それから何事もない穏やかな日々が続き、各々は元の学園生活に戻ろうとしていた。
凛もすっかりと大人しくなり、真面目に茶道の教えをしていると聞く。
中には凛に惚れたほどの兵もいるらしく、あと数日で帰ってしまうのを酷く嘆いていた。
吉原の憂いである竜也はなにを企んでいるのか、あの日以来吉原に近付こうとはしない。
水島にべったりになってしまったのだ。
なにもないことは良いことなのだが、どうもしっくりとこない。
一つの憂いを残したまま、吉原は机に向かって一生懸命がりがりとペンを動かす和泉の背中をじっと見つめた。
「……まだ?」
「全然まだ! つーか柚斗がいないと無理〜!」
「じゃあ後にしたらどうなんだよ」
「それも、無理! だってだって小説だし〜! 俺、基本絵描きだけど、字書きもやるんだよね。でね、結構小説書くの好きなんだ」
「ふーん」
「めっちゃ急だけどさ! 買い専になろうと思ってたけどさ! 穴埋めでもさ! コミケ出たいんだもん!」
「ほー」
「夏と冬は絶対外せないんだよ! すっげーすっげー興奮するんだから! ってか、よっしーちゃんと聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる。で、手が止まってるけど」
「あーもう馬鹿! 喋りかけるから!」
水島デルモンテ学園の授業がない土曜日。
部活に入っていない二人は、自由の時間が多い。
久しぶりに和泉の部屋に訪れた吉原は、少なからず期待をしてここにやってきたのである。
風紀委員の活動も休んだし、お邪魔虫である望月もテニスの自主練習で部屋にはいない。
そう二人きりなのだ。
だけどどうだろうか。
和泉は吉原がいるにも関わらず目の前の原稿に必死になっていた。
和泉の趣味も含めて好きになったのだし、理解もするとは思っていたがこういうのは我慢できない。
元々我を押し通す傾向にある吉原にとって、我慢することはあまり得意ではなかった。
せっかく長い道のりを経て恋人同士になったのだ。
思う存分いちゃつきたい。
深い溜め息も宙に紛れ、吉原の退屈さに気付くことなく和泉はただひたすら手を動かし続けていた。
和泉も和泉で己の考えがある。
吉原との時間は大切だ。
だが自由な時間全てを吉原に費やすこともないと思っていた。
趣味は和泉にとっての生き甲斐なのである。
最近、活動を休止していた和泉を見兼ねてネット仲間が合同誌に誘ってくれたのだ。
それも和泉の活動ジャンル。
合同誌は小説オンリーだったが、小説も書いている和泉に支障もないとくれば参加する他ないだろう。
久々の活動と、冬の祭典という大きなイベントの二つで、和泉のテンションは最高潮にあがっていたのであった。
「あ〜もー……えーっと、ここはこーで、え〜? でもそれじゃ」
「……はぁ」
楽しそうにペンを滑らす和泉。
黙って見ているだけの吉原。
先に痺れを切らしたのはもちろん吉原であり、立ち上がると行動に移すことにした。
ここで怒ったふりをして帰ってしまう作戦も良いのだが、如何せん相手は和泉だ。
この状況だと吉原より原稿を優先してしまうだろう。
なのでその作戦は却下して、吉原は本来の目的でもあった行動に移ることにした。
真剣にペンを持つ和泉は吉原が近寄ってきているのにも気付かない。
そのまま二人の距離は0cmになり、吉原は後ろから和泉を優しく抱きしめるとその顔を覗き込んだ。
「構え」
「だ、か、ら、もうちょーっと待って」
「十分待った」
「あ、ちょ、ま……っん」
和泉を大人しくさせる方法など、とっくの昔に学んである。
