乙男ロード♡俺は腐男子 39
 今日はやっとというべきか、イベント当日であった。 長い期間を経て作り上げてきたものの集大成。 生徒会や風紀委員は本当に息を吐く間もなく走り回り、そしてようやく日に当たるときがきたのである。
 例に漏れなく上機嫌の吉原は、二階席から体育館を見下ろし、満足気に微笑んだ。
 本日は水島デルモンテ学園の年末イベントである。 クリスマスが近いこの時期に、水島デルモンテ学園は毎年ささやかなパーティーを行っていた。
 一年お疲れ様、また来年も頑張ろうね。 そういった意味を込めたパーティーは夜通し行われ、無礼講なのだ。
 今年は父兄の寄付金が多く集まったため、体育館を大改造してパーティー会場を作り上げた。 体育館の面影など一切なく、全面的に工事の入った体育館は中世ヨーロッパのお城にタイムスリップしたかのような内装だ。
 天井には大きなシャンデリア。 絨毯はベースが真紅で金や銀で模様が描かれている。 壁紙は目に優しい淡い色。 物凄く豪勢な内装となっていた。
 もちろんその雰囲気に合わせて、ステージには特別に呼び寄せたオーケストラ。 会話の邪魔にならない程度の音量で、うっとりするような演奏を聴かせてくれる。
 端にずらりと並べたテーブルには豪華な食材をふんだんに使った料理。 立食バイキング形式となっているのだ。
 この中世ヨーロッパのパーティーを意識したイベントに、制服では違和感が付きまとう。 それも考慮して、コスプレ服も用意していた。 もちろん中世風の様々な衣装だ。
 エリザベス女王も真っ青のドレスを着た生徒もいれば、がちゃがちゃと煩い鎧姿の生徒もいる。 とにかく各々がしたいコスプレを中世風ならなにを着ても良いと自由にさせていた。
 生徒たちは時に喋り、時に食べ、そして時に中央でダンスを踊ったり。 様々な楽しみ方でイベントを満喫していた。
「柳星、おっつー。いや〜しかしこっから見ると壮観だな」
「ああ、そうだな」
「……それにしても、ほんとお前は目立ちたがり屋だな……」
「ハ、似合うだろ? やっぱオレ様が一番かっこいい」
「……相変わらずだこと」
 下を優雅に眺めていた吉原の元に、騎士の格好をした神谷が側に立った。 その横には何故かバロック式の衣装を身に纏った森屋。 やりたい放題である。
 吉原は当然というべきか、誰よりも衣装にお金をかけていた。
 元々自己愛が過ぎる吉原は、自分をいかに良く見せるかを熟知しているからなのか、なにを着ても似合ってしまう。
 現に王様を意識した吉原の衣装は普通なら派手で浮くものだが、吉原が上手いこと着ている所為か、浮くどころか逆に吉原を魅力的にさせていた。
 少し伸びた髪を後ろでくくり、小道具の剣も忘れず腰にさしている。 その姿は完璧であった。 きらきらと光るマントをはためかし、吉原はふと疑問に思ったことを口にした。
「そういやよ、空、葵、蓮見てねえか?」
「和泉? いや、見てないけど」
「俺も見ていないぞ」
「……可笑しいな。あいつコスプレ好きだって言ってたし、絶対いるはずなんだけど」
「颯に聞いてみれば? 生徒会は下で微調整とかやってんだろ? 見てるかもよ」
「……ああ、じゃあオレはおりるわ」
 吉原は軽く手をあげると、そのまま一階へと続く螺旋階段へと足を進めた。
 視力の良い吉原が愛しの和泉の姿を見つけられないということはほぼないと言って良い。 二階からはフロア全体が見渡せるので見逃しているという可能性も低い。
 これはどう考えても、和泉がきていないということだ。
 吉原は念のために携帯で和泉に電話をかけるが、直ぐに留守番に繋がる。 一応メールを送ると携帯を仕舞い込み、水島を捜すことにした。
 本日は実行委員でもある生徒会や風紀委員も少なからずやることがある。 生徒会は照明や料理、演奏やインフォメーションなどの細々とした仕事を担い、風紀委員は羽目を外しすぎる生徒がいないかの監視だ。 だがこれらの仕事はほぼないも同然なので、基本的には自由行動なのである。
