乙男ロード♡俺は腐男子 35
「ゆ、柚斗……お、俺に、教えて!」
「……良いけど」
「はじめてなんだ! やり方とか、良くわかんなくて……」
「……途中でやめるってのはなしだぜ?」
「わかってる。覚悟の上で、……お願い」
「……っ、俺の部屋でいかがわしい会話をするんじゃない! 和泉君、それに望月君まで! 俺の部屋は溜まり場ではないと言っているだろう!」
 金曜日が終わり、土曜日がやってきた。 授業がない週末に生徒は部活やら遊びやらで、各々のやりたいことを満喫していた。
 だが例外もある。 生徒会と風紀委員はイベントの準備などに追われているのだ。
 生徒会長である水島も本来ならば忙しく駆け回っているはずなのだが、自室で足止めを食らっていた。
 快眠を貪っていたのだがチャイムで無理に起こされ、水島が仕方なく起き上がり扉を開くと、そこには和泉が立っていたのだ。
 基本的に寝起きの悪い水島はそれをはっきりと理解することをせずに部屋へ招きいれ、再びベッドへと潜り込んでしまった。
 二度寝をすれば黒川に叱られるのだが、如何せん最近はろくに睡眠もとっていない。 少しぐらい遅刻しても罰は当らないだろう、と思い水島はつい寝てしまったのだ。
 部屋に入ってきた和泉のことなどすっかり忘れ、気がつけば大きな物音で再び起こされる始末。
 がばっと上体を起こし、はっきりと覚醒をした水島は物音がした部屋へと行くと、ぐちゃぐちゃに荒らされたキッチンと唖然とした表情の和泉。 そして気まずそうに水島の部屋へと入ってくる望月がいたのだった。
 そして話は冒頭へと戻る。
 簡単に今の状況を説明すると、和泉が料理をして失敗したのだ。 なにしろ料理をしたことがない和泉は、今回の料理が初めてといえる。
 自室のキッチンに入ると望月に怒られるため、自室以外の練習の場がほしかった。 そこで思いついたのが水島の部屋だったのだ。
 思い立ったら吉日、といわんばかりに水島の部屋へとお邪魔し、料理の練習をすることにした。
 だが天才でもない限り、初めての料理をレシピなしにすれば失敗はするもの。
 基本的に不器用な和泉はキッチンを荒らしながら、失敗した料理を呆然と見つめていたのだった。
 そこで助けを呼んだのが望月。 水島の部屋へと呼ばれ、部屋に入ってみれば荒らされたキッチンに佇む和泉の姿と水島の姿。
 聞かなくてもわかってしまった状況に溜め息を吐くと、どうしようかと視線を彷徨わせた。
 小さくなにかを呟く和泉。 聞き返せば巻頭の言葉を言い、望月もそれに対する返事をし、水島が大声を上げて怒ったのだった。
「何故に俺の部屋で練習をする!」
「え〜だって〜ねぇ?」
「あーもう良いもう良い! 和泉君に言葉が通じないことはわかっている! わかった! そうわかった! だが俺も忙しい、帰ってくれないか?」
「無理! 料理覚えるまでは帰らない! それにかいちょーが味見係なんだから!」
「……どうして俺を巻き込むんだ!」
「まあまあ、気にしない、ね? あ、で、どうやって料理したらいーの?」
「つーか蓮、そもそもなんで料理なんかしたいんだよ? 晩飯なら俺が作ってるだろ」
「……う、うん。ちょっと、……覚えたいなぁって。あ! 別によっしーにあげるとかじゃないよ! 自分で食べる用にさ!」
 わかりやすい、と思ったのは水島も望月も同様だった。
 少し照れた表情で手をぶんぶんと振る和泉の姿は完全に恋する乙女のようだ。 微笑ましいといった表情で和泉を見つめる望月とは違い、水島はどこか遠い目をして和泉を見つめていた。
 水島の親友でもある吉原と和泉が付き合いだしてからどれぐらい経つのだろうか。
 ゆっくりしながらも進展をしている二人を物陰から応援してきた。 だが、いつだって和泉になにかしら巻き込まれてきたような気がしていたのだ。
