布が擦れ合う音がする。衣服を支えていた紐をしゅるしゅると引き抜かれ、寝台の下へ落とされていった。
蝋の灯りだけが頼りの薄暗い部屋にぼんやりと浮かび上がるのは二体の裸体。片方は褐色の肌を薄紅に染めて、溺れる魚のようにはくはくと酸素を求め呼吸をしていた。
「ぁ、あ、……っ」
シーツを掴む手が白む。爪先の色が変わって、ラミアはじっとりとした汗を額に掻いた。覆い被さっているシャヤールは汗ひとつ掻いていないというのにもうこのざまか。
独りで熱くなって息を乱して、やわらかなシーツに押しつけられている。与えられる熱の大きさに酩酊さえ覚えた。
「ラミア、力を抜け。そんなに力まなくても大丈夫だ。怖いことなどなにもしない」
耳元を愛撫するような囁きに、ラミアはひくりと腰を浮かせた。シャヤールの素顔が蝋の灯りに照らされ、ラミアの瞳に映り込む。噂で美しいと聞いていたがまさかここまでだとは想像すらしていなかった。
ラミアにとって、シャヤールは理解のできない人。ここまで追い詰められたのも初めてだった上に、こころの奥底に触れようとしてこられたのも初めてだった。
一族の出でもないたかが一の王のシャヤールに掻き乱されるなど、今でも信じられない。全てはきっとシャヤールの瞳の所為。透き通ってなお輝きをとめない不思議な色合いは、ラミアを恍惚とさせるには十分だった。
「シャ、ヤール王……」
シーツに沈んでいた両手を伸ばした。身体を滑るシャヤールの唇が、存外に心地好くてとろけた思考回路しかできない。荒い息を整えると名を呼び、シャヤールの髪に触れた。
「……シャヤール、王」
反応がない。シャヤールは返事をしないままラミアの胸元に口づけると、手で腰のラインをなぞり欲を高めていく。夜伽を話していたときとは違った空気を醸し出す淫靡な寝室は、ラミアにとっては倒錯すべき状況でもあった。
伸びた手がシャヤールの髪を握りしめる。くいくいと引っ張る動作はなにか言いたげだ。シャヤールが見上げてみれば涙目で悔しそうにこちらを見ている瞳とかち合った。
初心な仕草ひとつひとつがシャヤールを煽ってばかりいる。男の裸体に今まで一度とて興奮などしたことは皆目なかったが、今はどうだろう。触れられてもいないのに、ラミアの身体に触れるだけで下肢が膨張して窮屈さを訴えている。
「良くなにもないままでいられたな。お前のうつくしさは傾国と謳っても違わないだろうに」
奴隷特有の傷がないラミアの肌は滑らかさを保ったまま、なにも存在しないでシャヤールの手にしっくりと馴染む。
蝶よ花よと育てられたのか、ディダーリも存外に手をかけていたのか、もしくは一族の秘密となんらかしら関係があるのか。どちらにせよシャヤールには関係がない話だ。
ラミアの正体がなんであれ触れてしまったが最後、毒を食らわば皿までだ。これが罠であろうともシャヤールには引き返せる道がない。もっともディダーリ如きに失脚させられるほど能無しでもないのだけれど。
唇の動きが止まったシャヤールにラミアの視線が突き刺さる。すまない、と零して尖りをみせているラミアの突起をぺろりと舐めあげれば、びくびくと大袈裟に身体を震わせた。
「いやっ、な、なにを……」
「ここでも感じることを知らないのか? お前も今まで経験はなかろうが知識としてはあるだろう。ここらあたりでは男色も珍しくない」
「で、ですが……そんな……さっさと、してしまえば良いじゃないですか……俺は女性でもないのですから、その、……そんな丁重に……」
「ラミア、お前はなにもわかっていないのだな。挿入するだけならばお前じゃなくても良いということを」
シャヤールの言葉に、ラミアは首を傾げた。意味すらわかっていないというのか。
「まあ、いずれわかれば良い話だ。俺はお前の身体全てに口づけて、高めて、そうだな、蕩けさせる顔が見たいとでも言っておこうか」
「な……っ」
「うんと優しく抱いてやろう。お前を欲する男がここにいるのだと、嫌というほどわからせてやらねばな」
