秘密結社★アークモノー団 11
「う、あっ! や、やめろってば!」
 唾液をたっぷりに、べろべろと舐め回されぢゅっと強く吸われる。舌のぬめり気が生々しく雨乞の足先を這いずり回った。
 生温かいそれがそこを味わうかのように移動する度、雨乞はびくりびくりと震えながら恥ずかしさでいっぱいになった。
 いくら白瀬が平気だと言ってもそこはお世辞にも綺麗とはいえない。先程まで散々歩き回って酷使した足だ、靴下だって革靴だって穿いていた。そんなところを舐める神経もどうかと思うが、しつこいぐらいに舐めるので雨乞は羞恥を煽られてばかりいる。
 なにも言わず無心でいるさまが雨乞には恐ろしい。内心汚いとか思われていたらどうしよう。そればっかりが気になって、それがまた神経を足先に集中させて、雨乞はどうしようもなくなっていた。
「……そんなに恥ずかしいの?」
 べろりと土踏まずを過ぎった舌。ひくん、と喉を鳴らせた雨乞はこくこくと頷くと足を引っ込めるよう手前に引いた。
「し、神経可笑しいんじゃねえの! こんなとこ……な、舐めるかよ普通!」
「愛の成せる技って思ってくれても良いじゃん〜」
「愛があんならこんな行為やめろよ! たまには俺の意見取り入れてくれたって良いだろうが!」
「さ〜雨乞さんズボン脱ぎましょうね〜」
「おい! 都合悪くなったら無視すんのやめろよ、ほんとに!」
 ぎゃあぎゃあ文句を言ってもズボンを脱がす手に制止を掛けない雨乞が結局のところ白瀬を許してしまっているのだ。
 焦れったいほどにゆっくりと脱がされていくズボン。膝小僧を過ぎ、足首をするりと抜けて露になった生足に白瀬は瞳をきらきらとさせるとしゃぶるように太股に顔を寄せた。
「ん、ぁ……っ」
 さらさらの白瀬の髪の毛が太股に刺さってくすぐったさを覚える。焦らすように白瀬は雨乞の内股をちゅうちゅうと吸うと鬱血痕を残した。
 じりじりと熱を焦がされていくように雨乞の中で燻っていた欲がぼうと燃えていく。徐々に荒くなっていく息、肌が敏感になって空気にすら反応して震える。
 白瀬のちろちろとしたあやしい舌使いにかぶりを振って、柔らかな髪の毛に指先を差し入れた。
「あ、あ、ぁ……し、ろせさ……っ」
 ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。溢れ出る唾液が興奮しているのだと雨乞に知らしめる。
 元々淡白な雨乞だったが白瀬と出会ってからというものの性に耐性がつき、慣らされた。わかりたくもなかったが受身のセックスの良さを知ってしまった。故に少しの刺激で経験してきた甘い痺れを思い起こすのだ。
 あの激しい悦楽を望んでいる。欲している。ぐちゃぐちゃに掻き回してほしい、そこまで思って正気に戻った雨乞は愕然とした面持ちで下唇を噛んだ。
「く、……っ、そ」
 もう駄目だ。馴染み過ぎている。結局は時間を空けたってなにしたって一度経験してしまったことは零には戻せない。
 開き直ってセックスを己から楽しむにはまだ抵抗があるし、本気になって拒否するほど情がない訳でもない。中途半端な状態だ。ちゅぶらりんりんと揺れる雨乞の気持ちを置いてけぼりに、身体だけ進んでいく現状が歯痒くて仕方がなかった。
「……雨乞さん別のこと考えてるでしょ」
「え? ……あ、いや、別に」
「ふうん? まあそのうち俺のことだけしか考えられないようにしてあげる」
 覗き込まれた顔。真剣な白瀬の瞳には戸惑いを浮かべている雨乞の表情がそのまんま映っていた。
「ねえ、雨乞さん? もう勃ってるよ」
「な、えっ……?」
「ほら、濡れてる。下着べたべたになっちゃうね」
 つつ、とボクサーパンツの上からなぞられる。白瀬の長い人差し指が形を確かめるように動くさまに雨乞の内股がぴくりと震えた。
 じわりじわりと確認しなくても下着に先走りが染み出すのがありありとわかる。途切れた熱い吐息が口元を覆った雨乞の手の甲に当たって、なんだか少しそれがいやらしく感じた。
「声、聞かせてよ」
 口元を手の甲で押さえる雨乞に近寄って白瀬が囁いた。湿った白瀬の吐息が掌に掛かる。
