乙男ロード♡俺は腐男子 32
「じゃあ蓮、またお正月にな。あ、なんならクリスマスに帰ってきても良いけど! ま、一ヶ月ちょっと会えないけど、寂しいからって泣くなよ? 涙はそっと取っておくもんだ。……え? 別にお兄ちゃん泣いてねーよ?」
「……早く帰りなよ」
「そう急かすなって! なー蓮ちゃん、ほんとにお兄ちゃん一人で帰すのか?」
「当たり前だろ。帰れよ」
「……冷たい」
「そりゃ二時間もこうしてるんだし、いい加減にしろって話でしょ」
 今日はとうとう凛が自分の学校へと帰る日だった。
 長いようで短かった二週間も過ぎ、茶道の特別講師として滞在していた凛も帰らなければならない。
 朝早くから望月と和泉は凛を見送るために起きて、校門まで見送りにきたのだが肝心の凛はなかなか帰ろうとしなかった。
 かれこれ二時間はこうやって帰りたくないと言うのだ。
 流石の和泉もそろそろ疲れてきたようで、凛とのやり取りに疲弊してきている。 望月は望月でにこにこ笑いながらずっと立っているだけだ。
 和泉は再度溜め息を吐くと、ぐだぐだ言い続ける凛の髪を引っ張った。
「もう、お正月には帰るからさっさと行きなって」
「……クリスマスは?」
「それは、ちょっと……用事あるし」
「……吉原」
「……まあ、うん」
「認めた訳じゃねーけど、……ま、あれだ、吉原にまたなって言っとけ」
「わかった」
「じゃあ、ほんとに帰ろうかな。あ、柚斗、世話んなったな! またお正月にな!」
 凛は重い腰を上げることにすると、和泉の頬にキスをしてからずっと待たしてあったタクシーに乗り込んだ。
 鮮やかな銀色の髪が遠ざかっていく。 物陰からそっと覗いている凛のファンらしき人は、すすり泣いていた。
 なんだか寂しいような気もするが、ほっとしたのも事実だ。
 和泉はタクシーを目で追っている望月の手を引くと、ゆっくりと足を進めた。
「柚斗、ちょっと寂しい?」
「んー? あ〜寂しいつーか、なんつーか、ま、ちょっと気が楽んなった」
「なにそれ」
「ほらお前らの監視頼まれてたんだけど、それなくなったしな」
「あー……なんかごめんね」
「別に気にすんなって。それより、今日はどーすんだ?」
「柚斗といちゃいちゃする予定!」
「……つまりは原稿手伝えってことか」
「……えへ」
 寒さが厳しい季節といえども、太陽がある日中は少し暖かい。
 良い天気の中、二人は部屋に篭って紙と睨めっこしなくてはいけないのだ。
 どちらかというとアウトドア派な望月にとっては残念な土曜日といえるが、困っている和泉を見れば助けてあげたくなるのも本音。
 仕方なくといった風に肩を竦めると、二人は部屋へと向かって歩くのだった。
 本日は風紀委員も生徒会も所用があるとかで忙しく走り回っている。 一般生徒にはあまり関係ないのだが、風紀委員や生徒会は年末に向けて多忙を極めるという。
 そのため会う時間も減るのだが、夜までは影響しないので然程問題もない。
 和泉は今の間に思う存分原稿を書くことに決めていた。
 浮かれ気分で部屋へと戻れば、部屋の前に小さな姿。 吉原の従弟でもある竜也が、ちょこんと腰をおろして座っていた。
 その姿にどきりとしたのは和泉である。
 望月にはまだ言ってなかったが、少し厄介なことになっているのだ。 できれば顔を合わせたくないと思っていたのだが、どうやら向こうから会いにきたようである。
 無視ができれば一番良いのだが、如何せん扉の前に座っているので無視をすることもままならない。
 少しテンションが下がった和泉だったが、意を決して竜也の前に立つと声をかけた。
「あの、なにか用?」
「おそーい! 僕ずっと待ってたんですよ!」
「知らないよ」
「っ、和泉先輩! 僕と勝負してください!」
「全力で断る! ほら、さっさとどいて」
「え、あ……ちょっと!」
 きゃんきゃんと吠える竜也を無視して、和泉は無理矢理扉を開けると中へと入っていった。
 そんな和泉の態度に竜也は呆然と立ち尽くす。 意気込んできたものは良いものの、相手にされなければ意味がない。
 しかし閉じた扉を開いて中に入るのは躊躇われる。
 どうしようか、と悩む竜也を見かねて、中に入っていなかった望月は声をかけることにした。
「……伝言あるんなら聞くけど」
「あ、望月先輩!」
「蓮に用事だろ? 吉原先輩のこと?」
「……中に入って良いですか?」
「さあ? 蓮に聞けよ」
「話聞いてください!」
「……なに」
 関係ないはずなのに、どうやら巻き込まれてしまったようだ。
 目の前で熱心に話し出す竜也の旋毛を見ながら、望月はぼんやりと考えていた。