硬く尖りをみせ、色が濃くなった突起をぢゅっと吸い上げればラミアは唇を噛み、シャヤールの髪を強く握った。唇で周りも優しく撫で触れ、口腔に含んだまま舌先でちろちろと刺激してやれば、どこか柔らかかったそこがこりこりと硬くなり転がせるようになった。
まだ慣れない故に多くの愉悦を拾いはしないのだろうが、それでも羞恥を煽る行動としては成り立ったらしい。
赤く熟れ始めたのを良いことに突起を存分に吸い上げ、舐めまわし、歯で甘く噛んだ。感触を確かめるように上下の歯で横に擦れば、弾力に跳ね返される。
ラミアの突起は見るのも可哀想なほどに真っ赤に色づいた。
「っく、う、……ン、ん」
目尻に涙が浮かんでいる。ぎゅっと瞑った瞼の奥は、きれいな黄金が涙で潤んでさぞかし麗しい色を湛えているのだろう。
シャヤールは突起への刺激をそのままに、肌に滑らせていた手をラミアの下肢に伸ばした。
腰巻すらない一糸纏わぬ姿のラミアの痴態は目に毒だ。既に反応をみせている高まりは、腹につくほどそそり勃っている。
「もうこんなにさせて、お前はいやらしい」
胸元にきつく吸いついて痕を残す。褐色の肌ではあまり変化がみられなかったが、それでもシャヤールの刻印があるという事実が胸を震わせた。
湿り気があるラミアの高まりを手で握り込み、上下に揺らすと頑なに閉じていた唇がふっと空気を取り込み開いた。瞼には更に力が加わり、シャヤールの髪を握っていた手は外れると胸前で握り込むように落ちていく。
堪えきれないような、吐息混じりの喘ぎ声が静かな寝室に木霊する。焚き込められた香よりも濃厚な淫靡たる空気は、ラミアの興奮を最高潮に高めると快楽の海に溺れさせた。
「は、っあ、ァ、ああ……っぁ」
男であるが故の性感帯を焦らすこともなく弄られれば、我慢強いラミアとて陥落せざるを得ない。シャヤールの手淫は激しさを増すと、卑猥な音を立てて上下に揺れ動いた。
敏感な裏筋を親指で擦られて、嵩になっているでっぱりを指で作った輪できゅっと締めつけられる。先端から滲み出る先走りで円滑に竿を扱かれて、ラミアの脳は悦一色に染まった。
くぷりと先端から零れた先走りがシャヤールの手を汚し、そして滴り落ちると腹に一粒の雫を乗せた。
「凄いな。ラミア、わかるか? どうなっているか……今にも達してしまいそうだ」
「あぁ、ぁ……っや、いやです……っ、も、も、触らない、で……ッ」
「イきたいならイけば良い。それとも口でしてやろうか」
「だ、だめっ! そ、んなきたな……っあぁ!」
ひくひくと開閉する鈴口を小指の先で弄られて、ラミアは腰を高くして喘ぐと一際高い声を出した。痙攣が止まらない。押し寄せる大きな快感の波に浚われてしまいそう。
予測すらできない速度でせりあがった欲望に性に疎いラミアが堪えられるはずもなく、呆気なくもシャヤールの手淫の前で膝を折ると高まりを脈動させて先端から白濁を吐き零した。
「あーっ、ァ、……っあ、ぁ」
熱が篭もった吐息とともに、途切れた喘ぎ声が唇から零れ落ちる。シャヤールの手を汚した白濁の勢いは止まることがない。おそらく性とは無縁の生活をしてきたのだろう。知識だけ豊富で経験がないとは、またシャヤールの心を擽る。
こんな風に誰かを手の中に閉じ込めて、可愛がってやりたいと思ったことは初めてだった。シャヤールもどちらかといえば淡白な方で、閨であれこれ策を投じるよりは外に出て商売や外交に精を出したいと思っていた口だ。
よもや乱れている痴態を見ただけで性が刺激されるようになるなんて予想外も良いところ。シャヤールもまだまだ若いという証拠なのだろうか。
肩で大袈裟に息をし、整わない呼吸を繰り返しているラミアの頬を手の甲で撫ぜつけた。
「お前はほんとうに俺をどうさせたいんだ」
独り言のような呟きにラミアが顔をあげる。理解すらしていないのか、はたまた聞き取れなかったのか、薄く霞む瞳はシャヤールを見ているようで見ていない。