 水島にとって和泉の存在とはなんなのだろうか。 顔だけはタイプなのだが、性格が受け止められる範疇ではない。
 和泉に関わるとろくなことにならないと学習しているはずなのに、それを断ることもできず、今に至っている。
 望月と和泉、二人仲良くキッチンに入っていく様を見ながら、ソファへと腰をおろした。
 やる気が一気になくなってしまった。
 今更この部屋から出て行け、とも言えずに水島は頭を抱えると黒川へと連絡をした。
 どの道、和泉に巻き込まれた時点で水島の意見がまかり通ることなどないのだ。
 諦めにも似た思いでただただ水島の冷蔵庫を漁る和泉を見るのだった。

 それからどれぐらい時間が経ったのだろうか。
 望月が手伝ったお陰か少し見栄えは悪いものの、きちんと料理という原型を留めていた。
 最初に和泉が作った料理とは思えない物体よりも上達していたのだ。
 ほう、と感嘆の声を上げる水島に、和泉は詰め寄るときらきらとした表情で見つめた。
「かいちょー! 味見して?」
「……ああ」
「柚斗が手伝ってくれたから、その、変な味はしないと思うんだけど」
「じゃあ頂くことにしよう」
 箸を手に取れば、ごくりと喉を鳴らす和泉。 望月はキッチンの片づけをしながらもそんな和泉を見つめている。
 二人の視線を感じながらも、水島は少し茶色い卵焼きを口に含んだ。
 荒熱が冷めていない卵焼きからは、ほんのりと甘い味がして、少し苦味を感じるものの美味しいものだった。
 何度か咀嚼をして飲み込めば、ずいっと顔を近づけてくる和泉。 それに少し吃驚しながらも、水島は思ったことをそのまま口にした。
「まあ、美味しい方だな」
「……な、なんか微妙〜」
「和泉君、料理とは味も大事だが心も大事なのだ。和泉君が本当に柳星に食べてもらいたいと思いながら作った料理であれば、柳星にとってそれは一番美味しく感じられる料理になるだろう」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ。料理が上手いことにこしたことはないが、きちんと心を込めて作ったものはどんなものでも美味しいものだよ。まあ、例外もあるだろうがこれなら大丈夫だろう」
「そっか……って、別によっしーにはあげるって言ってないし!」
「はは、そういうことにしておこう」
 頬を赤らめさせながらぎゃあぎゃあと騒ぐ和泉の声をBGMにしながら、水島は出された料理を全て平らげた。
 他人の手料理を食べるのはいつ振りだろうか。 食堂も手作りなのだが、それとはまた違うもの。 相手が誰であろうと手料理というものは心が温かくなるものだ。
 水島は満足気にお腹を撫ぜると、和泉の頭へと手を置いた。
「和泉君、ありがとう。勝手に冷蔵庫を漁ってキッチンを荒らしたことは頂けないが料理は美味しかった」
「……かいちょーが変」
「……こほん。まあ、という訳だ。俺はそろそろ部屋を出て行かなくてはならないので、和泉君も部屋に帰りたまえ」
「は〜い。じゃあ、柚斗、帰ろ!」
「おー。あ、水島先輩、なんかすみません。キッチンの方、一応片付けしときましたんで」
「ああ、感謝する」
「では。うちの蓮がお世話になりました」
 望月は行儀良く頭を下げながら、ちょこまかと動き回る和泉の手を引き部屋を退出していった。
 ぼんやりとしながらその様子を見ていた水島だったが、はっと意識を戻すと慌てて制服へと着替え、生徒会室へと向かうのだった。
 一悶着あった所為で忘れていたが、本日もイベントの準備で追われるのだ。
 遅刻気味で生徒会室に入る水島を、慌しく駆け回る生徒会員が向かい入れた。 それを見て、水島も急いで仕事へと取り掛かるのだった。

