水鳥先輩が三銃士の人たちを呼び出してから少し経った。
裏庭には見事に三銃士の皆さんが揃った。
短い髪を綺麗なオレンジに染め、人の良さそうな笑みを浮かべるのは三城 啓二(みき けいじ)先輩。
身長が高くほんのり小麦色に焼けた肌。
それに似合うしっかりとした筋肉、顔は例に漏れなくかっこいい。
その傍らで企んだような笑みを浮かべるのは岸谷 和樹(きしたに かずき)先輩だ。
アッシュに染めた髪を左右に流し、知的さをアピールするかのようにかけた銀縁眼鏡が恐ろしいほどに似合っている。
一重の切れ長の瞳としゅっとした鼻、和系美人といったところだ。
三銃士が揃えば僕の居た堪れなさもピークに達し、直ぐにでもここから逃げ出したかった。
こんなに美系の人に囲まれたのじゃ、元からない自信が跡形もなく消え去ってしまいそうなのだ。
そんな僕を余所に三銃士は盛り上がって会話に花を咲かせていた。
「アル、面白そうなこと考えるじゃん」
「ま〜ね! けーちゃんは話がわかるから好き! 和ちゃんも嫌そうな顔してるけど、案外楽しみなんでしょ?」
「全くアル君には困りましたね。私だって前から椿君改造計画を考えていたのに、先を越されるなんて」
「ふふん、何事も実行力がものを言うのだよ、君」
わいわいと楽しそうに話す三銃士を見ながら、僕は深い溜め息を吐いた。
元が元なのでどんなに頑張ったところでそんなに変わるとも思えない。
正直、僕のために集まっていろんなことをしてくれるのは嬉しいが気持ちだけで十分だ。
僕はこのままでも困らないし、寧ろこのままの方が安心して良い。
しかしせっかく集まってくれたのに、今更遠慮をするというのもなんだか気が引ける。
ぼんやりと三人が話す会話を聞きながら、ポケットに入ったお札の意味を思い出して少し気が重くなった。
そういえば蓮見先輩からお使いを頼まれていたのだ。
このままじゃ今日はお使いを実行できそうにないし、学園にすら戻ってこられなさそうな雰囲気だ。
嗚呼、明日蓮見先輩にどんな顔をして会えば良いのだろうか。
そればっかりが気になってしまい、僕は蓮見先輩がいるであろう教室を裏庭から眺めた。
「よーし、じゃあ椿ちゃん行くよ〜」
「え、あ……ちょ、ちょっとま、ま、待って!」
「つばっちゃんなに食ってんだ? もうちょっと太った方が良いぞ」
「フフ、椿君に餌付けするのも楽しそうですね」
ぼんやりとしていた所為か、三城先輩が僕を抱き上げたことに気付くのが遅かった。
気付いてしまってからはもう遅く、三城先輩は僕を抱き上げたまま歩き出してしまったのだ。
ただでさえ蓮見先輩に気に入られているということで目立っているのに、こんなことをしたらもっと目立ってしまう。
だけど後悔してももう遅く、三銃士は僕の身体のことで話し合いを始めてしまい、今更おろしてくださいとは言えなかった。
そのまま僕は水鳥先輩が用意したのであろう車に乗って、どこに行くかも告げられぬまま連れ去られてしまった。
段々と遠くなる学園に僕は本日何度目かの重い溜め息を吐いた。
「椿君、調子が悪いのですか?」
「い、いえ……ただ蓮見先輩にお使い頼まれてて……」
「ああ、また蘭君の我儘ですか。放っておいても大丈夫ですよ、たまには反抗してみるのも面白い」
「……そういえば、岸谷先輩はどうして蓮見先輩と一緒にいるんですか?」
「フフ、私ですか? そういえば言ってませんでしたね、アル君と蘭君が幼馴染なのは知ってるんですよね? 実は私と啓君も幼馴染なんですよ。ええ、つまり四人とも幼馴染ってことです」
「え、ええ!? そうだったんですか!」
「昔からアル君と蘭君、私と啓君といったペアで別れていたのでわかりづらかったのかもしれませんね」
そういえば水鳥先輩と蓮見先輩が良く一緒にいたような気がする。
いつも我儘ばかり言う蓮見先輩に水鳥先輩は笑ってジョークばかり言い、良く蓮見先輩を怒らせていた。
三城先輩は喧嘩をし始める二人の仲裁役で、岸谷先輩は我関せずといった風に野次を飛ばしていた。
仲の良さそうな四人にいつも僕はいづらくなって、どうしようかとおろおろしていたのは記憶に新しい。
そこで僕はあることに気付いてしまった。
