乙男ロード♡俺は腐男子 51
 結局その日は吉原の部屋に行くのを断ってしまった。 今の状態ではまともに吉原と一緒に過ごせる自信がなかったのである。
 一先ずは和泉の中でも整理がしたかったのだ。
 黒川と吉原が一緒にいるのは卒業式準備の仕事があるから。 たまたま同じ配置にいてしまったため、一緒にいる時間が増えた。 だから行動を共にすることが多くなった。
 あの後、フォローをするかのように和泉の元にやってきた水島が教えてくれたことだ。
 なんだか周りに気を使わせているのがありありとわかる。 水島は和泉が傷付かないよう注意を払い、逐一報告してくれる。 望月はそんな水島と手を組んでいろいろと慰めてくれるのだ。 風紀委員や生徒会もしかり、だ。
 今の状況を知らないのは吉原と黒川のみ。
「……はー……」
 和泉の中で整理をすればするほど己が悪いのではないかという思考にいってしまう。
 現に吉原と黒川の間にはなにもない。 本当に友人であり仕事であるから一緒にいるだけなのだ。
 それなのに嫉妬をして嫌な気持ちになって一人落ち込んで、周りを巻き込んでいるような気もする。 それが和泉にずしりと圧し掛かった。
 普段ならば気にも留めないようなことなのに、珍しくも悩む和泉。
 誰かに気をつかえることができるんだな、と水島辺りに驚かれそうなほど殊勝な気持ちに浸っていた。
 ごろごろと布団の中に蹲り考えること数日。 物事を客観的に見据え、把握することはできたのだが、心がそれに追いついていない。
 頭ではわかっていてもわかりたくないのだ。 我儘を言いたい。 一緒になどいてほしくない。
 これっぽっちも譲らない確固たる思いは日に日に増していくばかりで、和泉の薄暗い思考も広がりどす黒かった感情も成長してきているように思う。
 このままでは良くない。 ちっとも良くない。 わかっていても、もう入ってしまった迷路に出口は見つからなかった。
「は〜……」
 何度目かわからないほど吐いた溜め息。 これほど吐いてしまえば和泉の幸せもぱたぱたと逃げていく。 捕まえる気力もない。 目に見えない幸せなど。
 ごろごろ寝返りをうち、視線を落とした和泉に響く扉の音。 見れば扉の向こうで声をかけてくる望月がいた。
「……なに?」
「飯食え。悩んでるのわかってるけど、身体に悪いだろ?」
「柚斗、さっき食べたじゃん……」
「……そ、そうだっけ?」
「もー別に入ってくるのに理由いらないから……良いよ」
 申し訳なさそうに部屋に入る望月。 その手にはお盆に乗せられたプリンがあった。
 自家製なのだろう。 有り得ないほどでかいプリンは和泉の顔ぐらいある。
 ぷるぷる揺れるそれに視線を奪われながらも、望月の言葉に耳を傾けた。
「……まだ悩んでるのか」
「……うーん……ごめんね」
 興味をそそられ、真面目な顔をしている望月に悪いと思いつつもプリンをつついてみる。 尋常じゃないほどにぐらんぐらん揺れるプリン。
 面白い。 和泉はそれを突きつつ、ゆっくりと口に含む。 簡単に作られた味に感動までは覚えないが、その心意気に和泉はじいんと胸を震わせたのであった。
「……元気出ると思って、でっかいのにしてみた」
「はは、うん……なんか、……うん」
「そのさ、なんて言って良いのかわかんねーけどさ、あんまり根詰めるなよ。つーかさ、吉原先輩に言ったらどうだ? 仕事離れる訳にはいかなくともさ、蓮の気持ちわかってくれんじゃねーかな」
「そういう、んじゃないし」
 その望月の言葉に和泉はプリンを揺らしていた手を止めた。
 確かに吉原に言うのが一番手っ取り早いのかもしれない。 あの吉原のことだ、仕事を放棄するなり和泉に心配をかけないなりするだろう。 それほどまで大切にしてくれているのはわかっている。
