朝、けたたましい音に起こされた和泉は飛び起きるとその音の正体を掴んだ。
未だ鳴り続ける携帯は和泉のもので、画面には吉原の文字。
いらっとしたものを抱えながら受信メールを開くとそこにはおはよう、の文字が並べてあった。
「……うざ」
疲労困憊していた身体は未だ睡眠を要求しているのに、気持ちの良いところで起こされてしまった。
寝起きの悪い和泉にとっては、睡眠妨害をしたのがいくら恋人であろうと容赦はしない。
取り敢えず思いつくだけの罵詈雑言を素早く打つと、またベッドに潜り込んだ。
何時間でも寝られるというのは素晴らしいことだ。
夢よこんにちは、の状態になりかけたとき、またしても和泉の睡眠は妨害されたのであった。
シャッとカーテンの開く音が響き、部屋には清々しい朝の光が差し込む。
寝不足の和泉にとってその光は凶器そのもので、ずきんと痛む目を押さえると、ううんと唸った。
「ちょ、ちょっとタンマ……カーテン閉めて」
「和泉先輩! 朝です! さ、早く起きてください! 今日は約束通り話をするんですよ!」
「はー!? 朝じゃん朝でしょ! 朝は寝るんだよ! 辞書にも朝は睡眠をしますって書いてるでしょ常識じゃん! 眠いんだって寝させてよ!」
「望月先輩も起きててご飯作ってますよ。ほら、早く行きましょう」
「ちょー……勘弁して!」
うだうだと布団にくるまる和泉を見て、竜也は容赦なしに布団を剥がすと和泉の腕を引っ張ってリビングへと連れて行った。
ふらふらと覚束ない足取りの和泉は抵抗らしい抵抗ができるはずもなく、ただ引かれるがままリビングへと行く。
昨日とキャラが変わっているのは気の所為だろうか。
いや、明らかに変わっている。
こんなことになるのなら話をするなんて約束しなければ良かった。
そう後悔するものの既に遅く、リビングには和泉より寝ていないはずの望月が爽やかな笑顔で朝食を作っていた。
「お、蓮、おはよう! お前原稿送んの忘れてただろ? まあ、送っといたけどよ」
「あ、ありがと……」
「ご飯よそってやるから座っとけ」
「望月先輩、僕も手伝います」
「おー助かる」
ここはどこだろうか、はて、と首を傾げる和泉。
目の前には爽やかな望月と楽しそうな竜也が、きゃっきゃきゃっきゃと元気に騒ぎながら朝食の用意をしているではないか。
一体和泉が寝てからなにがあったのだろうか。
寝不足な上に寝起きの和泉の頭では上手く考えることもできず、ただぼんやりと視線を彷徨わせていた。
「はい、和泉先輩の分です」
「はぁ」
「食べながら言いますね、あの、僕、今日帰ろうと思うんです」
「ふぅん」
「あ、一応昨日外泊したことや帰ることは颯と柳星に言ったんですけど、詳しく言ってないから後々聞かれるかもしれないです」
「へぇ」
「で、本題なんですけどね! 僕、……一応、認めます。というか、考えたんですけど、柳星が幸せなら良いかなって思うんです。和泉先輩も悪い人じゃなさそうだし……これから知れたら良いなって」
「ほぉ」
「って聞いてます!?」
うつらうつらと頭を上下に揺らしながら気のない返事をする和泉。
ご飯は辛うじて口にしているようだが、ぼろぼろと零している。
そんな和泉を見兼ねてか、望月がせっせと零したご飯を拾ったり、和泉の口についたソースを拭ったり、食べさせたりしているではないか。
本当に昨日からずっと思っていたことなのだが、和泉という人物像が未だに掴めなくて竜也は困惑していた。
第一印象は可愛らしいお人形さんのような人だった。
次に会ったときは吉原の作ったフレンチトーストを一緒に食べた。
あんまり喋らなかったけど、人見知りするのかな、としか思っていなかった。
その後に吉原と付き合っていると聞かされて、嫉妬もしたけれど、時間が経つにつれ自分の中で冷静に物事を考えられるようになっていた。
だから話をしようと昨日会いにいったのだが、無視をされ、勇気を出して中に入れば話をする暇も与えてもらえずに原稿を手伝わされた。
原稿が終わったと思えば寝てしまい、今は話を聞いているのかいないかもわからない状態だ。
一体なにを考えているのか全く持って理解がしがたい。
悪い人ではないのだろうけれど、話ぐらい聞いてくれても良いだろう。
和泉の代わりに謝罪のポーズを取る望月に毒気を抜かれて、竜也は溜め息を吐くと箸を持った。
「わりーな、蓮寝起き悪いんだ」
「……でしょうね」
「でも悪い奴じゃないんだぜ。ちょっと素直になれないだけだ。きっとお前のことも受け入れてるからさ」
「……はい」
それから望月は和泉の世話をしながらご飯を食べ、竜也も出されたご飯全てを平らげた。
軽く談笑をしてから立ち上がると竜也は帰る準備をした。
今から水島と吉原のところに寄って荷物整理をしてから中等部に帰るのだ。
