乙男ロード♡俺は腐男子 30
 あのあと、いつもより少しだけ吉原に甘えてみた和泉は名残惜しげに吉原の部屋から出ることに決めた。
 吉原が晩ご飯を作ってやる、と言っていたが和泉はそれを断った。 できれば一緒に食べたいものだが、如何せん気恥ずかしいものがあるのでまずは心の整理がしたいのだ。
 べたべたとくっつく吉原を振り払うように部屋を出るが、後をついてくる。
 怪訝に思い後ろを振り返れば、満面の笑みで手を出された。
「……なに?」
「オレ様が送ってやるんだよ。嬉しいだろ?」
「……別に」
「素直になれ、素直に」
 強引に腕を引かれ、絡まる指先。
 先ほどまで不埒な動きをさせていたものとは思えないほど和泉には温かく感じ、それに大人しく従うと吉原と肩を並べて歩いた。
 いつもと同じ道。 少し遠回りをしながらゆっくりと進む二人。
 冬も差し掛かった昨今、夕方といえども外は真っ暗になっていた。
「そういや、クリスマスはどうすんだよ、蓮」
「え、と、どうだろ……」
「どうって、どうなの」
「……一緒に、過ごす、の?」
「あーな、うん、できれば、な」
 不思議そうに吉原を見上げる和泉と、照れたように和泉を見つめる吉原。
 二人の視線が交わり、暫しの沈黙が流れる。
 和泉はクリスマスというものに拘りは特にない。 恋人ができた今も、クリスマスに一緒に過ごしたいという思いもないのだ。
 毎年実家で凛と望月の三人で、原稿の追い上げというクリスマスを過ごしてきた。
 両親も和を好む故に、一般的なクリスマスを過ごしたことがなかったのだ。
 だが、吉原が和泉と違う誰かと一緒に過ごすのは嫌だと思う。 そうなれば必然的に一緒に入る方が良いのだろうな、と和泉は一人思い睫を伏せた。
「……れーん、予定あけとけよ」
「ん、わかった」
 なんだか急速に周りが変化しているような気がして、和泉は少しついていけない感じも拭えないまま吉原の後を歩いた。
 夕食時の現在、食堂に人が向かっているのがわかる。
 様々な生徒とすれ違い、二人は皆とは違う方向を歩いて寮に向かっていた。
 生徒会と風紀委員は特別なので、一般生徒の寮とは違う寮に住んでいる。
 渡り廊下を挟んで建つ小さな寮。 だが特別故に建物は小さくても、室内は一般寮より豪華だった。
 一人部屋も豪華な室内も興味はないが、少しだけ羨ましいと思うときもある。
 原稿などしているときは所狭しとものが散乱するので、スペースはあったほうが良い。 そう思いながら、最近原稿に手をつけていないな、と気付いた。
 隣で嬉しそうに話しかける吉原。 和泉はそれをぼんやりと見ながら徐々に自分が変わってきているのを感じていた。
「蓮? ついたぜ?」
「あ、あー……うん、ありがとう」
「……ほんとに部屋で食べんの?」
「食べるよ。それに、兄貴と一緒にいられるのもあと一週間ぐらいだし」」
「あー? もうそんな経つっけ?」
「まあ、ちょっと寂しいような気もするけど、……ね」
 言いながら扉に手をかける和泉に、吉原は眉間に皺を寄せると身体ごと抱きこんだ。
 急な感触に慌てて後ろを振り向こうとするが、吉原が強く抱きしめている所為で振り向くこともできない。
 どきどきと鳴る心臓が、耳に煩く響く。
 張り付いた喉を震わせた和泉の耳元に、温かい吐息と声。
 吉原は少し寂しそうに呟いた。
「もうちょっと」
 それがなにを意味するかわからないほど鈍い和泉でもない。
 お腹に回ってきた腕をぎゅっと掴むと、羞恥に耐えて息を吐いた。
 和泉とてもう少し一緒にいたいという思いはあるが、ここは人が頻繁に通る一般寮の廊下だ。