 どれぐらい集中をしていたのだろうか。 ふと空腹を感じ、顔をあげた水島の目に映るのは2という文字を指した時計の短針。
 短く息を吐き、伸びをすると昼休憩を取ることにした。
 生憎仕事で飛び回っているのか、昼休憩に行っているのか、生徒会室には水島しかいない。
 吉原でも誘うかな、と思いながら腰をあげた水島は携帯と財布をポケットに入れると生徒会室を出たのだった。
 休日故にしん、とした廊下を歩き、風紀委員室に向かう水島。 隣接しているようで隣接していない距離に煩わしさを感じながらも、大きな扉を軽く叩き、中へと足を踏み入れた。
「……は、やて?」
「柳星、元気ないようだがなにかあったのか?」
「いや、なにかあったっつーか……疲れた」
「ああ、……そうだな。俺も気が滅入りそうだ」
「……つーかなに」
「昼飯は食ったか? 食ってないなら一緒にどうだ、と思ってな」
「おーまだ食ってねぇ」
「丁度良いな。それよりいつも一緒にいる神谷と森屋はどうした?」
「あいつら揃って風邪引いてやがんだよ。ったく、こんな田舎の寒い夜に二人で手合わせしてたんだよと。信じらんねぇっつの!」
「相変わらずだな」
 生き生きとした表情で拳を奮う神谷や、それを軽く受け流しながらもめらめらとした闘志を募らせる森屋の様子が簡単に想像できた。
 なんだかんだ言いつついつも三人で行動をしている風紀委員。 吉原と一緒に馬鹿をする神谷と、吉原の行動がエスカレートしたときに止める森屋。
 正反対の二人のようで、意外と息の合う二人。 箱庭のような寮生活でのストレス発散のため、度々手合わせのような喧嘩をすると聞いていた。
 それで風邪を引くなどとは馬鹿の極みのようだが、水島にも少し気持ちが理解できた。
 水島も吉原も久しく喧嘩などしていない。 滅茶苦茶喧嘩がしたいという訳でもないが、思い切り拳を奮ってみたいという気持ちもある。
 眠そうに目を擦る吉原に視線を移すと、水島は思わずそれを口にしていた。
「俺たちも、するか?」
「あ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。それで風邪引いたらどうすんだ」
「……屋内ですれば良いだろう」
「あ、そりゃ良い案だな」
「まあ、暫くは喧嘩する体力もないがな」
「……言えてる」
 吉原は笑いながらも、重い腰をあげて短く息を吐いた。
 目に入るのは随分と伸びた自分の髪。 鎖骨下ぐらいだった髪も胸上まで伸び、和泉が綺麗だと言うからなかなか切れずにいる。
 髪色もころころと変えていたはずだった。
 もうすっかりと定着したピンクゴールドの髪に、前髪に入れている鮮やかなピンクのメッシュ。 これからもきっと変えることなどないのだろう。
 自分の髪を何気なく弄りながら、吉原は和泉のことを考えていた。
 それから少し取り留めのない会話をした水島と吉原は、二人肩を並べて食堂へと向かった。
 ここ最近二人でなにかをする、といった記憶がない。 それに一緒にいるだけできゃあきゃあと色めきたった声をあげる和泉がいるので、落ち着いた時間を持てたことに少し違和感を覚えた。
 今はない存在に一抹の寂しさを感じながら、水島と向かい合わせになって吉原はテーブルへと腰を据える。
 直ぐにオーダーを済ませ、口寂しさに爪を噛む吉原に水島はふ、と声を漏らし笑った。
 視線を向ければ可笑しそうに笑う水島と目が合う。
「……んだよ」
「禁煙、成功しているのか?」
「……微妙。でも、蓮に会う前とか、吸ってねぇ」
「ほう、随分と惚れ込んでいるもんだな」
「うっせぇな。ほっとけ」
「本当にお前らは初々しいカップルだな。今朝だって和泉君が尋ねてきたからなにかと思えば……」
「あ? 蓮、お前んとこ行ったのかよ」
「あー……まあ、……そう、望月君もいたけどな」