 だが仕事を放棄したり、わざわざ仕事場を変えたりするのも嫌なのだ。 黒川と離れてほしいだけであって、そういう中途半端なことは嫌いだ。
 かといって黒川を排除するのも気が引ける。
 ではどうしろというのか。 それがわからないからこそ、和泉はあぐねていた。
「それ、に……」
「それに?」
 和泉が一番気にかかっていること、それは吉原の心なのだ。
 大切にされ愛されているという自信はある。 こんな自分を受け入れてくれるのは、きっと吉原しかいない。
 水島や望月も和泉のことを受け入れてくれている。 だがそれは和泉が思う受け入れるという意味とは少し違うのだ。
 愛し愛されの関係にひびなど入れたくない。 和泉が言う我儘によって、もたらされるひびが怖い。
 鬱陶しいと思われたらどうしよう。 重いと言われたらどうしよう。 煩い、邪魔だと思われたら? などなど悪い考えは一人で考えれば考えるほどに増殖していく。
 信じていない訳ではないのだが確固たる証拠もない上不安要素が散らついている今、和泉はゆっくりと考える余地もないのだ。
「……なんでも、ない」
 俯いて言葉を閉ざした和泉に、望月はこれ以上追求して物事を聞くことは憚られたのであった。
 一人になりたい、とそう言った和泉に望月は渋々と頷くと部屋を退出する。 置き去りにされたプリンが揺れているのを目にし、望月はがっくりと肩を落とした。
「……まあ元気出せよ。俺ができることならなんでもしてやるからさ」
 パタリと閉じた扉。 残された部屋で和泉はまた布団に蹲ると、ネガティブになる思考にうんざりとする。
 このまま吉原が信じきれず黒川を憎むという道を辿るよりは、黒川を受け入れ吉原を信じるという道を辿った方が遥に良い。 頭では理解しているもののやっぱり無理だ。
 こういった場合に陥ったとき、どうすれば良いのか誰か教えてほしい。
 その教えに従うことができるのかは定かではないが、今よりずっと良いような気もする。
 せっかく吉原の仕事が早くに終わり拘束時間も余りないというのに、和泉がこのままでは逢瀬もままならない。
「……ばか」
 ちかちか光る携帯ランプ。 一人能天気な吉原は毎日和泉に愛を紡ぐため電子機器を使って送るのだ。
 それに答えることができるほどの自信がほしい。
 和泉は今日もぐるぐる回る闇に抗うこともできず、吉原からの連絡手段を絶ってしまうのだった。

 そうして幾ばくの日が経ったのだろうか。 のらりくらりと吉原の誘いを断り続け、授業以外は自室に篭る日々。
 望月が煩いのできちんと食事はとっていたが食指があまり動かず、残してしまうこともしばしば。 あまり健康ともいえない生活を送っていた。
 それでも時間はゆったりとたゆたう。 迷路にはまってしまったまま抜け出せない和泉を嘲笑うかのように、ゆっくりと時間は進むのだ。
 望月がテニスの自主練習に出かけ、一人お留守番をする和泉。 電気もつけず真っ暗な部屋の中、リビングにあるソファに蹲る。
 手には携帯。 吉原からの連絡を受け取ると、いつものように流し読んだ。
「……むり」
 返事は出さず口にしていう。 今日も誘われた誘いに断りを入れた。 といっても無視である。
 このままでは愛想まで尽かされるかもな、と不安がよぎる中、安定を取るためにも和泉は過去の受信履歴を一つ一つ見ていった。
 これは恥ずかしくて誰にも教えたことはないが、吉原のメールのみ受信すれば別フォルダに移動するように設定してある。 流石にグループ分けまではできなかったが、これでも十分恥ずかしいものだ。