 同性愛も比較的多い水島デルモンテ学園といえども、あからさまにくっついていると視線が集まる。
 片割れが水島デルモンテ学園で人気の風紀委員長でもあるからか、物凄く注目されているような気がする。
 二人が付き合ったという噂が流れたことを知っていた和泉だが、これで決定的にばれただろうな、と思った。
 嫌な訳ではないが、むず痒い気持ちになる。 だがここで吉原を突き放す気持ちにもなれなければ、部屋に招き入れる勇気もない。
 困ったように顔をあげる和泉に気付いた吉原は、残念そうな表情を浮かべると手をゆっくりと離した。
「……また明日」
「授業、終わってから」
「さぼんねーの」
「さぼる訳ないじゃん」
「……ふーん、そ、まあ、迎えに行くから」
 じゃあな、と吉原の唇が紡ぐ前に和泉はその唇を塞いだ。 いつも吉原から与えてもらってばかりいた口付けを、和泉自身からしたのだ。
 今日はいろいろと二人にとって衝撃的なことばかり起きている。
 傍から見ればごく当たり前のことでも、和泉と吉原にとっては価値のあることだ。
 ぼっ、と頬が赤くなる吉原を和泉は満足気に見ると、じゃあね、と言って部屋の中に入っていった。
 一人残された吉原は熱が集まる唇にそっと指をやり、閉まった扉を呆然と眺めていた。
「まじかよ……」
 ほんのりと温かくなる心臓。 ふらふらと覚束ない足取りで吉原は生徒会室へと向かった。 思う存分に惚気たいのである。
 それを真剣に聞いてくれ、尚且つ一緒に喜んでくれるのは間違いなく森屋だ。
しかし今日の午後から森屋は神谷と一緒に外に出る、と言っていた。
 明日も授業があるのに外出することができるのは風紀委員の特許もあるが、水島の権限も大きい。
 吉原と水島が親友なのと同じように、森屋と神谷も親友同士なのだ。 その二人がいないとなると、吉原が相談する相手は水島しかいないのである。
 嫌そうな表情をしながらも、真剣に聞いてくれる水島。
 生徒会室で二人話し合いながら、食堂に注文をして食事を持ってきてもらおう。
 吉原は急いで生徒会室に入ると、直ぐに目的の人物に会うことができた。
 夕食前だからか生徒会室には水島一人しかいなく、つまらなさそうに書類に目を向けていたが、吉原の姿に気がつくと書類から手を離して顔を上げた。
「柳星、どうしたんだ?」
「聞いてくれ! 蓮からキスしてもらった! しかも」
「ま、待て! それ以上言うな!」
「あ? なんだ……よ……って」
 水島は吉原の言葉より、吉原の背後に驚いた。 それもそうだ、吉原の後ろには竜也がいたのである。
 吉原が竜也の存在に気付いたのは、水島が怪訝な反応をした後である。 つまりは先ほどの吉原の言葉を竜也に聞かれた、のだ。
 ある意味、凛よりタチの悪い人物に和泉との関係がばれてしまった瞬間でもあった。
 焦ったように口を噤む吉原に、眉間に皺を寄せて溜め息を吐く水島。 竜也は不機嫌な顔を隠すことなく吉原に詰め寄った。
「柳星、どうして黙ってたの? 恋人いないって、言ってたじゃん」
「あー……まあ、いろいろあって」
「和泉さんと恋人同士ってのは、さっき颯に聞いた。なんで隠すの」
「隠すっつーかタイミング逃したっつーか、なあ、颯?」
「あ、ああ、それに付き合ったのも最近だし、なあ、柳星」
 微妙な空気が生徒会室に流れた。 惚気をするどころか、言葉一つ一つに気を使わなくてはいけない状況だ。
 吉原は和泉よりも低い位置にある竜也の旋毛を見ながら、聞こえないように息を吐いた。