手で和泉の顔を横に向かせると、小言を紡ぐ唇を塞いだ。
いきなりの口付けに和泉の身体には力が入り、目がきつく閉じられた。
あんなに離そうとしなかったペンも離してしまうほど、和泉は吉原のキスに弱いようだ。
角度を変えながら何度も口付けをしてやれば、頑固な和泉の唇も徐々に甘さを覚えて緩くなっていく。
開いた唇に素早く舌をねじ込ませると、そっと和泉の肩を抱きこんだ。
吉原が舌を蹂躙する度に、静かな部屋にくちゅりと音が響く。
逃げようと必死にもがいても簡単に捕らえられてしまう舌は、己の力だけじゃ動かすこともままならない。
途切れ途切れに息を吐こうものならその息でさえ奪われてしまいそうな激しいキス。
どうやら和泉が思っていた以上に吉原は嫉妬深いらしく、原稿でさえその対象なのだと知ったのであった。
唇が開放されたのはどれくらいあとか、離れていく舌に名残惜しいと思ってしまった和泉は吉原の腕を掴むと顔を伏せ、息を整えた。
「は、っ……ば、か……」
快感を覚えてしまった身体は、このキスだけで十分の刺激になったようだ。
緩くだが自己主張をする自身を思い、和泉は羞恥で死にたくなった。
いつの間にこんな身体になってしまったのだろうか。
もう後戻りできないような気がする。
吉原の告白を受け入れた時点で後戻りなどできないことはわかってはいたことなのだが、いざその現実を目の当たりにすると遣る瀬ないものを感じてしまう。
見てはいないだろうが、きっと吉原は勝ち誇った顔をしているのだろう。
熱くなった吐息を耳元で聞かせ、嫌だと感じるほど艶らしい声で言うのだ。
「ベッド行く?」
こんなに簡単に身体を許した覚えはない。
だけど和泉の思考とは逆に身体は正直で、考える間もなくこくりと頷いた自分が恨めしい。
そのまま抱き上げてもらい、ベッドまで運ばれる。
その距離の長さといったら煩わしいことこの上ない。
和泉はじわじわと増える熱と吉原への想いに、ぎゅっと胸が締め付けられた。
嫌だ嫌だと言っても、嬉しいものだ。
どさりと寝かされる身体。
覆いかぶさってくる吉原。
二つの身体がくっつけば心地が良いのは知っている。
だけど最後の自尊心で和泉はゆっくりと唇と動かすと、小さな釘を刺したのであった。
「最後までは、駄目、だよ!」
「……ムード壊すなよ」
「う、うるさい!」
「でも全然いい。こうやって触れ合えるだけで、いい」
愛しいものを愛でるように、吉原はゆっくりと唇を動かすと少し骨ばった鎖骨に寄せた。
緊張の所為で小さく震える身体も、吉原を受け入れようとする姿勢も、全てが愛しく感じるのだ。
それだけではない。
どんなことをしてもどんなことを言っても、そう思うのだから恋とは末恐ろしいものだ。
和泉の身体を覆うスウェットをまくりあげると、寒さ故に立ち上がった突起に指を這わせた。
他の部分とは違い少し硬度があるそこは感度も良いらしく、触れた途端和泉の身体が小さく跳ねた。
「う、ン……っ」
快感よりは未だくすぐったさの方が勝つのか、もじもじと身体を動かしながら小さく息を吐く。
緩く腰を撫ぜながらきつめに突起を弄り、確実に和泉の熱を上げていった。
「よ、し……っ、きす、して」
「ん」
吉原によって触れられる部分全てが熱くなっていく。
掠めただけの動きにすら、和泉は声を上げてしまうほど敏感になっていた。
だけど開き直って声を出すのはまだ恥ずかしい。
優しく塞がれた唇に安堵すると、ゆっくりと瞼を閉じた。
吉原の指は執拗に突起を弄ることだけに専念し、和泉の突起はあっという間に赤みを増していく。
