「ぐ、ぁ、……ッ!」
声にすらならない呻き声が俺の喉から搾り出されるようにして出た。
下肢を引き裂かれる痛み。
痛いと、一言で片付けてしまえないほどの痛覚が俺を殺す。
ローションや指で慣らしたことなんて気休めにしかならない。
少しですら意味を持たないんじゃないかってぐらいに痛い。
喧嘩で作った傷とは違う、知らない傷。
初めて味わう屈辱と支配されているという現実が俺を打ちのめした。
「は、っ、きっつ……」
「ぬ、け……ぬけ、よっ」
じりじりと押し進めてくる柊のあれが俺の中心を貫いた。
神経全てが下肢に集まっているんじゃないか言われても納得してしまう。
もうなにがなんだかわからない。
痛くて苦しくて、死にそうだ。
このままだったら死ねそう。
そんな俺なんて構いもせずに柊はただ腰を進めた。
柊だって絶対に痛いはずなのにそれをおくびにも出さないから、俺だけが苦しんでいるような錯覚にさせる。
「ほら、五十嵐、わかる? 中に入ってる感触……」
「わ、かんねっよ……ッ!」
「わかるでしょ? ほら、ねえ、……こんなにも、入ってるよ」
頭ががんがんする。
内臓を揺さぶられているみたいだ。
情けないけど涙が出てきた。
男なのに男に犯されて、そんで泣いているなんて馬鹿みてえ。
だけどどうしようもねえじゃん。
どれだけ暴れたって抵抗したって、どうにもなりゃしねえんだ。
「ひ、……っう、ぁ」
腕を噛んで耐える俺を見て柊は笑う。
痛みと快楽の混じった表情を浮かべると舌なめずりをして腰を動かし始めた。
どれだけ俺が痛いって訴えても無視をされる。
気遣う素振りすらない。
無理に腰を押しては引いて、俺の苦痛に歪む顔を見て楽しんでいる。
とんだ変態だ。
こんな女らしくもねえ身体犯してなにが楽しいんだよ。
なんで勃ててんだよ、可笑しいよ、あんた。
苦痛に滲む汗が伝って背中をしっとりと濡らした。
荒い息遣いと、繋がった場所から漏れる卑猥な音以外存在していない部屋。
腐ったような目をしている男が腐った男を犯している。
可笑しい。
全部、全部、可笑しいだろ。
そんな俺を嘲笑うかのように柊は腰を揺らすと色が滲んだ吐息を出した。
俺は搾り出したかような酷い声だというのにこの違いはなんだ。
気持ちの良いものとは思えない行為。
寧ろ地獄に近い。
柊の言った通り、地獄のような苦痛だ。
だけど感じているのも事実。
生理現象のようなもの。
この場に興奮しているのか肉体が興奮を起こしたのか、じりじり燃える熱が俺に火を灯す。
「は、……く、っあ、ぁ、う」
「ハ、ちょっとは良くなってきたの? ちんこ勃ち始めたよ」
「……っ、は……だま、れよ」
「威勢が良いね、まだ懲りない? もっと酷くされたいんなら、してあげるけど」
言葉とは裏腹に柊の指先が伸びた先は反応を見せ始めている俺のあれで、そこにやんわり触れると快楽だけを植えつけるような刺激を与えた。
滲んだ先走り液を馴染ませるように手を動かされる。
その手が誰のものであろうと、そこに触れられれば反応をしてしまうのが男の性だ。
抗いようもない。
俺は快楽と苦痛の狭間に身を落とすと、ぶるりと身体を震わせた。
「く、っ」
「五十嵐、男に犯されるのって、どういう気分? 癖になりそう?」
「な、らね、えよ」
「へえ? じゃあ地獄なんだ? ちんこ勃起させてんのに」
「生理、現象だろっ、が」
「犯されてるのに?」
「……、そ、んなの、……もっ、わかんね、えよっ」
「はは、癖になりそう。あんたのその顔、最高だね。俺なしじゃ生きられない身体にしてみたいよ。ねえ、五十嵐、どれぐらいできるか試してみる? あんた体力だけはありそうだ」
緩く首を撫ぜながらそう言った柊に逃げ腰になる俺。
ただでさえ犯されているというのにこれ以上の苦痛を与えようとするのか、こいつは。
歯をぎりっと食いしばる。
速度を増した腰使いに俺は目を瞑ると、掴めない床に爪を立てた。
柊に手を伸ばしては、負けだと思ったんだ。
犯されて、揺さぶられて、馬鹿にされて、俺を見て笑う柊。
殺してやるって、憎いって、地獄だって、悔しいって、そう思えば良いんだ。
こんなことされて黙っている訳ねえだろうって。
だけど逃げられなかった。
身体が動かなかった。
犯されていくうちに、柊を求めるようになってしまった。
どうしてかってそんなの俺が聞きてえよ。
こんなことされてんのに柊が気になるだなんて馬鹿みてえじゃねえか。
柊の瞳に色がついていくのが嬉しいだなんて、俺ももういかれちまっている。
飢えた獣のように何度も俺を甚振る柊を黙って受け入れた俺。幾ら体力に自信があるっつったって、無理に拓かされた身体がそうそうもつはずもなくて気付けば俺は意識を失っていた。
柊に犯されて知ったことは、あの柊でも熱くなるんだってそんだけのこと。
それだけしか、知れなかった。
それだけを、知れた。
どっちの言い回しだって、差なんてねえだろ?