学園では三銃士と呼ばれ蓮見先輩を守る役として尊敬されている三人だが、実際に守っていると思うことはあまりない。
僕は岸谷先輩の眼鏡を見ながら、ぼそりとその疑問を口にした。
「どうして、三銃士って呼ばれてるんですか?」
「ああ、そうですね、まぁ多分蘭君のカリスマ性ってやつでしょうね。蘭君は華がある。なにもしなくても周りに人が寄っていくタイプです」
「確かに……」
「私たちは蘭君を守っている意識もなければ慕っていることもありません。ただの友人です。だけど傍から見ればそう見えるんでしょう、蘭君のカリスマ性で」
「あぁ、だからそう呼ばれてるんですね」
「丁度三人ですしね。私は凄く不本意ですけど」
にっこりと笑う岸谷先輩に僕は胸がどきりと高鳴ったが、慌てて頭を振りその事実を消した。
そんなこんなで岸谷先輩と他愛のない話で盛り上がっていると、車が停車した。
窓から外を見ればそこに佇んでいるのは、入るのを躊躇ってしまうほどの立派な外観の美容室。
物凄く高級そうだし、入りづらい。
たらりと背中に汗が伝うのを知ってか知らずか、三城先輩は人の良さそうな笑みを浮かべてこう言った。
「大丈夫だって、そんな緊張すんな! ここは俺たち御用達だし、畏まった場所でもねーよ」
「は、はぁ……あ、でも、僕お金持ってないですけど」
「ふっふっふ、心配はいらないよ椿ちゃん。言ったでしょ? 水島アルヴィ監修プロジェクトEXだって! スポンサーはここにいる三人! お金の心配は無用さ」
「そ、んなの悪いですよ」
「フフ、椿君、私はずっと君を改造するのが夢だったんです。こんなはした金で椿君を改造できるなら喜んで出しますよ、だから気にしないでください」
「でも……」
「でもだって僕じゃとかはいらねーんだ。つばっちゃんは黙って俺たちの着せ替え人形になってくれれば良いのさ」
それはそれでどうなのだろうか。
とは思ったが敢えて口には出さずこの好意を有難く受け取ることにした。
自分じゃ到底しようとも思わないし、やる機会だってない。
一生に一回くらいはこんな体験をしてみるもの悪くないかも、と自分に言い聞かせて車をおりた。
目の前には相変わらずの豪勢な建物。
僕は意を決し足を前に踏み出すと、水島アルヴィ監修プロジェクトEXの第一段階へと進むのであった。
この水島アルヴィ監修プロジェクトEXで僕がどう変わるかはわからないが、取り敢えずはやってみようと思う。
僕みたいな平凡な人間はなにをしても平凡なのだと、三銃士の皆さんに知ってもらう良い機会だ。
いらっしゃいませ、と響く美容室内。
僕は水鳥先輩にエスコートされながら、椅子へと座った。
水島アルヴィ監修プロジェクトEXが今まさに始まろうとしていた。
「蘭丸の反応が楽しみだね」
「フフ、蘭君悔しがるでしょうね。早くその顔が見たいものです」
「お前ら悪趣味だな〜……って俺も見たいけど」
三銃士が盛り上がる中、まずは僕の髪の毛をどうにかしようという話になった。
僕が変身した姿を見られるのは水島アルヴィ監修プロジェクトEXが終わってかららしいのだ。
だから僕は美容院にいるのにも関わらず、目の前には鏡がない。
水鳥先輩が美容師さんに注文をしてから、僕のヘアーカットが始まった。
僕がぼーっとしている間にちゃくちゃくと仕上げていく美容師さん。
ぼさぼさだった髪を切り終えると、移動させられ次はカラーを入れ始めた。
なんだか忙しなく時間が過ぎていくのを、僕はどこか遠くに感じていた。
完成までは一度だって自分の姿を見られないし、どんな風になるのかも教えてもらっていない。
気にはなるもののどうだって良いという思いもあってか、僕は目を瞑ると少しの睡眠をとった。
髪型が完成し僕たちは美容師さんにお礼を言ってから美容室を出て、次はエステサロンに向かった。
男がエステなんて、と思っていたのだがどうやら最近の男性はエステサロンに行くことも珍しくはないらしい。
男性専用のエステサロンまであるのだから、世間知らずの僕には晴天の霹靂だった。
エステで僕の顔と全身の肌を綺麗にしてもらってから、マッサージやら良くわからないことなどたくさんのことをやらされた。
ここで大分時間を使い果たしたため、僕はぐったりとしていた。
「椿ちゃ〜ん、あとちょっとだし頑張って!」
