乙男ロード♡俺は腐男子 27
「俺、ここに編入しよっかな〜」
「できもしないこと良く言えるね」
「……蓮、冷たくないか?」
「兄貴が悪いんでしょ」
 和泉の兄、凛が水島デルモンテ学園にきてから早一週間。 凛はフィギュアを人質に取られているにも関わらず、和泉の隙を見ては吉原にちょっかいをかけていた。
 吉原曰く悪質なことはされていないから良いとのことだが、正直信用ならない。
 和泉はへらへら笑う凛を睨みながら、肩を並べていた。
 何故、和泉が望月を側におかず凛と共に歩いているのか、それはとある事情があった。
 凛がいる所為かどうなのかはわからないが、望月がストレスによる体調不良で寝込んでしまったのだ。 安静をとるため、凛に与えられた部屋で療養している。
 本来ならば凛がその部屋で過ごさなければならないのだが、凛は頑として和泉の部屋から出ようとしなかったのである。
 ブラコンなのは結構なのだが、流石に和泉はこれに眉を顰めた。 それにくわえ、和泉にとって良くない訪問者がこの水島デルモンテ学園にやってきたのだ。
 ただでさえ凛がいるというのに、今度は吉原の血縁者がやってきた。
 和泉はまだお目にかかったことはないが、水島の話によると大層吉原に懐いており、吉原が甘やかしているというのだ。
 その血縁者とは、吉原の従弟である吉原 竜也(よしわら りゅうや)。 それはそれは可愛らしい容姿をしており、出会った人みな彼を愛でたくなるというのだ。
 吉原もしかり、水島も、その竜也には目に余るほど甘やかしているらしい。
 正直、気に食わない、のである。 凛がいる所為で和泉は吉原とあまり会えないのだ。
 竜也に恨みはないが、ますます会いづらい状況になってしまった。
 期間が決まっている凛とは違い、竜也は滞在期間が定かではないという。 それは凛以上に強敵の竜也が帰るまで、和泉は吉原と一緒に過ごせない、ということを示していた。
 和泉は苛々しながら廊下をずんずんと突き進み、その後ろを慌てて凛が追った。
「……なあ、そんな気になるの?」
「べっつに! 従弟がきてるから俺に構ってくれないとか、睦まじいほどべったりしてるとか、ぜっんぜん気にしてない!」
「ちょー気にしてんじゃん」
「煩いなあ、ちょっと黙ってて!」
 ごちゃごちゃいう凛に、和泉はいつもより口調がきつくなってしまう。
 決して意図してやっている訳ではなく、自然とこうなってしまうのだ。
 どろどろとした黒いものを必死に抑えながら、和泉はなにかを言おうとしている凛の顔を見た。
「で?」
「……こんな隠れて見なくたっていーんじゃねーの」
「神無月 ミコ先生の首、折られたいの?」
「……ごめんなさい」
 現在、和泉と凛はなんの変哲もない渡り廊下に立っており、その真ん中に聳えている柱に身を隠していた。
 何故こんなところにいるのかというと、その噂の竜也を見にきたからなのである。
 凛は和泉になにも聞かずついてきたが、まさかその噂の従弟を見るためだとは思わなかったのだ。 いずれ顔を合わすことになるのに、こんなことをするということは、余程和泉は吉原に惚れ込んでいるらしい。
 和泉と凛は先日、水島に竜也のことを聞いていた。
 水島の話によると、丁度毎年この時期になるとその従弟、竜也は吉原に会いにくるのだそうだ。 本来なら中学三年の彼がいくら水島デルモンテ学園の中等学科にいようとも、この高等学科の校舎に滞在できることは不可能だ。
 だが先も言ったとおり、竜也は非常に可愛いらしいのだ。 つまり水島の弱い顔、ということになる。
 この水島デルモンテ学園の創立者である水島一家の跡を継ぐ水島が裏で手を引けば、その不可能を可能にすることなど造作ないこと。
 竜也は水島を通し、毎年学年の違う吉原に会いにきているとのことであった。
