「んん、っ……う、ン」
くぐもった声が漏れる。
手で塞いでも和泉の口から聞こえる嬌声に、吉原は意地悪そうに笑った。
和泉の顔を覗き込みながら、下肢に手を伸ばす。
既にどろどろに溶けた秘部からは、ローションが垂れていた。
三学期が始まって、元の生活に戻った二人は平穏な日々を過ごしていた。
通い妻のように吉原の部屋に赴き、晩ご飯を食べのんびりと過ごす。
そんな毎日だ。
だが前と違って二人には一つ、することが増えた。
毎日とは言わないが、それなりの頻度で身体を重ねあっていたのだ。
クリスマス・イヴの日に結ばれてからどれくらいだろうか。
そうそう時間は経っていないのだが、和泉はこうすることに慣れつつあった。
未だ羞恥が大きく勝る行為。
明け透けに言うこともできなければ、自分から誘うこともない。
ただ物欲しげに見つめられては、どうすることもできず、吉原のされるがままになるのだ。
決して嫌な訳ではない。
和泉とて、この行為に快楽以外のものを感じていたのだから。
「……蓮、わかるか? もう指、三本入ってんの」
「わ、かんな……っ」
「わかんない訳ねーだろ、ほら」
ぐちゅり、と重みのある音。
ローションが和泉の内壁の熱さに溶け、馴染むように絡み付いていた。
吉原の指が意思をもって出入りする。
中を拡げるように、そして慣らすように動けば快楽に耐性がない和泉は大きく震えた。
がくがくと小刻みに動く足。
目を開けばぼやけた世界でこちらを見る吉原の顔。
とてもじゃないが落ち着いてなどいられない。
熱く、解けるように熱に浮かされて和泉は指先を噛んだ。
「ふっんん! ン、ん……!」
にやにやと舌なめずりをする吉原。
和泉が快楽に身悶える度、嬉しそうにするのだ。
顔ばかりを見られるのは恥ずかしい。
だが顔を背けようにもこんなに近くにいるのだからそれは無理な話だった。
前立腺を押し上げるように指を奥に入れる吉原に、和泉はとうとう根をあげた。
「もっ……や、ぁ……」
「なにが? ほら、気持ち良いんだろ?」
「ひ、っう……! そ、れ、っや……ぁ!」
甘噛みをするように、突起に歯を立てられて和泉はびくんと跳ねた。
最初はくすぐったいという程度しか感じなかった突起も、吉原がしつこく愛撫するからだろうか、最近はそこでも快楽を得ることができていた。
強い快楽ではなく、じりじりと緩い炎で攻められるような、そんな快感だ。
決して頂点に連れていってくれる訳ではないのだが、和泉の欲情を燃え上がらせるのには十分だった。
突起を強弱つけて噛まれ、ひりひりした後には舌で優しく舐められる。
その度に和泉自身はふるりと震え、涙を零す。
相変らず中を犯す指に変化はなく、ゆっくりと和泉の柔肉の感触を楽しむように出入りするだけだ。
焦れったさで頭がどうにかなってしまいそうだった。
和泉だって男だ。
触られれば感じるし、絶頂にいきたいという思いもある。
たゆたうような快楽に楽しみを見つけるのにはまだ若すぎた。
泣き声交じりに、吉原に懇願する。このままじゃ焦れに焦れて死にそうなのだ。
「りゅ、せ……いき、たぁ……い」
「……なにで?」
「っ、……りゅ、せ、の……がいい」
顔を覗き込む吉原を離さないとばかりに手を回し、引き寄せた。
欲の色に染まった瞳に吸い込まれるようにして見つめ合えば、振ってくる唇。
優しく触れるように和泉に落とされた。
「ん、ぅ……」
ずるり、と抜かれる指の感覚。
ローションでべたべたの指で頬を撫ぜられ、その不快感に眉を顰めた。
「も、やだ……そ、れ」
「……早く挿れろってか?」
「な、っ……! ば、ばか! そういうこと言ってんじゃっ!」
「しゃーねーな。欲しくて堪んねーっていうんなら、挿れてやらなきゃな」