シャヤールは緩く微笑むと、寝台の脇にある棚の上に置かれてある香油を手にとった。念のためと用意しておいたのが功を奏したらしい。
ジャスミンの香りを抽出した香油はセーレ宮殿内で作られたものだ。本来はシャヤールが身につけるものとして使用していたのだが、よもやこんな用途で使うとは思いもしなかった。
神経を和らげ、ほっと心を落ち着かせてくれる香りが漂う。てのひらにたっぷりと香油を垂らし馴染ませたシャヤールは、快楽の余韻に打ち震えているラミアの足に触れた。膝裏をもってゆっくりとあげればラミアの瞳がこちらを向く。
「シャ、シャヤール王……」
恐怖に苛まれているのだろう。無理もない。シャヤールとてこんな箇所に異物を入れろといわれたらきっと恐怖を感じるだろう。もちろんそんなことは有り得もしないのだが。
皮膚の色が少し濃くなっている箇所を優しく撫ぜた。窄まりは刺激にきゅっと口を閉じると、頑なに侵入を拒む。シャヤールはまわりを解くようにゆるりと撫ぜまわし、解れるのをじっくりと待った。
掴んでいるラミアの足に緊張が走る。唇に触れた手にはぎゅっと力が入り、顔色は少し色褪せていた。
「ラミア」
優しく愛しむように名を呼んでやればラミアの睫が上下に揺れて、シャヤールの方を向いた。そのまま身体を屈めて顔を近付ければ、待ったをかけるように肩に手が触れる。
「口づけをさせてはくれないのか?」
「そ、んな……ことは」
「なら手を離して、首の後ろに回して、そう……そのまましっかりと掴まっていろ」
首の後ろにラミアの手が回る。恐怖を隠すように強く抱かれて、シャヤールは笑みが零れた。
そのまま顔を近付け口づける。やわらかな唇を唇であて擦り、甘く食んでやれば笑うようにラミアから力が抜けた。その隙を見計らって窄まりの周辺を弄っていた指を、皺が寄る入り口へとゆっくりと挿入させた。
つぷりという音を立て中へと入った指は想像よりスムーズに奥へと誘われていく。たっぷりと香油を塗ったことが助けになったのか、ラミアの方もそれほど痛みは感じていないらしい。
唇への愛撫を忘れずに、内壁に締めつけられた指をゆっくりと出し入れさせて拡げるような動きにさせる。
「ん、ふ……っぅ、ん」
ラミアの耳が朱に染まる。痛みというよりは異物感の方が強いのか、時折眉間に皺を寄せてはいるものの、抵抗の気はない。シャヤールはなるべく口づけに意識をもってこさせるように唇を割ると舌を挿入させた。
(愛らしい反応ばかりする。これでは身がもつかどうか……)
くちくちと卑猥な音を立て指を突き動かす。押し返そうとしていた力も弛緩していき、徐々に余裕がでるとシャヤールの指の動きに合わせて腰が揺れ始めた。これならばもう一本増やしても大丈夫だろう。
その繰り返しを何度かしたところで指を三本に増やし、ぐるりと中を掻き回してラミアの良い箇所を探す。窄まりを拡げたといえど流石にシャヤールの自身を挿入するとなればまだ心許ない。
蠢く内壁をじわりと攻め立てるように指で押し拡げ、擦りあげる。腰が浮いてシャヤールの首に回る手にも力が篭もる。唇を離してやれば甘い嬌声とともに酸素を求めるかのようにはくはくと唇を動かした。
「ひぃっ、ぁ、ああ……ッ!」
そのときだったか、ラミアの叫ぶような声がシャヤールの耳に触れる。ラミアの身体が一気に赤に染まり、肉壁に触れていた三本の指が強く締めつけられた。
ラミア自体良くわかっていないらしい。戸惑う瞳がシャヤールに助けを乞うていた。
「ああ……そうか、お前の良いところに触れただけだ。もっともっと気持ちが良くなれるところとでも言っておこうか」
ゆるゆると、ラミアが首を横に振る。シャヤールは見ないふりをして今しがた刺激したであろう場所を擦りあげた。
「ぁあっ! や、やめっ! ひっ、……ぅ!」
打ち上げられた魚の如く、びくびくと震える。ラミアは快楽に溺れきると強過ぎる刺激に涙を零した。
初心者相手に無理をさせるのも些か躊躇われるところではあるが、シャヤールとて男だ。中へと入りたい欲求もある。それに今夜は千一夜なのだ。