ずきずきと痛む下肢の痛みで目が覚めた。
どこかで見たことがあるようなそんな部屋。
ぐるりと首を回して周りを確かめてみればそこは俺が顧問を務める生徒会室だった。
俺に背を向けて神妙そうに話し合っているのは生徒会長と和泉の側にいた片割れだ。
書類らしきものを片手に真剣に話し合っているようだったが、俺が掠れた声を出すとばっと勢い良く振り向いた。
「目が覚めましたか?」
生徒会長が俺の側に近寄ってくる。
和泉の片割れはそこから動こうとはせずに、立ち止まったままだ。
俺は痛む身体を無理に起こすとぼんやりと視線を向けた。
「なんで、ここに」
「なんでって……風紀委員が見回りをしていたら先生を発見したんですよ。科学準備室で倒れてたって」
「先生、思い出したくねえなら仕方ねえけど……一応風紀の仕事なんだ。言える範囲で良いから言ってくれねえ?」
そう言った生徒会長と和泉の片割れに、俺はことのあらましを知ることとなった。
どうやら俺は科学準備室で倒れていたらしい。
それを見回り中だった風紀委員が発見し、すぐさま生徒会へと連絡してこの部屋に連れてこられた。
発見時に人気がなかったため犯人は割り出せていないとのことだ。
そうか、柊の奴そのまま放置したのか。
せめて身繕いぐらいしておけよ。
それか見つからない場所に捨て置くとか。
そこまで思って、俺はあんまり自分自身が傷付いていないことに気付いてしまった。
一応は犯された身だ。
所謂レイプというやつなのだろう。
男同士でもそれが通用するのかなんてのはわからねえけど、視点を変えればそういうことになるのだ。
なんだかいまいち現状が理解できなくて俺は俯いた。
それを傷付いたとでも思ったのか生徒会長は労しげな声音を出すと俺の顔を覗き込む。
「痛いところはありませんか?」
「……え、ああ……ちょっと、身体が痛む程度かな」
取り敢えずは身体が痛いだけで他は平気そうだ。
ずきずきと痛む下肢さえ無視してしまえば他はどうにかなるのだろう。
確かにあの感触は気持ち悪いと思うし、無理に押さえつけられるのは屈辱以外のなにものでもない。
あの行為を望んでしたいかと聞かれれば答えはNOだ。
あんなの二度とご免である。
突っ込まれて感じるなんて都市伝説じゃねえの? 俺には内臓を引っ掻き回される感覚しかしなかった。
だけど嫌じゃなかった。
柊の熱を感じられたのも柊の瞳の変化を見られたのも、嫌ではなかった。
これが流されやすい性格の所為なのか、無関心なだけなのか、面倒くさいだけのか、なにかなんてのはどうだって良い。
ただ少し柊に近づけたような気がして嬉しく思うのが一番の難点だった。
後戻りできない感じになってんじゃねえの? 一体、どうなってんだよ。
俺っ、どうしたんだ? 俺は、柊になにを求めている?