真っ赤に染まる頬を無視して、吉原は既にそそり勃った自身を取り出すと和泉の秘部へとあてがった。
昔はバックが好きだった。
征服感が一番得られるし、奥まで入るから気持ち良い。
それによがり狂っている姿を押さえつけるのは、なんともいえない心地の良さだった。
だが、こうして和泉と抱き合うときは正常位が一番良い。
いや、和泉と出会ってから変わったのだ。
まだ指で数える程度しか繋がったことはないが、この体位が一番和泉の顔を見られるし、キスもできる。
抱き合えることができるのだ。
紅潮した頬を撫ぜ、秘部に吉原自身を擦りつける。
少し焦らしながらゆっくりと挿入してやれば、和泉は堪らないと言いたげに背中に腕を回した。
「ぁ、あ……!」
随分と挿入時の痛みも薄れてきた。
強い圧迫感と違和感さえ我慢すれば、後はなにも考えられなくなる。
胸に広がる愛しいという思い。
吉原自身を確かめるように内壁が蠢き、締め付ければその刺激に小さく吉原は唸った。
「焦んなって」
「ち、が、うし……」
「ほら、……動くぞ」
ゆるゆると動き出す腰。
馴染ませるような腰の動きも、次第にスピードを増して快楽を得るためのものに変化する。
お互いに強く抱きしめあったまま、動く吉原は随分と辛い体勢だろう。
現に汗の量が半端ではない。
冬だというのに熱くなった身体。
夏のような暑さを覚えながらも、お互いを求めることはやめない。
繋がった先から一つになれるという充足感。
愛されているのだという喜び。
忙しく駆け巡る感情の波におされながらも、和泉はしっかりと吉原にしがみつく。
「ぁ、あ……っ! ん、あっ! りゅ、せ……っ」
良いところばかりついてくる吉原自身。
休む暇すら与えてもらえない。
常に浮かされたままのような気分だ。
和泉は背中に強く爪を立てると肩に噛みついた。
「い、って〜……」
「ふ、んんっ! ん、ンっ……!」
「……頑なに口閉ざさなくても良いじゃん」
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる和泉の腕の所為で、身体をあげることもままならない。
吉原は仕様がないといった風に息を吐くと、未だ吉原の肩を噛み続ける和泉の顔をそっと外し、その口を塞いでやった。
和泉につけられた痕というのも悪くないが、噛み癖がついてもらっても困る。
塞ぐように唇を重ね合わせながらも、腰の動きは止めないでいた。
「は、ふ……っ、んん」
ぬるりと舌が絡み合い、だらしなく零れた唾液。
全身濡れた獣のような行為。
快楽を追い求めるだけの行為では決して得られることがない、幸福感。
吉原自身を痛いくらいに締め付ける和泉の柔肉は、それが引く度に離さないとばかりに蠢くのだ。
息が苦しい。
熱い。
熱に浮かされたままだ。
解放を待ち侘びている和泉自身は固くそり勃ったまま、お互いの腹部の上で涙を零した。
「は、っ……蓮、いくぞ……」
耳に囁かれるようにふっと息を吐きながら紡ぐ言葉。
ぞくぞくと背中に電流が流れ、むず痒さに肩を竦めた。
吉原が触れる場所全てが性感帯のようだ。
スピードを増した腰使い。
達するために動く抽送に翻弄された和泉は、最後の抵抗にと爪を食い込ませた。
ごりごりと押し上げられる前立腺。
和泉自身に吉原の指先が伸び、擦り上げるようにされてしまっては忍耐のない和泉は我慢することなどできなかった。
「ぁ、あぁ……っ! い、く! いっちゃ……ぁああっ!」
びくんと大袈裟に身体を反らし、白い喉元を曝け出す和泉。
吉原の掌中に欲を吐き出すと余韻にひくひくと震えた。
呆気なくもその刺激に煽られるように爆ぜた吉原は、和泉の中へと白濁を吐き出した。
