ。そこまで言うんなら休憩をとってやっても良いぞ。あ、そうだ、喜べ。この有難い仕事を貴様にくれてやる。どうだ、嬉しいだろう?」
「……っ、ざけんじゃねーぞ! てめえもその減らず口塞いでやるぜ!」
「短気なとこは直した方が良いぞ」
「あー! もう! むかつく! せっかく和泉の噂のこと教えてやろーって思ったのによ、やーめた!」
「……なんだって?」
「めーっちゃめーっちゃすっげえ噂」
「おい、貴様言え。すぐさま言え。なにがなんでも言え。言わねえと拗ねるぞ」
「はいはい……ほら、耳貸せ」
 余程知りたいのだろうか、気持ちの悪いことを言う吉原に渋々といった様子で神谷は口を近づけた。
 特攻隊だと囁かれ、暴れたい放題している神谷だが、意味もなくやっている訳ではない。 こう見えて実は神谷は学園一の情報通としても有名だった。
 生徒会や先生まで神谷に話を聞きにくるし、秘密を握られているので下手に逆らえるものもいない。
 これも全て吉原のためを思ってしていることなのだが、肝心の吉原はそのことに感謝することもなく、ソファに踏ん反りがえっているのである。 そんな様子にかちんとくる神谷でもあるが、やっぱり吉原のことが好きなため、その態度も受け入れるのであった。
 早く言え、と不機嫌になる吉原に溜め息を吐きながら神谷は最近小耳に挟んだ噂を口にした。
 これは飽くまで噂なので騒ぎ立てることでもないが、少なからず和泉に好意を抱く吉原は気になる噂であると思ったため言うことにしたのである。
「和泉が最近ちょーっと人気? っていうのかしらねえけどさ、出てきてるっぽい」
「……あ?」
「前まではちょっと痛い子とか顔は可愛いけど……みたいな輩が多かったけど、ほら、最近和泉が少し柔らかくなったって専らの噂でさ〜」
「誰だよ」
「そこまでは知んねーよ。でも確かに表情柔らかくなったしなあ」
 出会った頃の和泉の表情を思い出しながら、神谷は森屋をいじっている和泉を見た。 それにつられて吉原も和泉を見るが、どこがどう変わったのかさっぱりとわからない様子だ。
 確かに和泉は可愛いのだが、最初から可愛いのだから今更可愛いと騒ぎたてる方が可笑しいのだ。
 吉原は満足そうな表情を浮かべる神谷の頭を叩くと、和泉の近くに行った。
 今日はもう仕事をするのをやめて、和泉と一緒に過ごす時間を優先することにした。
 なんだか夏休みが明けてからまだ間もないが、和泉が前より吉原に会いにきてくれることが多くなったことに少なくとも喜びを感じていたのである。
 前は望月にべったりだったり、生徒会に入り浸っていたりしていたみたいだが、最近はそうでもないらしい。
 吉原にとって良い方向へと向かっていることは確かなので、そのことに口端を上げ、鼻歌を口ずさみながら和泉の横に腰をおろした。
 森屋は吉原と入れ替わるように、そっと腰を上げると頭を擦っている神谷の元に行くのだった。
「よお、蓮。オレ様に会えなくて寂しかったのか?」
「別に。つーかね、あのね、よっしーなにするの、文化祭」
「即答かよ……あーオレたちはバンドするんだ。かっこいいぜえ、きっと惚れるんじゃねえか?」
「ないない。絶対ない。よっしーはやっぱりボーカル?」
「……ギター」
「へえ、ナルシストだしね、ぴったりだね〜! ソロんときとか投げキッスしそう」
「しねえよ! おい、ちょっと口が過ぎんじゃねえのか? なにしにきてるんだよ、貴様は」
「はは、ご飯のため。ねえ、ご飯作って! 今日ね、柚斗がね、一緒に食べられないって」
「……お抱えコックじゃねえっての。あーもう、なに食いたいんだよ」
「カレー! あ、肉はぺらぺらでじゃがいも大きめでね、人参はいらないよ」
「へえへえ」
 はあ、と深い溜め息を吐いてがっくりと肩を落とす吉原を見て、和泉は内心どきどきしっぱなしだった。
 どう接して良いのかわからずに、思ってもないことばかり言ってしまうのだ。
 ここで素直にならなければいけないとは思うものの、人間急に性格を変えられる訳でもない。 だけれど和泉はなんだかんだ言いつつも優しい吉原に甘えてしまい、我儘を言ってしまうのであった。
