お望み通りだろうといわんばかりにエメラルドの華奢でもある指先が、ぬらぬらと濡れるルビーの性器を握った。表面だけ見ればおおよそ性に狂っているなんてわかりもしない。こんな風に少しの愛撫でルビーのつぼを得た触れ方をして、慣れているのだと実感させる。
ルビーには誰かと比べるような経験の相手がいない。けれどもことの運びがスムーズであるエメラルドに、いいや側で淫事に耽ってばかりいたエメラルドを誰よりも見てきたからこそわかるというものだ。
卑猥な音を立てて上下に揺さ振られる。自分でするのとは違う格別の快楽に身を包まされたルビーは、目の裏がちかちかと光るような錯覚さえした。
「っ、く、……ふっ」
反った肩をシーツに押しつけて、逃れようと無意識なのか上へ擦ってしまう。しかしがっちりと掴まれた性器はエメラルドの手淫から逃れられるはずもない。
いつもより膨張して血管が脈打っているのがわかる。火にくべられたかのような羞恥が身体を焼いて、神経を下肢に集わせてしまうのだ。
はくはくと唇を開閉しては堪らない悦楽に溺れて、ルビーはらしくもなく嫌だとむずがるこどものように首を左右に振った。
「は、っ、あ、え、えめ、らるど……っ」
おおよそルビーから出た声とは思えないほど、あまったるくて耳に障る。普段を想像すれば気持ちが悪いとさえ思われそうなほど鼻に引っかかったような、そんな声だ。快楽をもっともっととほしがって腰を振る馬鹿な宝石と、ああ、ルビーもなにも変わらないではないか。遜色なく、ただひたすらにエメラルドを欲するだけ。
「一回イったら」
性器の括れを擦りあげられて、ルビーは喉を仰け反らせた。甲高い声が部屋に響く。気持ちが良くて堪らないって、そんな声にさえ聞こえるものだ。
視界の端でエメラルドが唇を舐めるのが見えた。底の知れない、熱いくらいの悦に染められているルビーの視界はぼやけて、輪郭さえ失われつつある。シーツを必死で手繰り寄せていた指先をエメラルドに伸ばせば、酷く機嫌が良さそうに顔を近づけてきた。
「え、め、らる……」
さらりとした指先がエメラルドの髪の毛に触れる。下肢の方ではぐちゃぐちゃと淫猥な音が鳴っていて、浮いては痙攣する腰から察するにそろそろ限界も近い。呼吸が乱れて喘ぎに変わる。なにもかも考えられなくて、残っていたなけなしの理性さえ擦り切れてしまえばルビーとてただの恋する宝石。
愛おしい人に触れていたくて、伸ばした両手でエメラルドの顔を引き寄せた。
「こういうの、堪らないね、ルビー」
あまやかな声が落とされて、唇を塞がれた。耳をくすぐってやまなかった喘ぎも吸収されてしまえば、残るはくぐもった息遣いと濡れた音だけ。
確実に追いあげようとしている指先の動きが早まって、ルビーの性器を強く扱いた。上下に擦りながらスピードを増し、先端を指で弄られれば大袈裟にルビーの身体が震えた。淡白だとはいってもルビーは単に性の興味が希薄で、刺激を知らなかっただけ。
一度知ってしまえば蜜の味。底なしの沼のように落とされていくだけの身となる。
存外に悦を拾いやすいルビーはエメラルドの手淫に呆気なくも陥落すると、びくびくと腰を震わせて性器から白濁を迸らせた。久方ぶりだったのだろう、吐き出すのは。べっとりと濃厚なルビーの精液はエメラルドの手を汚すと、長い射精を終えても萎えることはなく、未だ芯をもったままエメラルドの手の中で脈打った。
押さえ込むような、それでいて宥めるような唇が離されていく。はあはあとあがった息でルビーはほんの少しだけ治まりをみせた熱に、理性が呼び戻された。
エメラルドの顔を見るのが恥ずかしい。自ら望んでしていることだが想像を絶する快楽と恥ずかしさに、今直ぐにでも気を失いたかった。
だけど良くも悪くも、エメラルドの性格など熟知している。囁くように耳元で名を呼ばれてしまっては、今のルビーには逆らうことすらできない。おそるおそると薄っすら瞼を押しあげ、意地悪そうに微笑んでいるエメラルドを赤色の瞳に映した。