あんまり和泉と分かり合えた気はしないが、まだ時間はたくさんあるので次の機会でも良いだろう。
吉原と和泉が付き合うまで長かったように、和泉と竜也もゆっくりと時間をかけて仲良くなれたら良い。
和泉を抱き抱えたまま玄関まで送ってくれた望月に軽く会釈をすると、竜也は口を開いた。
「ありがとうございました」
「おう、また遊びにこいよ。あ、原稿中は厄介だからやめとけよ」
「はい! じゃあまたきますね!」
荷物を持ち、玄関の扉を開く。
少し肌寒い空気が流れ込んできたのを肌で感じながら、竜也は一歩踏み出した。
そんな中、小さく聞こえた和泉の言葉。
「……またね」
竜也は自然と頬が緩むのを感じて、小さな声ではい、と返事をした。
バタンと閉じる扉。
望月は耳まで赤くなっている和泉を見て溜め息を吐くと頭を撫ぜた。
最初から素直になれば良いものを。
だがそこが和泉らしいところでもあり、可愛いところでもあるのだ。
すっかり目を覚ました和泉を床におろすと、恥ずかしげに横を向く頬にゆっくりと指を這わせた。
「蓮、成長したな」
「うっさい!」
「お礼言えるようになったんだな〜偉い偉い」
「ちょ、身長縮むからやめてってば!」
「んー次きたときは三人でゆっくり喋ろうな」
「……うん」
珍しく可愛く見えた和泉に内心でれっとした望月は、思う存分和泉の身体を抱きしめた。
自分の子供にしては大きすぎるが、子供の成長を実感する気持ちはこんなものなのだろう。
吉原に出会ってからの和泉は日々成長をしている。
それが少し寂しく感じるときもあるが、感謝しているところも大きい。
取り敢えずは竜也の件も解決したところだし原稿も終わった。
望月はいろんなものから開放された気がして大きく伸びをした。
だが望月と和泉のほのぼのとした朝など稀に等しく、扉を蹴破る勢いで進入してきた吉原を見てがくっと肩を落とす望月だったのである。
突然の侵入者に驚いたのは望月だけで、和泉は薄々吉原が尋ねにくるだろうとは思っていた。
普段、吉原からのメールに返事はしない。
それは付き合う前も付き合った後も変わることはなかった。
元々メール不精な性格だったので取り留めて連絡する必要もないだろうと思っていたからだ。
だが今朝だけは気まぐれにメールを返信した。
もちろん普通の返事ではなく、罵詈雑言だらけのメールだったが。
ぼんやりと吉原を見る和泉に、関わりたくないといった風にリビングに非難する望月。
そして吉原は焦った表情で和泉の肩を掴んだ。
「蓮! 貴様あのメールはなんだ! オレ様からもらったメールにあの返事はないだろーが!」
「……つーか前から思ってたんだけどさ、いい加減オレ様って言うのやめたら?」
「これはオレ様のトレードマークだな!」
「……なんかいろいろと違うと思うんだけど。まあ、それ次言ったら口聞かないから」
「……え」
「……よっしー、おはよ」
どうしよう、と少し泣きそうな表情になる吉原が可愛くて和泉は微笑むと吉原にメールの返事を口で伝えた。
近くにいるのだから携帯に頼らなくとも口で伝えたら良い。
にこにこと上機嫌になった和泉に吉原の頬がだらしなく緩むと、そのまま小さな身体を抱きしめた。
日に日に好きという気持ちが大きくなっているような気がする。
100%の好きだった気持ちも、ずっと前から100%を超えて上限が見えない状態だ。
溢れ出した想いを行動で示したくて、吉原は唇を和泉の額に落とし、頬、鼻、目といった風に顔中に口付けを送った。
くすぐったそうに目を細める和泉は嫌がる素振りも見せない。
時折はにかむ顔が可愛いて、吉原はきゅんと胸をならした。
いちゃいちゃといった表現がぴったり合うことを平然と玄関で行う二人に、痺れを切らしたのか望月が扉から顔を覗かせて口を挟んだ。
「いちゃつくのは結構なんだけど、さ。違うとこでやってくんねー?」
びくりと肩を震わせる和泉。
そのままぎこちなく望月の方に首を向かせると、声にならない悲鳴をあげた。
和泉が覚えた教訓は一つ。
素直になるのもたまには悪くないが、時と場所を選びましょう。
そのまま二人は逃げるようにして部屋を出ると、吉原に案内されて生徒会室に向かった。
竜也が帰るので最後に挨拶をするとのことだった。
和泉と竜也が一晩一緒にいたことを吉原は既に知っていたようで、詳細を聞くために根掘り葉掘りと質問した。
隠すようなことなどなにもないので、吉原に聞かれるまま全てを話しながら二人は生徒会室へと入る。
そこでまた水島からの質問攻めだ。
竜也に対して過保護なのは大いに結構なのだが、あらぬ疑いをかけられては正直に話すのも気が引ける。
嘘八百を並べる和泉に血の気が引いていく水島。