「……それとも抑えきれないくらい出させてほしい?」
 ちゅ、と落とされたのは掌に。白瀬は一度だけ雨乞の掌に口付けを送ると、肌の表面を軽く唇でなぞるように下降させていった。
 顎、鎖骨、胸元、腹、服の上からでも微かな感触が振動になって伝わる。下半身だけズボンを脱がされ、上はきっちりとスーツを着ているというちぐはぐな格好のまま雨乞は白瀬の舌を甘受するとその行き着く先を知って瞼をぎゅっと閉じた。
 下着の上から口付けられたのは最も敏感な場所だ。ほど良く芯が通ったそこは下着を濡らして自らの存在を主張するかのようにくっきりと形を露にさせていた。
「はは、窮屈そうだね〜、ここ。出してあげよっか?」
 はむりと甘く噛まれて性器が成長する。間接的な刺激ばっかりで焦らされていた雨乞の身体には下着越しといえども性器への刺激は強過ぎたようだ。
 完全にそこを勃起させると窮屈そうに下着の中から押し上げた。
 ボクサーパンツ故にぴっちりとしたそれが今だけは忌々しい。雨乞が脱ごうと腰を軽く揺らせば白瀬が咎めるようにそこを強く噛んだ。
「っつう……」
「だーめ。勝手に脱いだらおしおきするよ」
「下着、汚れるだろうが……早く脱がせよ……」
「汚したいのが男の心理ってもんでしょ〜? 新しい下着買ってあげるし、俺好みの」
「は、あ? 汚すって……」
「そのままイってよ。いっぱい舐めてあげるからさあ〜。中でぐちょぐちょに濡れてさ、汗いっぱいかいてさ、それでむあ〜って蒸れてる雨乞さんのあれ咥えるの俺好きなの。ちょっと酸っぱいのがね、すっげえ癖になるんだ」
 羞恥というものを知らない白瀬は雨乞が嫌がることばかりわざと言葉にする。そう言われてはいどうぞといえる神経を持った人がいるのなら是非見てみたいものだ。
 雨乞は足を閉じようと慌てて白瀬の身体を挟み込んでみるが、太股を掴まれ左右に大きく開かれてしまっては最後の逃げもなくしてしまった。
「雨乞さんの恥ずかしい姿いっぱい見せてね? 全部受け止めてあげるから」
 顔をずらして股に顔を埋めた白瀬は言葉の通り下着の上から雨乞の性器を口に含むと、強弱を付けて噛んだり吸ったり舐めたりしだした。
 いつもならこの緩い刺激にそこまで反応をしなかった雨乞も暫くお預けを食らっていたということと焦らされていた現状の所為で一気に火がついた。
 恐ろしいまでの愉悦を連れてきた白瀬の口淫に喉の奥から喘ぎが漏れ出すと、必死に飲み込むよう唇をぎゅっと縛った。その声を出したくないという我慢が余計に性欲を誘って快楽に繋げる。
「ふ、……っく、う……」
 不規則に乱れた呼気が玄関に響く。冷たいフローリングを背に身悶える雨乞には逃げ場もない。
 じっとりと汗を滴らせて額から零れ落ちたそれがフローリングに落ちた。
「は……っん、んん、……っ」
 粘り気を増した性器が下着の中先走りを零して窮屈さに悶える。白瀬の舌に吸われるように水分が出る音が響いて、雨乞の羞恥を煽るばかり。
 一歩一歩確実に上り詰める絶頂に抗えば抗うほどに早くなる解放。雨乞は弾けそうになるそれに必死に耐えながらも白瀬が躍起になって性器を啜るのでその刺激に耐え切れなくなった。
 小刻みに身体を揺らして息を詰まらせる。ぶるりと震えたのと同時に下着の中で精液が吐き出された。
「あ、……ぁあ……」
 いつもより多く、長く吐き出される精液。雨乞はどっと力が抜けるとだらりと両手を床に投げ出して達した余韻に浸っていた。
「早いね、今日の雨乞さん。ちゃんと浮気しないでくれてたんだねえ」
 その言葉にひくっと反応した雨乞は疲れた身体を半分起こして白瀬を睨み付けた。浮気だとかどうだとかそんなことばっかり言っているが第一付き合うと認めた訳でもないし、仮に付き合うと認めても白瀬だけには言われたくない。
 飄々としている白瀬のことだ、白を切るのだろうが風俗だとか素人だとか絶対に手を出している。言葉ではいくらでも偽れるものだから。
 そんなことにいちいち腹を立てていることが悔しいが、なんとなく不公平な気がするのでそういった理由にしておきたい。
「……浮気もなにも、仕事漬けだった、し」