 普段は大人しく可愛気がある竜也だが、吉原のことになると普段からは考え付かないほど性格がきつくなる。
 甘やかし過ぎた所為で、異常とも思えるほどに吉原に執着していたのだ。 それを煩わしいと感じたことはあまりないが、現在になって少し厄介だと感じ始めていた。
 家庭教師と付き合ったときも、黒川と付き合ったときも、紡いだ言葉。 聞きたくないことだったから吉原は敢えて今回のことを伏せていたのである。
 だがそれを水島が伝えた、ということは止むを得ない事情があったのだろう。
 吉原と水島は次に竜也が紡ぐであろう言葉を予想して、頭が痛くなった。
 案の定、竜也は思った通りの言葉を吐いてくれたのである。
「別れて!」
 やっぱりそうきたか、と吉原は思った。
 一年経ったのだから多少は成長していると思っていたが、一つも成長はしていないようだった。
 竜也は心底嫌だという表情で吉原に攻め寄り、腕を掴んだ。
 吉原に恋をしている訳でも、和泉が気に入った訳でもない。 ただ竜也は子供過ぎるのだ。
 親が自分じゃなく、違う子供を気に入ったときに見せる独占欲と同じ想いを竜也は持っている。
 吉原が竜也よりも優先すべき存在を作ることが嫌だというのだ。 だがこのお願いばかりはいくら竜也に甘い吉原でも、聞くことができない。
 春を過ぎたころに恋をして、ずっと頑張ってきてやっと実らせた恋。
 この恋が永遠だとも、一生愛し続けるとも格好の良いことはまだ言えない。 もしかしたら来年には別れているかもしれないし、永遠でもないかもしれない。
 だけど今の時点では誰よりも和泉のことが好きだし、別れる気も更々ないのだ。
 吉原は決心をすると竜也の肩を持ち、しっかりと言葉を紡いだ。
「それは、できない」
「どうして?」
「竜也には悪いが、オレは、オレにとっては竜也よりも蓮の方が大事だからだ」
「っ、……うそ!」
「嘘じゃない。オレはまだまだ子供だし、なにもできない。金だって自分で稼いでないし立派なことも言えない、だけどな、いつか、そのいつかまで蓮と続いてたら、養ってあげたいとも思うし、愛してるって堂々と言いたいんだ」
「この学園が特殊だからでしょ!? ここ卒業したら、目ぇ覚ますでしょ!?」
「確かにこの学園卒業したら呆気なく終わるかもしんねー。でもな、それはそれ、……今は本気で好きなんだ。それに本当かどうかも、卒業しないとわかんねーし、それも確かめなきゃな」
「ぜったい、ぜーったいに認めないから!」
「竜也、いくらお前でも蓮になんかしたら許さねーから」
 その吉原の言葉に竜也は反論することなく、生徒会室から走り去って行った。
 後に残された水島と吉原は顔を合わせると、苦笑いを零す。
 一難去ってまた一難、とはこのことを言うのであろう。
 疲れたようにソファに身を沈める吉原に近付くと、水島もその隣に腰を降ろした。
「そんなこと考えていたんだな」
「まー……結構、本気だ」
「ああ、知ってる。それよりどうするんだ、竜也は厄介だぞ」
「いずればれることだったしな、遅かれ早かれこうなってただろ。どうにかなるさ」
「暫くは俺も気をつけて見ておく。まあ、和泉君なら大丈夫だろう」
「だと良いけど」
「それより、キスしてもらったんだって?」
「そう、そうなんだよ。それに、な、……ヤったっていうか、ちょっと進んだっていうか、……な」
「……おめでとう」
 途端に機嫌の良くなった吉原が饒舌になり、和泉とのことを事細かに話しだした。
 和泉もまさかここまで話されるとは思っていないであろう。
 純な人間が聞いたら赤面してしまうほどの内容を赤裸々と語る吉原。