そんな二人を止めたのは話題の渦中でもある竜也であり、詳しく説明しなおしたのも竜也だった。
凛同様、急にやってきて急に帰っていく姿はまるで台風のようだ。
来年は高等部にやってくることもあってか、竜也は嬉しそうに手を振ると中等部へと帰っていったのだった。
それから和泉はぐったりとした様子の水島を、散々口で弄り倒す。
そうすれば満足したのか、すっかりご機嫌になって水島に淹れさせた珈琲を飲み出した。
水島は水島で和泉から離れたい。
吉原は吉原で和泉と二人きりになりたい。
二人の違った思考も結果は一つ。
目で合図をすると吉原は和泉を抱き抱え、和泉が口を開く前に生徒会室からさっさと退出したのであった。
「ちょ、ちょっと! よっしーどこ行くの!?」
「ん? オレの部屋」
「え? 風紀委員室じゃないの?」
「おう、だってそこじゃできないだろ?」
「……できない?」
「だって朝からずっとむらむらしてんだよ。蓮可愛かったし、あーやっべ勃ったーって思ったんだよな」
「なっ……!」
「わかってるって、最後まではしねーから」
「そ、そういう問題じゃない!」
ぎゃあぎゃあと喚く和泉を無視して吉原は自室へと戻ると、一直線に寝室へと向かいベッドに和泉をおろした。
ここまでくれば後は簡単だ。
なんだかんだ言いつつ和泉も受け入れてくれるのだし、たまには強引にいかないとヘタレだと認定されてしまう。
ただでさえ最近水島を始めとした生徒会のメンバーにヘタレだと連呼されていたので、吉原は汚名返上を図ろうとしていたのだ。
手際良く和泉の衣服を脱がせ、白い肌に舌を這わせようとした瞬間、まさかの和泉からストップがかかった。
表情を見れば真剣そのもの。
準備万端だった自身に少し我慢をしてもらうことにすると、吉原は眉間に皺を寄せたまま口を開いた。
「なに、待ったなし」
「そ、そうじゃなくて……するのは、……良いけど、……昨日、原稿、してて、徹夜で、……その、お風呂入ってないから、……お風呂、入りたい……」
消えそうな声で顔を真っ赤にしながらそういう和泉。
ドストライクに下半身にきた吉原は、我慢しきれずに和泉を抱きしめるとそのまま立ち上がった。
「よ、よっし?」
「一緒に入ろうぜ」
「む、むり! 明るいし! 恥ずかしいじゃん!」
「減るもんじゃねーし良いだろ」
「絶対なんか減る!」
嫌だ嫌だと暴れだす和泉を落とさないように抱き抱えながら、吉原は浴室へと向かった。
吉原はこう見えて結構良い家庭の育ちで、この水島デルモンテ学園もほどほどのお金持ち学園である。
その上、選ばれた人しか入れないといわれている生徒会と風紀委員に入っていた。
もちろんそれだけでなく、最高ポジションにもついているのだ。
オプションは授業免除だけでなく、寮の豪華設備など。
基本二人一部屋なのだが、そのオプションのお陰で吉原は一般寮とは違う寮で一人部屋を満喫していたのだった。
この一人部屋、部屋が広いだけでなくベッドも大きい。
そして浴室も例外なく大きいのだ。
なにが言いたいのかと言うと、男二人で入っても余裕でゆったりとできるのだ。
脱衣所に和泉を連れて行くと、手際良く見につけているもの全てを剥ぎ取り、浴室へと押し込んだ。
ふんふんと鼻歌を口ずさみながら吉原も裸になると、和泉がいる浴室へと足を踏み入れる。
「……そんなに恥ずかしいのかよ」
「だ、だって」
「取って食わねーからこっちこい」
「絶対いや!」
浴室の隅っこに三角座りする和泉を無理矢理引っ張ると椅子に座らせ、吉原も予備として置いてあった椅子に座った。
和泉は観念したのか恥ずかしそうにしながらも抵抗をする気はなさそうだ。
そのまま吉原はシャワーを出すと、和泉の頭にかけた。
「わ、ぷ」
「頭洗ってやるよ」
「身体は自分でするから!」
「はいはい」
指通りの良い和泉の髪も、水分を含めばしっとりと肌に吸い付くように張り付く。
後ろから見る和泉の白い肌。
項に黒い髪が映えて吉原はさきほどよりむらむらとしていた。
このままこの項に吸い付いたら怒るのだろうな、と思いながらも欲求には勝つことができず、シャワーを止めると身体が動くままに項へと舌を這わせた。
「っあ……よ、っし!」
「ごめん、……続きは後でな」
「ちょっとその言い方じゃ俺が強請ってるみたいじゃんか!」
「気にすんな。おらシャンプーするから目ぇ瞑れ」
「気にするっての!」
悪態をつきながらも言われた通りに目を瞑る和泉を見ながら、一体いつになったら慣れるのだろうかとぼんやりと思った。
まず慣れるより先に繋がたいのが本音だが、和泉ができるようになるまで待つと言った手前手を出すことができない。
触りあいっこできるだけでも十分だ。
そう自分に言い聞かせながら吉原は欲求を抑えて和泉の頭を洗うのだった。