残滓まで搾り取られるような締め付け。
ひくつく内壁の感触をのんびりと味わう暇もなさそうだ。
このままではまた元気を取り戻しそうな自身に、吉原は慌てると惜しみながらそれを抜くのだった。
「ふ、あ……」
ずるり、と抜かれる自身。
それが栓になっていたのか、和泉の秘部からは吉原が出したものがどろりと出てきた。
視覚的に扇情を覚えるそれ。
朧気ながら瞳をさ迷わせ、胸を上下させている和泉。
ピンク色にそまった頬は子供のようなのに、しっとりと濡れる肌や残滓で汚れる身体はいやらしい娼婦のようだ。
激しい倦怠感故に動けない様子の和泉を、吉原は良いようにとると足を掴み大きく開かせた。
「ぁ、や……やだっ……」
先ほどまであんなにいやらしいことをしていたのに、見られることに羞恥する和泉。
未だにひくついているそこに気付いているのか、足を閉じようと懸命にもがいた。
「舐めとってやろーか? 中に出したしな」
「っ、だ、だめ! ぜ、ぜったい、だめ!」
「……なんで? 綺麗にしないとお腹壊すだろ?」
自分のものを舐める趣味などないが、嫌がる和泉を見るのは好きだ。
いやらしくなるのも、泣きそうになるのも、恥ずかしげにするのも、全て吉原の特権だと思っている。
両足首を掴み、左右に広げる。
全て出切っていないのか、秘部は白く濡れたまま、視界を犯す。
そうっと顔を近づければ、激しく抵抗する和泉。
本当に嫌なのか既に泣き出してしまっていた。
流石に泣かしてしまうのには罪悪感が募る。
飽く迄泣きそうな顔が好きな訳であって、泣かれるのは辛いのだ。
仕方なく足を離し、その手で頭を撫ぜてやれば馬鹿と言ってパンチを繰り出された。
「わりいって。でも、綺麗にしないと駄目だろ」
「……自分でするっ」
「見せてくれんの?」
「ばかっ! み、見せる訳ないでしょ!」
「じゃあオレがする」
「え? あっ! う、……っン」
抵抗する間さえなく、ぬるりと侵入してきた吉原の指。
先ほどまで吉原自身を埋め込まれていた所為か、いとも簡単にその侵入を許した。
残滓を掻き出すように動く指。
時折、悪戯に前立腺をかかれ、和泉はふるりと身体を震わせた。
楽しそうな吉原の表情を見ていると、中出ししたのが故意的にさえ見えてしまう。
ゆっくりと時間をかけ、楽しむように中を弄くり回しながら後処理をする吉原だった。
「も……だ、め……たっちゃ、ぅ……」
上擦るようにそう言われても、声に色を見つければ誘っているようにしかみえない。
だが明日も授業がある。
あまり負担をかけさせるのも良くないと知っていた吉原は、名残惜しそうに指を引き抜くとそれを終えた。
どろどろになったシーツ。
ここ最近、洗濯する頻度が増えたためか、ごわごわとしていた。
それだからといってお互いを求めることにセーブをかける理由にはならない。
嫌だ嫌だと言いながらも、和泉は求めてくれるのだ。
それが吉原に拍車をかけていた。
「……シャワー浴びる?」
「……動け、ないし。あ! 一緒に入るってのは、なしだよ!」
「えーケチ。隅々まで洗ってやるよ?」
「そ、それが嫌だ! もう、よっしーしつこいんだもん!」
「……それは心外だ」
どうせ今更汚したってシーツはもう汚れている。
べたべたの肌のままベッドに寝転ぶと、同じく体液などで汚れている和泉の身体を抱き寄せた。
抱き合うことも好きだが、行為の前や後の睦みあいも悪くはない。
少しずつ己に変化が起きていることを感じながら、だらりとした和泉の腕を引き寄せた。
「……今日、泊まってくの」
既に眠りに入りそうな和泉の前髪をどけてやり、閉じかかっている瞼に問いかける。
ふるりと震えた睫が上向きになると、また影が落とされた。