 水島は聞いたことを少し後悔しながらも、あの和泉が、という思いもありついつい深く掘り下げて聞いてしまう。
 二人は夕食のことなどすっかり忘れて、和泉のことをずっと語っていたのである。

 一方、時を少し遡って吉原と別れた和泉は部屋に入るなり廊下にうつ伏せになった。 先ほど自分でした行動が、自分自身も信じられないでいたのだ。
 恥ずかしさに身悶えている和泉を最初に発見したのは望月である。
 なにがあったのか粗方想像はつくが、なにもそ知らぬ振りをして和泉に声をかけた。
「おい蓮、風邪引くぞ」
「う、あ、ゆ、柚斗!?」
「なに驚いてんだよ」
「いや、うん、まー……ご飯食べにきた、よ」
「丁度良い、凛さんもいるぞ」
「えー!? あ、つ、つーか柚斗、体調大丈夫なの!? なんで兄貴いんの!?」
「凛さんな〜、なんでか知らないけどきたんだよ」
「……ご、ごめん」
「良いって、別に凛さんが原因じゃねーし。それにちょっとは認めたようだぜ? お前たちのこと。まー機嫌悪いけど」
 笑いながら和泉を抱き起こせば、直ぐに飛びついてくる身体。
 入学したときより身長が伸びたようだが、望月も同じように身長が伸びたので衝撃はあまりない。 だが入学したときより少し重くなったように感じられ、望月はなんだか少し寂しくなった。
 娘を他の人に託す父親はこのような心境なのだろうか。
 望月の知らないところで成長し、望月から巣立っていこうとする和泉を応援している一方で寂しくも思っていた。
 だがこうやって和泉は望月に頼る面もあるので、まだ大丈夫だと、少し安心もする。 なんだかんだいって望月も、和泉に少し依存していたのであった。
「どーしたんだよ、蓮」
「……し、しちゃった」
「は?」
「最後までじゃないけど……しちゃった」
「ま、まじで!?」
 思っていた以上の進展を和泉はしたらしい。
 望月は驚きに目を見開くと和泉の顔をまじまじと見つめた。
 男同士で行為をしたら色っぽくなると噂で聞いてはいたが、和泉の色気に変化は感じられない。 しかしそんなことよりも重大なのは、和泉がしたということだ。
 望月は喜ぶべきなのか迷ったが、取り敢えずおめでたいことでもなさそうだがおめでとうと言いたかったのでそれを口にすると、和泉を思い切り抱きしめた。
 和泉が成長するのを寂しいと思うけれど、やはり嬉しいものなのだ。
 痛いぐらいに望月に抱きしめられながら、和泉もなんだか嬉しくなって笑った。
「よーし、明日は赤飯炊くからな! あ、鯛も用意した方が良いかな!?」
「ゆ、柚斗! 大袈裟すぎ!」
「でも凛さんには内緒にしなきゃな」
「あ、当たり前でしょ!」
「取り敢えず、お祝いだ! ぜってー赤飯炊こうっと」
「も〜柚斗!」
 和泉を抱きしめたままリビングに戻る望月。 その二人の様子に迎えでた凛は一瞬目を見開くがいつものように接した。
 二人は凛に隠そうとしているようだが、ばればれなのである。 扉一枚しか隔てていないので、先ほどの会話はほぼ丸聞こえだった。
 だが凛は敢えてなにも反応を見せずに、いつも通りにすることに徹した。
 目に入れても痛くないほどに可愛がってきた和泉も、凛が見ていない内に随分と成長したものである。
 望月に嫉妬するふりをして腕から奪った凛にとって可愛い弟、和泉。
 和泉が吉原に泣かされる日まで、凛は大人しく傍観しておくことに決めた。 それは凛ができる最大級の譲歩でもあり、愛情でもあった。
 こうして和泉と望月と凛はいつものような夕食を、和気藹々と囲むのであった。