 和泉や凛に聞いた話ではおっとりとしているとのことだったが、いざ話してみるとそうでもない。 どちらかというと元気で少し我儘な気があるように感じられる。
 だから水島が気に入るのかもしれないが、望月には本当にどうでも良いことだ。
 和泉が危険に晒されるのであれば望月もどうにかするが、竜也は和泉に危害を加えるつもりはないらしい。
 それにそんなことなどできないだろう。 ただ兄のように慕っていた吉原が他人に取られるのが嫌なだけなのだ。
 見た目もそうだが、性格もまだまだ子供のようだ。
 半分聞き流していたが、竜也の吉原に対する想いが強いことだけはわかった。
 望月は軽く息を吐くと、未だに喋り続ける竜也の口を手で塞いだ。
「要するに、寂しいってことだろ?」
「……はい」
「祝ってやりゃー良いじゃん。吉原先輩がお前を嫌いになった訳でもねーんだし」
「で、でも」
「俺だってずっと一緒にいた蓮が吉原先輩と付き合ってちょっと寂しいって思ったりもしたけど、さ。でもそれで蓮が離れていった訳でもないし、……そういうもんだろ」
「そ、うですけど、でも僕、もうすぐ帰んなきゃなんないし……話、ぐらい、したいんです!」
「帰んの?」
「当たり前でしょう、だって僕まだ中等部ですよ? いくら颯に頼んでもそうそう長くはいられないんです」
「へー無期限かと思ってた」
「だから最後に勝負するんです! んで、僕が負けたら素直に認めるって決めたんです!」
「蓮が負けたら?」
「認めません!」
「……つーか勝負ってなにすんの」
「え? あ、……じゃんけんですかね?」
 駄目だこいつ。 望月は額に手を当てて空を仰いだ。
 こういうタイプは外部者がなにを言っても聞きはしないだろう。
 和泉と話し合うだけで解決しそうな問題なのだが、肝心の和泉は話をする気すらないのだ。
 コンプレックスを刺激されるのが嫌だという理由もあるが、ただ単に気に食わないのだろう。
 だがそれを竜也に言ってしまうのはどうも気が引けるし、一体どうしたものだか。
 暫く悩んだ望月だが、これといって良い具体案はなにも浮かばない。 そうこうしている内に痺れを切らしたのか、竜也は強硬手段に出ることにすると扉へと手をかけた。
 それを止めることすら億劫だ。
 望月は原稿のことだけを考えながら、勢い良く中に入っていった竜也の後を追う形で部屋へと入室した。
 和泉は望月が部屋に入ってこないことを心配している様子もなく、必死な形相で紙に向かっていた。 どうやら本気で締め切りが迫っているらしい。
 冬の祭典が一月に行われるのだが、現在は十一月の末。
 合同誌の小説は書きあがったみたいだが、また別の合同誌のお誘いがあったらしくそれを受け入れてしまったのだ。
 絶対に締め切りは厳守なので、ハードなことこの上ない。 なんとしてでも書き上げなくてはならないため、竜也が和泉の目の前に立っても和泉は頑として反応を見せなかった。
「ちょっと和泉先輩! 話あるんですけど!」
「煩い! リアルに時間ないんだよ! 話してる暇があるんならあんたも手伝って!」
「え?」
「柚斗! 締め切り明日だった! まじやべー! ちなみに原稿は出来上がってるから、後はペン入れとかしなきゃなんないの!」
「お? じゃあ楽勝じゃん」
「言っておくけど、50P! で、表紙も描くことになったから、表紙は色塗りしなきゃなんない!」
「……え? いけんの、それ」
「いけんのじゃなくて、いかせなきゃなんないんだってば! ほら、さっさと手伝う! あんたもぼさっとしてる暇あるんならベタ塗りでもしろ!」
 原稿途中の和泉は人が変わる。 それを知らなかった竜也はおろおろと視線をさ迷わせるが、強い口調で命令されてしまっては手伝う外なかった。
 訳がわからないまま椅子に腰をおろし、望月に手渡された紙を見て絶句した。
 紙の上では吉原と水島が絡み合っているではないか。
 驚きで頭が真っ白になった竜也は助けを求める表情で望月を見るが、望月も望月で真剣になって紙にペンを入れていた。
 現状が把握できない。 ベタ塗りを命令された竜也だったが、やったことがないためやり方がわからないのだ。
 だが今の状況でやり方を聞いても、教えてもらえるとも思わない。
 仕方なく望月の見よう見まねでゆっくりと筆を取ると、指定された場所に墨を塗っていくのだった。

 それからどれだけ経ったのだろうか。 明るかった外もすっかりと暗くなり、指は腱鞘炎になりそうなほど痛い。
 会話一つない部屋でずっとペンを握っていた竜也は気が狂いそうになっていた。
 お腹も減ったし、紙では吉原と水島が絡み合っているし、やり方は全くわからないし、帰りたくても帰れる雰囲気ではない。
 今が何時か調べるのも躊躇われる雰囲気だ。