 望月が言うように両思いなのだからさっさと言ってしまえば良い、と和泉自身も思うのだがいまいちタイミングがわからなかった。
 それに一番の引っかかりもまだ解決していないので、言ってしまうのも躊躇われる。
 せめて文化祭が終わるまでは今のまま過ごしていたいとも思う。
 なにも知らない吉原だから、こうやって接することもできるし、ご飯を一緒に食べられたりする。
 項垂れている吉原をからかう神谷。 そんな神谷を嗜める森屋。 それを見て笑う和泉。
 居心地の良い空間に和泉は思う存分浸っていた。
 それから少し風紀委員と和泉は会話をして、吉原と一緒に風紀委員室を出た。
 夏といえども九月になった現在は前より日が落ちるのが早くなり、八時になった今では外はもうすっかり暗闇に包まれていた。 山奥で外灯が少ない所為もあるからだろう。
 上機嫌で歩く和泉の一歩後ろを歩きながら、吉原は先ほど神谷が言っていたことを思い返していた。
 吉原の目にはいつもと然程変わりなく見える和泉の姿は、普段和泉と一緒にいない生徒たちから見たら変化があったのだろうか。
 近くにいすぎて見えなくなるとは良く言うものの、表情の柔らかさなど吉原には全く感じられない。
 確かに出会った頃と比べると、最近はホモの話も少なくなってきているし、会いにくる頻度も増えた。 吉原に対しての態度も大分軟化されてきたとは思うけれど、飽くまでもそれは良い友人関係であるからだ。 なにか良いことがあったとは思えないし、見当もつかない。
 吉原は少ない脳みそをフル回転させるが、結局答えは出ず、考えることをやめることにした。
 和泉に対して人気が出たからといって、流石に和泉に手を出す馬鹿もいないだろうし、常に側には望月がいる。
 後ろ盾に生徒会や風紀委員がついているのだから、まず安心だ。
 それにこの学園の生徒全員がホモだという訳でもないし、もちろん吉原自身もホモではないのだが。 みんな興味本位や周りがそうだから、という軽い気持ちなのだ。
 そんな中、可愛らしい顔をしている生徒に人気が出るのはある程度わかっていたこと。
 吉原はそう言い聞かせるも、釈然としない気持ちのまま、カレーカレーと煩い和泉の顔を見つめるのであった。
「ねえ、よっしーなにぼーっとしてんの? 早くカレー作ってよ」
「ああ……」
「なに、さっきから人の顔見て眉間に皺寄せて、失礼だな。なんかついてる?」
「……蓮、変な人間についていくんじゃねえぞ」
「はあ? 言っておくけど、よっしーが一番変なんだから」
「……やっぱ可愛い」
「…は」
 吉原がそう口走った瞬間、和泉は口を開けてぽかんとした表情で吉原を見上げた。
 身長の所為もあるのだが、上目遣いで少し朱に染まった頬、ぱちぱちと瞬きを繰り返す和泉が堪らなく可愛くて、吉原はつい和泉に唇を近付け軽くキスをしてしまった。
 通算四回目のキスは吉原にとっても和泉にとっても突然的な出来事であり、キスをした当本人吉原もびっくりとした表情で和泉を見つめた。
 和泉はその軽く触れただけのキスを実感するのに数秒を要したらしく、実感をするとみるみると顔を赤くさせ、思い切り服の袖で口を拭った。 そんな和泉の様子を見て、慌てたように吉原が口を開いた。
「あ、つい……」
「ついって……誰にでもこんなことするの」
「いや、しねえよ、蓮だけ」
「……ふ、ふうん」
「ご飯作る手間賃くらいくれてやっても良いだろう」
「あ、開き直った!」
「うるせえ! おら、カレー作んぞ!」
 和泉も吉原も微妙な空気が流れたのにどうして良いのかわからずに、お互い妙な気まずさを感じながらカレー作りをし始めた。
 会話もどこかぎこちなく、さっきのキスで捩れた歯車は戻ることなくずっと回り続けていた。
 美味しいはずのカレーもどこか味気なく感じ、お互いの唇にはずっとキスの感触が残っているのだ。
 この日から、二人の関係も少しずつ変化を見せてくるのであった。