 口を滑らせた、と水島が後悔しても既に遅く、吉原は眉間に皺を寄せると水島を見た。
 この視線は全てを吐け、と言っている。 だがことの全てを言う訳にはいかなかった。
 和泉が隠れて料理の練習をしているということは、吉原をきっと驚かせたいのだろう。 それを台無しにしてしまうのは気が引ける。
 吉原をどうやって誤魔化すのかが問題だが、吉原はしつこくて嫉妬深いのだ。
 うん、と唸る水島に痺れを切らした吉原は再度促すと、ずいっと詰め寄った。
「言えって」
「あー、そう、多分だが、近々和泉君が柳星を訪ねる、と思う。多分だがな。そのときに和泉君に聞いてくれ」
「んだよ、それ」
「取り合えずだ、やましいことなど一切ない」
「わかってるっつーの」
「一応口止めされているようなものだしな、すまん。まあお前が気にすることではない。きっと喜ぶことだ」
「あー? 気になんだろうが」
「気にするな。お、ほら、料理がきたぞ」
 タイミング良く運ばれてきた料理に水島はほっと胸を撫で下ろすと、フォークを手に取った。
 良い感じに空気が変わり、話の流れを変えてくれる。 もやもやとしたものを抱えた吉原ではあったが、水島が嘘を言うことはない。
 気にはなるものの、水島の言うように訪れる近々に期待して料理を食べることにしたのだった。
 遅めの昼食をとった二人はのんびりとすることもなく、急いで自分のやるべきことのために然るべき場所へと戻っていった。
 多少はさぼっても文句を言う人などいないのだが、さぼればさぼる分だけ時間が延びる。 できるだけ早く終わらせたいのは吉原も水島も同じだ。
 何故、数時間で終わるイベントのためにここまで多忙を極めなければいけないのだ、という思いもあるが仕事なのだから仕方ない。
 格好良いと囃し立てられ風紀委員長になった吉原だったが、少しだけ後悔をしたこともある。
 一年の秋頃からこの役職につき、気がつけば二度目の冬がやってきた。
 去年も忙しかったな、と思いに更けながらも手を止めることはない。
 この仕事をするのは今年が最後だ。 来年は引継ぎをした新しい風紀委員がするのだろう。
 だからだろうか、人生の中で短い二年といえども、最後と思うと手を抜きたくなどない。
 イベント費用を何度も電卓で叩き出しながら、一人寂しい部屋で神谷と森屋の分まで仕事をこなしたのだった。

「あー……目ぇ死ぬ」
 冬は日が落ちるのが早い。 すっかりと暗闇と化してしまった窓の外に目を向け、吉原は書類を簡単に纏めた。
 本日の仕事はここまで、続きは明日やることにしよう。
 電気を消し、風紀委員室を出て、自室へと帰るために足を動かす。 ポケットに入っている携帯を取り出すと、日課になっている新規メール作成の画面を開いた。
 つい最近、和泉が言っていたのだ。 メールの返事をするのは好きではないが、メールを見るのは好きだと。
 その所為か、吉原は毎日メールを送ることを決心したのだった。
 会おうと思えば直ぐに会える距離にいるというのに、なかなか会う時間を作ることができずにいる。
 一方的なメールでも、電波の向こうで和泉が嬉しそうにメールを見るのを想像するだけで吉原は満足だった。
 中学生のような恋をしていると、自分でも思う。 今までとは違い、ゆっくりと亀のような歩みで進んでいく恋。 それを楽しんでいる自分がここにいる。
 焦れったいといえば焦れったいものだが、和泉が必死で進もうとする姿を見れば、我慢もできるものだ。
「……溺れてんな、オレも」
 パタン、と閉じた携帯。 今、和泉の元にメールが届いただろう。
 小さく呟いた独り言はしんとした廊下に消え、吉原の想いだけがそこには残る。
 次に会ったら思い切り抱きしめようか、そう思いながら吉原は部屋へと戻るのだった。