恋人たちがこぞって浮かれるクリスマス・イヴ。
例に漏れなく吉原も浮かれて和泉との約束を取り付けた。
少し前に風邪を引いたとき、少々揉めはしたもののなんとか仲直りをすることができ、イヴの約束もした。
後は本番を迎えるのみである。
和泉もなんだかんだ言いつつ、イヴまでには仲直りしようと思っていたためすんなりとここまでことが進んだ。
ごそごそとキャリーにものをつめる。
自室で帰省の準備をしながら、和泉は大きく溜め息を吐いた。
今日は待ちに待ったイヴ。
当然楽しみにしていた。
しかし問題があったのだ。
それはプレゼントである。
なにかを送りあおうと約束した訳ではない。
だがしつこいようだが今日はイヴ。
一般的にいえばクリスマスプレゼントは必須だろう。
和泉は当日ギリギリまで悩んだが思いつかなかったので、用意していなかったのだった。
これでは不味いと思うものの、もう直ぐ待ち合わせ時間だ。
どうしようもないところまできてしまった。
着飾った格好でソファに寝転び、和泉同様荷造りをしている望月を眺めた。
「なに? もう行くんじゃねーの?」
「うん、そうなんだけどね……」
「荷物なら俺が持ってくぜ? どうせ母さんが迎えにくるんだし」
「……それは、うん。知ってるけど」
自分より一回り小さいバッグに洋服を詰めながら、望月は顔をあげた。
イヴとクリスマスを吉原と過ごす予定の和泉。
それが終われば直ぐに帰省をする。
和泉の実家は茶道の家元だ。
クリスマスなどの行事にはあまり煩くないが、年越しの行事に参加しないとなると非常に煩い。
帰らなければいけないのだ、絶対に。
本来ならもう少し前に帰省して、年越しの準備などに追われるのだが、そこだけは譲歩してもらい、少し遅れての帰省を許してもらった。
故に今、荷物の整理をしており、その荷物は望月の手によって先に和泉家へと届けられるのだ。
しかし和泉が懸念しているのはそのことではない。
プレゼントのことだ。
言いづらそうに口をもごもごとさせると、観念したかのように小さく唇を動かした。
「……プレゼント、用意、してなくて」
「あ〜そういうこと。……つーかあれあげれば良いんじゃん」
「あれ?」
「お前だよ、お前。プレゼントはわ、た、し! ってな! ハハッ、俺親父みてぇ〜」
「っ、最低!」
和泉は顔を真っ赤にさせると、クッションを思い切り望月の顔面へと投げつけた。
ボフン、という良い音を響かせ下に落下したクッション。
一瞬の沈黙が部屋を襲う。
和泉とて覚悟はしている。
イヴに泊まるとなれば、水島デルモンテ学園で過ごすのと同じとは思っていない。
多少なりともそういう展開になってしまうのだろう、そうわかってはいるのだ。
だがそういうことではないのだ。
そんなことは口が裂けても言えない。
寧ろ返品してほしいぐらいだ。
火照った頬を撫ぜながらも、和泉は深呼吸をした。
落ち着くのだ。
一方、クッションを拾い上げた望月は和泉に近付くとソファにそれを置いた。
目の前の和泉は非常に顔を赤くしている。
望月は小さな笑みを零すと、少し癖のついた頭部を緩やかに撫ぜた。
「まあ、さっきのは冗談だけどさ。なんとかなんだろ、な? プレゼントなくたって、一緒に過ごすのが意味あんだろ」
「……うーん」
「それより、行かなくて良いのかよ」
「あっ! い、行く! じゃあ荷物お願いね! また明日!」
「おう。また帰ってきたら話聞くわ」
大きな鏡の前で簡単な身だしなみを整えると、和泉は慌てて部屋を飛び出した。
夕方の四時に学園の正門で待ち合わせをしている。
そこから街に繰り出し、ぶらぶらして、夜は吉原の実家へと遊びに行くのだ。
吉原曰く両親がいないため、自由にできるとのことだ。
だが両親がいないということは、まさにお約束的な展開なのだろう。
一人、悶々としながらも正門へと急いでかけていく。
待ち合わせ時間より少し早めだが、吉原はもうそこに立っていた。