「いっぱい出したね、ルビー」
ねっとりと粘着しているルビーの精液を弄ぶさまを見せつけてくるなんて、本当にエメラルドは良い性格をしていると思う。
だが目を離せずに、じっと食らいつくように見つめてしまうのも事実だ。ルビーが吐き出した欲望がエメラルドの手を汚している。それだけで、こんなにも胸が熱くなる。
エメラルドとこうして同衾する宝石なんて、腐るくらいいるだろう。ルビー以上に恥ずかしい思いをしている宝石だって、ルビー以上にエメラルドの情欲に塗れた顔を見た宝石だって、比べればきりがないほどにルビーはエメラルドの情事のことをなにも知らないし、教えてももらっていない。
きっと、些細なことに過ぎないのだ。ルビーにとっては初めてのことでも、エメラルドにとっては茶飯事のなのだから。
今まで散々馬鹿にしてきた。エメラルドとセックスする宝石も、狂ったように色欲に溺れるエメラルドも。もしかしたら両人ともなみなみならぬ想像もつかない想いを抱えて、あいた穴を埋めるためにしていた行為なのかもしれないのに。
ああだけどやっぱり、ルビーにはどうしようもないのだ。
エメラルドの汚れた指先を掴んで、手前に引き寄せる。ルビーが吐き出した精液で汚れた指先を舐めれば生臭いような、なんとも言い難い妙な味が口腔に広がった。
「……煽ってるの? そういうの、どこで覚えたんだか」
蔑むようなエメラルドの視線。きっとエメラルドにとっては、使い古された誘い方なのだろう。ルビーの知識で行なえる行動なんて、エメラルドにとっては新鮮でもなんでもないのかもしれない。
情欲でさえ満たすことができず、当然サファイアになれるはずもない。エメラルドの心にぽっかりとあいた穴を埋めたいと思う半面で、本当は疑似でも嘘でもいい、ルビーが愛されたかっただけなのかもしれない。
馬鹿だな。愛されるなんて、夢ですら叶わないのに。
「……興奮、しねえの」
丹念に指先を舐めるように舌を這わせれば、エメラルドが舌打ちを鳴らした。苛立たしげに手を払うと、濡れた指先で頬をなぞる。
「お前はそんなことしなくても良い」
「……、どうして」
「似合わないじゃん。黙って、俺に喘がされときなよ」
意味を含むようで、なんの意味でさえ含まれていないエメラルドの言葉にルビーは頷いた。一時の夢でも見させてくれるのならば、なんて随分と殊勝な考えだ。
おまぬけにもどこかで余裕のあった、遊びのような、そんな空気が薄まって消えていく。ただならぬ静寂を齎した言葉の封印は、密やかな空気を連れてくるとともに艶美たるものへと変えていった。
鼻腔をつくのはいつだったか、サファイアの部屋で嗅いだ香りだ。ルビーがはっとしたように顔をあげれば、エメラルドは珍しくも相好を崩して笑った。
「女々しいって、お前も言うんだろ」
誰かに言われたのだろうか。薄く、暗く、影を落としていくエメラルドの瞳には、サファイアだけが映っている。
「……サファイアにもらった香油だよ」
「やっぱり、嗅いだことあると思った」
「普段こっちは使わないんだけどね、安物の香油で済ませているし。これは貴重なものだから、なくなったら困るものだ」
そう言いつつ、エメラルドのてのひらにサファイアが愛した香油が垂らされた。場を染めていく香りはどこか懐かしくもあり、胸をさざめかせるような、やわらかい匂いだった。
いつだったか、そう、遠い昔の話だ。まだ辛うじて三人で円卓を囲むように食事を摂っていたときのことだったか、宝石箱の主人でもある公爵夫人に呼ばれて外に出たサファイアが帰ってきたと思えば、三つの香瓶を手に持って円卓の上に置いたのだった。
なにそれと眉間に皺を寄せるルビーに、しゃれているねとエメラルドが言った。サファイアは淡々ともらったものだと言ってはいたもののご丁寧に三個揃えているのだから、その意味をわからないほど馬鹿でもない。