弄られ過ぎた所為で次第に気持ち良いのか、痒いのか、くすぐったいのか、痛いのか、それさえも麻痺していくようだ。
だけれど下半身にずくりと響くのだから、快感が大きいのだろう。
塞がれていても漏れる声に、和泉の羞恥は益々膨れ上がっていく。
「ン、んっ、ふ……っう」
もっと確実な快感がほしいのに、吉原は与えてくれる素振りも見せない。
突起だけでは足りないのだ。
まだ経験も浅い和泉はダイレクトな刺激でないと、逆に苦しくて仕方がない。
だけどそれを伝える手段の唇は吉原に塞がれ、導くための手は吉原の首に回したままだ。
びくりと身体が跳ねるたびに苦しさも増していく。
気持ち良いのに辛くて仕様がない。
最早なにがなんだかわからなくなって、和泉はぽろりと涙を零した。
「……、蓮?」
「よ、しっ……い、きた、い……」
「いきてえの?」
「うん、……いかせて」
ふるふると震える和泉に吉原は顔を緩ませると、スウェットのズボンをおろした。
本当ならばもっと虐めて、突起でいってしまいそうになるまで焦らしてやろうと思っていたのだが、初心者にはまだ可哀想だ。
それにそんなことをして、触らせてもらえなくなったら本末転倒である。
パンツ越しに自己主張する和泉自身を緩く撫ぜると、身体を起き上がらせた。
「……よっし……?」
「柳星、柳星って呼んでみろよ」
「……柳星」
「あーいい、すっげー興奮する」
「な、なんで」
「特別だから? ま、それはおいといて、蓮、ケツこっちに向けてオレの上乗って」
「……え?」
「舐めてやるから。蓮は手で触ってくれよ、な?」
吉原の言っている言葉を理解した和泉は、いきなり現実に戻ったような気がして慌ててシーツを手繰り寄せた。
初心者の自分にそんな高等な技ができる訳がない。
それにそんなことをされてしまえば、恥ずかしさで死ねるような気がする。
じりじり距離を詰めてくる吉原に抵抗にもならない抵抗をすると、必死で突っぱねた。
「む、無理! 別に舐めなくていーし!」
「なんで」
「なんでも! ほんと! 無理!」
「……ほう」
怪しく光る吉原の瞳。
絶体絶命だ。
そう思った通りシーツを剥がされてしまうと抵抗も虚しく、吉原は暴挙に躍り出た。
シックスナインは諦めたようだが、どうしても自身を口に含みたいらしく、和泉の足を無理矢理開かせると空いた隙間に顔を埋めた。
声を出す間もなくパンツを脱がされ、完全に勃ち上がった自身を舐められる。
吉原の頭を掴む力が抜けて、自分の意思とは反対の甘い声が漏れた。
噛み締める唇、這いずり回る舌。
慣れていない刺激的過ぎる快感に和泉の理性はさらさらと崩れ去っていった。
「あ、あっ……りゅ、せ、だめ……っ!」
早くも限界に達してしまいそうである。
わざと音を立て、強弱をつけて愛撫される自身は鈴口からとろとろと分泌液を垂らすと快感に震えた。
ぞくぞくと背中に駆け上がる感覚。
呼吸すらままならないほどに感じている。
気持ち良すぎる口淫に我慢をしきれなかった和泉は、一際高い声を上げると吉原の口内に白濁色のものを出した。
はあはあ、と荒い息が漏れる。
霞がかった視界の中、徐々にクリアになる意識。
思うのは吉原の口に出してしまったこと。
和泉は声にならない悲鳴をあげると、嬉しそうに舌なめずりをする吉原の髪を引っ張ったのであった。
「いって! なにすんだよ!」
「は、は、はいて! な、なに、飲んでんの! つーか普通、の、のむな……よ」
「だって蓮のだし、な。じゃあ蓮、次オレの番な。ほら、触れよ」