「え、まだあるんですか……」
「まだっていっても、もう終わりだけどね。椿ちゃん元はそんなに悪くないし、男の子だから化粧もいらないしね」
「じゃあ最後ってなんですか?」
「ふふふ〜服だよ、服! 服を変えれば印象もがらりと変わるからね」
ええ、とあからさまに嫌そうな声を出したが、三銃士の皆さんは誰一人として僕の声など聞いてくれなくて楽しそうに僕の手を引いて進みだした。
やれインテリ系が良いだとか、可愛い系が良いとか、はたまた意外性を狙ってゴシック系だとか訳のわからない話ばかり。
どうか奇抜な服だけは着せられませんように、と願いつつ後ろをついていった。
暫く歩いていると目の前を歩く三銃士が止まった。
到着だよ、と声がかけられ俯いていた顔を上げると僕は開いた口が塞がらない状態になった。
だって目の前にどでーんと広がる大きな建物は、とても洋服屋には見えない。
どっかのホテルじゃないだろうか、と思えてくるほど高級感が漂っている。
入り口だって物凄く高いし、その入り口には守るようにガードマンが立っている。
お値段を考えると軽く眩暈がしてくるほど、僕と無縁の世界だった。
「さ、流石にここは……」
「フフ、気にしないでください。ここは私の家が経営するブランドの服なんですよ。椿君にぴったりだと思いますよ」
「え、……凄い……岸谷先輩ってほんとにお金持ちなんですね」
岸谷先輩に腕を引かれ、僕は高級ブランドショップへと足を踏み入れた。
目の前に広がる服は黒や白で展開されており、至ってシンプルなのだがどこか高級感が漂う服ばかりだった。
値段は怖くて見られないが、きっと僕の想像を遥かに超える値段なのだろう。
きょろきょろする僕を置いて三銃士は店内をあちらこちらと移動すると、各々が選んだ服を大量に抱え僕のとこに戻ってきた。
もちろんこの大量の服から僕が選ぶのではなく、三銃士が選ぶのだ。
僕を広いスペースに立たせると、三銃士は僕の身体に服を当てて悩みだした。
「私は細身のスーツなどが似合うと思うのですが、どうでしょう」
「駄目駄目。それも可愛いけど個性がないよ、やっぱりちょっと甘めにフリルとか入ってる方が可愛いって」
「お前らわかってねーなー! やっぱ男は黙って短パンだろ!」
「……啓君、趣味が悪過ぎます。短パンは有り得ない」
「俺も短パンはないと思うよ」
「そうか? 意外と可愛いんだけどな〜」
あーだのこーだの目の前でぎゃーぎゃー騒がれて、僕はどうして良いのかわからずにおろおろとした。
たかが僕の服如きで喧嘩をし始めてしまうのじゃないだろうか。
そう思ってしまった僕は取り敢えずその場を押さえるために僕自身が選ぼうと思った。
山積みにされてある服を見て、僕は適当にこれが良いと三銃士に伝えた。
「あ、の……これが良いです」
「……ふーん、これ、か」
「椿君案外良い趣味してますね」
「そうだな、これなら良いだろう」
水鳥先輩は僕の選んだ服を掴むと、僕を抱き上げて試着室へと入っていった。
恥ずかしい、という暇も与えず僕の服を脱がせると、手際良く僕に服を着させる。
なんだか慣れている手つきにどぎまぎしながらも、楽しそうな水鳥先輩を見ていると僕まで楽しくなってくるから不思議だ。
しかしこんな時間にこじゃれた服を着てどうしようと言うのだろうか。
もうとっくに学校は終わっている時間だし、そろそろ夕食の時間だ。
僕はまだ高校生だし、そんなに早くはないが門限だってある。
早く家に帰ってゆっくりしたい。
だけど今の調子じゃまだなにか隠してそうなのだ。
水鳥先輩を見ると目が合い、僕ににっこり笑ってできたよ。
そう言った。
そして目の前にあったカーテンがゆっくり引かれると、中から出てきたのは大きな鏡。
ここにきてやっと僕は自分自身の姿を見ることができたのだ。
「こ、れが……僕?」
正直、驚いた。
自分でもこんなに変わるとは思っていなかったので、開いた口が塞がらない。
髪をアシンメトリーにカットされ、カラーは柔らかい印象を与えるキャラメルブラウン。
トリートメントの効果なのか、カラーを入れたはずなのに髪はきらきらと光り天使の輪をうつしている。
顔もいつもと違い、暗くどんよりした雰囲気から明るく優しそうな印象へと変化しておりなんだか自分じゃないみたいだ。