 吉原のメールが蓄積された大切な携帯。 中には保護までしてあるものもある。
 一つ一つゆっくりと読み返して、思いを馳せる。 こんなにも嬉しい言葉をくれた。こんなにも幸せになる言葉をくれた。
「よっし……」
 触れ合っていないからなのだろうか。 それとも不安が過ぎたのだろうか。 ゆるゆると緩んだ涙腺がほろりと雫と落とした。
 勝手に嫉妬して、拒絶して、それでいて寂しいなどと道化のようだ。
 猫のように丸まった和泉は携帯を大切そうに抱えると目を瞑った。
 嫌な考えから解放されるのには寝るしかない。 寝すぎている所為であまり眠気は襲ってこないが無理にでも寝るしか方法はないのだ。
 妙に冴えた思考の中、念仏を唱えるようにしていた和泉。 集中して寝ると呟いた最中、静寂を切り裂くインターフォンの音が鳴り響いた。
「……え?」
 誰だろうかと思う暇なく連打で押されるインターフォン。 寝てもいないのに気だるい身体を起こすと、和泉は玄関に向かった。
 その間も絶えずインターフォンは鳴っている。
 なんだか怖いとそう思いつつもチェーンを外して鍵を開いた瞬間、扉を開けられてしまって和泉は恐怖で慄いたのであった。
 しかしそこにいたのは和泉の悩みの過中でもある本人、吉原だった。
「蓮!」
「え、え? な、なんでここにいるの」
「一体どういうつもりだよ。連絡してもでないのは元からだったけど、最近オレのこと避けてねーか?」
 耳が痛い話だ。 和泉はほろほろと視線を彷徨わせると、手持ち無沙汰に指先を動かした。
 事実が事実なだけに否定ができない。 そんな和泉をわかっているのかわかっていないのか、吉原は痺れを切らすと和泉の手を引いた。
「ちょ、っと! 無理だって言ったじゃん!」
「なんで? 納得できる理由言ってくれねーとオレも引かねえ」
「……そ、れは」
「ないんだろ? ただ避けてるだけなんだろ?」
「……でも、ルル、いるし、……柚斗も、帰ってきてないし」
 この場に及んでまで逃げを打つ和泉に、吉原は決意を固めると無理に行動を実行することにした。
 ずかずかと部屋の中に侵入をし、まずはルルを引き取る用意をする。 幸いにもルルは賢い猫のためさして暴れることもせず、吉原に従うかのように素直にゲージの中におさまると大人しく待った。
 それから望月に対するメモを残しておく。 こうすれば帰ってきたときに和泉がいなくとも慌てることがないだろう。
 目の前でてきぱきと物事を進めていく吉原を止めることすらできない和泉は、再度強く吉原に手を引かれるとされるままとなった。
 和泉を引きながらずんずんと歩を進める吉原。 怒っているのだろうことがありありとわかる。
 自分とて逆の行動をされれば怒るに違いないだろう。
 だけどもほんの少しでも良いから和泉の気持ちもわかってほしい。 口にしなければ理解など到底できないだろうが、わかってほしいのだ。
 あっという間に吉原の部屋の前。 乱雑に鍵を開けた吉原に促され中へと入る。
 そのままルルを部屋に解放してやった吉原はぐるりと向き直ると、和泉の目をしっかりと見据えた。
「言い訳禁止。理由言うまで帰さねえから」
「え……と」
「理由もわからずに避けられて無視されて、……オレだって不安なんだよ」
「……ごめんなさい」
 そう言われて初めて和泉は身体の力を向いた。 下手すれば崩れ落ちそうになった身体を、そうなる前に吉原が抱き締めてくれる。
 痛いぐらいの抱擁。噎せ返る吉原の匂い。 安堵できる温度に包まれて、和泉の凝り固まった心も解れていく。
 そうしてお互いになにも紡がないまま、暫くときを過ごしたのである。
 どちらが先に仕掛けたのだろうか。 近付いた唇を避けることもせずに受け入れた。