和泉の姿が見えるやいなや、破顔させて出迎えてくれる。
いつも通りの格好のようで、いつもと違う格好。
和泉はなんだかそれに胸を少しどきどきと高鳴らせた。
吉原は伸びた髪が邪魔なのか、緩く上の方でくくっていた。
漏れ髪が少し色っぽい。
全体的に黒と白で統一された服。
アクセントのように目に痛いピンクのストールが首元を飾っていた。
正直、格好良い。
物凄く格好良いのだ。
まじまじと私服を見る機会がなかったからか、新鮮でもあるし緊張もする。
思わず固まってしまった和泉に、吉原は気付くことなく和泉の頭を撫ぜた。
「おーじゃあ行くか?」
「い、く、けど……」
「ん?」
「ううん……なんでもない」
どきどきと煩い胸の音。
吉原に聞こえてはいないだろうか。
繋がれる手に、またどきりとすると、二人はゆっくりと歩を進めた。
本日はなによりも先に街に繰り出さなければならない。
だがここは山奥である。
当然交通手段などないに等しい。
金持ち学園故にほとんどの生徒は家の車で移動をしたりするのだ。
どうするのだろうか、と首を傾げる和泉に、吉原は笑うと指をさした。
そこには水島デルモンテ学園のタクシー。
ああ、そういうことか。
納得だ。
待たせてあったタクシーに二人は乗り込むと、行き先を告げて後部座席へと乗り込んだ。
このタクシーは水島デルモンテ学園の専属である。
街から時間がかかるここに呼び寄せるのには時間もかかるし、お金もかかる。
当然走っているタクシーは存在しない。
それに不便さを感じたのか、最近水島デルモンテ学園はタクシーを常駐させるようになっていた。
もちろん専用なので、水島デルモンテ学園から出発するのだ。
このタクシーの特徴といえば、料金が無料なことと、いつでも利用できること。
水島デルモンテ学園が運転手に給与を払う仕組みのため、生徒は一切料金を払わなくて済むのだ。
実際は授業料などに入っていそうな気もするのだが、お金持ち学園のため、文句をいう親御さんなどもいない。
寧ろ送り迎えしなくて良いと喜ぶ親御さんまでいるのだ。
乗り心地の良いシート。
微かな揺れを感じていると、自然と瞼が落ちてくる。
目を擦る和泉に見かねた吉原はそっと肩を抱き寄せると、耳元で優しく囁いた。
「寝てろ。ついたら起こしてやるから」
「んん、で、も」
「今日は長いんだし、それに時間もかかるからよ」
「……じゃあ、ちょっと、だけ」
その言葉に甘えを見せた和泉は、吉原の肩に寄りかかると瞼を閉じた。
すぐさま腰に温かななにかが触れる。
見ていないがきっと吉原の腕であろう。
愛おしい体温に包まれながら、和泉はすうっと眠りに入った。
水島デルモンテ学園から街に行くまで、車で一時間半程度。
その街は吉原の実家がある方面でもあり、比較的栄えているところでもある。
本日はイヴだ。
きっと恋人たちで街は活気をみせているのであろう。
和泉と吉原も恋人だ。
水島デルモンテ学園を出てしまえば、異質な形となってしまうが、想いは変わらない。
他人にどう思われようと構わないと思えるほど大人ではないが、他人の目に怯えてしまうほど子供でもない。
せめてタクシーの中だけは、そう思って吉原は和泉の手をそっと握った。
自分よりいくぶんか小さい手を握れば、少し冷たさを感じる。
だが自分の手が触れることによって、些細な変化だが温かみを帯びていくような気がした。
フ、と零れた笑みは誰が見る訳でもなく消えていく。
こうして二人は穏やかな時間を過ごしながら、街へと繰り出すのであった。
スローペースになった車。
徐々に速度を落とすと、止まった。
運転手から声がかかる。
ハッ、と目を覚ました吉原は自分も寝ていたのだと気付いた。
横を見れば規則正しい寝息を吐きながら眠っている和泉。
可哀想だと思いながらも、その身体を揺すった。
「起きろ。ついたぞ」
「んー……」
「あ、じゃあ、ありがとうございます」
もぞもぞとした動作のまま、和泉はそこを動こうとはしない。