あの頃のサファイアはなにを思ってこの香油を皆に贈ったのだろう。きっと他意はないのだろうけれど、今になって掘り下げて考えてもみたりする。
色事に長けていないルビーの部屋ではインテリアとして化している香瓶も、エメラルドにとっては宝物にもなっているのだろう。
ああ、こんな匂いだったのか。胸を満たす香りにルビーがうっとりとしていれば、エメラルドはその香油を塗りたくるようにルビーの後孔に触れた。
「ひっ!」
情けのない、色気の感じさせない声があがる。エメラルドとセックスをするということはルビーが組みしかれる側にまわり、身体の奥にある箇所に触れられると理解はしていても、いざ直面すると大いに驚いてしまった。
口元を押さえてびっくりしたようにエメラルドを見返すけれども、エメラルドは眉一つ動かすことなく、ぐにぐにと入り口に香油を揉み込みながら解すと指先一本を突き入れてきた。
「うっ、くう、き、きもち、わるい」
「もっと色気ある声で喘ぎなよ」
「む、むりっ」
「ほんと初めてなの。お前ほんとそういうの無縁って知ってたけどさ、良くも無事っていうか、誘い乗らなかったね。ああ、ルビーのことだから誘いにかけられても誘いって気付かなかったとか」
「そ、んな、のっい、ないってば」
「それとも攻める方として人気あったの。まあ、どっちでも良いけど」
肉厚のある壁がエメラルドの指を排除しようと蠢くものの、香油の力を借りれば呆気なくも指の侵入を許してしまう。一本まるまると指を咥え込んだルビーの後孔は窮屈さと違和感を覚えると、苦しげに収縮してはもがいた。
額にじわりと脂汗が滲む。呼吸が短くなって、シーツを掴む指先が白くなった。想像していたものとは段違いに気持ちが悪い。痛みは思ったほどないものの、とにかく違和感というのだろうか、異物があることが気になってしようがない。
喘ぐというよりは呻き声をあげるルビーに、エメラルドはなおも気にすることなく指を前後左右に動かすと、ゆっくりと解すようにして中を拡げていった。
「ん、っん、……っ」
苦味が走ったような感覚が口腔に広がる。なにも含んでいないのに、苦しさが錯覚をさせているのだろうか。ルビーはぎゅっと瞼を閉じると、抗いようのない感覚に歯を食い縛った。
エメラルドの指が執拗にルビーの中を犯す。最初よりは随分と違和感も薄れ、異物が入っているということも麻痺させられてきたような感じになりつつあるものの、やはりどこかでなんともいえないなまぬるい苦湯を飲まされているような気にもなる。
既にルビーはエメラルドの指を三本も呑み込んでいる。たいした抵抗もなく受け入れている方だとは思うものの、なんだか微妙な感覚は拭えない。
ぬちぬちと鼓膜に残る嫌な音がしても、ルビーは感じたこともない後孔を犯される感覚にいっぱいいっぱいだった。
「ルビー、息止めてて苦しくないの」
エメラルドの精一杯の優しさなのだと思う。一見わかりづらいし人によっては勘違いだといわれそうなものでも、快楽だけに重きを置いているエメラルドがそれでもルビーに痛い思いはさせまいと、丁重に時間をかけて慣らしてくれているのは情事に長けていないルビーでもわかっていた。
じんじんと下肢が疼いて、徐々に嫌悪だけではなく揺るやかな悦を感じ始めていることだって。半分だけ芯をもった性器は頭をもたげはじめると、先走りを零している。
それでも決定打を与える愉悦がない。とろとろに溶かされた後孔に力は既になく、荒い息を零したままルビーは犯されるという感覚をいやというほどゆっくりと咀嚼させられた。
「も、い、から」
はあ、と呼吸に交えてエメラルドの方に視線を向ける。冷淡で変化もないとばかり思っていたエメラルドの瞳にも情欲が見え隠れしているのがわかって、ルビーはらしくもなく胸を騒がせた。