十分に中を解した。ラミアの肉壁は刺激に飢えてひくひくと伸縮を繰り返す。あらがえない快楽への刺激を止めると、物足りなさに蠢くのがわかった。
ずるりと指を抜いて、足に触れていた手も離す。ぐったりとしたラミアは顔をあげると誘うような目つきでシャヤールを見上げた。
「シャ、ヤール王……」
「どうした?」
首にかかっていたラミアの手がするりと解ける。弛緩してしまった身体は力が入らないようだ。
もの寂しげに見えた表情に笑んでやると、シャヤールは腰布をとった。既に応戦状態なシャヤール自身は天を向くとそそり勃っている。ラミアはそれを瞳に入れると、寝台の上で逃げるように少しだけ後ずさった。
入らないとでも思って逃げたのか。確かに難はありそうだが入らないこともないだろう。
シャヤールは自身にもたっぷりと香油を垂らし濡らすと、寝台を軋ませて身体を折った。
「ラミア、後ろを向け。初心者相手ではこちらの体勢の方が楽だろう」
頼りない肩を掴んで身体を反転させる。シーツに突っ伏したラミアは情けない声をあげると、シャヤールの良いようにされた。細腰を掴んで引き上げる。ひくひくと収縮を繰り返す窄まりは、刺激を待っているかのようだった。
シャヤールは勃起した高まりをラミアの窄まりに宛がい押しつけた。先端で入り口を刺激してやれば、ラミアの身体が目に見えて震える。
「ラミア」
名を呼んで意識を拡散させた。タイミングを見計らい、シャヤールは一気に最奥へと突っ込んだ。焦らして挿入するよりはましかと思えたが、やはり質量の大き過ぎる自身では反発も大きい。押し返すような肉壁の動きにシャヤールは唸ったもののなんとかすべてを収めることができた。
痛いくらいの締めつけがシャヤールの自身を襲う。詰まった息を吐いて、激しい刺激をやり過ごした。
「ラミアっ、息を吐け……、そう、ゆっくり」
シーツを握るラミアの両手が痛々しいほどに色を変えている。強く噛みしめた唇からは苦しげな声が漏れて、シャヤールが与える熱から逃げようともがいていた。
覆い被さるように後ろから抱きしめ、萎えかかっていたラミアの高まりに触れる。ひくりと腰がわなないたのを良いことに、腰を前後に動かして、ゆっくりとした動作で律動をし始めた。
性感帯を弄りながら動かしたのが良かったのか、ラミアからほんの少し力が抜けていく。漏れた吐息に色が混じって愉悦を拾いあげたようだ。シャヤールの自身をぎゅっと締めつけた。
「は、っう、ぁ……ぁあ……」
次第に要領を得るとシャヤールの方は手馴れたもので、快楽を遠慮なく貪った。赤く腫れている入り口をがつがつと攻め立て、爆ぜそうなくらいに大きくなった自身で中を犯す。
ラミアは痛みと快楽の狭間で溺れるようにあがくと、泣き声交じりに喘いだ。
じっくりゆっくりとことを進めたお陰か、ラミアの方の拒否反応も少なかったことが功を奏したらしい。身体を重ねていられることが嘘のようでもある。
(ラミア……お前は、俺のすることをどう思うのだろうか……)
シーツを強く握りしめた手に上から手を重ねて握りしめる。赤くなった耳に舌を這わせて、身体中でラミアの体温を貪った。
時はまだ夜更けを指し示し、夜明けまでは程遠いまま。このままどれくらい求め合っていられるだろうか。もっと多くの時間を共有したい。ともに過ごしていたい。
触れ合わせた肌を離したくないという理由だけではないことが、胸に蟠りを残していく。
ラミアの意識を奪い尽くすほどに熱を吐き出させた。根をあげてもやめることのない蹂躙は明け方まで続き、ラミアが意識を飛ばすころには太陽が顔を出していた。やめてと叫んだ言葉が耳に未だ残っているよう。
シャヤールはふらつく身体を押さえると、寝台から足をおろした。窓の外が明るい。寝不足の頭の中考えることは悲しいかなラミアのことではなく、今から起きるであろう千一夜を過ぎた物語にもない朝の出来事だった。