 泣きそうになりながらもまた筆を手に取った瞬間、和泉と望月は同時に声を上げ立ち上がった。
「いよっしゃー! 終わった! 間に合った!」
「後はPCに取り入れてデータ送るだけか?」
「そう! それだけ! 印刷会社関係は主催者がやってくれるって!」
「おーお疲れ様! あー……疲れた、目ぇ痛てぇ」
「もー駄目だ、眠い」
「ん、寝るか? 飯は?」
「いらな」
「ちょっと! 僕のこと忘れてないですか!?」
 竜也が発した声に和泉と望月は同時に反応をすると、あ、と口を開いた。
 そういえば竜也も原稿を手伝っていたのだ。
 余り役にたったとは言えないが、こんな時間まで手伝ってくれたのである。 礼ぐらいは言わなければならない。
 和泉は簡潔に礼を言うと、大きく伸びをした。
「つーか、なんでいるんだっけ?」
「もー! 聞きたいことや知りたいことが増えたんですけど!」
「……明日にしてくんない? まじ眠い」
「え? ちょっとちょっと、待ってください! 僕、お腹減りました!」
「よっしーなりかいちょーなりに作ってもらえば良いじゃん、もう俺寝たい」
「……だって、もう、十二時ですよ?」
「まじ? あ、ほんとだ、時間経つの早いなあ」
「じゃなくって! 話を聞いてくださいよ、ほんとに!」
「……まあ、明日ゆっくり話そう。俺は寝る! ほんとに寝る! おやすみ!」
 言うが早いか蓮は走って自室へと入っていってしまった。
 またしても望月と竜也は二人きりにされてしまったのである。
 肩をぼきぼきと鳴らしている望月はなんだか竜也が可哀想に思えてきたので、ご飯を作ってやることにした。
 不可抗力だといえども、こんな時間まで関係のない和泉の原稿を手伝ってくれたのだ。 それは事実なのでなにかしら礼はした方が良いのだろう。
 説明をしてないので、望月から説明しておけば明日和泉と話すときに話がずれることもないはずだ。
 望月は竜也をソファに座らせると、キッチンへと立った。
「わりーな、今日は泊まっていけよ」
「……い、いいんですか?」
「まーな。こんな時間だし」
「っていうか、さっきのあれなんですか?」
「んー……説明すると長くなっから割愛するな、まー漫画だ」
「それぐらいわかってます! 颯と柳星がっ……じゃないですか」
「一応、本人たちも知ってるし、吉原先輩はそれ含めて好きになった、らしいぜ。物好きだよな」
「……そ、そうなんですか?」
「そうそう、なんだかんだ言って付き合うまで長かったしなあ。半年ぐらいかかったと思うぜ」
「片思いしてたんですか?」
「おー、吉原先輩がな。猛アタックの末、くっついたって感じ」
「……柳星が片思い」
「凄かったぜ、あれは。っと、はい、柚斗特製炒飯の出来上がり! わりーな、簡単なやつで。ほら、熱いうちに食え」
 竜也の目の前に置かれたのは望月お手製の炒飯だ。 調理時間は短いが、和泉が絶賛するほど美味しい炒飯だった。
 ほかほかと湯気をたてている炒飯を見ながら、竜也は段々と自分の中で処理ができるようになっていた。
 確かにここ数日はずっと思い悩んでいたことだが、吉原がこれといって変わった訳でもない。
 それにこんな自分に優しくしてくれる望月が親友だと言う相手なのだ。 完全にとは言わないが認めても良いと思う。
 竜也は炒飯を一口一口噛み締めながら、そっと吉原へと想いを馳せた。
「美味しかったです。ありがとうございます」
「おー良いって、蓮の原稿手伝ってくれたお礼だと思って、な?」
「……望月先輩って、ちょっと変な人ですね。颯も言ってました」
「変な人って」
「和泉蓮先輩に凄く甘いって」
「あーね、それは違いない」
「……知ろうとしないだけで、和泉先輩には魅力があるんですね。羨ましいなあ」
「でも蓮はお前が羨ましいって言ってたぜ。人間ってそういうもんだろ。自分にないものが良く見えたりするけど、本当は自分が持ってるものの方が良かったりするもんだ」
「……そう、だったら、良いですね」
 ちくちくと鳴る時計の針の音。
 壁一枚隔てた奥で熟睡している和泉を放って、望月と竜也は朝日が昇るまで話し合っていた。
 竜也は望月を通して、吉原が和泉に惹かれた理由を漠然と感じていた。
 そして心に決めたのは、明日和泉とゆっくり話し合うこと。 もう反対はしないけれど、やっぱり和泉という人と一度ぐらい話をしてみたい。
 竜也が尊敬してやまない吉原が付き合っている人だ。 どんな人か知るぐらいの権利はあるだろう。
 徐々に重たくなる瞼。 心地良い望月の声によって竜也は夢の中へと入っていくのだった。
 そして望月は和泉がやり忘れていた原稿をデータにして送るという作業を、慌ててするのだった。