 生憎、竜也は見事なまでの頭脳をもっているため、授業に参加しなくても遅れをとることはない。 そのこともあるのか、竜也の気が済むまで滞在の許可を与えているらしい。
 それを言ったときの水島の顔は今思い出しても腹が立つ。 和泉は眉間に皺を寄せながらそっと身体を前に進めた。
「お、あれじゃね?」
 和泉と凛は向こうに気付かれないようこっそりと、吉原と竜也の様子を伺った。
 側にはしまりのない顔を晒して笑っている水島がいる。 そんな水島の様子を伺った和泉は、やっぱり絶対後でしめる、と心に誓いながら竜也の顔を見つめた。
「あ〜ね、確かに可愛い顔してんな、ありゃ」
「……チワワ」
「だな」
 和泉よりも低い身長、華奢な身体、発育途中の身体は男とも女とも言いがたい中性的な雰囲気を漂わせていた。
 樋口や和泉も可愛いと言われる部類に入るが、それは飽く迄、男だけど顔が女みたいに可愛い、の部類だ。 現に成長をしてきている和泉は、もう女に間違われることもあまりない。
 ここは男子校なので間違われることはまずないが、中学のときは結構あったのだ。
 だが目の前にいる竜也は一見、男か女かわからない容姿をしていた。 絹糸のような栗色の髪が風に靡き、日に当たる肌は透き通るように白い。 ほんのりと染まる頬、くりっとした瞳。
 顔が整っている訳ではない、平凡よりの顔の作りだ。 だけども目の前にいる竜也は誰よりも可愛く、庇護欲をそそる容姿をしていた。
 これは水島も逆らえない訳だし、吉原も無碍にはできないだろう。 誰もが愛でてしまう、という理由がやっと理解できた。
 和泉は唇を噛むと、取り敢えず凛の髪を引っ張った。
「いって〜!」
「なんかむかつく。いい子そうなのがむかつく」
「まあ、蓮よりは良い性格してんだろーな。それでも俺は蓮ちゃんがいーけど」
「……ま、でも従弟だし」
「従弟って結婚できるんだぜ」
「お、と、こ、ど、う、し、は無理!」
「蓮ちゃんもな」
「……今日は神無月 ミコ先生の命日だね」
「ごめん! ほっんとーにごめんなさい! まだ殺さないで!」
 ふん、と鼻を鳴らした和泉はそのまま引き返そうと足を吉原たちとは違う方向へと向けた。 だがいくら柱に隠れているとはいっても、凛と一緒にいれば目立ってしまう。
 例に漏れなく吉原たちに見つかってしまった和泉と蓮。
 舌打ちをした和泉に気付いたのは凛一人で、笑顔で近寄ってくる三人にこの場に留まらざるを得なくなったのだ。
 なんと異様な五人であろうか。
 不機嫌な和泉に、気まずそうな凛。 機嫌の良い水島に、嬉しそうな吉原、にこにこ笑顔の竜也。
 和泉のことを思った凛は即刻ここを立ち去りたい思いだったが、立ち去れそうな雰囲気は微塵もない。
 ちらちらと和泉に視線を向けながらも、上辺だけにこにこと笑みを貼り付けた。
「蓮、元気にしてたか? あ、紹介してなかったな、こいつ、オレ様の従弟の竜也。中等学科に通ってるんだけど、まあちょっと遊びにきてんだよ。ほら、挨拶しろ」
「初めまして! 僕、竜也って言います。仲良くしてくださいね」
「……和泉です」
 和泉の目の前には、上機嫌の吉原とふんわり微笑む竜也の姿。 声まで可愛らしい竜也は和泉の無粋な態度を気にすることもなく、話しかけてきた。
 話してみてわかったこと。 竜也は和泉の予想を遥かに超えるほどの性格の良さをしていた。
 嫌な顔は一切しないし、年上には敬う態度もとる、人を気遣う心を持っている。 ないものばかりを見せ付けられて、居た堪れなくなるのだ。
 和泉が可愛い部分といえば顔。 だが竜也の本当の可愛さは心にあった。 これでは八つ当たりもできないし、邪魔をすることもできないではないか。
 ころころと変わる表情をこれ以上見ていられなかった和泉は、笑みを浮かべると唇を動かした。