焦れた吉原は和泉を抱えると、タクシーをおりた。
がやがや、と煩い街並み。
辺りはクリスマス一色に着飾られ、街を歩く人はほぼ恋人同士だ。
頬を刺すような寒さ。
それにぶるりと身体を震わせると、和泉は覚醒したようだ。
辺りをきょろきょろと見回し、吉原を見上げた。
「……ついた?」
「おう、ついたな」
「寒い……」
「あ? んなら手ぇ繋いでやろーか?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる吉原。
和泉はそれをきっぱりと拒否すると、吉原より先に歩き出した。
その一歩後ろから吉原がついてきて、二人は街探索へと出かけた。
晩ご飯までは早いこの時間。
なにかをするには少し中途半端な時間である。
特になにかをしたい訳でもなかった二人は、ぶらぶらと適当に店を見て回った。
専ら吉原の服やアクセサリーを見るのが主で、あれでもないこれでもないと思い悩んでいる様を和泉が見る。
自分がいかに格好良く見えるかを研究し尽くしている吉原の、容姿への情熱は半端ない。
少し呆れもしつつ、たまには良いなと思い、和泉も服を見て回る。
全体的にスリムで高身長用に作られたデザインのブランド。
吉原には似合っても和泉には到底似合いそうにない。
だがいつか、和泉とて高身長になる日がくるだろう。
多分だが。
そのときの姿に思いを馳せて、にんまりと笑みを浮かべる。
早く身長が伸びたら良いのに。
吉原が真剣に服を見ている間、和泉はそんなくだらない妄想をして一人楽しんでいた。
女性より長い時間をかけて服を見て回った吉原。
気がつけば外は暗くなっており、街はイルミネーションで彩られている。
きらきらと眩しい灯り。
だがとても綺麗だ。
思わず息を吐いた和泉に、吉原はそっと近寄ると寒さで冷え切った手を握った。
灯りで照られているといえども、夜のように暗い今、男同士で手を繋いでいてもバレたりはしないだろう。
それにイヴなのだ。
他人に目を向けるほど暇な人はいない。
じんわりと温かくなる胸。
和泉は少し綻んだ笑みを浮かべると、握られた手に力を入れた。
「飯、食う?」
「うーん……外?」
「そりゃイヴだし、ちょっとは贅沢してぇじゃん」
「……家が、良いな。よっしーの作ったご飯食べたい」
「……そうか? そんなんで良いのかよ?」
「うん。それで、良いよ」
それではいつもとなにも変わりはしないだろう。
だけれど、和泉はそれが良いという。
嬉しくないといえば嘘になるが、もう少し贅沢を言っても良いものの。
そこが和泉の良いところだが。
吉原はそれを了承すると、予定が早まったが家に行くことにした。
二人はそのまま手を繋ぎ、とある場所まで歩いていく。
そこは大通りを外れたところにある駐輪所である。
どうやら吉原は地元でもあるここにずっと自転車を置いていたようだ。
原付の免許は持っている吉原だが、バイクの免許は持っていない。
水島デルモンテ学園の敷地であれば原付の二人乗りも可能だが、流石に街で二人乗りなどできない。
だから仕方なくなのである。
少し気まずそうに吉原が引いてきたのは自転車。
吉原に似合わないママチャリであった。
「これも、ピンクなんだね……」
「うるせぇな! 好きなんだよ!」
「悪いって言ってないじゃん」
「そうだけど、……格好悪いとか思ってんだろ」
「思ってないよ。ほら、乗せてくれるんでしょ?」
そういった和泉にほっと息をついた吉原は自転車に乗ると、後ろに乗るように促した。
和泉はそれに従うと荷台に腰をおろし、体勢を整えた。
緩やかなスピードで走り出した自転車。
走る分だけ風が当たって寒い。
和泉は吉原の腰に手を回すと、背中へと頬を寄せた。
そのままお互いなにかを喋ることもなく、自転車は動く。
イルミネーションで彩られた街もとうに過ぎ、住宅街へと踏み入れる。
そこは高級住宅街なのか、家一つ一つがとても大きかった。