黙り込んだ俺が余程思い詰めていた顔をしていたのだろうか、生徒会長と和泉の片割れは顔を見合わせると気まずそうに俯いた。
「先生、ごめん。風紀の見回り……あんまできてなかった」
「生徒会の方でも全力を尽くしますので……必ず犯人を見つけてみせます」
「え? あ、いや、別に良い。つか……」
面倒くさい。
そんなこと、しなくて良いんだ。
このままでも構わない。犯人なんて、いねえんだよ。
「合意だったから、そんなのいらねえ。ちょっと、無理しただけだし」
だから思わずそう言ってしまった俺がいた。
あられもない姿をこいつらに見られたって思うと少し恥ずかしいような気もするが、記憶がないしどんな格好で倒れていたかなんて知りもしない。
ただ犯されたって思っているっつーことは、それなりの格好だったんだろう。
俺が紡いだ言葉に納得がいかないのか、生徒会長は俺の肩を掴むと首を横に緩く振った。
「そんな無理しないでください。俺たちは生徒ですけど権力はあります」
「……そう言われてもほんとに合意だったし、気にする程度でもねえよ」
「先生ほんとにそう言ってんの? 遠慮してねえ? 頼りねえかもしんないけど、このままじゃ、他にも犠牲者でるかもしんねえんだよ?」
「犠牲者はでない、と思う。ほんとに心配いらねえし……ありがとな。なんか心配かけたようで」
痛む腰を引き摺って立ち上がれば、動揺を見せた生徒会長と和泉の片割れ。
俺の意見は無理をしていると思っているらしい。
制止をかけようとする手を、俺は拒んだ。
なにを言われたってこの意見を覆す気はない。
俺はあいつを恨んでいる訳でもねえし、これ以上どうのこうのってのも面倒くさい。
このまま放置っていうのが俺にとっては一番なのだ。
身長だけ大人びているくせに顔はてんで子供のままの二人の頭を撫ぜると、俺は踵を返した。引き止めるような声に手を振って生徒会室を出る。
無理にヤられた所為か身体が熱っぽい。
ああ今日はもう帰って寝ようか、仕事ももうないし。
なんて思いながら歩いているとまるで俺がくるのがわかっていたと言いたげな様子の柊がそこには立っていた。
そのままスルーでも良いかなんて思っていたけど、柊は俺に用があるらしく腕を掴むと無表情で俺を見据えてくる。
「……なに」
「なに、って。あんたこそ俺に言うことないの?」
「あー、熱っぽい。腰痛い。……腰? つーか穴? が痛い。あ、あと、乱暴だった。首絞めるのはどうかと思うぜ」
「その方が締まるって良く言わない?」
「挿れる前から締めてただろうが……」
「それだけ? 罵るとか、怯えるとか、憎むとかしてくれないとあんた犯した意味ないじゃん」
「そんなこと言って楽しんでたんだろ。気失うまでヤるって、どうなんだよ。悪趣味だな」
平然と言ってのけた俺に柊は眉間に皺を寄せると、不機嫌そうな顔をしてみせた。
そういう顔もできるんだ。
なんかちょっと可愛いかもしれない。
数時間前までは犯されてぐちゃぐちゃにされていたのに、この変わり身の早さには自分でも驚く。
俺ってこんなに能天気だったっけ? 流石に普通は怒ったり、とか、するよな。
手を掴んだまま柊は動こうともしない。
だから俺も動くに動けなくて、ただ立ったまま柊を見た。
「……マゾなの?」
「マゾ、ではねえかも」
「可笑しいよ、あんた可笑しい」
「可笑しいよな。俺も可笑しいと思う」
まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情。
鉄仮面の柊の顔が歪む。
可笑しな俺は柊には少々扱いにくいらしい。
握り締める手に力が入るのがわかる。
柊は動揺を隠すように無理に表情を作ると、俺の目をしっかりと見ながら言葉を紡いだ。
「……取り敢えず、これに懲りたらもう俺に関わるのはやめてほしいね。説教なんて真っ平だ。俺は俺のやりたいようにやるだけ。あんたになにも言われる筋合いなんてないんだ」
「……ああ」
「もう俺に関わるなよ」
「……多分」
「多分ってなに? あんた、ほんと可笑しいんじゃないの?」
「だけど放っておく訳にはいかない。見てしまえば、また俺は同じことすると思う」
「……呆れた。あんた、ほんと馬鹿? 可笑しいっつーより、馬鹿だよ、ちょー馬鹿。最高の馬鹿だね」
ぱっと離された手。
柊は満足したのかしていないのか、なんともいえない微妙な顔を浮かべると小さく息を吐いて俺に背を向けた。
戸惑っているのだろうか。
だがそれを確認するほどの気持ちはない。
柊が進む方向とは別の方向に俺は足を向けると歩いた。
頭の中では関わるな、と言った柊の顔が離れなかった。
その顔があまりにも寂しそうに見えたから、逆に気になってしまった。
俺の気の所為だって可能性もあるだろうが、俺には寂しく見えたのだ。
「……いてえんだよ、糞野郎」
しつこいほどに痛みを訴える下肢に俺は歯を食いしばった。
このままなにもなかったかのように過ごして、同じような毎日を繰り返す。
柊は相変わらず遊んだまま俺はこの学園に四苦八苦しながら働いて、昨日か今日か明日かすらわからねえそんな日をまた迎える。
そんなことができるんだろうか。
柊に犯されたことも、なかったことにできんの? あの熱も、目も、全部忘れられることができんのかよ。
ぎゅっと握り締めた手。
感触が掌に伝わって軽さに目を閉じる。
じいと神経を研ぎ澄ましてみれば下肢がずきずきと痛んで、現実を思い出させてくれる。
忘れることなんて、できる訳ねえだろ。
そんなの割り切れるほどには成長しちゃいねえよ。
あの日を忘れた訳じゃねえ。
簡単になんて忘れられねえ。
誰かを思う気持ちも、誰かに思われる気持ちも煩わしいって感じていた。
こりごりだって思っていた。
だから怖い。
酷く似たこの痛みの理由を知ることが怖いんだ。
きっかけなんて些細なことだ。
それが広がるか消えてしまうかを、知ることなんてできないのだから。