 声とは凄いもので、思ってもないことばかりをぺらぺらと話していた。
「可愛い子だね〜! 今度、本に出してあげるね! もちろん総受けで」
「和泉君! また貴様はそんなことばっかり考えて!」
「あ、もちろんかいちょーは絶対攻めだよ!」
「だ、か、ら! 俺の本は出すなとあれほど言っただろう!」
「良いじゃん、減るもんじゃないし〜! あ、でね、よっしー今結構原稿忙しいの、だから時間なくってさ……まあでも竜也くんきてるから丁度良いね」
「あ、ああ、そうだな」
「じゃあ、俺、ほんとーに切羽詰ってるからまた今度ね! ほら、兄貴原稿するよ!」
「お、おう! じゃあ吉原、また会おう! 次はお茶の立て方を伝授してやる」
「まだそんなこと言ってんの? 怒るよ?」
 凛と和泉は言い合いながら、飽く迄も自然に吉原たちの前から遠ざかっていった。
 誰一人和泉のお芝居に気付くものはおらず、何事もなかったかのように会話をまたし始めた。
 そんな様子を後ろ目で見ながら、和泉は息が詰まる思いで溢れてしまいそうだった。
 吉原を見る竜也の目や、竜也を見る吉原の目は完全に兄弟を見る目だ。 それは重々理解しているし、二人の仲に嫉妬している訳ではない。
 現に和泉だって凛と行動を共にしているし、凛の所為で吉原に会えない時間もあった。
 この嫉妬は、竜也自身にしている嫉妬だった。
 自分にはないものを持っている竜也に、どうしようもない嫉妬をしていた。
 素直になれない、我儘ばかり、身体を重ねることもできない。 そんな和泉を好きだと吉原は言ってくれた。 だけどいつまでもこのままじゃいけないのもわかっている。
 どうやってもできないのだ。 今更性格を変えられることなどできる訳がない。
 竜也は和泉がなりたい性格そのままなのだ。
 素直で順応で、人を気遣うことができる優しい人。 外面ばかり良くても、中身が伴わなくては誰も愛してくれない。
 竜也に触れてみて、和泉は蓄積されていた自信が零れていくのを感じていた。
「……しばらく原稿なかったんじゃなかったっけ?」
「……そうだったっけ」
「別に嫉妬するような様子もなくね? 俺にはよ〜くわかんないけどさ」
 和泉の柔らかな髪の感触を確かめるように、凛は和泉の髪を撫ぜた。
 自分より幾分も小さい和泉がなにを思っているのか、手に取るように凛にはわかる。
 きっと吉原では気付かないだろう、些細な悩み。 わかってやれるのは凛と望月だけだ。
 それは水島が吉原、吉原が竜也の悩みを理解できることと同じ、一緒にいた時間が長いからこそわかる悩み。
 今にも泣きそうになっている和泉を見て、凛は苦笑いを零しながら視線を上げた。
「兄貴として、女を落とすコツを授けてやろう」
「……は?」
「最初はちょっと優しくするんだ。相手に気があるな、と思えば冷たくする。そう冷たく冷たく、そしてたまーに優しくする。これでイチコロだな」
「……嘘くさい」
「女がだな、惚れた男に冷たい態度をとる。それはそれはつめたーく! だけどたまに甘えられるとな、男は異常なほどに愛しく感じるんだよな。いつも甘いばかりの女じゃ、飽きるしな」
「趣味、悪い……」
「そうか? 結構、良い趣味だぞ」
 凛に慰められるなんて相当きているのだろう。 和泉は苦笑いを零しながら身振り手振りで話す凛と肩を並べて歩いた。
 この小さな悩みも、吉原と会えば気にしないで済むのだろうか。 会えない時間が増えたから、こう思うのだろうか。
 日に日に欲張りになる自分と、マイナス思考になっていく自分。
 恋とは厄介で難しいものだ。 和泉は頬を叩くとダウンしているであろう望月に会いに行くことに決めた。 もちろん横にいる凛はつれてはいかない。
 足取り早く、急ぐ和泉に凛は笑うと和泉とは違う方向へと足を進めた。