 話をしなければ駄目だと思いつつも吉原に翻弄されてはなにもできない。 口からは嬌声しか出てこないのだ。
「ん、……ッ」
 縋るように背に手を回す。 きつく抱き締めれば抱き締めるほど、抱き返してくれる温かさ。
 吉原が和泉に触れて、それを和泉が受け入れて、溶かされるように廊下に崩れる。
 シャツに入る手が脇腹を撫ぜながらゆったりとした動作で這い上がる。 もう片方の手は待てないと言わんばかりにズボンを脱がせにかかった。
 避けていた所為だろうか、久しくセックスをしていないように思う。
 ふやけた視界では焦ったように身体を繋ごうとしている吉原が見えた。
 和泉と同じように違う理由で不安だったのだろうか。 その手を払うことができなくて、和泉はどうすることもできない。
 本当はこんなことがしたいのではない。 今するべきことは会話なのだ。
 お互いなにが不安なのか、どうすれば良いのか、じっくりと話し合わなければならない。 これからのこと、今までのこと全部だ。
 今、身体を繋げたらきっと駄目になる。 愛されるという行為によって、和泉が抱えている不安がうやむやになってしまうような気がして、それが怖かった。
 誤魔化しては駄目だ。 この手を突っぱねて、ちゃんと言わなきゃ。 そう思うものの今の和泉に抵抗などできるよしもない。
 じわりじわりとあがる熱。 求めていた存在がこんなに近くにいて、自分を求めてくれている。
 逃げている? きっと弱いから。 だから受け入れてしまうんだ。
「柳、星……っ」
 シャツを脱いだ吉原、その上半身を見てほっと安堵を覚える。 キスマークも背中の傷跡もない。
 疑っている自分が嫌で、でも確認してしまう自分もいて、そんなことないと誰よりもわかっているはずなのに。 そうして後悔ばかり重ねて和泉の言葉は奥へ奥へと押し込まれていく。
 突っぱねなきゃいけない腕が誘うように吉原の首に絡まる。 引き寄せて、キスをねだって、和泉は落ちた。
「ん、ふ……」
 身体をまさぐる手が和泉自身に絡む。 既に反応を見せていたそれをゆるゆると扱われれば硬度を増すのだ。
 はしたなく漏れた先走り液が吉原の指を濡らして、汚していく。 ただそれを遠くで感じながらも和泉は更に求めた。
 羞恥がなくなってしまったような感覚。 きっとお互いに焦れていたのだろう。 焦った分だけ性急に進む行為に、楽しむという意味だけがない。
 どろりと垂らしたローションが秘部へと塗りたくられた。 温度を中和しないそれに冷たさを感じるものの直ぐに慣れてしまう。
 強引に押し入るようにして入れられた指が内壁を広げるようにして動く。
 ぎゅうぎゅうと締め付け狭さを見せていたそこも幾度か抽送を繰り返すと馴染むようにして、吉原の指を受け入れるのだ。
「ぁ、あ……ッ! や、ゃっァ……も、りゅ、せ……っ!」
 指では足りない、と流石に言うことができないけれど必死に願う和泉に気付いたのか、ずるりと抜かれた指。
 ぎらぎらと欲をみせた瞳が問うた答えに頷く。
「ほしい……」
 いつになく素直に出た言葉。 淫事のときばかり素直になって、それ以外では素直になれないとはなんて皮肉な話なのだろうか。
 それでも行為は続いていく。 お互いの言葉を押しのけて、続いていくのだ。
「……痛かったらごめんな」
 あてがわれた吉原自身の熱さに、入り口が収縮する。 咥え込む悦びを覚えた身体ははしたなく求めるのだ。
 ぐ、っと先端が中に挿入される。 ゆっくりと、だがどこか焦ったような挿れ方に和泉は歯を食いしばると衝撃に耐えた。
 先端が入ると後は楽だ。 そう言わんばかりに吉原は先端を挿れ終わると、一気に中へと突き入れたのだった。