 生徒会も固まっている訳でもなく、樋口や澤田は見つけられたものの、肝心の水島が見当たらない。
 少し足早になりながらも水島を探し、辺りにきょろきょろと視線を移す吉原に、水島より重要なキーパーソンが目に入った。 いわずもがな望月である。
 ロココ調のドレスを着た可愛らしい生徒に囲まれながら辟易している望月の側には、必ずいるといって良いはずの和泉の姿がない。 これは完璧に欠席している。
 吉原は望月に近寄ると、さりげなく可愛らしい生徒に手をかけた。
「すまねえがこいつ借りていくぞ」
 急な吉原の登場にロココ調ドレスを着込んだ生徒は頬を赤らめると、かくかくと頭を上下に振った。
 いくらナルシストで馬鹿であろうとも、吉原には人気がある。 改めてそのことを思い知らされた望月は、吉原の手に引かれるまま移動をした。
 少し端に移動すれば、人口密度も減る。 吉原は望月の手を離すと、正面に向き合った。
「蓮はどうしたんだ?」
「あー……風邪、です」
「風邪!?」
「なんかちょっと前に風邪引いて、頑張って治そうとしてたんすけど……悪化しまして」
「じゃあ蓮は一人なのか?」
「はい……もちろん俺も休むって言ったんですけど、休んだら絶交って言われて……。心配なんすけど……」
 本当に心配しているのか、居心地悪そうに髪の毛を触る望月に、吉原も焦りが生まれた。
 望月の様子から見て軽い風邪ではないのだろう。 きっと今頃はベッドで辛い思いをしているはずだ。 できることなら今すぐにでも飛んでいきたいが、実行委員をしているためこの体育館から出ることはできない。
 歯がゆい思いをしながらどうしようか、と悩む吉原。 望月はそんな様子を見て、ぽつりと言葉を零した。
「……あの、終わったらで良いんで、蓮のお見舞いきてくれますか?」
「あ? 行くに決まってんだろ」
「なら良いんですけど。ほんと蓮、このイベント楽しみにしてて、……なんか、はい。吉原先輩のコスプレも見たいって言ってたんで、あの、できればその格好で……」
「わかった。実行委員の仕事も0時で終わる。あとは業者や生徒の自由になるからそれ終わったら即効行く」
「すいません。じゃあ0時ですね。俺も一緒に帰るんで、またそのときに」
 ぺこり、と頭を下げた望月は幾分か気楽そうな表情を浮かべるとその場を去った。 心配はしているのだろうが、どうにもならないのだろう。 吉原がきてくれるというだけでも十分だ。
 吉原はそんな望月の背中を見ながら、小さく溜め息を吐いた。
 後味が悪い。 あんなことを言われても今の自分にはどうすることもできないのだ。
 今、和泉はなにを思ってどう過ごしているのだろうか。 一人で寂しくないだろうか。 泣いてはいないだろうか。
 吉原の脳内にぐるぐると回り始めた思考に、どうしようもなく焦燥感に溢れる。
 ここ三日間は業者を交えて体育館の改装を行っていたため、和泉と顔を合わせることができなかったのだ。 だから和泉が風邪を引いているなど、吉原にとっては晴天の霹靂の事実である。
 たかが風邪、されど風邪。 重病ではないにしろ、恋人の一大事だ。 こんなところで悠々と楽しめる訳がない。
 吉原は辺りにざっと視線を配らせると、大きな溜め息を吐いた。
 始まったばかりのパーティー。 時刻は7時43分。 タイムリミットまでまだまだ時間がある。
 遠くの方で生徒たちが揉める声が聞こえた。 じじじ、と耳につけた無線からは神谷の声。 風紀委員の仕事だ。
 吉原は頭の中を切り替えると、揉めている生徒たちの方へと足を向けた。
 和泉が参加できていない今、吉原ができるのは和泉が参加したかったといったイベントを大成功させることしかない。 吉原はそう言い聞かせると、風紀委員の仕事に奮闘するのだった。

 幾分か大きな波も収まり、吉原はほうと息を吐くと時計を見た。 短針は限りなく0時に近い。
 夜も過ぎればちらほらと部屋に戻っていく生徒もいる。 まだ遊び足りないのか、フロアには人が大勢いるがピークよりは随分と減った。