「ふうん? まあ雨乞さんって、浮気とか風俗とか行けないタイプだもんね〜」
 いやに上機嫌でパンツをゆっくりと脱がす白瀬。満足のいく結果だったのだろうか、予想通り中で果てた所為でどろどろになった下肢は性器や下生えをしっとりと濡らすとパンツにまで粘りついていた。
 糸を引いて離れていく下着が目に痛い。自分の出したものだと理解していても視覚的にいやらしいそれを見て、雨乞ははしたなくもそれだけで性器がゆるりと反応するのを見た。
「べとべと〜。雨乞さん、いっぱい出したね。それに今日いっぱい汗かいたでしょ。すっごく蒸れてる〜。ちょお俺好み」
 言葉で攻め立て、雨乞の理性を突き崩すのは白瀬だけだ。外気に晒されてすうすうとするそこに顔を埋めると、まるで匂いを嗅ぐように息を思い切り吸った。
「すっげえ良い匂い〜。舐めて綺麗にしてあげよっか?」
 飛び散った精液が白瀬の舌に掬われ、少しずつ口内へと消えていく。雨乞のアイデンティティーが崩壊していくような感覚に捕らわれながらも、それをじいと見つめ次はなにがくるのかと期待に震える欲には勝てそうもない。
 まるで操られているようだ。性器に口付けをした白瀬に倣って足をゆっくりと開けば、粘りついた精液がどろりと内股を伝って床に零れた。
「やらしいね、どこで覚えてきたの?」
「……別に、そんなつもり……」
「雨乞さん、浮気ほんと〜にしてない?」
 内股を掴まれ左右に大きく開かれた股、白瀬はその間に腰を入れると雨乞の顔を覗き込んだ。
 浮気はしていないと胸を張って言えるところが悔しい。付き合っているという事実を認めたくないから浮気という表現は嫌だが。
 だけど一つそれに近いような近くないような経験はした。未遂に終わったけれども。寧ろ胸しか揉んでいない。白瀬が風俗は浮気に入らないと言っていたのだから大丈夫なはず。
 とは思うが唯我独尊で自己中心的な白瀬のことだ、雨乞が風俗に行ったと言えば理不尽にも怒るかもしれない。いや怒りはしないがなんらかしら思うところがあるのかもしれない。
 ぐるぐると悩んだ雨乞は白瀬の問いに詰まってしまい、余計立場を危うくさせた。
「浮気したんだ?」
「浮気じゃねえよ! 風俗行っただけだ。……ほら、白瀬さん風俗は浮気に入らないって言ってたし、人生初めての経験ってやつしてみたかったし、それに俺だって一応曲がりなりにも男だからよ、その、あの……柔らかい胸とか好きだし」
 どんな羞恥プレーなのだろう。あまり性のことを口にして言うことが好きではない雨乞は女に対する思いを言葉にするだけで首から上を真っ赤にさせてしまった。
 己の性癖を吐露して更にはそれで盛り上がれるなんて都市伝説に違いない。かっかかっかと顔を赤くさせた雨乞は白瀬にがっと手首を掴まれてしまい、その衝撃を予想していなかった所為か大袈裟に驚いてしまった。
「な、なんだよ」
「どんな風俗行ったの。俺に黙って行くなんて良い根性してるよねえ、雨乞さんも」
「はあ!? つーか白瀬さんが風俗は浮気に入らないって言うから! 俺だってそれ当てはまんだろうが!」
「だめだめ。俺は良いけど雨乞さんは絶対にだめ。つーか俺以外に肌触らせるの禁止だって普通わかるでしょ? なに勝手な行動取ってんの。あ、おしおきされたかったの? だったら言ってくれれば最初から激しいプレーしてあげたのに、ねえ?」
「理不尽だろうが! 不公平だ! それに胸しか揉んでねえよ! それぐらい誤差ってことで……つーか別に良いじゃねえか! 俺のあれだってたまには誰かに使用したいとか、ほらな! いろいろあるだろ! 俺だって男だ!」
「雨乞さんが男だとかちんこ突っ込みたいとかほんっと、どーでも良いっつーか関係ないし? 雨乞さんは俺の恋人なんだから、俺だけのものでしょーが。俺のいうこと聞いてくれないの? 健気な恋人のお願い聞いてくれたって良いじゃん」
 じりじり間合いを詰められて、白瀬は雨乞の顎に噛みついた。微妙な痛さとくすぐったさが混じったなんともいえない感覚。甘えているのか怒っているのか拗ねているのかさっぱりだ。