ジーパンから取り出した吉原自身の大きさにまた驚いて、和泉はどきどきしながらもそっと握りこんだ。
どくんと小さく脈打つそれを丁重に扱うと、ゆるゆると上下に動かし始めた。
吉原はそんな和泉の身体をそっと抱き寄せると、胡坐をかいた自身の膝に乗せる。
この体勢には深い意味が二つある。
一つはまた和泉自身が反応を見せ始めたら、直ぐに吉原も触ってあげられる距離だから。
そしてもう一つは、二人が繋がるときまでにしておきたい大事なことだった。
和泉が吉原の自身を触るのに夢中になっているのを良いことに、吉原は空いた手に唾液をつけるとそっと和泉の背中に回した。
固く閉ざした秘部に触れたものは誰一人としていないだろう。
吉原の指はそこをこじ開けるように、優しく触れたのであった。
「っ、ちょ、りゅーせっ!」
「気にしねー気にしねー。ちょっと弄るだけ」
「き、にすっ……うあ、っ……へ、へんっ! い、や……ァ」
ぎちぎちと狭いそこに指一本を挿入させると、軽く上下に動かした。
異物感に慣れないのであろう和泉は眉間に皺を寄せると、唇をきつく噛み締めた。
一本程度では痛みは感じないはずだが、まだ気持ち良くもないはずだ。
前立腺を早めに探し出すことにすると、和泉自身を手で刺激した。
後ろが気になるのかどこか覚束ない手付きだが、そろそろとまた動かし始めるのを見て、吉原も短い吐息を吐く。
どんなに拙い愛撫であろうとも、それが愛しい人からのものだと思えば感じるのだから不思議なものだ。
挿入させた指を巧みに動かしながらも、吉原は和泉の額に口付けを送った。
「蓮」
好きだよ、と飲み込んだ言葉は口に出すことはなかったが、和泉には届いたようで嬉しそうに微笑んだ。
それからやっとの思いで見つけた前立腺を刺激してやれば、大袈裟に跳ねる身体とまた反応を見せた和泉自身。
想像もつかない快感に和泉は痴態を曝け出すと、またもや吉原の手によっていかされてしまったのであった。
吉原自身も和泉の手で達することができたので、非常に満足する二回目の行為となったのである。
ぐったりとベッドに身体を沈ませる和泉の身体を綺麗にしてあげながら、吉原は恥ずかしそうに顔を伏せる和泉の頭を撫ぜる。
他人から見たらどろどろに溶けてしまいそうな甘い雰囲気。
どうやらそれが恥ずかしいらしく、和泉は先ほどから口も聞こうとはしない。
原因は他に二つほど思い当たるのだが、それは気にしないでおこう。
もぞりと身動ぎをする和泉。
吉原が脱がせたまま穿かせてくれないズボン。
それがない所為で少し足が肌寒い。
それをわかっているのか楽しそうに和泉を見つめる吉原。
悔しいがこの男が好きなのだ。
和泉は吉原のペースにはめられていることをわかっていながらも、その思惑通りにしてしまう。
シーツを手繰り、足を隠して吉原にそっと寄り添う和泉に心温かくなった吉原は自分も寝転ぶことに決めるとその身体を抱きこんだまま横になった。
「よっし……?」
「昼寝」
「……俺は眠くない」
「蓮ちょーど良い大きさだし、抱き枕な」
「ちょっと、人の話聞いてる?」
「おやすみ、蓮」
抗議の言葉は吉原の唇に吸い取られ、和泉は仕方なしに目を瞑ると昼寝に付き合ってあげることにした。
そのまま会話をすることもなく、一気に睡眠へと引き摺られる二人。
お互いの体温を感じたまま幸せな眠りにつくと、意識も途切れていったのであった。
その十分後、なにも知らない望月が自主練習から帰り、寝室を見て声にならない悲鳴をあげるのはまだ少し後の話。
そして和泉の部屋に遊びにきた凛を望月が必死に食い止めるのも、もう少し後の話である。