中には自宅を電灯で飾っている家もあり、なかなか目が賑やかである。
見慣れない景色を見ながらついぼうっとしていた和泉に、吉原は声をかけた。
「ちょっと寄り道するから」
「え? うん。スーパー?」
「スーパーは寄り道のあと。見たらわかる」
いうが早いか、急にスピードを増した自転車。
腰に回していた手はするりと外れ、吉原は腰をあげると立って漕いだ。
目の前に広がるのは穏やかだが長い坂。
終着点が見えないほど長い。
息荒く必死になって漕ぐ吉原に合わせて、自転車は左右に揺れる。
和泉はしっかりとサドルを握ると、吉原の背中を見つめた。
それからどれくらい漕いでいたのだろうか。
やっと乗り上げた先に待っていたのは拓けた土地。
公園のような、小さな林のような、なにがあるのかわからない場所だ。
ぼんやりとした外灯だけが存在している。
どうやらここに用事のあった吉原は自転車を止めると、荒い息を整えるように咳を二回ほどした。
「よっしー? ここどこ?」
「あ? さあ? どこだろ」
「ええ!? 知らないの!?」
「いや知らねえっつーか……まあ、良いからこいよ」
二人は自転車からおりると、少し開いた場所に自転車を止めた。
そのまま先を歩く吉原についていけば、柵のようなものが見える。
そこから先はないようで、どうやら行き止まりのようだ。
だが、それだけではなかった。
そこから見えるのは街が一望できる景色。
クリスマスシーズンの今、イルミネーションが非常に多い。
故に見える景色はきらきらと輝いており、下手な夜景よりも綺麗に見えた。
「おー凄いね」
「だろ? 穴場なんだよ、ここ」
「へえ……綺麗だね」
柵に手をかけて、目映い景色に見入る和泉。
そんな和泉の横顔をじいっと見ると、思わず後ろから抱き込んだ。
寒さの所為だ。
寒いから暖をとる。
そう自分に言い訳をしながら、吉原は抱きこんだ腕に力を込めた。
振り向くことができないほどの強い力。
和泉はお腹に回された手に自分の手を重ねると、そっと後ろに擦り寄る。
心地の良い沈黙が広がる。
こうやってなにも喋らなくとも、気楽な雰囲気になれるようになったのはいつ頃からだったのだろうか。
随分と今日まで早かったような気もする。
吉原に出会って、恋をして、想いが通じ合って、あっという間のできごと。
楽しいことや胸が痛くなること、思い悩むこと、たくさんあった。
だがそれがあってこそ、ここに立っているのだ。
成長をした。
大人になった。
そんな自分は嫌ではない。
緩む腕に、和泉が振り向く。
目が合えば、それが合図のようにそっと唇が重なった。
吉原となら、和泉となら、二人一緒なら、それだけで幸せを感じるのだ。
和泉の腰に当てていた手を外し、髪の毛を撫でるように差し入れた。
さらりとした感触は手に良く馴染む。
そのまま自分の方へと強く引き寄せると、優しかった口付けも激しさを増す。
飽くことなくしつこく和泉の舌を追い回す吉原。
いつもなら抵抗をする和泉であったが、今日は大人しい。
吉原を受け入れるように自らも舌を絡ませると、その口付けに酔い痴れた。
そのまま数分。
ゆっくりと離れる唇。
名残惜しげに和泉が吉原を見上げるも、吉原はそれ以上口付けをする様子はなく、和泉の頬に手を置いた。
近付く距離に、じんわりと広がる羞恥。
思わずきょろり、と目を回すが、吉原が予想外に真剣な表情をしていたため、和泉も吉原と視線を合わせた。
ごくり、と唾を飲み込む吉原。
いくばくかいつもより緊張のした声色で、最後の確認を口にした。
「……家、行くけど、……覚悟してんの」
「え、……あ、えっと」
「今日、そのつもりだし、もう待ったなし。……逃げるなら、今のうちだぜ?」
最後の最後まで和泉の意見を受け入れようとする吉原。
ここまで待たせたのだ。
もう逃げない。
和泉は覚悟を決めると、返事をする代わりに小さく頷いた。
それが和泉なりの承諾の証だったのであった。