なによりも凄いのが洋服だった。
適当に選んだだけの服なのだが、僕にしっとりと馴染む服がまた僕を別人へと変わらせている。
縦にフリルのついたシャツにダークブラウンのリボン。
短めのジャケットは上半身をすっきりと見せとてもスタイルが良く見える。
僕の脚の形に合わせたかのように作られたズボンは美脚効果なのか、足が長く見えるようだ。
少しヒールのついたダークブラウンのブーツに裾を入れ、完成した姿はどこかの御曹司のようだった。
自分で言うのもなんだが、ちょっと良いかもしれない。
僕が鏡と向き合いぼーっとしていると、三城先輩がまた僕を担ぎ早速移動し始めた。
「え、ちょ、ちょっと……どこ行くんですか!?」
「やっぱ和樹の服は最高だな! シンプルなのにかっちょい〜ぜ」
「フフ、そうでしょう。実はこのブランドのデザインは僕も担当しているんですよ」
「やるね〜! さ、椿ちゃん最終段階だよ!」
「最終段階?」
「今からパーティーに行くのさ。今日は丁度蘭丸の家の社交パーティーがあってね、俺たち招待されてるんだ。ほっんと偶然だよね」
「……ほんとーに偶然ですね」
ハハハ、フフフと笑う三銃士の人を見て僕は最初からこの予定だったのだと確信した。
だっていくらなんでも都合が良すぎるのだ。
嗚呼、だからこんなこじゃれた服を着せられたのかもしれない。
ここでいくら僕が嫌だと言っても、この人たちは絶対僕をパーティーに連れて行くのだし、それは変わらないと思う。
だから僕は水鳥先輩に貸してもらった携帯で家に連絡をして、一切の抵抗をせずにただ流されるまま移動した。
できれば蓮見先輩とはあんまり会いたくないのだけれど、どうしようもない。
きっと蓮見先輩は怒っているはずだ。
だってお使いを無視した挙句三銃士と一緒にいたのだから。
見てはいないが鞄に入ってある携帯には、蓮見先輩からの連絡がたくさんあるだろう。
少し憂鬱になりながらも三銃士が着替えるのを待って、僕は水鳥先輩の車でパーティー会場へと向かうのだった。
それにしても今更ながら思うのだが、蓮見先輩や三銃士とは住む世界が違うと思う。
僕の家が一般家庭だとすると、この人たちは大金持ちなのだ。
実際そうなのだけど、とにかく僕はこの人たちについていけない。
都内でも超有名の高級ホテルの会場を貸し切り、内輪パーティーを開くなんて本当に金持ちの道楽だと思う。
僕は蓮見先輩の家が主催しているパーティー会場の前に立ちながら、はぁと溜め息を吐いた。
「というか僕、招待券ないんですけど良いんですか?」
「全然良いよ! つーか俺の恋人ってことで入ってるから」
「え!? 恋人ですか? なんでまた……」
「友人では気軽に入れないのよ、これがまた。恋人なら仕方ないか〜みたいなノリ?」
「疑問系で言われても困ります」
会場内に入ると、僕はまた驚いてしまった。
人の数が半端ない上にみんな上流階級の人だとわかってしまうほど気品に満ち溢れている。
三銃士だって気品と上品さでいっぱいなのに、僕だけが平凡でとても違和感がある。
中に入るやいなや三城先輩は食べ物を食べるべく立食コーナーに直行するし、岸谷先輩は交流を深めるためにお偉いさんらしき人たちの群れに混じりこむし。
僕の横にいてくれる水鳥先輩がいないと、僕は今にも窒息してしまいそうだ。
不安になって水鳥先輩の高級そうなスーツの端をぎゅっと握ったところで、目の前に見慣れた姿が近寄ってきた。
だから嫌だったんだ、このパーティーに参加するの。
「……椿? どういうこと? 僕の言うこと無視して、なんでここにアルと一緒にいるの?」
目の前には凄く怒っている蓮見先輩が立っていた。
僕は急に恐怖に襲われて水鳥先輩の後ろへと隠れてしまった。
しかしそれがいけなかったのか、蓮見先輩は舌打ちをすると後ろにいる僕の腕を無理矢理引きずんずんと歩き出したのだ。
後ろを振り向けば楽しそうに手を振る水鳥先輩。
目の前には不機嫌最高潮で僕の腕を痛いほど強く握る蓮見先輩。
まさに今、僕は絶体絶命の大ピンチに襲われていた。
「ねぇ、椿、わかってるよね?」
にっこりと笑う蓮見先輩に、僕はこの世の絶望を見たような気がした。