「ゲーム、するから、……帰る」
「……まじで? え、まじでゲームのために帰んの」
「うん。ゲームのためもあるけど、原稿もあるし、柚斗と一緒に寝る約束したんだ」
「はあ!? 一緒に寝てんのかよ!?」
「え? そうだけど……なんか変?」
「変っつーかさ、……えー? オレが変なのか? いや違うだろ! 普通友達と一緒に寝るとか女子以外ありえねーだろ」
「普通だしー……とにかく、今日は帰る」
「……オレ、一人寂しく寝なきゃなんねーの?」
「ルルがいるでしょ? それでも寂しいんならかいちょーに添い寝してもらったら良いんじゃないかな!」
うきうきと瞳を輝かせ、そう提案してくる和泉にがっくしと肩を落とした。
男の恋人を持っているからか、嫉妬対象は男も含まれる。
性別など関係ない。
しかし和泉と望月がどうかなるなどとは、間違いが起こっても有り得ないのだろう。
吉原と水島に間違いが起こらないのと同様に。
だがどこか釈然としないのも事実だ。
もやもやとしながらも、頑固な和泉の意見を覆すほどの力は吉原にはない。
ゲームに負けてしまったことに少なからずショックを受けながらも、こういう部分を含めて好きになったのは吉原だ。
タイムリミットぎりぎりまでベッドでいちゃいちゃすることに決めると、起き上がろうとしていた和泉を再びベッドに沈めたのであった。
あの後、吉原に部屋まで送ってもらった和泉は部屋につくなりソファへと突っ伏した。
鈍い腰の痛みが、じくじくと襲うのだ。
少しばかり内壁も熱を持っているような気がする。
吉原とそういった行為をした後、必ずといって良いほど緩やかな微熱が続く。
ベッドにお世話になるほど酷いものではないが、元気にはしゃぎ回るのにはしんどい。
それをわかっているのかいないのか、望月は冷えたタオルを持ってくると、和泉の首裏に当てた。
「つめ、たい」
「そりゃ冷たくしたタオルだからな。どう? ちょっとはマシになんだろ」
「……柚斗が旦那さんみたい」
「蓮みたいな嫁やだよ。吉原先輩趣味悪いなって思うもん、俺」
「ちょっと! 酷い! 柚斗の馬鹿っ!」
「はいはい。馬鹿で結構です〜。ま、嘘だよ、な? 嫁より良い位置にいるから安心しろ」
「……な、なんかきゅんってする! 今の台詞……」
「そ? あ、今日はお前の好きなカレー作るから、できるまでじっとしてろよ」
そう言い立ち上がった望月はキッチンへと向かった。
一週間に二度ぐらいはカレーを食べている和泉だ。
カレー狂といっても過言ではない。
だが大好きなはずのカレーなのに、和泉の心はちっとも踊ってはくれなかった。
ここ最近じわじわと増え続ける違和感に悩まされているのだ。
必ずといって良いほど、吉原とセックスをした度に感じるそれ。
漠然としたものの正体は、未だにわからない。
どこまでも広がる白の世界に、ぽつぽつと降る黒の雨。
いつしか世界を黒に染めそうで、和泉は怖かった。
「……なんだろ」
ぎゅ、っと胸を押さえ深呼吸をする。
黒を綺麗にする方法は見つからないが、雨を止める方法なら見つけた。
考えないように、考えないように、そうなにも考えない。
こんなに幸せだ。
愛しい人の腕に抱かれながら、愛してもらえる。
単純なようだが、小さな奇跡の重なり合いなのだ。
それを突き止めることも、答えを出すこともしてはならない。
きっと変わってしまう。
変化に気付いてしまう。
違和感は違和感のまま、いずれ普通になって消えてくれるはずだ。
お守りのように常備しているネックレスを翳し、その中に光るトパーズを見つめた。
琥珀色のそれは光る度、和泉の心を癒してくれた。
きらきら光って、思考を鈍らせてくれる。
そんな気がした。