 風紀委員も生徒会も楽しむこともできたが、ほぼ雑用などに追われていた。
 しかしそのお陰か、イベントはスムーズに進み、成功したといっても過言ではないだろう。
 もうすぐでこのイベントのメイン、打ち上げ花火があがる時間だ。 体育館は室内だが、二階の窓や天井を開けば打ち上げ花火も外に出なくとも存分に楽しめる。
 本当なら和泉と一緒に打ち上げ花火を見る予定だったのだが、ここでは実現しそうにない。
 吉原はふとそう思うと、急いで風紀委員のところへと駆けていった。
「おい、空! 葵!」
「おー柳星、どうしたんだ?」
「オレは帰る! 後処理とかやっておけ」
「は、はあ!? なに言ってんだよ!」
「蓮が風邪引いてるみたいでよ。ちょっと行ってくるわ」
「あー……それなら、仕方、ないか?」
「ああ。大丈夫だ。俺たちに任せておけ」
「おう、じゃあよろしく頼むな!」
 渋々といった表情で送り出してくれる神谷と、やる気満々で手を振る森屋。 吉原は二人の優しさに甘えて、望月を探すことにした。
 タイムリミットまで数十分。 どうにか間に合うだろうが、少し不安でもある。
 吉原はぼんやりとしている望月を捕まえると、否応なしに無理矢理手を引いた。
 行き着く先はもちろん望月と和泉の部屋である。
 特に望月が必要な訳でもないのだが、和泉の部屋のカードキーを所持していない吉原では部屋を開けることができない。
 慌てたように走り出す吉原に、引きずられながらも望月はしっかりとした足取りで吉原の後をついていったのであった。
「あの、0時じゃないんすか?」
「ちょっと野暮用だ。良いから早く鍵開けろ」
「……荒いっすね、ほんと」
 息を荒げながらも、短時間でついた望月の部屋。 吉原はカードキーを取り出す望月を急かした。
 カチャリ、という音を立て開いた扉。 望月を押しのけて中へと入る。 しんと静まり返る部屋に、人の気配はない。
 吉原は首を傾げながらも、和泉の部屋へと真っ直ぐに歩いていく。 電気をつけ、部屋の中を見る。 しかしそこは少し荒れたベッドがあるだけで和泉の姿はない。
 それに驚いたのは後ろからついてきた望月である。
 確かにこの部屋を出る前までは、和泉はベッドの中にいたはずなのだ。 高熱で魘されていたのでそうそう外に出歩くこともできないだろう。
 念のためと部屋中をくまなく探すが、和泉の姿はなかった。
 吉原はすぐさま携帯を取り出すと体育館に待機している神谷や森屋、生徒会と連絡を取るが和泉の姿は体育館にもいないそうだ。 ますます和泉の居場所がわからない。
 焦りを見せる吉原に、どこかのんびりとした様子の望月はなにか閃いたのか、少し笑みを零すとソファへと腰をかけた。
「あーそういう、ことね」
「……なにがだよ」
「まあ、多分ですけど、……蓮、吉原先輩の部屋に行ったんじゃないんですか? カードキーあげたんすよね?」
「あげたけど……」
「じゃあそうだと思いますよ。まあ行ってみてください。いなかったらまた連絡くれますか? いたら連絡いらないんで」
「わかった。取り敢えず行ってみるわ」
 いくばくか不安もあったが、和泉の一番の理解者である望月がいうのだから信憑性も高い。 吉原は時間もあまりないこともあってか、望月に軽く手をあげると急いで部屋を後にした。
 もう直ぐで打ち上げ花火があがってしまう。 和泉が熱を出していようとも、打ち上げ花火は部屋からでも見られるのだ。
 ほんの少しでも良い。 和泉にもイベントの一環を楽しんでもらいたい。 そうして一緒に過ごしたい。
 こういうときに限って衣装が煩わしい。 きらきらと輝くマントも走る邪魔になるだけだし、ブーツも足が痛い。 ぴったりとした厚手の服も暑くて仕様がない。
 だけれど和泉が見たいというのだから、着替える訳にもいかないのだ。
 吉原は特別寮まで急いで駆けると、息を整える暇なく部屋の中へと入った。 玄関には見覚えのある自分より小さな靴。 寝室から漏れる間接照明に、吉原はどっと息を吐いた。