色気もなにもないといわれていたルビーだったけれど、ほんの少しでもエメラルドの欲をそそるなにかがあったというのだろうか。後孔を弄繰り回しているエメラルドの手首に触れると、息も絶え絶えに科白を紡ぐ。
「いれろ、よ」
ああ、どんな風に誘えばぐっときてくれるのか、考えて実行する余裕もない。ルビーはサファイアにも腰を振って媚を売るかわいい宝石にもなれないのだから、どの道なにをしたって同じだ。
愉悦にはほど遠くても、誰よりもエメラルドの近くにいる宝石でありたい。情を結ぶことによってその他宝石と同一にされたとしても、多くの表情を知っているという自負だけはしていたいのだ。
エメラルドがサファイアだけに注ぐ健気さが、ルビーにもあったなんて驚きだ。
ずるりと指が引き抜かれて、異物を失った後孔が寂しげにひくつくのがわかる。エメラルドは下唇を舐めると、下肢だけ隠すように覆っていた布を剥ぎ取った。
「良いの。ここが最後の引き返し場所だと思うけど」
エメラルドらしくのない言葉だ。ルビーは笑って、頷いた。
「言っとくけど、長くてしつこいよ」
「知ってる」
「わかってないな。泣いたってやめないんだから」
「わかってるよ」
「ルビーってほんと頑固。お前とこんな風に、なるなんてね。予想外」
「……存外に、嫌じゃないだろ?」
覆い被さってくるルビーにそう言ってやれば、言葉を濁してエメラルドが考える素振りをした。なにもかもわかっているようでわかっていなくて、一線を越えてもなにもない世界のままだと先読みをしていても、一瞬だけの愛がほしいと願ってしまった。
ルビーだけにしか与えられなかった時間もあったというのに、ないものねだりばかりしてしまう。決してルビーには与えられることのなかったその他大勢の、偽りの愛がほしくなってしまったのだ。
恋に触れてしまえば今よりもつらくなるのだろう。強情に大丈夫だなんて今は余裕をかましているかもしれないが、きっと全部崩されてしまうだろうこともわかっていてその手を取った。
「エメラルド、お前が好きだ」
告白が唇から零れ出て、ルビーの爪先から順に染めていく。エメラルドといえば皮肉そうに笑っては、ルビーの膝裏を抱えて高ぶった性器を後孔にあてがった。
触れなくても、なにもしなくても、そんな風に熱を感じるほどにはルビーの痴態はエメラルドの性に触れることができたのだろうか。馬鹿だな。こんなことに嬉しくなるなんて、もうどうにかなっているに違いない。
ぴったりと合わさった先から期待が滲んでは膨らんでいく。息を詰めたルビーに、エメラルドは初めてみせるかなしみのこもった顔で笑ってみせた。
「俺は、サファイアを、愛してるよ」
自分に言い聞かせるようで、ルビー越しのサファイアに囁いているようでもある。ルビーを傷つけるために用意したのだろう台詞も、わかっていた。今更そのようなことで傷つくほど柔でもない。
エメラルドの狂おしいまでの愛が、切っ先から広がっていく。今だけはルビーをサファイアだと思ってくれても構わない。偽りと知っていて誰かを愛するのは、酷く胸が虚しくなる行為だろう。
それを知っていてエメラルドを受け入れるルビーも、大概に寂しいのだから。
「いっ、あ、っ」
指で十分に解したといえども、やはり性器となると話は別だ。質量の差が違い過ぎる。まるで切り裂くような痛みが下肢を貫いて、ルビーは強く唇を噛みしめた。
熱い杭を中心に打ち込まれたかのような衝撃。それでもエメラルドのものだと思えば痛いはずの身体が歓喜を帯びて、満たされていくのだからつくづく恋というものはおそろしくも麻薬のような成分をしている。
エメラルドがルビーの耳元で切望したかのような声で漏らした言葉が、ルビーの胸を酷く抉った。ああ、やっぱり、駄目かもしれない。
なんて殊勝になってルビーはエメラルドの背に爪を立てると、存在を主張するようにエメラルドに痛みを植えつけたのであった。