 違う人間なのだから当たり前といえばそうなのだろうけど、雨乞にはいつまで経っても白瀬の考えていることや行動、全てが読めないでいた。というよりどういった思考回路をしているのだろう。
「エロ本とかAVはOKだけど〜風俗とか女の子は触っちゃだめ。もちろん男もだめ。屁理屈いってニューハーフとかも駄目だよ」
「なんだよそれ。勝手だな、白瀬さんって」
「勝手だよ。だから俺と右手以外はだめだからねえ。わかった? 返事は?」
「……第一まだ付き合ってるって認めた訳じゃねえし、愛がねえとやっぱ……嫌だ」
「馬鹿だなあ、前も言ったでしょ? 愛なんてあとでついてくるんだから。心の恋愛はまだかもしれないけどさあ、だからこそ先に身体の恋愛しよーよ。身体が好き合えば心だって通じるでしょ?」
 ヤりたいだけの言葉なのかその場凌ぎの睦言なのかいまいち把握できない白瀬の言葉だが、それに妙に納得してしまっている時点で随分と毒されてきた証拠だ。
 白瀬と恋愛したいのかと問われればどう答えを出して良いのか、それに迷走している。同性というところも大きなネックだがこのちゃらんぽらんで良い加減な白瀬に本気になったとき馬鹿を見るのは明白だからこそ迷っているのだ。
 信じて裏切られるのが一番堪える。白瀬の本気が見えないからこそ一歩を踏み出そうという気持ちになれない。
 信じたいのだと心のどこかで思っていることが雨乞にとってなによりの誤算ではあったが、それはもう認めざるを得ないものだ。
「それにさあ、雨乞さんだってなんだかんだいって受け入れてくれるじゃん。あー俺って愛されてる〜!」
「愛してねえよ!」
「これからもよろしくね! エッチしたらさ、カレー食べたいなあ。材料ある? 手作りじゃないと嫌だから〜レトルトとか反対! あ、てゆーかプチトマトは!? ねえあれどうなったの!? まさか俺に黙って食べてないよね? ね? まだあるでしょ?」
 思い出したかのように詰め寄ってくる白瀬に雨乞はどっと疲れをみせると半笑いになった。
 雨乞が大事に育てているプチトマトの存在を覚えていてくれたのだということが嬉しいのだ。雨乞自身を褒められるより、大事に大事に育てているプチトマトを褒めてもらえる方が雨乞にとっては効果覿面なのである。
 絆されていくと感じていつつもにやけてしまう頬に、雨乞は咳をして誤魔化すと仕方ないといった風に言葉を吐き出した。
「まあ、な。ちゃんと取ってある。先に食ってやろうかと思ったけど……まあ白瀬さんが気にしてたからよ、一応……残ってるぞ」
 実際のところは白瀬が観察していたプチトマトは時期が過ぎてしまった所為で食べてしまったのだ。だがその隣の鉢のプチトマトは収穫時期が遅れた所為で今が丁度食べ頃だった。
 そこまで細かいところは白瀬にはわからないだろう。知らなくて良いこともある。知らせたくないこともあるのだ。
「ほんと!? ならそれでサラダ作ってね! あ、でも取っちゃう前に見せてね! ってゆー訳で〜エッチの続きしよ? あ、おしおきするんだっけ? うーん、ま、いっか」
 がばりと覆い被さってきた白瀬に対し、雨乞は抵抗をすることを止めると素直に大人しくその身体を受け入れた。
 行為が終わったら白瀬に雨乞が丹精込めて作ったプチトマトを自慢しよう。あれほど出来の良いプチトマトはなかなか見られない。はっきり言ってスーパーのものより良い出来かもしれない。
 趣味でもある家庭菜園に意識を持っていかれた雨乞ではあったが、余裕を持っていたのも最初だけ。徐々に責められていく欲に抗えなくなると思考を染め上げられ熱しか感じられないようになっていった。
 久しぶりに味わう白瀬の身体は前よりも熱く、そして尋常ではないぐらいに気持ち良かった。感じ方が明らかに変わっていた。なに一つ変わらないように見えた二人が、少しずつ変化を遂げていく。
 熱の篭った視線で見る白瀬も、欲を孕んだ吐息を零す雨乞も、見えないところでは確実になにかが変わっていっているのだ。
 白瀬の背中に大きな爪痕を残してしまった雨乞はそれを見る度に、信じたくはないが妙な優越感を覚えてしまうのであった。