 走った所為で乱れた髪を軽く手直しすると、ブーツを脱ぎ寝室へと向かう。
 キイと音を立て開いた寝室。 ベッドには不自然な盛り上がり。 そっと近付けば苦しそうに吉原のパジャマを握る和泉の姿があった。
「はー……ったく、心配かけんなっての」
 どかりとベッドに腰をおろし、和泉の額に手をあてた。 想像よりも熱を持っているそこに少しの驚きを覚えるが、和泉が安心したように微笑むので心が穏やかになる。
 そのまま汗で張り付いた髪の毛を避けてやると、和泉の睫がふるりと震えた。 ゆっくりと開く瞳は熱の所為か潤んでおり、焦点が定まっていない。
 吉原はそんな和泉に優しく微笑むと、頬を撫ぜてやった。
「よ、っし……」
「大丈夫か? 風邪、引いたんだって?」
「ご、めん……さみしくて、きちゃ、った」
「パジャマ握って、そんなにオレが恋しかったのかよ」
 意地悪そうな表情をしてみせる吉原に、和泉は小さく息を詰めるとそっぽを向いてしまった。
 風邪のときでも和泉はどうやら素直にはなれないらしい。 だけれどここにいること事態が、なにより素直なことだということを和泉は理解しているのだろうか。
 和泉の背中に腕を入れ、そっと抱き起こす吉原。 抵抗する気力もないのか、和泉はされるままになっている。
 熱くて少し湿った和泉の身体を抱きしめてやると、吉原は窓の外に指をさした。
「シンデレラってよ、0時に魔法が解けるじゃん?」
「……はあ?」
「だけど、このパーティーはさ、0時から魔法の時間なんだぜ」
「ど、う、……こと?」
「良いから見てろって。あとちょっと……」
 いうが早いか、吉原の言葉の後に聞き覚えのあるひょろろろろという独特の音が聞こえる。 なにごとかと目を見張った和泉だったが、その数秒後に大きな音を響かせて色とりどりに光る夜空を見て納得がいった。
 真冬の花火である。 ベタな黄金色から、緑色、赤色、青色など何色もの色が冬の空を綺麗に色づかせた。 ぱらぱらと落ちる火の粉でさえ、幻想的だ。
 驚いて声も出せない和泉を見て、吉原は満足そうに目を伏せると、旋毛に唇を落とした。
「きれい……」
「だろ? で、どうよ? オレ様のかっこいーコスプレ、見たかったんじゃねえの?」
「あ、……うん……似合ってる、よ」
「ほんと?」
「王子様、みたいだね」
「王様なんだけどな。まあ、いっか。じゃあ、蓮はシンデレラだな」
「……パジャマだし、靴落としてないけど……つか、くさい」
「魔法の解けないシンデレラだから靴は落とさねえの」
 額をこつん、とあてる吉原に和泉はとくりと胸を鳴らす。 窓越しに差す花火の光が吉原の瞳に映ってきらきらと輝いている。
 いつもと違う服装だからだろうか、いつも以上に格好良く見える。 もしくは風邪の所為で少し頭が可笑しくなっているのかもしれない。
 本当に吉原が王子様のように見えてきて、和泉は変な気持ちになる。
 花火を映していた瞳が消え、意外に長い吉原の睫がすっと目元に影を落とす。 目を閉じた吉原と唇の距離がぐっと近付いて、ぷくりとした唇と重なった。
 後ろでは相変わらず花火の音が鳴り響いて、空を染めている。
 まるで時間が止まってしまったかのような空間の中、和泉は吉原の肩に手を置くと自らも唇を押し当てた。
「……蓮?」
「風邪、移ったら、ごめんね」
「ああ、そんときは蓮に看病してもらうから平気だろ」
 そろっと後頭部を押さえる吉原の掌。 高熱に魘されてだるいはずの身体も、今は不思議と楽に感じられる。
 和泉はもう一度唇を近づけてくる吉原に、今度こそは目を閉じて受け入れた。
 盛大な花火で締めくくられた水島デルモンテ学園のイベント。 各々の生徒に違った印象を持たせたイベントも、終焉に向かって花火を散らしていく。
 参加のできなかった和泉だったが、とても幸せな一時を得ることができた。
 吉原の腕の中、自分より幾分か低い体温に包まれながら和泉は花火が消えるまで吉原と二人で観賞したのだった。