 望月の部屋に行くこともわかったし、入れてくれないということもわかっている。 だが和泉の部屋に帰っても、凛はすることがなにもない。
 特別講師としてこの水島デルモンテ学園にやってきたが、案外授業が少ないので暇なのだ。
 凛は今しがた辿ってきた道を歩むと、ピンクゴールドの髪を輝かせている吉原に微笑むのだった。
「よー! 吉原、構え」
「……は」
 凛は馴れ馴れしく吉原の肩に腕をまわすと、にっこりと微笑んだ。
 ついさっき和泉と去ってしまった凛が、今度は一人で吉原たちの目の前に現れた。
 どう反応して良いのかわからない吉原は水島に目線を送るが、水島は逃げ腰のようで竜也を後ろにやると吉原から目線を外した。
 本当に目の前の水島は可愛いものには弱いらしい。
 子供の頃から水島は誰よりも竜也を弟のように可愛がった。 その余りの甘やかしに、気付けば竜也は誰より無知で純粋過ぎる子に育ってしまったのだ。
 この先、竜也はこのままで大丈夫なのだろうかと危惧する吉原と違い、水島はいつまでも純粋のままでいてほしいらしく、己らの悪行や黒い部分は見せたがらない。
 そこまでして可愛がるのだからてっきり惚れているのか、と水島に尋ねても違うと言う。
 吉原には水島の考えがさっぱりわからないのであった。
「……蓮は帰ったんですか?」
「ああ、柚斗が体調崩してな、看病してるんだ。俺出禁になったからさ〜暇で暇で」
「そうなんですか」
 凛の機嫌の良さに違和感を覚えつつも、吉原は世間話をすることにつとめた。 だがどうやら凛は目の前の竜也に興味津々らしく、視線をちらちらと向けている。
 それに気付かないほど鈍くない吉原と水島は首を傾げると、竜也に目線を送る。
 その竜也は澄み切った瞳で、ただ一点をずっと見つめていた。 それは凛の髪である。
 吉原も大概派手な頭をしていると自分でも思っているが、凛には到底適いそうにない。
 見た目からして凛の強烈な印象は直ぐには忘れられないのだ。
 ギャル男はどうしても汚らしく見えてしまうものだが、凛は余程身なりに気遣っているのか、汚らしさは一切見えず、ただ派手さだけを強調しているような風貌だった。
 ハイライトで入れられた白の髪が揺れるのと同時に、竜也は口を開いた。
「柳星と、仲が良いんですか?」
「ああ、小舅と旦那みたいな関係だな」
「……小舅?」
「ちょ、ま、待ってください! 竜也、気にすんなよ、この人はたまーに変なこと言うんだ」
「あ? なんだって?」
「いや、その、……竜也には言ってないんですよ」
 小さく漏らした吉原の言葉に、凛は眉間に深く皺を寄せた。
 何故隠す必要があるのだろうか。 同性愛だから従弟には言えないのだろうか。 それとももっと他の理由があるのだろうか。
 険しくなる凛の表情に、吉原は意思疎通ができていないと悟った。
 こういった場合、どういうのが一番穏便に済むのだろうか、全く持ってわからない。
 竜也にはまだ早いという理由で秘密にしているのだが、それを理解してくれるだろうか。
 口籠もっている吉原に気付いた水島は仕方なく、といった表情を浮かべると竜也の腕を取った。
「じゃあ、凛さん、俺と竜也はこれから用事があるのでお暇しますね」
「え? 颯なにかあるの?」
「ああ、生徒会のみんなもお前に会いたがってるんだ。一緒に行こう」
「わかった! じゃあ柳星、また後でね! 銀髪のお兄さんもまたね!」
 真っ白な笑みを浮かべて、竜也は水島に手を引かれてこの場を去っていった。 あの水島のだらしのない顔といったら、呆れるしかない。
 吉原は取り敢えず凛に説明できる、と思い顔を凛に向けたが、直ぐに向けたことを後悔した。
 目の前でにこやかに笑う凛の笑顔の怖さは、なに故からだろうか。
 きっと和泉の肉親でなければここまで恐怖を覚えることもない。 吉原はそう思いながら取り敢えず笑みを浮かべるのだった。